アトラクション

「本当に乗るの?」

「当然でしょ」


 女の子に風船を届けてから気を取り直し、僕らはアトラクションを回りに向かう。


 吉野さんは僕を逃がさないためか、ぎゅっと手を握りしめている。


 さながら小さな子供を習い事に無理やり向かわせる母親のようだ。


 彼女は基本、奥手で大人しいのだけれど、こうと決めたらかたくなにゆずらない頑固がんこな面を持っている。


 今はその頑固さを必要としていないのだけれど。


 当然というべきか、僕の意思などお構いなしに恐怖を越えた殺人兵器ともいえるジェットコースターへと足を向けている。


「私だけなんてズルいし」

「ん? なにか言った?」

「なんでもない。さぁ、行くよ」


 周囲の喧騒けんそうや、ふいであったことから僕は彼女の発言を聞き逃してしまう。


 なにを言ったのか気になり問うも、彼女は答えてくれなかった。


「ただいま30分待ちとなっております」


 係の人の声が届く。


 今更いまさらではあるも、普通の遊園地だ。


 人だかりがあり、家族連れ、学生グループなど、僕の知っている遊園地と大差ない。


 むしろ違いをあげる方が難しい。


 油断すると妖精ようせいが開いたゲートを入ってここに来たことを忘れてしまいそうだ。

「混んでるね」

「それだけ人気ってことだよ」

「人気だからって僕が好むかどうかは別だけどね。……別のにしない?」

「印がついてるのじゃないと意味がないでしょ」

「だよね」


 試しに提案してみるも、あっさりと断られてしまった。


 印がついているのがいけないのだから、その印を頑張って消せばいいのかな?


 それはそれで、「そういう問題じゃない」と怒られそうだ。


 そこでふと思いついた。


 僕は彼女と手を繋いでいる手とは逆の手で、彼女の肩をトントンと軽く叩く。


「ん? なに?」


 わざわざ肩を叩いたからだろう、心底しんそこ不審ふしんそうに僕を凝視ぎょうししてくる。


 こんなことをしておいてなのだけれど、この行動に意味はない。


 ただなんとなく彼女の耳元に顔を近づけ、小声で話しかける。


「その条件自体を変えてもらえばいいんじゃないかな?」


 僕の吐息が彼女の耳をくすぐってしまったのか、ビクンと驚いたという動きをして少し耳を僕から遠ざける。


 その動きで僕はなんて大胆だいたんな行動をしてしまったのだと後悔こうかいした。


 心なしか、彼女のほおが赤い気がする。


 距離は近いというのに恥ずかしさから顔を直視できないため、はっきりとはわからない。


 そういえば遊園地に来てからだろうか、吉野さんの顔がじゃがいもではなくなった。


 じゃがいもに見えるほど僕が緊張していないのか、この遊園地にいる間はそうならないようになっているのか、詳しいことはわからないけれど、彼女の顔が見えるようになって心底ほっとする。


 そこで僕はふと思い当たる。


 もしこの空間にいる間はペナルティが消失するのだとしたら、彼女だって同じだろう。


 そう思い至り、彼女のことを凝視する。


 体重が減る――普通に考えれば贅肉ぜいにくが減るのだろうけれど、彼女は思っていたのと違った、と言っていた。


 どこか変化があるところはないかと見るも、服越しゆえに判断が難しい。


 まぁたとえ、服を着ていなかったとしてもわかるとは限らないか。


「そんなこと考えてないで、どうしたらジェットコースターを克服できるのか考えたら?」


 一瞬、彼女の言うそんなことが、彼女の衣服のことだと思いドキリとするも、会話の流れ的にそうではない。


 吉野さんは僕を直視するのが恥ずかしいのか、チラチラと視線を向けながら話している。


 かわいらしい仕草にドキリとして、僕まで彼女を見られなくなった。


「ほら、これで少しはましになるでしょ」


 そう言ってして見せたのは僕の手を彼女が握るというものだ。


 さっきから握ってはいるものの、彼女はそれを僕の視界に入れてくる。


 突然の行動にドキリとさせられた。


 感触だけで手を握っているのを実感するのと、視界に入れて実感するのとはわけが違う。


 五感のうちの触覚と視覚を同時なのだから、そりゃ触覚だけと比べると感じるものは大きい。


 握った手の向こうにいる彼女の顔がよく見える。


 いつもなら恥ずかしくてまっすぐ見るのが困難であるのに、今はよく見れてしまう。


 よくドラマなんかで「私のことを見て!」なんて言いながら手を握るシーンがあるけれど、その行動原理がわかる。


 確かにこんなことをされたら見ないわけにはいかない。


 が、しかし、今回は彼女が自分のことを見て欲しいからしているわけではなく、手を握っているという行為自体を認識させようとしての行動だ。


 僕的にはまだしばらくはこうして彼女の顔をまじかに見ていてもいいかなと思う。


 共にクラス委員の仕事しているとはいえ、家が隣同士で顔を合わす機会が多いとはいえ、こうもまじかに彼女の顔を拝める日はそうそうない。


 チワワのようにくりんとした丸い瞳に、デフォルトで口角を上げかわいらしい笑みを形成した口元。


 改めてよく見ると、吸い寄せられてしまうほどにかわいい。


 僕がまじまじと見るがゆえに、自身の顔を見て欲しいがためにした行動ではないがゆえに、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せ、僕から顔を隠すようにしている。


「あんまり……見ないで……」

「……ご、ごめん」


 恥ずかしがる彼女がかわいく、僕はただでさえ熱くなっている顔が更に熱くなるのを感じる。


 僕まで顔を伏せてしまい、そのタイミングを持って、彼女はジェットコースター受付のある方を向き、僕の方を必死に向かないようにしている。


 ずっと握られていた手も離れてしまった。


 そこでふと僕は疑問に思う。


 僕はいったいジェットコースターに乗る恐怖のぐちをどこに向ければよいのだろうか。


 先ほどの彼女の口ぶりからすると手を握ることで緩和させればいいということはわかる。


 だけれど、僕の手は彼女から離れてしまった。


 今更ながら手を握り直すのは気が引けるし。


 だからといって、ジェットコースターに乗る恐怖は消えない。


 まぁ、手を握ったとしても完全に消えるものではないのだけれど。


 ただ願掛がんかけ的に彼女の手を握ることで多少なりとも緩和されるのではなかろうか。


 そう考え、僕は彼女の手を握り直そうかと思い悩んでしまう。


 彼女の様子をうかがうも、どう行動すべきなのかみ取れない。


 まるで道端に捨てられた子犬のようにしょんぼりと項垂うなだれてしまう。


 そもそも手を握ることと、恐怖を払拭ふっしょくすることに因果関係がないのだからと、自身を納得させようとする。


 半場諦めかけていた時だった。


 手が湿り気のあるほのかな温かみに触れる。


 その部位を見ると、ぎゅっと指の間を絡ませた、恋人繋ぎがなされている。


 握ってくる手から腕へ、そして顔へと視線を辿っていくと、当然というべきか、彼女の顔があった。


 彼女は僕のことは見ず、正面を見据え、堂々としている。


 一瞬その姿に見惚みとれるも、顔を見ていることに恥ずかしさを覚え、彼女の行動に習うように僕も正面を向く。


 ぎゅっと握られた手の感触を確かめるようにしっかりと、だけれど優しく力を込める。


 彼女の存在を感じられ、自然とジェットコースターに乗ることに対する恐怖が和らいでいった。


 しばらくすると順番が来た。


 搭乗する際に一度は手が離れるも、安全バーを下げてから、手を繋ぎ直す。


 そうするのが当然のように感じられるけれど、そうではない。


 一度離れてしまった手を握り直すのはそれ相応の勇気がいる。


 たとえそれが一瞬であったとしてもだ。


 だからこそ再度手を握れたことをもっと喜ぶべきなのかもしれない。


 握り合う手の感触を味わい、感慨かんがいふけっていると、ジェットコースターがスタッフのアナウンスを機に動き出した。


「心臓を置いて、かぬようご注意ください」


 ……怖。


 なにこれ、遊園地のアトラクションで流していいアナウンスではないよね。


 思わぬところで恐怖をあおられるも、恐怖が膨らむことはなかった。


 それもこれも、彼女が僕の手を握ってくれているからだ。


 だけれど僕は忘れていた。


 ここはただの遊園地ではない。


 そもそもここを遊園地と呼んでいいものなのだろうか。


 ゲートを通って出た先だというだけで、安全が保障されているとは限らない。


 だってそうでしょ。


 ここはどこの遊園地?


 そんな疑問がジェットコースターが動き出してから脳裏のうりをよぎった。


 ガタン!


 動き出す音ですら不穏に聞こえる。


 もう後戻りできないことを悟り、目を固く閉じた。


 そのタイミングで彼女が僕の手にぎゅっと力を込めるのを感じる。


「わー、いい眺めだよ。目、開けなよ」

「開けられるわけないじゃん」

「だけど、目を閉じている方が怖いらしいよ」

「え⁉」


 言われて僕は目を開ける。


 吉野さんの顔を見ると、ニコリと微笑んでくれていた。


「あとね。これから起こることを口に出すといいらしいよ」


 彼女の顔を見て安心した。


 彼女の言葉に耳を傾ける。


「落ちるとか、曲がるとか、一緒に声をだそう」

「あ、うん」


 声を出す。


 それを聞いた瞬間、部活の掛け声を思い出した。


 正直僕はそういうときであろうと声を出すのは恥ずかしいと思うのだけれど、同調圧力だろう。


 ちゃんと声を出していた。


 あの時の記憶がよみがえり、楽しかったこと、かなしかったこと、くやしかったこと、辛かったこと、いろいろな感情がごちゃ混ぜとなり僕に勇気をくれる。


 できる!


 自然と僕はそう思えるようになっていた。


 周りの景色に目を向ける。


 彼女が言った通り、いい眺めだった。


 青い空に白い雲。


 緑豊かな自然に囲まれ、ザ・田舎いなか感が出ている。


 視覚による影響からか、空気がおいしく感じられる。


 一通り眺めを堪能たんのうしてから彼女の顔を再び見ると、目が合う。


 僕はまるで彼女と混合ダブルスをやる心境しんきょうられた。


 実際は彼女と混合ダブルスなんてやったことなんてないのだけれどね。


 2人してうなずき合い決意を固める。


 気づいた時はジェットコースターは最初の山の頂点まで到達し、落ちるところまで来ていた。


 そういえば「登る」は言わなかったけれどいいのかな? と思いつつ、話していた通り僕らは叫ぶ。


『落ちるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!』


 彼女が言っていた通り恐怖は軽減された。


 されたのだけれど、反比例するように羞恥心しゅうちしんが増幅する。


 彼女と一緒とはいえ、それは変わらない。


 だけれど、羞恥心を捨ててでも恐怖をかき消したい。


 それにジェットコースターとレールがこすれる、ゴォォォという音が多少なりともき消してくれるし、あまり声を出すことに羞恥心を感じる必要はないだろう。


 さらに言うなら、そんなことを考えている間に、落ちる勢いで急加速。


 そのままの勢いで、


『曲がるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!』


 僕らは叫んだ。


 声を出すと聞いた時は練習時の掛け声を連想したけれど、声量はその比ではない。


 目一杯に、声で恐怖をかき消すように叫ぶ。


 そうしてついに来た。


 恐らくは最難関であろう一回転地点に。


 そうして僕はタイミングを見計らいながら大きく息を吸い込んで、来るべき大声を出す時を待つ。


 これもまた同調圧力だろう。


 彼女がいつ声を出すのか測りつつ、慎重にタイミングをうかがう。


 そうして彼女が、


「ぐるっと一回転するぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「長いぃぃぃぃぃぃ!」

「ちゃんと、叫んでぇぇぇぇぇぇぇ!」


 僕らは「落ちる」や「曲がる」はどう叫ぶか決めていたからタイミングも、発する言葉も合わせたけれど、今の「一回転する」は合わなかった。


 まさか吉野さんが「ぐるっと」なんて言葉を加えて叫ぶとは思ってもみなかった。


 流れ的に「一回転する」ではないのかと心の中で突っ込む。


 一度合わなくなると、また合わないのではと思えてくる。


 ただそもそもとして合わせる必要ないのだけれどね。


「一回転する」の次はなんだ?


 僕は「一回転する」ことを気にし過ぎていて、ちゃんとコースを把握していないことに気づく。


 そうして迎えた「一回転する」の次、


「ぐるぐる回るぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「螺旋だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

『合わねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』


 解釈の違いから発する言葉が異なるも、まぐれ的に「合わねぇ」だけが一致する。


 なにはともあれ、大声を出して恐怖をかき消していることに変わりはないのだから、細かいことは気にする必要はないだろう。


 速度は緩やかになり停止。


 しばらくしてから緩やかに移動し、元の地点まで戻って来た。


「やったね」


 僕らはやり切った。恐怖に打ち勝ったのだ。


 まだ1つ目で、他にもたくさんこなさなければならないというのに、達成感が半端なかった。


 まるで普段より長めのキツイ練習をやり切ったかのような気分だ。


 良かれと思って練習時間を確保したのだと言わんばかりの嬉々とした顧問の顔が憎たらしい。


 ……いや、今となっては感謝しかない。


 あの時の練習があったから、恐怖のジェットコースターを乗り切れたのだ。


 ありがとう。せんせぇ。


「この勢いで、もう1つのジェットコースターも乗り切ろう」


 ✖△□☆△✖☆◇△✖□⌒★


 吉野さんの手に引かれ、ジェットコースターから下りたタイミングで僕は、膝から崩れ落ち、そのまま倒れた。

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