スポーツセンターデート3

《お帰り~》


 家に帰ると吞気のんきに僕のベッドに寝転がり、ラノベを読んでいる悪魔に出迎えられた。


 その小さな体でどうやってベッドまで文庫を運んだのかは謎だ。


 まぁ、頑張ったのだろう。


 そういえば、吉野さんとのデートに夢中になり過ぎて忘れていたけれど、いつの間にか、彼は姿を消していた。


 ……そんなことはどうでもいいか。


《どうだった?》


 彼の問いにすぐには答えず、僕は机に突っ伏す。


 あからさまに元気のない僕を見た悪魔は心配そうに声を掛けてくる。


 嘲笑ちょうしょうしてくるかと思っていたから意外だ。


 僕は机に顔を伏せたまま最低限の言葉で答える。


「失敗した」

《そう》


 思いのほか深堀されなかったことに安堵する。


 もっと根掘り葉掘り訊かれるかと思っていた。


 訊かれても困るが、訊かれると思って身構えていたため、拍子ひょうし抜けだ。


 僕はいったいどうして欲しいのだろうか。


 こんなんだから吉野さんとうまくいかないのだろうな。


《まぁ、なんだ。……失敗したって極度の緊張状態になったら人の顔がじゃがいもに見えるだけなんだから気にすることないよ》

「今となってはそれだけじゃない。吉野さんと顔を合わせづらいよ」


 悪魔と出会った頃は彼女とはなにもなかった。


 だけれど今は違う。


 彼に言われるがまま距離を詰めたがために気まずい関係になってしまった。


 こういうと全責任を彼に押し付けているようだけれど、実際は違う。


 彼は行動を起こすよう背中を押してくれただけ。


 失敗したのは僕のせい。


 いっその事、悪魔のせいにしてしまった方が気持ち的に楽かもしれない。


 だけれど、今の僕にはそれができなかった。


 あの場に彼がいなかったから、というのもあるけれど、やはり今回の件は僕の未熟さに原因がある。


 それを受け止め、前に進むべきなのかもしれない。


 そう力強く意志を固めるも、ここから改善する手立てはない。


 ただただ気持ちが沈んでいく。


 不思議な感覚だ。


 あまりにもどん底に落ちてしまっているがために、頭がおかしくなっているのかもしれない。


 悪魔にそう言われるならともかく、自分からそう考えるなんて本当にどうかしている。


《君が完全に意気消沈していることはわかった。だけど、もうそんなに時間がない。ボクが君とお別れする時も近いだろう》


 彼のいつものふざけた声のトーンではなく、神妙で、少し不気味なぐらい真剣だ。


 だからだろう。


 僕も釣られるように真剣に聞き入ってしまう。


 机の上に置いていた携帯ゲームが起動する。僕が操作したわけではないのに。


 ふと悪魔を見ると、今までにないほど優し気に、僕のことを思った言葉をかけてくれる。


《ボクにはこのくらいしかできないから。……言ってごらん。彼女とどんなことがしたかった?》

「ホント。役立たずの悪魔だな」

《ボクは悪魔じゃないよ。恋のキューピットのデビルさ》

「悪魔もデビルも同じ意味だけどね」

《そんなことはどうでもいいよ。それよりも、彼女とどんな日々を過ごしたかった?》

「……そうだなぁ。無難だけど、花火大会とか」

《本当に無難なの来たな。一緒に行ったことないの? 幼馴染みなのに?》

「ないよ」

《友達グループとか……あ、ごめん。君、友達いなかったね》

「いや、いるから。普通に、人並みに、いるから」

《誘われなかったんだね。可哀想かわいそうに》

「男だけのグループでそういうのは済ましただけだよ」

《むさ苦しい》

「ほっとけ」

《なるほど。そんな灰色な青春を送った君だからこそ、無難なデートを所望するわけだね》

「ところどころ引っ掛かるけど、否定できないのが歯がゆい」

《しょうがない。残念な青春しか送れない。そんな君にプレゼントだ》


 色々と納得できないところがあるも、なにかをくれるようだ。


 貰えるものは貰っておこう。


《机の上にあるゲーム機を手に取ってごらん》


 言われた通りゲーム機を手に取る。


 悪魔が手を触れた気配はなかったけれど、いったいどうやって電源を入れたのだろうか。


 そんな疑問を言うのは野暮だろう。


《君が思い描くデートを再現しようではないか》


 ゲーム画面はいつもと違い、制作した会社名は出てこず、代わりに「恋のキューピット・デビル」と表示がされた。


 彼に言われるがまま、僕はゲーム機を操作して、物語を進めていく。


 登場するヒロインは僕が愛用している美少女ゲームに似たキャラ、ではなく、吉野さんそのものだ。


 なぜそう思うのかはわからない。


 わからないけれど、なぜかそう思う。


 正直、見た目はそっくりだからわかるはずがないのに。


 ヒュ~、ドンッ!


 盛大に花火が打ちあがった。


 火花が散りばめられ、お祭りのメインであり、終盤であることを知らされる。


 左隣には吉野さんがいる。


 ピンクを基調とした花柄の浴衣を着飾っている。


 頬を紅潮こうちょうさせているように見えるのは打ち上げられた花火のせいではないだろう。


 では、人混みにいることによる熱気のせいか。


 いや、それも違う。


 ふとした瞬間に目が合うと、恥ずかしそうに目を逸らす。


 それは彼女だけではなく、僕もそうだ。


 周囲に大多数の人がいるはずなのに、そこには2人だけの空間が出来上がっていた。


 花火大会に行くことになった経緯やどこの花火会場なのかなどの細かいことはわからない。


 正直、そんな細かい情報を説明されたとしても頭に入ってはこないだろう。


 それを知ってか、悪魔はそれらをすっ飛ばした。


 前に僕の学校生活をすっ飛ばしたことを悪く言っていたけれど、今のこれは、僕のと変わらないのではなかろうか。


 話の展開もあったもんではない。


 ただただおいしい展開だけが繰り広げられる。


 邪魔する者はおらず、屋台を見て回り、花火に歓喜する。


 なんの変哲もない花火大会デート。


 不思議なことに、VR機能が付いているゲームにではないはずなのに、実際にそこ

にいて体験しているような感覚がある。


 むしろVRなんかよりもリアルかもしれない。

 ゲーム内に生身のまま入り込んだ感覚がある。


 そう、この手の温もりなんかまさしく……。


「⁉」


 ゲーム内に入った時点でそうだったからすぐには気付かなかった。


 あろうことか僕は吉野さんと手を繋いでいる。


 そのことに気づいたことで咄嗟とっさに手を振りほどいてしまった。


「どうしたの⁉」


 当然というべきか、彼女は驚愕きょうがくし、いぶかし気な目を向けてくる。


「ごめん。虫が――」

「虫⁉ え? え? どこ?」

「いや、ごめん。うそ」

「うそ⁉ もう!」


 誤魔化ごまかすのが下手すぎて怒らせてしまった。


 頬を膨らませ、腕を組み、横向きの状態で僕を見る。


 怒らせた側が思うことではないが、怒った姿もかわいい。


 現実で彼女を怒らすなんてことはできない。


 ゲームだからこそできることだ。


 ……いや、違うな。


 現実でも僕は吉野さんを怒らせてしまっている。


 考えるだけで気が重い。


 僕が現実を忘れるために、悪魔が用意してくれているはずなのに。


「どうしたの?」


 上目遣うわめづかいで、さも心配そうに吉野さんが見てくる。


 ゲーム内でも僕は情けない。


「なんでもない。人ごみに疲れただけ」

「それもそうだね。移動しようか」


 人がごった返す屋台の中心部から移動する。


 その際、手を繋いでいるのは逸れないためであって、決して手を握っていたいからではない。


 そんな言い訳を心の中で唱えながら歩みを共にする。


 人気にない階段を上り、途中で横道を見つける。


 そこに入り奥まで進むと手すりが備え付けられた絶景スポットに到達した。


 屋台中心部からそこまで距離があるわけではないのに、そこには僕たち以外に誰もいない。


 まるで僕たちのために用意された特等席のように感じられた。


 ……いや、まるでではない。


 悪魔が僕のためを思って創造した世界だ。


 むしろ、こういう場で一息つけるのは当然だろう。


「こんなところあったんだ~」


 吉野さんは感嘆の声を漏らす。


 お決まりのセリフであるも、僕にとっては新鮮に感じられた。


 小説や漫画などの創作物でお決まりでも、こんなリアリティある世界で言われるのは初めてだ。


 だからこそ新鮮に感じられる。


 それにしても誰もいない。


 本当、普段は役に立たないのに……現実世界では役に立たないのに、こんな能力、なんの役に立つのだか。


 呆れ半分、感謝半分。


 なんだかこれで本当に終わりなのだなと思うと虚しさを感じる。


 だって、実際、現実でうまくいかないからゲームに逃げているだけなのだから。


 わかっている。自分で逃げているだけだってわかっている。


 取り返そうと思えば今からだって間に合うだろう。


 だけれど、行動には起こせない。


 起こせていたら、10年以上も思い続けていながらなにも行動にできないなんてことにはなっていない。


 せめて明日、彼女に謝ろう。


 謝って、仲を進展させるのは無理でも、今まで通りの関係を続けよう。


 朝には軽い挨拶を交わし、クラス委員の仕事を共にし、存在を感じられるけれど、必要以上の会話はしない。


 それで充分じゃないか。


 それ以上になにを望む。


 元々それで満足していたのだ。


 だけれど、悪魔が現れたことで状況が変わった。


 心のどこかで僕は期待していたのかもしれない。


 これで彼女との関係を進展させることができる。


 そう期待していたからだろう。


「仲村くん、どうしたの?」


 気づけば僕は涙を流していた。


 ゲーム内であるはずなのに、いやにリアルだ。


 彼女は心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


 ゲーム内とは思えないのは悪魔の力なのだろうか。


 本当に使えない。


 こんな風に心配そうに僕を見る彼女を、僕は見たくない。


 僕のためとかなんとか言いつつも、本当はこの状況を面白がっているのではないだろうか。


 そう思うも、不思議とその考えは一瞬にして払拭ふっしょくし、彼への怒りは湧かなかった。


 怒りを覚えたところで虚しいだけ、というのもあるのだが、悪魔がいなければそもそも少しも行動すら起こせていない。


 そう思うと、怒りよりも感謝の念の方が大きかった。


「ありがとう」


 自然と感謝の言葉が漏れる。


 それを聞いた吉野さんは軽く髪を触りながら照れた表情を見せつつ、「え?」と困惑している。


 現実世界では決してできないこと――真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ、恥ずかしげもなく言う。


「浴衣姿、似合ってるよ」


 ヒュ~、バンッ!


 示し合わしたかのようにタイミングよく特大の花火が打ち上げられ、ロマンチックな雰囲気が演出される。


 ここは「好きだよ」と告白するところかもしれないが、ゲーム内であってもそれをする勇気はさすがにない。


 そこでエンドロールが流れる。


 しかも、すべての名前が恋のキューピット・デビル。


「って! エンドロールが流れるんかい!」

《おかえり》


 現実世界に戻ってくると、悪魔が出迎えられた。


「なんでエンドロールが流れるんだよ。せっかく浸ってたのに、雰囲気が台無しだよ」

《ゲームだからね》

「そこをこだわるんだ」

《ゲームに入り込み過ぎて、現実をおろそかにされても困るからね》

「エンドロールって、そういう理由で流れるもんだっけ」


 不完全燃焼な気分を味わい、不満ではあるも、やはりあれはゲームだったんだな。


 そう思えることで、ゲームと現実を切り分けられている自分がいる。


 エンドロールすごいなぁ。


 ……いや、エンドロールは関係ないか。


 言うなら、夢から覚めた状態。


 さっきまでのは夢で現実ではない。


 そう僕が認識しただけのこと。


 ゲームをすることで気分転換したからだろうか、急に眠気が襲って来た。


「ふぁ~」

《そういえば、もう寝る時間だね。おやすみ》

「って、早! まだ10時……ふぁ~」

《君だって寝る気、満々じゃないか》

「それは違う。お前が眠そうにしているから釣られて僕まで眠くなっているだけだ」

《素直になりなよ》

「眠い」

《よろしい》


 僕はもう吹っ切れていた。


 明日からまた吉野さんに頑張ってアプローチできそうだ。


 そう考えていたのに……。


 翌朝、目を覚ますと、悪魔がいなかった。


 部屋中探してもどこにもいない。


 冷静になって考えてみると僕はあることを思い出した。


 ――期限があるということに。


 具体的にいつまでか聞いていないけれど、すでにその時が来たのかもしれない。


 諦観からか、焦りはない。


 これでもうペナルティを理由に行動する必要はなくなった。


 悪魔もいなくなり晴れて自由の身になったのだ。


 ペナルティがどの程度のものなのかは気になるところだけれど、その内わかるだろう。


 すでに受けることが決定している以上、気にする必要ない。


 だけれど、これでもう、僕が吉野さんにアプローチする理由がなくなったわけだ。

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