開放2

 そなえ付けられていた浴衣ゆかたに着替え、脱衣所だついじょの外に出ると、マッサージチェアと飲み物の自動販売機を見つけた。


 吉野さんはまだのようだ。


 時間をつぶそうと思い、僕はマッサージチェアに座り、スイッチを入れる。


 別にマッサージ自体、好きというわけではない。


 だけれど、こういうところに来ると、ついついやりたくなる。


「お待たせ」


 しばらくすると、吉野さんがやって来た。


 浴衣を着ており、湯船に浸かっていた時とは違った、湯上ゆあがり独特どくとくの色っぽさを感じる。


「マッサージチェアいいね。私も」


 そう言って、僕の隣にあるマッサージチェアに腰をかけた。


 彼女が近づくことで、甘い香りが僕の鼻孔びこうをくすぐる。


 そのタイミングで、僕は腰を上げ、正面にある自動販売機の前まで移動する。


「なにか飲む?」

「湯上がりの一杯いいね」


 自動販売機はコインを入れる場所がなく、ボタンを押せば飲み物が出てくる仕様しようになっている。飲み放題だ。


 別に僕はこういう仕様の自販機を使ったことはないのだけれど、悪魔達が創造した世界なのだからと勝手に決めつける。


 僕は先に自分の分として、コーヒー牛乳を購入? してから、どうするのかを問う視線を吉野さんに投げかける。


「私も同じのでいいや」

「わかった」


 言われるがまま、コーヒー牛乳を購入。


 彼女に渡し、再度、マッサージチェアに腰かける。


 今度はスイッチは入れず、ただ腰かけるだけ。


 マッサージチェア自体そんなに好きではないからね。


 ただイスとしての心地はよい。


 湯上がりであり、疲労ひろうもあって、眠気が襲ってくる。


 このまま眠ってしまいそうだ。


くつろぎ過ぎじゃないかな!》


 快適かいてきな時を過ごしていると、悪魔達がやってきた。


『だって、心地いいんだもん』


 僕ら2人、ふわふわした面持ちで応じる。


「っていうか、悪魔達はどこに行ってたの?」

《2人の邪魔じゃましちゃ悪いから外で待ってたんだよ》

『そうかぁ~』

《目を覚ませ!》


 僕ら、このままマッサージチェアに座ったまま寝入ってしまいそうになっていると、悪魔達に叩き起こされた。


「なんなのさ。せっかく気持ちよく眠れそうなのに」

《こんなところで寝たら風邪かぜをひくでしょ。ちゃんと布団ふとんで寝ないと》


 母親みたいなことを言う悪魔だった。


「はい、はい。……それで? 僕たちの部屋はどこなの?」


 そう僕が問うと、


《えい!》


 悪魔達は息を合わせ、腕を振る。


 すると同時に「ぶわん」と辺りが白いもやに包まれた。


 靄が晴れると、そこは古い旅館の一室だった。


 マッサージチェアや自動販売機はもうない。


 代わりに、畳の上にローテーブルと座椅子。


 奥の窓際にはテーブルと椅子がある。


 旅館といえば、という光景がそこには広がっていた。


「便利だね、それ」


 呆れ半分、関心半分で、素直な気持ちを吐露とろする。


「お待たせいたしました」


 出入り口から女将らしき人がやって来た。


 どうやら料理を運んできてくれたようだ。


 そういえば、吉野さんと天使が話していたっけ。いちごよりもいい物があるって。


 料理はお刺身さしみの盛り合わせをはじめ。


 他にも、伊勢いせい海老えび金目きんめだいなど、海のさちをふんだんに使った料理がずらりと並んだ。


 旅館の周囲に海らしきものは見えず、どちらかというと山奥なのに……いったい、原材料はどこから運ばれて来たのだろうか。


 本当にこの世界はなんでもありだな。深くは考えず、頂くことにする。


 温泉の時は吉野さんと2人きりだったけれど、食事は悪魔や天使も加えた4人? で摂った。


 そうして、お腹一杯になり、食膳しょくぜん類が片された頃、悪魔と天使がなにかを取り出す。


《デザートにいちごを》《食後のビスケットを》

『まだ食べるの?』

《もちろん》

「っていうかそれ、僕が持ってきたやつだよね」

《細かいことは気にしない》


 この世界に来る際に300円以内のおやつを持ってくるように言われ、持ってきたビスケットを僕に許可を取らず食べる。


 どんだけ好きなのだろうか、悪魔達は僕たちの悪態を気にも留めず、バクバクと食べ始める。


 相当な量を彼……彼女らは食べているはずなのに、おかまいなしに口の中に頬張っていく。


 不思議なもので、同じぐらいの量を食べていたことから、今、彼女らが食べているものも、同じぐらい食べられる気がする。


 もちろん、体格や体質などを考えるとそうとも言い切れないのだけれど。


 同じことを吉野さんも考えていたのか、いちごに手が伸びていた。


 僕も、いちごに手を伸ばす。


 さすがにビスケットを食べようという気にはなれない。


 ここに来て、いちごを食べるのもどうかと思うけれどね。


 なぜか旅館で、いちごやら、ビスケットやら食べた。


 そうして、心身ともに満たされ、食後の歯磨きも済ましたところで寝ることにする。


 悪魔達の力でテーブルや座椅子を片し、代わりに、布団が敷かれた。


 2人分。今日クリアできなければ同じ布団で寝るという話だったが、今日中にクリアできたからだろうか。布団は2人分だった。


 ただピッタリと隣にくっついている。


「うぅ~、本当に、同じ部屋で寝るの?」


 ほおあかくし、上目遣うわめづかいで吉野さんが見てくる。


 ん~、僕に言われても、決めたのは僕ではないしな。


 救いを求めるように悪魔達に問おうと周囲を見渡してみると、すでに姿をくらましていた。


 恐らくはどこからか見ているのだろうから必死に懇願こんがんすれば一緒に寝なくて済むだろう。


 だけれど、僕、本心として彼女と寝てみたい。


 自身の気持ちに嘘を吐けないことから打開策だかいさくを提案してみる。


「寝なくてもいいんじゃないかな?」

「別々の部屋にしてもらえるの? どうやって?」

「ううん。そうじゃなくて、今日1日ぐらい寝なくてもいいんじゃないかなって」


 僕の提案を受け、逡巡しゅんじゅんする素振そぶりを彼女が見せる。


 提案しておいてなのだけれど、朝まで起きていられる自信はない。


 いろいろとあって疲れたからね。


 吉野さんも朝まで起きていられる自信がないのか、自信なさそうに僕の提案を了承してくれた。


「いいよ。なにかして朝まで時間を潰そう」


 僕の提案を受けいれられ、方向性が決まったけれども、具体的になにをして時間を潰すのか、僕は考えていなかった。


 さて、どうしたものかと逡巡していると、電気が消灯しょうとうした。


 どうやら、さっさと寝ろ、ということらしい。


「え⁉ なんで?」

「落ち着いて」


 突然、電気が消えたことで、吉野さんが驚きを隠せず、わたわたしているのを暗闇くらやみの中に感じる。


 下手に動かない方がいいと考えた僕は、その場に座り込み、電気がついていた時の彼女の位置や布団の位置を思い出す。


 その記憶を頼りに、前に一歩分、移動すると――


 ――吉野さんと正面からぶつかってしまった。


 おでこ同士がぶつかった衝撃しょうげきを肌で感じる。


「ご、ごめん。……ケガはない?」

「う、うん。大丈夫」


 暗闇でよくはわからないけれど、僕の太ももあたりに、彼女の足らしき感触かんしょくがある。


 恐らくは、彼女におおいかぶさるような形になっている。


 慌てて、一歩分下がり、元の位置に戻る。


 僕の記憶違いかと思ったが、そうではなさそうだ。


 元居た場所の床にはたたみがあったはずなのに、手触りからして、布団が敷かれている。


 そこで、温泉でのことを思い出した。


 僕と彼女の間に、十人ほど入れるスペースを空けていたのに、気づいた時には肩がぶつかる程、間にスペースがなくなっていた。


 もしかすると……いや、もしかしなくても、悪魔達の仕業で温泉の時と同じで間のスペースを詰められている。


 そうすると、電気がついていた時の記憶は当てにならない。


 下手すると、出入り口さえ塞がれている可能性だってある。


 悪魔達の意向で、なんでもありの世界だ。


 そのくらいして当然と考えていいだろう。


「どうしよう」

「下手に動かない方がいいし、いっその事、布団に入っちゃう?」

「でも、そんなことしたら、寝ちゃわない?」

「そうかもしれないけど……。……あ! そうだ。しりとりしようよ」

「しりとり?」

「そう。しりとりしてれば、もし寝てれば声が聞こえなくなって気づくでしょ」

「確かにそうだけど、布団に入らないとダメかな?」

「ダメではないけど、体勢的にきつくない? 壁に寄りかかるにしても、どこにあるかわからないし。でも、布団の中なら、寝させようとしているわけだから、なにかしてくる可能性は低いと思うんだよね。それに、もし寝たら、もう1人が体を揺すってでも起こせばいいし」

「う~ん」


 僕の提案を受け、吉野さんはたっぷり逡巡する。


 しばらくしたら、暗闇に目が慣れ、少しは見えるようになるかとも思ったけれど、悪魔達がそんなところまで操作しているのか、まったく慣れる気配を感じなかった。


 そのため、声だけが頼りになる。


 暗闇であることもあり、布団の中に入ってすらいないのに、すでに寝てしまいそうだ。


 彼女も同じことを思ったのか、僕の提案を受け入れてくれた。


 受け入れてくれたことに、ほっとするも、布団に入ってさっそく寝てしまいそうになる。


 それを気合いでけようと努めた。


 眠気ねむけそむくなんて、明らかに体に悪いことをしている。


「手、握ろう」


 布団に入り、さっそく寝そうになっていると、吉野さんに声をかけられたことで持ちこたえた。


「そうだね」


 お互いの場所を把握できた方がいいだろうと思い、僕は彼女の提案を受け入れる。


 人の手を握ったまま布団に入るのなんていつぶりだろう。


 人肌を――思い人の肌を感じ、心拍数が上昇する。


 これはいい眠気ねむけましだと思ったが、今度は別の気を起こしそうになる。


 眠気に、性欲。三大欲求の内、2つが同時に僕を襲う。


 耐えきれるのだろうか……。


 一抹の不安を感じるも、耐えきるしかない。と、気を強くもつ。


 このままではどうにかなりそうであるため、さっそく、しりとりを開始する。


「それじゃ、僕からいくよ」

「うん。いいよ」

「バナナ、の「な」からで、……仲直り」


 言ってから気づいたけれど、すごいフレーズだ。


 僕らはケンカして仲直りした。


 狙ったわけではないのに。


 そもそも、しりとりなら「り」から始めるよね。


 言ってから気づいたけれど。


 バナナの「な」から始まるのはマジカルバナナだ。


 ごっちゃになってしまった。


 幸いにして吉野さんは気にした様子をみせない。


 そのまま、しりとりが続く。


「「り」ね。……りせい」


 ん~。どんな字があてがわれるのか考えないようにしよう。


 1つしか思いつかないけれど。


 きっと僕の知らない「りせい」があるのだろう。


「「い」だね。……イエス」


 ……深い意味はない。


「「す」か。……すいま」


 ……考えないぞ。


「「ま」だね。……負けられない戦いがそこにある」

「なんかすごい気合いが入ってるね」

「まぁね。次は「る」だよ」

「「る」か。……るんるん♡」

「楽しそうだね。……でも、「ん」で、終わってるから、吉野さんの負――」

「最後はハートで終わってるからセーフ。次は「と」だよ」

「……なにそれ……。……まぁ、いいか」


 どうせ朝まで続く遊びだし。


 しりとりの勝敗なんてどうでもいい。気にせず続けることにする。


「「と」だから……吐息」


 深い意味はない。深夜であるせいか、変な言葉ばかりが出てくる。


 夜中にしりとりはしてはいけないのではなかろうか。


「「き」……きせい」


 奇声かな? お化け屋敷のゾンビを思い出す。


 なんだか怖くなってきた。


 っていうか、自ら、恐怖をそそる言葉を選ぶとは。


 今日の1件で大分、お化け屋敷に慣れたのかな? そうは見えなかったけれど。


 そうして、僕らは深夜のテンションでしりとりを続けていった。


 だけれど、それはそう長くも続かず――


 ――気づいた時には朝だった。

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