アトラクション8

 元の十字路じゅうじろに戻った僕らは、迷わず右折うせつする。


 しばらく進んだところで状況を知らせる。


「右のさくの向こうにはゾンビがいるね」

「え?」


 先ほどは仕掛しかけを知らせず、吉野さんを必要以上に驚かせてしまった。


 同じ失敗はしないように、僕は心に決めていた通り、状況をなるべく早く知らせ、恐怖を緩和かんわできるように努める。


 吉野さんは僕の行動に戸惑とまどっているけれど、ジェットコースターの時、僕はこの手法しゅほうに助けられた。


 自信を持って、お化け屋敷でも実行する。


「ウォォォォォォォオオオオオオオオオオオ」

「ヒィッ!」


 声をあげてきたゾンビに、彼女がおどろく。


 その様子はあきらかに先ほどよりも緩和されている。


 そのことを実感し、僕はさらに状況を伝える。


 おどかしにきたゾンビをよく観察し、ちからなにからまで予測ではあるけれど、伝えてみた。


「このゾンビは柵に閉じ込められていることから考えるに、なにか重罪じゅうざいおかしたのかもしれないね」

「……?」


 僕の行動を不思議そうに見つつ、彼女はだまっている。


 僕は良かれと思い、続ける。


「最初の仕掛しかけ――首をった女の人はもしかすると、このゾンビの仕業かも」

「!」

「そして、かどに隠れていた女の人は、このゾンビが釈放しゃくほうされるのを今か今かと待ち望んでいる恋人」

「!!」

「思い人がゾンビ化していることを知った女の人は精神崩壊を起こし、奇声きせいしかあげられなくなった」

「!!!」

あきらめきれない女の人は壁越かべごしにゾンビ化した思い人を見てしまう」


 彼女は困惑しきっている。


 これは効果こうか絶大ぜつだいかもしれない。


 他のことに気が向いて、恐怖を感じていたことを忘れている様子だ。


 当初とうしょ考えていたものとは違う気がするけれど、同じように続ける。


 少し先に進むと、両手足を天井につけ、首は180度曲がっている女の人の仕掛けが見えた。


「あのゾンビに無理やり首を曲げられたのかな。今にも首が取れて落ちてきそうだ」

「!」

「きっと真下に入ったら落ちてくるよ。だから、気をつけ――」

「もう、止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええ」

「え?」

「さっきからなんなの? 怖いよ。この人の真下に行かないと前に進めないのに、もう、怖くて行けないよ!」


 良かれと思ってやっていたことだけれど、逆に彼女を怖がらせてしまっていたようだ。


 僕の胸板むないた辺りを叩いて、泣きながら抗議してくる。


「あ、えっと、ごめん。……少しでも恐怖を和らげればと思って……」

「逆効果だよ。……でも、ありがとう」


 僕の胸に寄りかかってくる吉野さん。


 急に怒ったかと思えば、すぐ静かになった。


 僕は目の前にいる彼女がいとおしく、すぐそこにある頭を優しくでる。


「えへへ」


 嬉しそうな声が聞こえた。


 どうやら、もう怒っていなさそうだ。


 気を取り直し、僕らは前へと進んでいく。


 そして、次の仕掛けの前までやって来た。


 今までとは明らかに毛色の違う突き当たり。


 さっきまでは壁でしかなかったのに、今目の前にあるのはふすまになっている。


「なんか、出そうだね」

「え⁉」


 さっきは憶測おくそくまで加え、具体的に語り過ぎたので、今度は漠然ばくぜんとしたことを伝えてみた。


 彼女は驚きをあらわにし、身構みがまえる。


 心の準備は万端ばんたんの様だ。


 それを確認してから襖がある方へと数歩だけ近づくと、襖が開く。


 同時に雰囲気を盛り上げんとする太鼓たいこおんと共にそれは現れた。


 それというのは――


 ――「う~ら~め~し~や~」


 白装束しろしょうぞくを着て、両手は垂れ下げたお化けのポーズ。


 ありきたりではあるも、お化け屋敷が苦手な吉野さんへの効果は絶大なようで。


「キャ――――――――――――――」


 本日もう何度かわからない悲鳴がひびき渡る。


「……あ、あれ」

「あ~そうだね~お化けだね~」

「なに、その、子供をあらすかのような言い方! ……そうじゃなくて! よく見て!」


 彼女に言われ、よく見てみる。


 別になんてことない。


 ただ白装束を着た女の人。


 格好かっこうだけなら見飽みあきたとさえいえる。


 ただ一点、気になることがあるとすれば――


 ――ガラスりにゾンビらしきものが映っていること。


 僕らと白装束の女性をへだてたガラス張り。


 そこには僕らとゾンビが映し出されていた。


 おそおそる振り向いてみると、あんじょう、そこにはゾンビがいた。


「グウォォォォォォォオオオオオオオオオオオ」

「キャ――――――――」「ウァ――――――――」


 これには僕も驚き、叫んでしまう。


 僕らはけ出し、とにかくその場から一刻も早く離れんとする。


「い、行き止まり?」

「そう、みたいだね」


 先ほどのゾンビが追いかけてきてはいないけれども、咄嗟とっさに選んだ道は行き止まりだった。


 そして、その行き止まりにあるのは墓石ぼせき


「これは首を吊った女の人の墓石で」

「いや、それは、もういいから」

「……あ、そう」


 墓石の歴史を憶測おくそくで語ろうとしたら、軽くあしらわれてしまった。


 少し寂しさを覚えるも、気を取り直し、元来た道を引き返すことにする。


「あのゾンビ、まだいるかな?」

「いるかもしれないね。どうする? 走ってやり過ごす?」

「ううん。止めとく」


 僕は瞬間的に走った方がいいのでは、と思い、提案してはみたものの、走ったからといって遭遇そうぐうしないとは限らない。


 それどころか、ゾンビと物理的に接触してしまう可能性すらある。


 それを思うと、彼女が僕の提案を断ってくれて良かったかもしれない。


「少しずつ進もうか。まさか襲ってくることはないだろうし」

「……それしか、なさそうね」


 吉野さんから、気は向かないけれど、前に進もうとする意志を感じられる。


 彼女の過去を思うと、足がすくんで動けない。なんてことになることも考えた。


 だけれど、そんなことはないようだ。


 僕はそのことに安堵し、彼女の気が変わらぬうちに、元来た道を戻り、また別の道を進むことにする。


 幸いにして道は2つに分かれていた。


 1つは今来た道で行き止まり。


 もう1つがゴールに続いている道に間違いないだろう。


 そうして少しずつ前に進んでいき、元居た場所に着くと、ゾンビは変わらずいた。


 両手を上にかかげ、僕らを驚かせんとしている。


 だが、奇声きせいはあげず、ただその場にじっとしている。


 ところが、まったく動きがないかと思うも、そうでもない。


 視線だけは僕らに向いていた。


 ゾンビの身長が2mを越えているもんだから尚更なおさらの恐怖を感じる。


 よく見ると、ジェットコースターの列の並んでいたゾンビの1人だ。


 お化け屋敷に入るよう指令が入ったのかもしれない。


 今にも掲げている手を振り下ろし、物理的に攻撃してきそうな勢いだ。


 いざとなったら、僕が身代みがわりとなり、吉野さんだけでも無事に帰還きかんさせようと考えていた。


 ……いたのだけれど、その手が振り下ろされることはなく、杞憂きゆうに終わる。


 ホッと胸をで下ろす。


 ゾンビの前を通り過ぎてからは、時折ときおり、後ろを振り向き、ゾンビがついて来ていないか確認しつつ前に進む。


「良かった。ついては来ないようだ」

「首が取れてた、首が取れてた、首が取れてた」

「なにがあったの⁉」

「あれ、絶対に! 首、取れてたよ!」

「何の話⁉」

「ガラス張りにいた女の人だよ! 見てないの⁉」

「見てないよ! それよりも僕はゾンビを警戒けいかいして――」

「ゾンビなんてどうでもいいよ!」

「えぇ~」

「あれ、絶対! 首、取れてたって!」

「そう言われても僕、見てないし」

「なら引き返して、見に行こう」

「なんでだよ! 怖いんじゃないの⁉」

「怖いよ。怖いけど、1周回って怖い物見たさってあるじゃん!」

「ないよ! 怖いものは怖いままだよ! どうしてそうなるのさ!」

「なんだか段々、楽しくなってきた」

「僕の心配を返せ!」

「グウォォォォォォォオオオオオオオオオオオ」

「キャ――――――――」「ウァ――――――――」


 突然、僕らの声に反応するかのように、奇声をあげながらゾンビが追いかけてきた。


 僕らは必死に逃げる。


 突き当たりまで到着し、道が2つに分かれていることを確認する。


 その段となり、突き当たりにある井戸から――


 ――「う~ら~め~し~や~」


 両手を垂れ下げたお化けのポーズで、かつ白装束を着た女の人が出てきた。


『今は、それどころじゃない!』


 長身ゾンビに走って追いかけられる恐怖が強すぎて、白装束女がどうでも良くなった。


 僕らがそろって声をらげると、井戸から出てきた白装束女は寂しそうに井戸の中へと引っ込んでいく。


 なんだか悪いことをした気になるも、構っているひまはない。


 考える暇なく、咄嗟とっさに右折し、道に沿って進んでいくと行き止まりだった。


 さっきから僕、行き止まりばかり引き当てていないか?


 やはり僕の勘は当たらない。


 幸いにして、吉野さんとはぐれることなく、かつゾンビは後を追いかけていないようだ。


 僕らが進んだ先が行き止まりだとわかっているから追いかけてこないのかもしれない。


 戻ってくることがわかっているのならば、待っていた方がいいもんね。


 そう1人納得し、息を整える。

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