駅前で待ち合わせ

「どうして吉野さんがいるんだ?」


 妖精に言われた通り最寄り駅前である現地に向かうと、そこには吉野さんがいた。


 たまたま通りかかったという風に見えない。


 時折ときおり、スマホで時間を確認しながら辺りを見回している。


 誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。


 服装はあまり拝むことのない私服。


 膝まで伸びたピンク色のスカートは花柄を基調としている。


 風でふわりと揺れる様相が彼女の優しさを体現しているようだ。


 また腰に巻かれたベルトは丸い金属部分がお腹にある。


 それがまたアクセントに感じられた。


 トップスはピンクのブラウスにクリーム色のカーディガンを羽織はおっている。


 昼間は温かい陽気であっても、夜になると冷え込む。


 そのことを見越してカーディガンを羽織っているのだろう。


 彼女の服装を、僕は物陰ものかげに隠れながら眺める。


 家が隣同士とはいえ、拝める機会はあまりないからね。希少だ。


 にしても、彼女がいるのはたまたまだよね?


 きっと百瀬さんと出掛ける約束でもしているのだろう。


 そろそろ約束の時間ではあるも、このまま物陰に隠れていることにする。


 物陰に隠れているとはいえ、約束の駅前であることに変わりはない。


 これで現地に来ていなかったと言われても断固として抗議できる自信がある。


 ただ懸念けねんがあるとすれば、吉野さんに見つからないだろうか、ということだ。


 物陰からこっそり彼女の動向を監視している。これはいわゆる、ストーキングではなかろうか。


 声を掛けられでもしてみろ。


 僕はきょどる自信しかない。


 なんだか隠れていることがいけないように思えてくる。むしろ堂々としていた方がいいのではないか。


 案外あんがい、気づかれないかもしれないし。


 ただ危惧きぐすべきは妖精ようせいがいつ、どう現れるかだ。


 悪魔は僕以外には見えなかったわけで、それを考えると妖精も僕以外には見えない可能性が高い。


 妖精と話している姿を彼女に見られでもしてみろ。


 虚空こくうに向け何かを語っている変な人だと思われるだろう。


 そう思われるのは僕のメンタルが持たなそうだ。


 それにもし、本当にもしもだけれど、遊びに誘われでもしたら僕は断れる自信がない。


 ていうか悪魔のことよりもむしろ、彼女と遊びたい。


《どうしたの?》


 そうそうこんな風に背後から迫られでもしたら、


「って! どうして背後から来るんだよ!」


 声を掛けてきたのは先日、悪魔救出を強制してきた妖精だ。


 そいつは驚く僕をあざ笑うかのようにケタケタと腹を抱えて笑い、空中で宙返ちゅうがえりをしてみせる。


 慣れているのか、キレイに回って見せた。


 かと思うと、そいつはスーと、どこかへ移動。


 移動先を目で追うと、吉野さんの目の前だった。


 っていうか、妖精だよね。


 昨日は真っ黒だったのに、今は白と黒のボーダーだ。


 見間違えたのかな? あまり気にしないことにする。


《やぁ、来てくれて嬉しいよ》


 あろうことか妖精は気さくに吉野さんに声を掛ける。


 まるでデートを持ち掛けた野郎のごとく、気軽な挨拶あいさつだ。妖精はメスだけれど。


 その様子を見た僕は負けたような気がしてやるせない気持ちになる。


 同じように気軽に声を掛けたいけれどできない。


 僕はナンパするタイプではないからね。だからできないだけ。


 そう強がってみるも、やはり悔しい。


 妖精に向けて吉野さんはお辞儀じぎをした。


 そのことから2人? はすでに知り合いの様だ。


 というか、彼女にも妖精が見えるのだね。


《いつまでも隠れていないで出てきなよ》


 妖精が僕に声を掛け、出てくるよう促してくる。


 僕は胸を張り、片手を挙げ、妖精に対抗すべく、気さくに登場してみせた。


「やぁ」

「仲村くん⁉ どうして?」


 彼女は僕が来ることを聞かされていなかったのだろう。まぁ、僕もだけれど。


 目を丸くし、驚愕きょうがくを絵に描いたような反応を見せる。


「悪魔を助けに――」


 僕はうっかり本当のことを話してしまいそうになる。


 話したところで通じないだろうに。


 だけれど、思いのほかすんなりと通じたようだ。


「悪魔って……この子みたいな?」


 吉野さんは申し訳なさそうに宙に浮くそいつを指差して言う。


「そう、そいつみたいの。まぁ、あいつはもっとブサイクだけど」

「……へぇ、そうなんだ」

「ブサイク」だなんて、言葉が悪かったかもしれない。


 言ってから軽く後悔するも、彼女は気にした素振りもなく微笑みを浮かべている。


 その表情にやされ、服装が私服という新鮮さもあいまって、ぽわぽわとした幸福感に心が満たされた。


「実は私もなんだ」

「え⁉ そうなの?」

「うん。この子が案内してくれるって言うから今日ここに来たの」

「そうなんだ」


 しばらくの沈黙ちんもくの後、妖精が切り出した。


《それでは向かいましょうか》


 沈黙にえかねていたこともあり、切り出してくれたことでほっとする。


 僕らは妖精の案内で場所を移動した。


 てっきり電車に乗るもんだと思っていたのだけれど、そんなことはなく、10分程歩いて神社に到着する。


 神社は不気味ぶきみな程、人気がなかった。


 まるで別世界に隔離かくりさせられているような錯覚さっかくすら感じられる。


「ここ?」


 僕が問うと、こたえるかのように黒いうずが出現する。


《悪魔達はこの先にいる。あーしは諸事情しょじじょうがあって一緒にはいけないけど、健闘けんとうを祈るよ》


 そう妖精が言って、渦の中に入るよううながしてくる。


 その渦は足を踏み入れるのを気後きおくれしてしまうほど禍々まがまがしい。


 息をみ、呼吸を整える。


 今更ながらこいつの言うことを信じていいのだろうか。


 悪魔が拷問ごうもんを受けている確証だってない。


 にもかかわらず、どんな危険があるのかもわからない渦の中に足を踏み入れてよいものだろうか。


 僕だけならまだしも、吉野さんも一緒なら尚更なおさらだ。


 今更かもしれないけれど、彼女にはここで待ってもらって、僕一人で向かうべきではないだろうか。


 そう思って彼女の顔をうかがってみる。


 すると彼女は優しく僕の手を取り、まっすぐ僕の瞳を見据みすえてうなずく。


 決意の表れを感じられた。


 彼女を置いて行くことはできなさそうだ。


「妖精さん、行ってきます。必ず天使さんを連れて帰ってきますね」


 どうやら、僕に悪魔がいたのと同じように、吉野さんには天使がいたようだ。


《うん、行ってらっしゃい。だけど、あーしは妖精じゃなくて、フェアリーだけどね》


 いや、妖精もフェアリーも、意味は一緒だから。


 妖精と別れを告げてから黒い渦の正面に立つ。


 吉野さんと手を握ったまま、2人同時に一歩を踏み出し、黒い渦の中に入った。

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