開放

《おめでとう》


 そう言って、僕らをいわってくれたのは、とらわれているはずの悪魔だった。


「どうして、ここに……」

《どうしてって、助けに来てくれたんだろ?》

「そりゃ、そうだけど……罰を受けてるって、聞いたんだけれど、それにしては元気そうだね」

《まーね》

「いったい、どんなばつを受けてたの?」

《君は映像を見たんじゃないの?》

「確かに見たけどさ。あの映像を考えればもっと傷だらけかと思ってたよ」

《心はボロボロさ。思い出したくもない》


 そりゃそうか。あんなひどい仕打ちを受けたのだから。


 両手足を十字架じゅうじかしばり付けられ、身動きできない状態でむちを打ち付けられる。


 今思い出してもひどい罰だ。


 映像だけでも鞭を打たれる痛みを想像してしまう。


《自分そっくりの人形に自ら鞭打ちするなんて……いったい誰が考えたんだか》

「そう。だからこそ鞭の跡が残って……ん?」

《まぁ、鞭を打ち付けられるよりかはましだけど》

「ちょっと待って。あれ人形だったの?」

《そうだよ。よくできてるよね》

「でも罰なんだよね。そんなんでいいの?」

《元々君達をこの世界におびき寄せるための演出だからね》

「演出?」

《それに罰っていうんなら、君のだって早々に無くなったでしょ》

「確かに……でも、なぜ?」

《君達の仲を深めるためにやってることだからね。顔がじゃがいものままだと良くないと判断されたんだよ》

「そうか。……ところで、ビスケットはおいしかった?」

《そりゃ、もう。やっぱり一級品は違うね。君ん家のとは大違い。…………どうして、わかった?》

「口に付いてるよ」


 悪魔は背を向ける。口元をぬぐっているようだ。


「えぇー」


 突然、叫び声を上げたのは吉野さんだった。


 どうやら、彼女は彼女で、天使と再会を果たしているようだ。


 というか、天使が見えるのだが。


 てっきり僕は天使を視認できないとばかり思っていた。


 悪魔を僕以外が見えなのと同じように、天使を吉野さん以外は見えないと思っていたのだけれど。


 もしかすると今は見えるのかもしれない。


「私にも、いちご、取っといてくれた?」

《もちろん! だけど、よしのんにはもっといいものが待ってるわよ》

「そうなの?」


 悪魔はビスケット、天使はいちごを食べていたようだ。


 僕らが大変な目にっていたというのに、のんきなものだ。


「なにはともあれ、これで家に帰れるなぁ〜」


 やることを終えた達成感から、一気に肩の力が抜ける。


 今日はよく眠れそうだ。


 そんな呑気のんきことを考えていたのだけれど、そううまくはいかなかった。


《今日はもう帰れないよ》

「…………え? なんで?」

《だって、もう、閉園時間が過ぎてるし》

「いや、まだ、僕達、園内にいるんだけど」

《関係ないよ。時間になったら閉まるんだ》

「そんな、バカな。中にいる人はどうするのさ。野宿でもしろって言うの?」

《さすがに野宿はないよ》

「じゃあ、どうするのさ」

《そりゃ、もちろん。旅館に泊まってもらう》

「は? でも、それは、時間内にクリアできなかったらの話じゃないの?」

《それはそれ、これはこれ。まぁ、いいじゃないか。せっかくだし、楽しんできなよ》

「そんな……もしかして、いちごよりもいいのが待ってるって……」


 吉野さんが心底しんそこ残念そうにしている。


 彼女を元気づけるかのように、天使は笑顔で答えていた。


《旅館のお料理、おいしいよ》

「えぇ~。……部屋は別々だよね」

《ううん。一緒よ》

「なんでぇ~」

《なにを言ってるのよ。2人はもう付き合ってるんだから、一緒でも問題ないわよね》

「それとこれとは別だよぉ~。……っていうか、なんで知ってるの? もしかして、見てた?」

《見てた見てた。ぜ~んぶ、見てたよ》

「全部?」

《そうよ。よしのんが今日、朝起きてから遊園地デートするまで全部》

「マジかよ。もしかして、お前も?」


 天使の話を聞き、僕は悪魔に話を振ってみる。


《当然! 別室からモニター越しに見させてもらったよ》

「なんかもう完全に僕らの為の演出だったんだな」

《そうだよ。だって、そうでもしないと君たち、なんの進展もないじゃないか》

『はぁ』


 僕ら2人、一気に肩の力が抜ける。


 今日の僕らの苦労はいったいなんだったのだろうか。


 僕は苦手なジェットコースターに乗り、吉野さんはお化け屋敷に入り、しなくてもいい苦労を僕らはした、ということか。


 そう考えるとやるせない気持ちになる。


《まぁ、いいじゃないか。結果として、2人は交際できるわけだし》

「まぁ、そうだけど……」


 悪魔の言う通り、結果だけ見れば、悪くない。……いや、最高の結果だ。


 それを考えると、悪魔をめるに責められない。


「仕方ない。せっかくだし、男同士、温泉にでも入るか。あるんだろ?」

《男同士?》

「?」

《それはボクに対して言ってるのかな?》

「そりゃ、もちろん」

《ボクは女だよ!》

「え? えぇ――――――――」

《失礼しちゃう!》

「いや、だって。オスは黒、メスは白、なんでしょ」


 出会った日、確かにこいつは言っていた。


 オスは黒、メスは白、だと。


 だから僕はずっとこいつのことを男だと思っていたというのに……。


 悪魔は憤慨ふんがいした様子で主張してきた。


《オスの人間にく恋のキューピットは黒、メスの人間に憑く恋のキューピットは白、なんだよ》

「最初からそう言えよ」

《ヤダよ。長ったらしい》


 まぁ、確かに。


 言う方からしたら面倒かもしれない。


 短縮して「オスは黒、メスは白」なんて言いたくなる気持ちもわからなくもない。


 しかし、そのせいで、誤解を招いたら、元も子もないのだけれどね。


「それじゃ、僕は1人で湯船ゆぶねつかかるのか……」


 別にこの歳にもなれば1人で湯船に浸かるのは普通ではあるのだけれど、旅館ともなれば話は別だ。


 聞く限りだと、今回の1件は僕らのために用意されたもののようだし。


 他に宿泊客もいないだろう。


 だからといって、さっきのゾンビと一緒というのもイヤだけれどね。


《混浴だから大丈夫だよ》

「え⁉」


 悪魔の言葉に、吉野さんが驚きを隠せない様子。


「それは、ちょっと……」

《大丈夫よ。混浴は混浴でも、水着、着用だから》

「それなら、まぁ、いいか」


 おっと、これは思わぬ幸福。


 この目で吉野さんの水着姿をおがめるとは。


 結局、彼女とプールに行けず、水着姿を拝めなかったからね。


 こんなところまで来たかいがあったってものだ。


 悪魔と天使は視線をわし、うなずき合う。


 2人、手を取り合い、空中で何回転かすると、光に包まれた。


 その光は次第に大きくなり、僕と吉野さんまでも包むほど大きくなる。


 そうして、光が消えたころには、目の前に旅館が現れていた。


 辺りを見回すと、遊園地は消えていて、代わりに森林が広がっている。


 吉野さんが手にしていた花束はなたばと花瓶も消えていた。


 悪魔達の話によると帰りに返してくれるようだ。


「すごい!」

「こんなこと、できるんだ」

《ボクらの世界だからね。造作ぞうさもないことさ》

《それでは行きましょう》


 悪魔達、先導の下、館内へと入る。


 広いロビーを抜け、しばらく進んでいくと、脱衣所前に到着した。


 さすがに脱衣所は男女に分かれているようだ。


 僕は1人で男用に入った。


 中はガラガラで貸し切り状態。


 予想はしていたけれど、こういう場で1人だと、普段とは違った寂しさを感じる。


 僕が思い描いていた脱衣所と違うところは、水着が置かれているところだ。


 十数着ほどハンガーにかけられている。


 派手なのを着る気にならないため、サイズを確認しつつ、黒の水着を選んだ。


 着替え終わってから戸を開くと洗い場があった。


 僕1人が使うことがわかりきっているためだろう。1人分しかない。


 奥に進むと混浴の露天ろてん風呂があるようだ。


 ガラスの戸で仕切られているため、よくは見えないも、「この先、混浴温泉」と記されている。


 とりあえずはこの洗い場で体を洗え、ということなのだろう。


 僕は一度は着た水着を脱ぎ、全身くまなく、しっかりと洗う。


 今夜は吉野さんと寝ることになりそうだ。


 それを思うと、ちゃんと洗わないとね。


 彼女は僕と寝るのを嫌がっていたけれど……。


 嫌がっていたことを思い出し、落ち込む。


 僕、なにか悪いことしたかな?


 いや、しかし、一緒に温泉には入ってくれるわけだし。


 そう考えると基準がわからない。


 信用されていないのかな? 寝込みをおそわれるとでも思っているのかな?


 いや、もしかすると、温泉すら一緒に入ってくれないのかもしれない。


 実はすでに脱衣所だついじょにはおらず、外に出ていて、僕が出るのを待っているのかも。


 そして、僕が出たらなにかと理由を付けて……。


 ネガティブなことを考えてしまう。


 体を洗い終え、水着を着てから、浴場にでると、誰もいなかった。


 浴場は岩でできていて、20人は入れそうなほど広い。


 また、露天風呂になっていて、広大な自然を一望できる。


 見れば富士山らしきものまで見え、なんでもありだなと感じる。


 それからどれくらい経ったかわからないけれど、吉野さんがガラス戸を開いてやってきた。


 ホッと一安心。


「ごめん。待たせちゃった?」

「ううん。大丈夫」


 吉野さんが着てきた水着は白のドット柄が付いたピンクのビキニだった。


 もしかしたら来てくれないかとも考えていたけれど、結果として来てくれてよかった。


 眼福がんぷく、眼福。


 僕はもう天にでも舞い上がりそうな気分になりつつ、彼女を出迎える。


「似合ってるじゃん。かわいいよ」


 吉野さんは一瞬、たじろいでから、恥ずかしそうにそっぽを向いたまま髪をかきあげる。


「ありがとう」


 彼女は僕から距離を置く形で、間に十人ほど入れるだろうスペースを空け、湯船に浸かる。


 これは一緒に入っているって言えるのだろうか、距離を詰めようか思案しあんしていると、徐々じょじょに浴場が小さくなっていく。


 それはもう、2人ぎりぎり入れるぐらいまで。


 そうして気づけば、僕らは肩がぶつかる程に距離が近づいていた。


 ぴとっと触れる肩に2人とも驚いてしまう。


「うぅ! 近い……」

「そういえば、悪魔達が作った世界だもんね」

「うぅ……また、あの子たちのせい……」

「僕達、振り回されてばかりだね」

「そうだね」


 今日1日、彼女とずっと側にいたせいか、隣り合っていることによる緊張はそんなにない。


 だからといって、まったく緊張しないかと言われれば嘘になる。


 その後は今日の遊園地でのことを話し合った。


 妖精ようせいに遊園地にまぬかれたこと、風船を女の子に届けたこと、ジェットコースターに乗ったこと、お化け屋敷に入ったこと。


 過ぎた今となってはいい思い出だ。


 今日を振り返り、話題が切れたところで、湯船から上がった。

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