幼馴染だからって気軽に会話できるとは限らないよね

越山明佳

悪魔と出会う

《君の願いを叶えてあげよう》


 家の自室でゲーム画面に映る彼女とデートしている最中のことだった。


 突如とつじょとして現れたのは全身真っ黒で全長15 cm程の得体の知らない生き物。


 あろうことか、その生き物にはつの、羽、尻尾しっぽえている。


 絵に描いたような悪魔だった。


「……悪魔」

《悪魔じゃない。恋のキューピットだよ》

「いや、どう見ても悪魔でしょ」

《失敬な。オスは黒。メスは白ってだけだよ》

「そうなの?」


 いまいち信憑性しんぴょうせいに欠ける。


 信用する道理はないのだけれど。


 僕が目の前にいる悪魔をいぶかしんで見ていると、悪魔は切り出してきた。


《そんなことはどうでもいい。君、彼女が欲しくはないかい?》

「…………は?」


 悪魔がなにを言っているのか一瞬、わからなかった。


「全身真っ黒でいかにも悪魔っぽいのになに言ってるんだか」

《だから悪魔じゃなくて、恋のキューピットだって!》

「その見た目で恋のキューピットなんて言われても違和感しかないんだけど」

《だ、か、ら! オスだから黒いだけなんだって!》


 オスだから黒いと言われて、はいそうですかと納得できるほど僕は素直じゃない。


 すぐ納得できないほどに、ザ・悪魔であることは間違いない。


 これでどう恋のキューピットだと信じろというのだ。


 ウソを吐くにしても無理がある。


《わかったよ。ボクが恋のキューピットだという証拠を……ボクにしか使えない能力を見せてやろうじゃないか》

「お!」


 思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


 だって、そうだろ。


 人間には持っていない異端の力を目の前で披露してくれるとのたまっているのだ。


 いくら信用していない僕であろうとなにが起こるのだろうかと期待に胸を膨らませてしまう。


 そうして自信満々にやって見せたのは――


 ――花束を出すというものだった。


「単なるマジックじゃないか! それでどう信用しろというんだ!」

《なにを言う。告白する時に使うだろ》

「使ってたまるか! 仮に使うんだとしたらプロポーズする時だろ!」

《いいじゃないか。似たようなものだろ?》

「うぐっ!」


 言われてみれば、告白もプロポーズも似たようなものかもしれない。


 どちらもしたことがない僕には断言することはできないけれど。


 だけれど、恋人と夫婦ぐらいの差はあると思う。


 というか、事実としてそのぐらいの差がある。


 決して一緒にしてはいけないと僕は思うのだけれど。


《それはさておき、ボクの言うことを信じてくれたようだから本題に移ろう》

「なぜ今のやりとりで信じられると思った」


 信用できないと言っているのに関わらず、悪魔はなにか説明しだした。


《昨今の日本は少子化が進み過ぎている》


 学校の授業で習う日本の課題だな。


《それもこれも、消極的なのがいけないのだ》

「いや、問題はそれだけではない気が……」

《黙らっしゃい! そんな言い訳をしているからいつまで経っても行動できないのだ》


 黙れと言われたから黙ることにする。


 まるで、そこに存在しないかのように。


《そんな君のような人の前に現れたのが、このボクさ。

 聞くところによると君には長年、思い続けている子がいるそうじゃないか。

 なにを隠そう、ボクは神の使い。

 神の力を用いて、君の恋を成就……

 ……なんか反応ないと寂しいな》

「お前が黙るよう言ったんだろうが!」

《確かにそうだけど、もっと喜んでもらわないとやる気になれないというか》


 なんか勝手なこと言い出した。


 確かに、こいつが言うように、僕には長年、片思いしている子はいる。


 彼女とは幼稚園から高校まで同じクラスだ。


 クラス委員の仕事も一緒にやっている。


 更に、家は隣同士で、朝に顔を合わすのが日課ですらある。


 これはもう幼馴染みといっても過言ではない。


 過言ではないのだけれど、僕らのは一般的に……主に創作で言う幼馴染みとは違う。


 どこが違うかというと、家族ぐるみの付き合いなんてものはない。


 気軽に雑談だってできない。


 できるのは挨拶を交わすことと、事務的な会話くらいだ。


 それもこれも、僕が消極的だからと言えるだろう。


 こんな突如として現れた変な生き物に核心を突かれるとは……。


《それで? やるの? やらないの?》

「急にやる気をなくしたな」


 空中で横になり、肘を曲げ、頭を支えているというだらけたポーズをしている。


《やる気ないなら、ボク別のところ行くけど》

「ん~、ちなみにさっきの花束を出すこと以外にできることは――」

《ない》


 即答だった。


「いや、でも、神の力を用いてって……なんか、こう、惚れ薬的なのないの?」

《ふぅー》


 ドデカい溜め息を吐かれた。


《そんなんで交際できるようになって嬉しい?》

「いや」


 正直、嬉しくない。


 彼女のことは好きで、交際できたらと思うけれど、薬とか使うのは違うと思う。


 だけれど、それだと、こいつの存在意義がなくないか。


《あぁー! 君、ボクのこと役立たずだと思ったでしょ!》


 なんかバレた。


《大事なんだよ。状況を知ってて、背中を押してくれる相手》


 確かにそうかもしれない。


 友達が間に入って、恋を成就させる。


 よくある話だ。


 だけれど、それは、その友達が信用できる相手の場合だ。


 この悪魔はどうだろうか。


 ……考えてみたけれど、会ったばかりの現時点で判断できることではない。


 考えた末、僕はお願いすることにした。


 どうにかしたいとは考えてはいたからね。いい機会だ。


「わかった。これからよろしく。……えっと」

《ボクはデビル。恋のキューピット、デビルさ》

「僕は仲村なかむらとも。高校1年生だ」


 デビルなんて、モロ悪魔ではないか。


 ……悪魔と呼んでいこう。どちらも意味は同じだし。


《ふわーあ。一仕事したら眠くなっちゃった》


 まだなにもしていないと思うのだけれど。


 悪魔は僕の机の上でなにかしだした。


「いや、ちょっと待て! なにをやっている!」

《なにって、寝る準備だよ。良い子は寝る時間だよ》


 まだ10時だけれどね。


《良い子って……悪魔がなにを言う》

「だから悪魔じゃないって……ふぁ~あ。おやすみ」


 本当に眠いのか、まだ電気がついているというのに、僕はまだ寝るとは言っていないのに、すやすやと寝息を立てて寝始めてしまった。


「ふぁ~あ」


 悪魔の眠気につられたのか、あくびが出る。


 普段ならまだ寝ることはないのに、眠気に耐え切れず、電気を消して床につくことにした。

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