アトラクション9

 今いる行き止まりには仕掛けがなにもない。


 さすがにネタが尽きたのかもしれない。


 これさいわいと、お化け屋敷の中ではあるも、休憩きゅうけいする。


「はい、これ」


 どこからか、水が入ったペットボトル飲料を渡された。


 丁度ちょうどのどかわいていた僕は、それがどこから来たのか気にせず、一気に飲み干す。


 吉野さんも、僕と同じように水を飲んでいた。


 そうして、僕ら顔を見合わせ、徐々に顔が青ざめていく。


 この飲料はどこから来たのか確認すべく、壁を見るも、誰もいない。


 おそおそる天井を見上げると――


 ――スパイ〇ーマンのようなぶら下がり方をした白装束しろしょうぞくを着た女の人がいた。


『もう、白装束女はいいってぇ――――――――』


 渡されたペットボトルをその場に投げ捨て、僕ら2人駆け出す。


 あろうことか、白装束女は追いかけてきた。


「ポイ捨てはいけません」

『それは元々、(僕、私)のじゃないから』

「そういう問題じゃありません」


 ごもっとも。


 受け取るまでは追いかけてきそうだ。


 仕方なしに、僕が代表し、空の容器を受け取る。


「ゴミはゴミ箱へ」

『そうですね!』


 間違ったことを言われてはいないのだけれど、その恰好かっこうで全力で追っかけてこないで欲しい。


 ポイ捨てよりむしろ、そのことの方が問題ではなかろうか。


 そんなことを考えるも、言えるわけがない。


「ねぇ、ねぇ。……あれ、見て」

「ん?」


 吉野さんに肩を小突こづかれ、指し示す方を見てみる。


 気づけば、僕らは元居た井戸がある場所に来ていたようだ。


 彼女が指し示したのも、その井戸。


 言われるがまま井戸の方を見ると――


 ――「う~ら~め~し~や~」


 両手がない、お化けのポーズをした白装束女がいた。


「手、どこにいったのかな?」

「なんでそんなに冷静れいせいなの⁉」

「もう一周回って、お化け屋敷、楽しいよね」


 よくよく吉野さんを見ると、目がぐるぐるになっていた。


 もうあまりの恐怖に気がどうにかなっているようだ。


 これは一刻も早く、この場をだっする必要がありそうだ。


 そう考えていると、吉野さんの肩越しにいるゾンビが目に入った。


 両手に何か持って――


 ――手だ! 両手でそれぞれ片手ずつ手を持っていた。


「私の手を返せぇ――――――」

「帰すわけないだろ――――――」


 突然、叫んだのは井戸にいる白装束女。


 それに答えるゾンビ。


 会話の応対や状況からして、ゾンビが持っている手は井戸の白装束女の物と考えられる。


『返してあげようよ――――――』


 僕ら、叫びながら、その場から離れていく。


 もう、これ、遊園地のお化け屋敷の域を超えているよね。


 道に沿って走る続けると、ようやっと出口が見えてきた。


 そのままマラソンのラストスパートのごとく、駆け抜ける。


《おめでとう》


 お化け屋敷を出た瞬間、妖精ようせい出迎でむかえられた。


 辺りを見回すと、そこはお化け屋敷の裏で、広場になっていた。


《まさかクリアできるとは思ってなかったよ。これより悪魔達を開放する準備にかかる》

『準備しといてよ!』


 僕らの叫びもむなしく、そそくさとその場から妖精ようせいが去って行く。


 姿が見えなくなってから、僕らは近くにあるベンチに腰をかけた。


「遊園地って、子供でも楽しめるテーマパークのはずなのに、なんで僕らこんなにも苦労させられてるのだろうね」

「本当だね。でも、終わってみれば楽しかった」

「確かに。……でも、楽しんだっていうよりも、どちらかというと達成感あったっていう方がしっくりくるかも」

「いえてる」


 僕ら2人で達成感をめていると、空高く、花火が打ち上げられた。


 先ほど、妖精が言っていた準備というのは、この花火も含まれているのかもしれない。


 思えば、今日1日でたくさんのことを吉野さんと一緒にやってきたのだよな。


 ……いや、今日だけではない。


 一緒にバドミントンしたことだって、ケンカはしたけれど、今となってはいい思い出だ。


 もし悪魔が僕の前に来なければ、なにも行動せず、彼女とはなにもなかった。


 高校卒業し、大学進学なり、就職なりして、大人になったら自然と離れていく。


 今考えるのにはまだ早い。


 だけれど、いつかは来るであろう未来。


 そんな遠いような、近いような、未来を思い浮かべた時、自然と彼女の顔が脳裏をよぎった。


 もしも彼女が近くにいない未来があるのだとしたら……それはおそらく、僕らが関係を進展させなかったことによる結果だろう。


 関係を進展させれば近くにいられるかもしれない。


 確実とはいえないけれど、可能性はゼロではない。


 大人になっても一緒にいたいのならば、僕が取るべき行動は決まっている。


 僕が決意を固めると同時に、ボンッと音を立て、花束が手元に現れた。


 吉野さんを見ると、彼女の手元には花瓶が握られている。


 周囲を見ても悪魔達の姿は見当たらない。


 悪魔の言う通りにするのは癇に障るも、不思議と今だけは悪い気はしなかった。


「吉野さん、お願いがあるんだけど」

「なに? 仲村くん」

「僕の彼女になってくれないかな?」


 言うが早いか、僕は緊張から、ぎこちなく花束はなたばを差し出す。


 花に詳しくない僕は、差し出している花にどんな思いが込められているのか、要は花言葉を知らない。


 だけれど、このタイミングで現れたのだ。


 きっと、この場に相応しい花だろう。


 お花係の代わりを嬉々としてやる吉野さんにはわかるのかもしれない。


 そう考えると結構けっこう危ないことをしている感ある。


 これでもし、この場に相応ふさわしくない花だったらと考えると、彼女の返事を聞くのが怖い。


 それでも僕は彼女の返事を待った。


 花束を差し出し、うつむいたまま待つ。


 しばらくすると、吉野さんはゆっくりと花束を受け取ってくれた。


 そのタイミングで僕は顔を上げ、彼女の返事を聞く。


「いいよ」


 これからの未来に彼女がいない恐怖に比べれば、告白なんて大したことなかった。


 そのまま僕らはお互いの体を寄せ合い、顔を近づけ、くちびるを重ね合った。

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