スポーツセンターデート2

「今日はありがとう。仲村くんと打ち合えて嬉しいよ」


 吉野さんは本当に嬉しそうに微笑んでいる。


 赤面のもののセリフを臆面おくめんもなく言われ、恥ずかしい。


「ううん。お礼を言うのは僕の方だよ。久しぶりに打てて楽しかった。今更バドミントンなんてと思ったけど来てよかった」


 彼女に釣られて僕まで恥ずかしいことを言ってしまう。


 このまま、いい雰囲気のまま、プールに持ち越せたら万々歳ばんばんざいだな。


 そう考えていたのだけれど、そううまくはいかなかった。


「仲村くんはどうしてバドミントンを続けないの?」


 彼女にとっては日常会話の何気ない一言かもしれないけれど、僕にとってはあまり聞かれたくないはことだ。


 なら、答えなければいいのかもしれない。


 けれど、周囲から見れば大したことないことだと僕自身がわかっている。


 だからこそ、答えないのも不自然な気がして、一瞬だけ躊躇ちゅうちょするも答える。


「負けるのがイヤだから」

「そうなんだぁ。でも、なら負けないよう努力すればいいんじゃない?」


 こう返されるのは目に見えていた。


 声のテンションからして、深く考えずに軽く言っているのが伝わる。


 だから、別に気にする必要はない。


 そう自分に言い聞かせ、たかぶる気持ちを沈ませようとする。


 だけれど、抑えきれなかった。


「それでも勝てないんだ。どうしたって早く始めた人との差は縮まらない。もう遅いんだよ。どうしたって」

「別に勝ち負けがすべてじゃないでしょ」


 さっきと言っていることと違う。


 それもそうか。


 吉野さんは別にどちらの意見でもない。


 頑張って努力して勝てるように精進しょうじんするでも、勝ち負けにこだわらず楽しくバドミントンするでも、どちらの意見でもない。


 ただ何となく言葉を発しているだけ。日常会話の一環として。


 頭ではわかっている。


 わかってはいるのだけれど。


「吉野さんにはわからないよ!」


 昂った感情のまま声を発したせいか、強く当たってしまう。


 大声を出したせいでプレイに夢中になっていた他のお客さんの注目を集めてしまう。


 気づけば、体育館内にいる全員が手を止め、足を止め、こちらを凝視している。


 僕は恐る恐る吉野さんの顔を窺う。


 すると、案のじょう、瞳に涙をたたえ、今にも泣きだしそう……というより、すでに泣いている。


 泣かせてしまった。


 あふれ出る程ではないけれど、確かにその瞳には涙を湛えている。


 そこからの彼女の行動は早かった。


 手早く荷物をまとめ、僕を視界に入れるのを拒むように一目散いちもくさんに駆け出していく。


 周りの注目を集めてしまったことも相まってか、その動きは速い。


 僕は彼女が荷物をまとめるのを止められず、体育館内から消えるのをただただ見ることしかできなかった。


 姿が見えなくなってから追いかけることを決意し、同じように手早く荷物をまとめる。


 幸いと言うべきか、僕達は出入り口に最も近かったため、外に出るのは容易かった。


 渡り廊下を駆け、受付前を係の目があるのも構わず疾走しっそうする。


「待ってよ」


 吉野さんが律儀に靴を履き替えていたことで僕は彼女に追いつき、手を伸ばすも、後一歩で手は届かずに空を切る。


 僕は靴を履き替えず、バドミントンシューズのまま彼女を追いかける。


 しばらく彼女は逃げ、僕はその背中を追いかけ、気づけば入り口前の広場まで来ていた。


 そこで彼女はようやく足を止める。


 背を向けたまま、言う。


「ごめんね。聞いちゃ、ダメだったよね」


 涙のせいか、湿しめり声をあげ、聴覚からも彼女が涙を流していることがわかる。


 彼女は別に悪くない。


 僕が勝手に怒っただけだ。


 そう思っているはずなのに、本当なら謝るのは僕の方だというのに、言葉が出てこない。


 変なプライドが邪魔しているのだろうか。


 それとも、僕も知らない心の奥底で自分は悪くないとでも思っているのか。


 わからないけれど、僕は彼女になんと言っていいかわからない。


「さっきのは私自身に言いたかったことだと思う」


 吉野さんは顔を見られるのがイヤなのか、背を向けたまま語り続ける。


「落ちたの。本当はもっと偏差値の高い高校を志望してたのに。もっと上があるのに……」


 そうか。


 僕は彼女の気持ちに気づけなかった。


 そりゃそうか。


 挫折を味わうのは僕だけではない。


 誰しも挫折し、苦悩し、それでも前に進もうとする。


 それを彼女は自分に言い聞かせるようにして僕に言っていただけなのだ。


 もっと頑張って欲しい。


 出来なくても好きなことを止めないで欲しい。


 ただただ僕のことを、彼女自身に向けての言葉でもあったんだ。


 ただ一点。彼女は勉強ができたはずだ。


 だから、そのことを言おうと、


「でもそれは――」


 したところで言葉に詰まる。


 ――たまたま調子が悪かっただけでしょ。


 そんな無粋ぶすいなことを続けようとした。


 彼女が受からないはずがない。落ちるはずがない。


 どこかで彼女を信じている。


 だけれど、その信頼は決して今、語るべきではない。


 なぜなら、事実として落ちてしまっているのだから。


 どんなに信じていようとも起きてしまった事実を変えることはできない。


 調子が悪かった、の一言で片づけていいわけがない。


 自ら当人がそう言い訳するならまだしも、他人が決めつけていいことではない。


 もし僕が言われたらどうだろう。


 中学最後の大会。


 まさか負けるとは思っていなかった。


 強豪校が相手ならまだしも、まったく無名の選手に負けた時の虚しさったらありゃしない。


 調子が悪かったと言い訳したい気持ちになる。


 けれど、僕だけはしっかりとわかっている。


 調子なんてどこも悪くない。


 言い訳するのも虚しい。


 それなのに他人に決めつけられたくない。


 それにもし、たとえ本当に調子が悪かったんだとしても、そんな状態であったとしても勝てる自分でいたかった。


 僕ならそう思う。


 気づけば彼女はポロポロと涙を流して走り去ってしまっていた。


 僕はただただ呆然ぼうぜんと彼女の後ろ姿を眺めるしかなかった。

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