開放3

 目を覚ますと、朝日あさひまぶしい。


 昨夜の暗闇が嘘のようだ。


 小鳥のさえずりが聴こえる。


 これがぞくにいう、朝チュン、というものか。


 なんて、雰囲気だけでもふざけ――


 ――ようとしたら、ガチだった。


 僕らは全裸で抱き合っている。


 もしかして雰囲気だけでなく、ガチの朝チュン?


 いや、待て、早まるな!


『記憶にございません』


 ニュースでよく聞くフレーズが脳裏をよぎる。


 当事者でないときは、『嘘つけ、本当は記憶にあるんだろ』なんて思ったことを謝罪したくなるぐらいに、記憶にない。


 抱き合っているだけならわかる。


 問題はそれだけでなく、お互いに全裸であるという事実だ。


 な、なぜに? 僕まで、全裸、なの?


 混乱し過ぎて思考がうまく回らない。


 冷静になろう。そうだ、冷静に、状況を、把握、するのだ。……ふぅ。


 まずは深呼吸。吸って吐いてを繰り返す。


 いいぞ、落ち着いてきた。


 そうだ!


 服は、服はどこだ!


 幸い吉野さんはまだ眠っている。


 服を着て、何食わぬ顔であいさつを交わせばなにも問題はない、はず。


 いっその事、窓から飛び降りるのも手なのかもしれない。


 この世界は悪魔達が創造しているのだから、死ぬことはないだろう……たぶん。


 いいぞ、大分、冷静さを取り戻してきた。


 いつでも飛び降りる準備は万端ばんたんだ。


 そうと決まれば……いや、決まったのは服を着て何食わぬ顔をする方だけれど、飛び降りるのは最終手段だけれど。


 冷静に取るべき行動を決め動――


 ――こうとしたら、吉野さんが起きてしまった。


「ふっっっん! おはよう」


 彼女は天井に向け、思いっきりのよい伸びをしながら体を起こす。


 さっきまでは布団や僕自身の体のせいで見えていなかったあられもない姿がよく見える。


 彼女が動いたことで、先ほどまで僕のお腹辺りにあたっていた柔らかいのは、おっぱいだったのかと、今更になって気づいた。


 今更、気づいたからといってどうということはない。


 それ以上に素晴らしい芸術が目の前に存在するのだから。


 彼女は仰向けになった僕のお腹辺りに股をかけて馬乗りをしている。


 そんな危険な体勢を維持いじしたまま寝惚ねぼまなここすり、あくびをした。


 不思議と時間がゆっくりと流れているように感じる。


 あまりにも吉野さんの反応がうすいため、実は僕が見ているのは幻覚げんかくなのではないかとさえ思えてくる。


 幻覚ならば問題ないのか?


 いや、そうなると、僕の脳がおかしいことになりそうだ。


 反応の薄い彼女に疑問を抱いていると、彼女が目を丸くし、顔を赤らめ、両腕で胸を隠した。


 状況を把握したようだ。


 良かった。僕の脳がおかしくなって、幻覚を見ているわけではないようだ。


「キャ――――――――――」


 彼女は鼓膜が破れるのではないかと思えるほど大きな声で叫んだ。


 掛け布団をひったくり、素早い動きで、僕との距離をとる。


 あっ、と言う間に壁際まで移動し、座り込んだ状態で必死に布団で裸体らたいを隠そうとしている。


「え、えっと……これは……」

「いいから隠して!」


 言われて気づく。


 僕のぞうさんが丸見えである。


 周囲を見渡し、すぐそばにあった枕で隠す。


「ご、ごめん。……えっと……」


 なにか言おうとするも、言葉が出てこない。


「仲村くんは悪くないよ」

「?」

「いいから服着て! 話はそれから……向こうを向いているから着替え終わったら言ってね」

「うん」


 彼女の様子からして、僕が一方的に悪いわけではなさそうだ。


 枕元にキレイに畳まれた服を手に取り、着替えることにする。


 いつの間に僕の服が脱げ、更にはたたまれてしまったのか疑問を抱きながら、服に手を伸ばすと、明らかにボリュームがあることに気づく。


 浴衣と下着しか着ていなかったはずなのに、どう考えてもそれだけではない。


 倍の厚みはある。


 ある可能性に思考が至るとほぼ同時に、ささっと、吉野さんが服に手を伸ばし、素早くなにかを隠す。


 服の山を見ると、厚みが半分になっていた。


 そうだよね。


 彼女の服もどこかにあるわけで。


 それがたまたま僕の服の下にあったようだ。


 さっきまで彼女の服と密接していたわけか。それを考えると、着づらい。


 ただこのまま全裸でいるわけにもいかず、無心で服を着る。


 その後、彼女に声をかけ、外で待機。


 彼女の着替えが終わってから再度、入室。


 気まずい空気が流れる中、どういうわけか、2人して座布団を敷いたたたみの上で正座せいざしていた。


「あ、あの……ね」


 気まずい沈黙ちんもくの中、吉野さんが恥ずかしそうに切り出す。


 そこで語られるのは彼女の途轍とてつもなく悪い寝癖ねぐせについてだった。


 しどろもどろに、だけれど、理解はできたため、要約する。


 要は、一緒に寝ている人の服を脱がし、さらに自身も脱ぎ、あまつさえ、脱がした相手を抱いて寝る癖があるというものだった。


 ちなみに、修学旅行のように複数人と一緒の場合は、同室者全員を脱がし、その後、最後に脱がした相手を抱いて寝る。


 寝癖が悪いの域をとうに超えている。


 突飛すぎる事実に驚くことすらできない。


 彼女は顔を真っ赤にさせ、チラチラと僕の様子をうかがってくる。


 どう反応すべきか迷いながらも、得心した様子を見せることにした。


「そうか。それで僕と寝るのを嫌がってたのか」

「そう。そうなの。今までは皆が男子には秘密にしてくれたけど、一緒に寝るとなるとさすがにバレちゃうなぁ、と思って……」


 確かに、ずっと彼女と同じクラスで、家が隣同士の僕ですら知らなかったもんなぁ。そう考えると、女子の結束けっそくはすごい。


 ……いや、まぁ、こんなことをわざわざ話そうとは思わない、のか?


 思い返してみると、朝の女子部屋が妙に騒がしかった記憶がある。


 まさか、その元凶がこれ、だったなんて。


 様子を見に行こうとしたら「男子は絶対に立ち入るな!」と言っていた女子がいたのを思い出す。


 そう考えると、女子相手であっても、話しづらかったのだろう。


 今回と同じように、事が起きてから、ようやっと話す姿がありありと思い浮かぶ。


《どうだい? 気持ちよかったかい?》


 タイミングを見計らったかのように、悪魔達が登場する。


「明らかに知っててのその発言だよね!」

《なんのことかな》


 悪魔は下手な口笛くちぶえを吹いて誤魔化ごまかそうとしている。


 そういえば、僕が悪魔と寝ていたように、吉野さんも天使と寝ていたのだろうけれど、どうしていたのだろう。


 こいつら相手でも脱がすのだろうか。


 ……深くは考えないようにする。


 この特殊能力は彼女が隠そうとしたものだ。


 安易あんいに考えてはいけない気がした。


「なんであれ、これでやっと家に帰れるのか。長かったなぁ」


 僕が弛緩しかんし、大きく伸びをする。


《帰る前に着てきた服に着替えなよ》


 そう言って、どこからか僕らが着てきた服を出現させた。


 その中には花束と花瓶がある。花束は僕が吉野さんにあげたやつ(元は悪魔のだけれど)。花瓶は天使があげたやつ。


 僕らは着替え、元の世界に帰るため、悪魔達が生成したゲートを通る。


「そういえば親になにも言わず1泊しちゃったけど大丈夫かな?」

「そういえば、私も。……そんな暇なかったもんね」

「……うん。まぁ、ねぇ」


 暇がなかったというより、僕の場合、完全に失念しつねんしていた。


 暇があったとしたら、温泉あがりのマッサージチェアに座っていた時かな。


 ただ、それも、思い返してみればだけれど。


 まさか本当に1泊するとは思っていなかったのも大きい。


《それに関しては心配しなくて大丈夫だよ》

「どうして?」

《君たちの世界は1秒たりとも時間経過してないからね》

「そうなんだ」

《あ、あと、そうそう。クリアできたら、ボクらの世界をくれてやるって話だけど――》


 そういえば、そんな話していたなぁ。と、思いつつ、僕は軽い感じに聞き入る。


「――いつでも遊びに来ていいからね」


 それはくれるって言うのかな?


 言われた際に悦んでいた吉野さんはどう思っているのだろう。


 問うように彼女を見ると、目が合った。


「せっかくだし、また来ようか」

「……そうだね」


 彼女の提案に承諾で返したけれど、正直、僕的にはもう2度と来たくない。


 暗闇のゲートを抜けると、元居た神社に出た。


 行きも、帰りも、朝だったため明るさで時間経過しているのか判断するのは困難だった。


《それじゃ、これでお別れだね》


 悪魔が別れを告げてくる。


 だけれど、僕はどうも納得できず、問うように返した。それに吉野さんも乗ってくる。


「なに言ってるんだよ。お前らの世界に行けば会えるんだろ」

「そうだよ。いつでも会えるのに、まるでもう会えないような言い方」

《会えないよ》

『え?』


 訳を天使が語る。


《私達はまた、別の人のところに行くの。それにあの世界はあなた達にあげた。私たちはまた別の世界を拠点きょてんとするから、あなた達が今いた世界に行ったとしても、私達とは会えないの》


 急に寂しくなる。


 会おうと思えば、いつでも会えると思ったけれど、そうではなさそうだ。


「ひっく」


 吉野さんが泣きじゃくる。その胸には花束と花瓶を抱きしている。


 釣られて僕まで泣きそうになるも、グッと堪えた。


《じゃあね。一緒に居られて楽しかったよ》

「天使ぃ~」

《天使じゃなくてエンジェルよ》

「それって同じ意味でしょ」


 吉野さんと天使が、僕と悪魔と同じようなやり取りをしている。


《それじゃ、最後に君にはマゾリストの称号を与えよう》

「いや、いらないから!」


 僕ら、それぞれ別れの言葉を交わす。


《元気で》

『うん』


 悪魔達のおかげで僕たちは距離を縮められ幸せな日々を送れた。




 ――あたしは絶対に認めないわよ。


 2人でスポーツセンターに行くのだってしぶしぶ認めたというのに、気づいた時にはべったり一緒にいるようになっていた。


 いったい、なにがあったというのか。


 今だって朝の駐輪場で楽しそうに雑談している。


 前までは、あたしとの時間だったというのに。


 あたしとさーちゃんの時間がナカムラのせいで削られていく。


 吉野よしのさわの親友、あたし――百瀬ももせ真保まほ仲村なかむらともを絶対に許さない。




★★★★★★★


 ここまで読んで頂きありがとうございます。


 これで物語は一区切りついたことになります。


 本作の続きを書くかは未定ですが、少しでも面白いと感じましたら、ひとつでも★を頂けると嬉しいです。

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幼馴染だからって気軽に会話できるとは限らないよね 越山明佳 @koshiyama

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