第11話


 話し合いのあと、光野が拠点を見て回りたいと申し出た。


 二つ返事で了承した佐山が、今は小牧とともに案内している。


「こちらが、畑です」


 訪れたのは、中洲の真ん中に位置する小さな公園。その土壌を改良した、ささやかな畑だ。


「サツマイモですか」


「ご明答。ここはまだ何とか生き延びておりますが……」


 すっかり敬語に変わった佐山が、サツマイモのしなびた葉を見て肩を落とす。


「このところずっと曇りでしたからなぁ。ワシも手を尽くしましたが、他の畑に至ってはほぼ全滅でして。昨日今日は晴れておりますし、なんとか持ち直してもらいたいところですが」


「一応、周辺の大気の邪気は祓いましたから、しばらくは天候が回復すると思います」


「……は? 今なんと」


 光野のさらりとした発言に、佐山が目を剥いた。


「えっ!? ずっと曇ってたのも、邪神のせいなの!?」


 すっとんきょうな声を上げる小牧。


「はい。不死者は皆様もご存知の通り、陽光を苦手としていますからね。不死者の活動を支援しつつ、ゆくゆくは大地を氷と雪で閉ざすつもりなのでしょう」


「な……なんと……!」


 佐山が額に筋を立たせ、わなわなと震えている。


「ゆっ、許せん!! 邪神め、許せんぞォ!」


 魂の叫びだった。これまで、しなびて病気になっていく野菜や果物を見て、佐山がどれだけ悩み苦しんだことか。


「心中、お察しします」


 神妙な顔で頷いた光野が、トンッとその場に錫杖ルイトールを立てた。


「アウル・エファアシーン・ジウラ!」


 そしてバールのようなものをさっと振り抜くと、虹色の光が波のように畑に広がっていく。


 するとどうだろう。しなびて、今にも枯れそうになっていたサツマイモのツルが、みるみる生気を帯びていくではないか。


「お、おおお……!!」


 目に涙を浮かべて、感動に打ち震える佐山。


「これで、少しばかり作物も元気を取り戻すのではないかと……」


「少しどころではありません!」


 思わず光野の手を取って、ぶんぶんと振る佐山。その目には、もはや畏敬を通り越し、崇拝の念すら宿りつつあった。


「ありがとう! 光野さん、本当にありがとう……!」


「いえいえ、これも全てエファアシーン・ジウラのおかげです。どうか、その感謝のお気持ちはエファアシーン・ジウラに……」


「……そうでしたな。おお……! 神よ……!」


 その場で天を仰ぎ、一心不乱に祈り始める佐山。


「エファアシーン・ジウラ様……ありがとうございます……ありがとうございます……」


「あっ……『様』はなくていいですよ、エファアシーン・ジウラ、そのままで……」


 少し言いづらそうに、小声で光野がつけ加えた。「えっ」という顔をする佐山、その横で小牧も不思議そうに首をかしげる。


「様づけしちゃだめなの?」


「いえ、決して、だめというわけではないのですが……『エファアシーン・ジウラ』という名前そのものに、すでに敬愛の念というか、そういうニュアンスが含まれていまして。私からすると、様づけだと『神様様』のように聞こえてしまうと申しますか……単純に私個人の言語的な問題なので、それほどお気になさらずとも結構です」


「はぁ……」


 かつてなく歯切れの悪い光野に、顔を見合わせる佐山と小牧。


「まあでも、そういうことでしたら」


 特に異論はない。


「そういえば光野さんって、よく『アウル・エファアシーン・ジウラ』? みたいに言ってるけど、『アウル』にもなにか意味があるの?」


「日本語で言うなら『万歳』みたいなものです。祈りの言葉ですね」


「あーなるほどぉ」


 小牧の興味本位の質問にも、光野は実に親切に答えてくれた。改めて、皆で祈る。


「アウル・エファアシーン・ジウラ……!」


 五体投地しそうな勢いの佐山の横で、胸の前で手を組み、祈る小牧。


 ――本当に、エファアシーン・ジウラのおかげだ、と小牧は思った。


 光野と出会ったときは、「神の思し召し」とか言い出すやばいやつだと思ったが、今振り返ると本当に神の思し召しそのものだった。こうして、小牧が帰ってこれたのも、皆と再会できたのも、光野とエファアシーン・ジウラのおかげに他ならない。


「ありがとう……ありがとう……」


 別の世界の、別の次元の、優しくて偉大な存在を思い描きながら、小牧は祈りを捧げた。


 すると、ほうっ、と胸の奥が温かくなった。


 全身に、とても深く、心がじんと震えるような未知の感覚が走る。


「おお……!」


 光野の感嘆の声に、小牧は目を開いた。



 そして、気づく。組んだ手の中に、小さな光が生まれていたことに。



「えっ」

 

 なにこれ、と困惑すると同時、手の中の光はフッとほどけて消えてしまう。


「すばらしい……! 驚くべきことです、小牧さん。あなたほど早くエファアシーン・ジウラの光を灯した人を、私は見たことがありません」


「じゃあ……今のが……」


「そうです。あなたの祈りが届いたのです」


 光野に断言されて、――気づけば、小牧の瞳から涙が溢れていた。


 幾度となく光野の『奇跡』を目にしてきたが、それでもどこか夢を見ているような、半信半疑な気持ちも抜けていなかったのだ。しかし、祈りさえ届けば、エファアシーン・ジウラは必ず応えてくれる。その言葉が真実であったことを実感できた。


「あれが……あの感覚が、神の愛なんですね……嬉しい……!」


「ええ。きっと、エファアシーン・ジウラも同じ想いでしょう……」


 柔らかく微笑み、空を見上げる光野。小牧もまた、空の彼方の心優しい神に思いを馳せる。


「小牧ちゃん、やるなあ! ワシも精進せねば……!」


 間近で小牧が祈りを成功させたのを見て、佐山はさらに気合が入ったらしい。その場に膝をついて、本格的に祈り出した――




「だめだった……」


 が、それからしばらく頑張っても、佐山は光を灯すことができなかった。気合を入れていただけに失望も大きく、がっくりと肩を落とす。


「そう気を落とされないでください。こればかりは感覚を掴むまでが勝負です。それに、この世界ではまだ祈りが届きにくいですから……」


「しかし、小牧ちゃんはすぐにできたのに」


「小牧さんは……例外ですね。私は今までに何人も指導してきましたが、どんなに順応の早い方でも一週間はかかっていましたよ」


「えっ、そうなんですか」


 目をぱちくりさせる小牧。なんか祈ってたら光った、というノリだったので、普通はそんなに時間がかかるとは思わなかった。


「早くても一週間です。人によっては一ヶ月以上かかることもあります」


「なんと……いや、あのような奇跡を起こせるようになると考えれば、一ヶ月や二ヶ月、短いものかもしれませんが……」


 ぐぬぬ、と口をへの字にする佐山。


「焦る必要はありません。一度祈りが届けば、必ず恩恵には与れるのですから」


「しかし……少しでも早く、ワシも祈り手の一人になりたいのです。世界を救うために」


 しわだらけの顔に確固たる意志を滲ませながら、佐山が熱のこもった口調で話す。光野も「そうですね……」と真面目な顔で相槌を打った。


 そんな二人を見ながら、小牧は先ほどの話し合いの場を思い出す――

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