遊園地

「ようこそ! 夢の国レジャーランドへ」


 暗がりから出ると、そこには目を疑うような異様な光景が広がっていた。


 いや、本来なら胸躍むねおどるような場所——遊園地なのだけれど、世にも恐ろしいところに出るものだとばかり思っていたので拍子ひょうしけだ。


 目の前には両手を広げ、僕達をこころよく迎えてくれるマスコットキャラがいる。


 もしかすると僕らが来るまでここでずっと待っていたのかもしれない。


 そう思うと、中の人は大変だなぁ。


 なんて考えているあたり夢も希望もない。


 まぁ実際、高校生ともなればバイトで運営スタッフ側に回る人もいるだろうから、そのくらいがちょうどいいのかもしれないのだけれど。


「……」


 僕らは無言でマスコットキャラを凝視ぎょうししている。


 だってねぇ。


 突然、遊園地のマスコットキャラに「ようこそ!」なんて言われて出迎えられても、どう反応したものかわからないじゃないか。


 それは僕の隣にいる吉野さんも同じようで、口をあんぐりとさせ、驚愕きょうがくしている。


 僕らはいったいなにも見せられているのだろう。


「わー、すごい。すごいね」


 かと思ったら、彼女が第一声を投じ、僕に同意を求めて来た。


 それを見た僕は、そうか。こういう時はこういう反応をすればいいのかと、同様の反応をしてみる。


「うん。そうだね。すごい」

「いや、なんでそんなに気持ちが入ってないの?」


 正直、なにがすごいのか僕にはわからない。


 それが声のトーンとして、発している僕でさえ分かるほど、気持ちのこもっていない「すごい」になっていた。


 ただ、僕のその棒読みのすごいを彼女がおかしいとかわいく笑い飛ばしてくれるもんだから悪い気がしない。


 こんな時でも……いや、こんな時だからこそ彼女が笑顔でいてくれると安心する。


 それにこの波に乗ればさっきあやまってスリーサイズを聞いてしまったことを忘れてくれそうだ。


 乗るしかない! このビックウエーブに!


 僕がこの遊園地での遊戯ゆうぎで存分に楽しませようと決意を固める。


「ねぇねぇ。仲村くんも入って、一緒に写真を撮ろう?」


 僕がどう吉野さんを楽しませようかと思案している間に、彼女はマスコットキャラの隣に並びスマホを構えている。


 どうやらスマホの自撮り機能で、マスコットキャラも含めた3人の写真を収めようとしているようだ。


 正直、写真という媒体ばいたいに記録として残しておきたいという気持ちがわからないけれど、吉野さんの望みを聞かない理由はないため、写真に写るべく彼女の側に寄る。


 彼女の隣をマスコットキャラに占領せんりょうさせるのは遺憾いかんであることから、僕は間に割り込む形で入り込もうとする。


 すると、マスコットキャラは邪魔じゃまをするどころか、むしろゆずるかのごとく、スペースを空けてくれた。


 僕はそれを不審に思うも、彼女の「はい、チーズ」の号令で思考を中断させられてしまった。


 写真を撮ってからすぐに、スマホに彼女からの通知が届く。


 開いてみると、たった今、撮った写真が送られてきていた。


 写真を残すことに疑問を感じていた僕だけれど、見たら気が変わった。


 一生大事にする。


 なんたって吉野さんが写っているのだから。


 写真なんて卒アルや修学旅行の写真購入で手に入れられるだろうと思うかもしれない。


 しかしこれはそんな大量にられたものとは違う。


 僕と彼女だけが持つことを許された、いわゆる2人だけの思い出を写真という形あるものとして保存されているのだ。


 それの持つ意味は大きい。


 それに修学旅行の写真購入って結構な勇気がいると思う。


 別に誰かにどれを購入したのか見せるわけではないけれど、もし何かの拍子ひょうしにバレでもしたら、これが欲しかったのかと思われてしまう。


 自身が写っていなければ、好きな子が写っているのを購入したのかと疑われしまう。


 もっと言うと、写真を渡す際、みんなが見ている前で渡される。


 どれを購入したのかはもちろんわからないけれど、購入したことはバレてしまう。


 教師はもっと写真を渡す際、気をつけてもらいたいものだ。


 僕が写真を見て感慨に耽っている間、吉野さんも同じことを考えていたのか、スマホの画面を見て嬉しそうにしている。


 嬉しそうにしている彼女に見入っていると、目が合ってしまった。


「それじゃ、行こうか」

「うん」


 誤魔化ごまかすかのように吉野さんは僕の前を歩いていく。


 僕がその後追あとおい、その場を過ぎ去ろうとしたタイミングで。


 目の前に先ほどのマスコットキャラが立ちはだかる。


 マスコットキャラはふところからなにかを取り出し、僕達に差し出してきた。


 その行動に不審に思いつつも、それを受け取る。


 見るとパンフレットだった。


 おそらくだけれど、この遊園地のパンフレット。


 園内地図になっており、アトラクションの数々が掲載けいさいされている。


 ところどころ赤丸がついているけれどなんだろう。


「印がついているアトラクションを2人ですべて回れれば開放してやる」

「え⁉ ちょっ!」


 言うことだけ言って走り去ってしまうマスコットキャラ。


 引き止めようとするも、まったく聞く耳を持たない。


 動きづらそうな恰好かっこうをしているのに、ものともせず俊敏しゅんびんだ。


 姿が見えなくなってから僕たちはパンフレットを再度確認してみる。


「すごいたくさんあるね」

「うん」


 2人でパンフレットを確認し、数えてみると、10個ほどのアトラクションに印が付いていた。


 これらをすべて回るのかと思うと気が遠くなるも、アトラクションを回るだけという単純極まりないことに安堵する。


 ただ看過かんかできないことが1点ある。


 僕は絶叫ぜっきょう系が苦手だ。


 激しくないのなら大丈夫なのだけれど、ジェットコースターの1回転する、もしくは、高いところから急降下するような、ザ・絶叫系は前に試しに乗ってみたのだけれど、生きた心地がしなかった。


 以降はもう乗らないと心にちかったのだけれど、そういったアトラクションにも印がつけられている。


「僕、絶叫系はちょっと……」


 恐る恐る苦手であることを吉野さんに伝えてみるも、


「言ってる場合?」


 悪魔達を助けるためならば、身を挺してでもと考えているのかもしれない。


 ただしこの場合、身を挺するのは彼女ではなく、僕なのだけれど。


 まぁ、彼女も一緒に搭乗とうじょうするのだから、あながち僕だけとは言えないけれどね。


 それに考えようによっては……というかまごうことなきデートである。


 恐怖で僕に抱き着いて来てくれるかもしれないし。


 ……いや、無理か。


 そんな期待は持ってはいけないとかそんなレベルではない。


 どんな絶叫系でもそうであるように、見たところこの遊園地であっても安全バーが備え付けられているため、たとえ隣同士であっても抱き着くなんてことは不可能だ。


 まぁもしも、安全バーがなければ、それはもう怖いを通り越し、命の危険にさらされるのだけれどね。


 吉野さんに引っ張られるような形でアトラクションを回りに向かう。


 僕が乗り気でないことを言ったからだろう。


 彼女は僕を逃がさないとばかりに手をぎゅっと握り、引っ張る。


 彼女から僕に触れて来てくれたことにドキリとした。


 華奢きゃしゃで柔らかい、かつスベスベしていて手触てざわ抜群ばつぐん


 ずっと触っていてもきが来ないであろう心地ここちよい感触かんしょくが僕を誘惑ゆうわくする。


 もちろんエッチな行為へのではなく、絶叫系でも一緒なら怖くないよ、というものだ。


 好きな子に誘われて断る勇気は僕にはない。


 それに、さっきから僕の手を握っている彼女の手が小刻こきざみにふるえている。


 もしかすると彼女も絶叫系が苦手なのかもしれない。


 それを思うと僕だけが引き下がるのは違う気がする。


 決意を新たに僕は自らの意思で絶叫系アトラクションへと足を向ける。


 先ほどとは逆に僕が彼女の手を引く。しかし、彼女が足を止め動こうとしない。


 不審に思い彼女を凝視ぎょうしすると、その視線の先には小学校低学年ぐらいの小さな女の子が空を見上げたまま佇んでいた。


 物欲しそうに人差し指をくちびるに付け、ある一点を凝視している。


 その視線が向かう先を辿たどってみると、見ているのは空でないことがわかる。


 木に引っ掛かった風船を見ていたのだ。


 風船は高校生である僕らでも、ジャンプしてぎりぎり手が届くかどうかの高さにある。


 周囲に親らしき姿はなく、どこかではぐれてしまったのかもしれない。


 視界に入れ、気づいてしまった以上、見て見ぬふりするわけにはいかないだろう。


 僕が動くよりも先に、吉野さんが向かう。


 地に足をつけたまま目一杯に手を伸ばしてみるも、風船には手が届かなかった。


 ぴょんぴょんとジャンプするも手が届かない。


 次第に膝を曲げ、目一杯なジャンプをするも、


「おねえちゃん。かわいいパンツはいてるね」


 僕からはぎりぎり見えるどうかだったけれど、すぐそばにいる女の子には丸見えだったようだ。


 言われた吉野さんは恥ずかしそうに頬を赤らめ、ジャンプするのを中断する。


 かわいいパンツとはいったいどんなのだろうと僕が想像を膨らませていると、吉野さんがものすごい形相ぎょうそうで僕の方を見てくるもんだから、想像を中断。


 僕は大振りに頭と手を振り、見えていなかったことを必死にアピールする。


 本当はかすかにだけど、見えていたのだけれどね。


 ただあまりにも微か過ぎて、本当にあれはパンツだったのか確信が持てない。


 しばらく僕ら一様に木に引っ掛かった風船をながめていると女の子が口を開いた。


「おねえちゃんたち知り合い?」

「……ああ、うん。そうだよ」


 知り合い、というちょっと他人行儀ぎょうぎな関係性に戸惑とまどうも、間違いではないためうなずいておく。


 知り合いならなんだというのか、不審に思いつつも、続く言葉を待つ。


「肩車すれば届くよ!」

『え⁉』


 肩車するよう力強く推してくる女の子。


 届くかも、ではなく、届く。と、断定している不審点はひとまず置いておくとして。


 僕と吉野さんが肩車。この歳で肩車。


 この歳の人間がやるのは犯罪ではなかろうかとすら思える行為に僕らは顔を見合わせお互いに困惑をあらわにする。


「さー、さー、さー!」


 困惑する僕らにかまわず、肩車をするよう女の子は急かしてくる。


 どうしてこんなにも女の子は強気なのかという疑問は置いておいて。


 僕は吉野さんの意思を確認すべくうかがいをたてる。


「どうしよっか」

「そうだね。困ってる子を放ってはおけないし」


 困っているのかな?


 疑問がよぎり女の子を一瞥する。


「こまってる」


 両拳を握りしめ、ファイト、とでも言いたげなポーズを女の子は向けてくる。


 困っているようには見えない。


「……やろうか」

「……そうだね」


 僕らに選択肢はないような気がした。


 覚悟かくごを決め、僕らは肩車をする。


 緊張からか、風船との距離がそこそこあるにも関わらず、その場で行動した。


 僕が下、吉野さんが上で、肩車をしようとする。


 股の間に頭を差し込めるよう彼女が軽く足を広げる。


 空いた隙間すきまに僕は頭を突っ込む。


 この行為だけで、もう犯罪の匂いしかしない。


「ひゃん!」

「ごめん」


 せめてスカートの布地ぬのじはさんで足をつかみたかったけれど、そうするとスカートをやぶいてしまいそうで、僕はスカートを少しまくって足の太もも部分に直接触れる。


 その行為で彼女を驚かせてしまったようで変な声を出させてしまった。


「大丈夫、続けて」

「わかった。……それじゃ」


 恥ずかしさからすぐにでも終わらせたい気持ちがあるも、それと同時にこれ以上ないくらいに吉野さんと密着でき、この時を堪能たんのうしたい気持ちもある。


 ただそれも彼女の意思を尊重そんちょうした上での話で。


 止めて欲しいと言われれば即座にでも止める所存しょぞんだ。


 気を取り直し、彼女の太ももをしっかりと抑え、バランスを崩さないようしっかり足に力を入れ、ゆっくりと高度を上昇させていく。


 思いのほか軽く持ち上げられたことに安堵あんどする。


 これでもし持ち上げられなかったら、彼女が重いという証明になりかねない。


 持ち上げ切ってから、実はこの行為が物凄ものすごい危険であったことに気づく。


 よかった。持ち上げられて。


 それに維持いじできない程、辛いということもない。


 優に30分はもつだろう。


「ふー」

「ひゃっ!」

「あ、ごめん」


 ホッとしたことからもれれた吐息といきが吉野さんの足をでてしまった。


 そのせいでまたもや彼女が変な声を出してしまう。


 僕の顔と彼女の足が近く、呼吸をするのに気をつかう。


 予想外な困難に目的を遂行すいこうする難しさを感じる。


「それよりも、もっと前! 進んで!」


 吉野さんも恥ずかしさを感じているのか、言葉が荒い。


 早く終わらせたいという思いをひしひしと感じる。


 僕は風船の位置を自分の目で確認してから彼女に言われたように前へと歩を進める。


 意識を風船へと向けようとするも、どうしても彼女との接触部位に意識が向いてしまう。


 首の後ろに布地越ぬのじごしに触れている部分には普段の生活では拝むことのできない羞恥しゅうちなる領域が存在するのか。


 彼女の手が僕の頭に触れていて、でられているような気になる。


 実際はただバランスを取るために、載せているだけなのだろうけれど。


 彼女との接触部位であることは変わらず、おかしくなりそうだ。


 しかもその頭に触れているのは手だけに留まらず、お腹までもが触れてしまっている。


 後頭部辺りに服越しではあるのだけれど、柔らかい感触がある。


 ただそれは後頭部だけでなく頭頂部に近いところにも感じる。


 しかし後頭部に感じるものとは明らかに異質で、かつより柔らかいなにかで。


 ……そこまで考えたところでそれがなんなのか見当がつき、僕はこれ以上考えるのを止めた。


 安全第一に歩を進めたことで僕らは風船の真下へと到着することに成功する。


 そこで風船の位置を改めて確認すべく上を向くと、頭に彼女の柔らかい部位を感じられ、罪悪感から上を向くことを止める。


「もう少し左。……行き過ぎ、もう少し右」


 吉野さんの指示の下、微調整を行っていく。


 僕はまったくと言っていい程、風船の位置を認識できていないため、行き過ぎてしまうこともしばしば。


 それでもどうにか風船をつかみ取ることに成功した。


「やった!」

「ふー」

「ひゃっ!」

「あ、ごめん」


 安堵あんどから息を吐くと、またもや彼女の足を吐息といきでてしまった。


「……おろすよ」


 しばらくの沈黙ちんもくすえ、僕は彼女に一言ひとことこえを掛けてからおろす。


 肩車したままだと彼女の表情が見えない。おろしてから彼女の表情を見るのが怖い。


 おそおそのぞいてみるとほお紅潮こうちょうさせている。


 怒らせてしまったかもしれない。


「……えっと……」

「どうも」


 僕が吉野さんに改めて謝罪をしようとすると、吉野さんが手にしている風船を先ほどの女の子がうばい取った。


 まぁ実際は女の子の物なのだから奪う、という表現は正しくはないのだけれど、そう表現する以外の言葉が見当たらない程に素っ気なかった。


「なんだか、すごい子ね」

「……そうだね」


 苦労して風船を取ったというのに、お礼の1つも言われず、骨折り損のくたびれもうけという言葉が頭をよぎる。


 ただ実は、僕は儲けている。


 吉野さんの太ももを堪能たんのうできたのだからね。


 こんなことを言っては彼女に本気で怒られそうだから絶対に口には出さないけど。

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