アトラクション4

 メリーゴーランド、ティーカップ、ゴーカートなど――遊園地定番のアトラクションを流れるようにクリアしていく。


 急いでいるがゆえに、楽しんでいる余裕はない。


 そう考えていたけれど、どんなに急ぐのも限度がある。のんびりしたアトラクションもある。


 スワイボート――白鳥はくちょう型で、足をいで動かす。カップルに人気で……逆に非リア充には縁遠えんとおい。


 どんなに切望せつぼうしても、1人で乗るわけにはいかない。


 もしも、周りの目を気にせず乗ろうものなら、一緒に乗る相手のいない寂しいボッチ野郎の図が完成する。


 当然と言うべきか、僕はこのスワイボートに一緒に乗る相手はおらず、いても家族とぐらいだ。


 男友達と一緒にという気にもならない。さらに、今となっては家族と気軽に遊園地に行こうという年齢ではない。ゆえに、敬遠けいえんしがちなアトラクションだ。


 敬遠しているからといって別に乗りたくないわけではない。


 むしろ乗りたい、本心では。


 だけれど、その相手――要は恋人がいないがゆえに乗れずにいた。


 それが今、その時が来たのだ。


 それも僕の長年の思い人たる吉野さんとだ。


 夢のような瞬間に心打たれ、指を絡ませ、両手を合わせ、天に向かって神に感謝する。


 そういえば、悪魔は神の使いだとか言っていたな。


 そう考えると理解できる。


 確かにこれは神の御業みわざだ。


「よし! 行こう!」

「え……ちょっと」

「急いで時間内に終わらせるんでしょ」

「そうだけど……」


 彼女の手を取り、意気いき揚々ようようとスワイボートに乗り込もうとするも、彼女が動こうとしない。


 どうしたのかと僕は、彼女に問いかけるように視線を向けると答えてくれた。


「どうしたらクリアなの? このアトラクション」

「……………………⁉」


 確かに。


 今までのアトラクションは明確なスタートとゴールがあったから疑問にさえ思わなかったけれど、このアトラクションはどうすればゴールなのかが不明確だ。


 単純に1周すればいいのだろうか、それとも指定の時間経過しないといけないのだろうか。


《ちっ! 気づいたか》


 どうしたものかと思案していると、いつの間にかすぐそばにいた妖精が舌打ちをしていた。


「……わざとだな」

《気づかずに乗っていれば無駄むだに時間を浪費したのに、勘のいいやつ》

「え? そう? められちゃった」

「……良かったね」

《褒めてないわよ!》


 調子をくるわされたこともあってか、なかなか本題を話し出さない。


 僕から聞いてみる。


「それで? どうすればクリアになるの?」

「そうよ! 早く教えなさいよ!」


 急く気持ちゆえに吉野さんの口調が荒くなっている。


 その様子から僕と一緒に寝たくないという気持ちをひしひしと感じ、心に痛みを感じる。


 さとられぬよう、その痛みに僕は必死に耐えていた。


 そんな僕の様子を見た妖精がふっとあざ笑うかのような音を立ててから、クリア条件を告げる。


《各地に散りばめられた風船を集め、すべて割れればクリアだよ》


 言われて池がある方を見ると、風船は現実ではありえない浮き方をしている。


 ボートに乗ったまま手を伸ばせば、余裕で手が届くだろう。


 本来なら天高く飛び去ってしまう代物が、風が吹こうとも動かない。


 その光景からこの世界が僕らがいた世界とは違うのだということを認識させられる。


 今までのアトラクションが僕らの世界となんら変わらなかっただけに衝撃的だ。


《あ~、そうそう。風船を割るのはボートに乗ったままね。一度でも降りたら、最初からやり直してもらうから》


 もっと無理難題を要求されるかと思ったけれど、クリア条件は明快めいかいでそこまで手こずりそうにない。


 妖精は楊枝ようじを手渡してくる。


 これを使って割れ、ということだろう。


 無為むいに時間を浪費させようとしていた割にクリア条件を教えてくれるだけでなく、楊枝ようじまで渡してくれた。


 協力的すぎる行動を不審に思うも、気にしないでおこう。


 クリア条件を知れたわけだし、早速乗り込もうと吉野さんを見ると、固まっていた。


「……イヤだ」

「ん?」

「イヤだ! 風船が割れる音なんて聞きたくない!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「なんでこんなアトラクションがあるの! 聞いてないよ!」

《言ってないもん》


 彼女が妖精に憤慨ふんがいしている。それを妖精が軽くあしらう。


 正直、僕も同じ気持ちだ。


 これは明らかに遊園地のアトラクションではない。


 だが、この遊園地自体なんなのかわからない以上、こういうのもあるだろうと思っていた。


 というより、すべてのアトラクションが奇天烈きてれつな可能性すら考えていた。


 だからこそ、僕は大した驚きも混乱もない。


 けれども、吉野さんはそうではなかったようだ。


 このクリア条件に納得がいかないと怒り奮闘ふんとうだ。


《早くしないと時間がなくなるよ。一緒に寝てもらうよ》

「……うぅ」


 妖精は吞気のんきに時間内にクリアできなかった時のペナルティを言う。


 それは吉野さんが嫌がっていることで、あおっていることは明白めいはく


「とにかく、急ごう」

「イヤだ!」


 彼女は嫌がりながらも、僕と一緒にボートに乗ってくれる。


 いったいこの「イヤだ!」はなにに対しての「イヤだ!」なのだろうか。


 ボートに乗ること、一緒に寝ること、風船が割れる音を近くで聞くこと……要は僕と一緒にいることがイヤなのかな? と、僕が曲解きょっかいし、無意味に自滅してしまう。


 わかっている。これは曲解であって、真実ではない。


 僕は自分自身に言い聞かせ、嫌がる彼女を強引にボートに乗せる。


 罪悪感はあるも、そうしないと先に進めないわけで、どうしようもない。


 とりあえずのところは彼女がボートに乗ってくれるわけだからと、ぎ出し、妖精に言われた通り、風船を集めに向かう。


 風船は池を1周すれば、すべて集められる。


 そんなに苦労しそうにない。


 問題は風船を割るときだ。


 隣にいる彼女の様子をうかがってみると、すでに両手で両耳を塞いでいる。


 早すぎる。早すぎるよ。


 そんな体勢であるにも関わらず、ちゃんと足でボートを漕いでいる。


「風船こわい。風船こわい。風船こわい――」


 こんなことを言ったら怒られそうだけれど、ちょっと可愛い。


 彼女には悪いけれど、僕は心がホクホクした状態でまったくと言っていいほど風船が怖くなかった。


 特に波が激しいだとか、障害物があるだとか、他の利用客が邪魔してくるだとか、そういうことはなく、なんなく最初の風船をゲットする。


 僕がそれを割ろうと風船を抱きかかえると、吉野さんは隣で構えていた。


 精一杯に両手で両耳を塞ぎ、必要もないのに両足が上がっている。


 背中は丸まっていて、座席の上で丸くなっている状態だ。


「割るんだったら、早く割って!」


 その体勢が辛いのか、どうやっても恐怖をぬぐえないのか、僕をかしてくる。


 押されるような形で風船を楊枝ようじで割ろうとしたところで、ふと疑問に思う。


 僕はどうやって自分の耳を塞げばいいのだろうか。


 僕だって彼女程ではないにしろ、風船が割れる音は怖い。


 できれば耳を塞ぎたい。


 ボートに乗る時にはなかった恐怖が僕を襲う。


「はやく~」


 必死に腕で耳を塞いで風船を割ろうとするも、うまく耳を塞ぎきれず、諦めて風船を割ることだけに集中する。


「いくよ」

「うん」


 僕が深呼吸して心を落ち着かせてから合図すると、吉野さんが力強く返事してくれた。


 勢い任せに風船を割ろうと楊枝ようじの先を風船に突き刺す。


 勢いをつけたとしても、割れる音を聞くのは怖いため、腕で耳を塞ごうとしながら割る。


 パンッ!


 風船が割れる音が響き、膨らむ前のサイズへと変わる。


 それからキラキラと光に変わり、残骸ざんがいは消失していった。


 僕らはその光景を映画のワンシーンを見るかのように、呆気あっけに取られた表情で眺める。


 2人顔を見合わせ、今のはなに? という意思の疎通そつうを取る。


 ただその時間は数秒にすぎず、すぐさま次の風船へと向かうことにした。


 もしかすると、予想外なことを目の前で起こさせ、時間を稼ごうという算段なのかもしれない。


 そう考えるとたとえ数秒であっても、やられた感ある。


 そのたかが数秒を取り戻すかのように僕らは次の風船へと急いだ。


 なんなく次の風船も割る。


 ――そうして、何事もなくすべての風船を割り切った。


 なにもなかったはずなのに、ボートで移動し風船を割っただけのはずなのに、いいようのない疲労を感じる。


 現実ではありえないことがあったからだろうか。


 もしくは風船を割ることへのストレスが想像よりもキツかったからだろうか。


 僕らはボートを降りた途端とたん、2人して膝をつき、ぐったりとしてしまう。


「今、僕……途轍とてつもなく帰りたいのだけれど」

「その気持ちは、わからなくもないけど……ここで帰ったら――!」


 吉野さんがなにか言おうとして、途中で止める。


 そして、その後、続く言葉は前文とはまったくの逆だった。


「――そうだよ。帰ろう」

「え?」


 彼女が元気よく立ち上がり、どこかに向かおうとする。おそらく帰り道にだろう。


 僕はその背中についていく。


「遊園地の出入り口。そこに行けば外に出られるはず」

「そうだよ。そこにいけば外に……出られる、のかな?」


 疲労で彼女の思考がおかしくなっているのかもしれない。


 そもそも僕らは遊園地の出入り口から入ってはいない。


 そう考えると、たとえ出入り口に行ったとしても外には出られないだろう。


 行っても無駄だろうけれど、彼女が歩を進めるため、僕はついていく。


《帰さないよ》

『⁉』

《指定されたアトラクションをクリアしないと帰れない。ここはそういう場所》


 僕らの前に妖精が立ちはだかる。


 吉野さんの一縷いちるの希望を打ちくだくかのような発言だ。


《見なよ》


 そう言って妖精が指差したのは、僕らが一度は並んだジェットコースターの列。


 そこの列ははすでにさばけ――てる、と思ったけれど違った。


 列に並んでいたであろう人たちが地面をっている。


 いや、倒れている。


「これは……いったい……」

《あの人たちにはジェットコースターをひたすら乗ることを科せられているの。その数、千回》

『千回⁉』

《それに比べれば君たちなんて大したことないと思わない?》

『……確かに』


 僕らが話している間に、倒れているうちの1人がむくりと立ち上がる。


 そうして、覚束おぼつかない足取りでジェットコースター受付窓口へと向かう。


「い”かなき”ゃ」


 それはまるでゾンビのよう。


 中にはガチでゾンビ化している者もいる。


 暗い場所で目撃でもしたら逃げる。


 もしくはバイオ的な世界に迷い込んだと錯覚し、弾探しの旅に出てしまいそうだ。


 しばらくすると、1人、また1人と、次々と起き上がり、受付へと向かう。


「あの人たちは、今日で何日目?」

「……確か……10日目、だったかな? たぶん」

『10日目⁉』

「……確か……もう100回は乗っているはず、だったかな? 知らんけど」

『100回⁉』


 信憑性に欠ける語尾がついているけれど、妖精が言うことが本当なら、1日で10回程、ジェットコースターに乗っていたことになる。しかも連日。


 もっと言えば、全部で千回も乗らないといけないわけだから、残りは900回もある。


 そんなのまともな精神でいられるわけがない。


 ゾンビ化するのも納得だ。どういう原理なのかは知らないけれど。


 たとえ帰り方がわからなかったとしても、僕なら途中で乗るのを止めてしまいそうだ。


 この世界に永住えいじゅうし、吉野さんと仲良く暮らす。ありかもしれない。


 僕ならそんなことを考えてしまう。


 にもかかわらず……


「絶対に! 帰ってみせる! くぞ!」

『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


 すごい気迫だ。


 本当にこれが10日も連日でジェットコースターに乗っている人たちのテンションか?


 それになんか「いく」の字がなんとなくだけれど違う気がする。


 いや、ゾンビならむしろ正しいのか?


 まともに逝けていないと考えれば……あれ?


 そう考えると、僕らとあの人たちはちょっと違う気がしてきたぞ。


「仲村くん!」


 吉野さんが力強く僕の名前を呼ぶ。


 その瞳には今までにない程の生気せいきみなぎっていた。


「私たちも負けていられないね!」

「……そうだね!」


 なんか色々とツッコミたいところがあるも、彼女がやる気になっているのに、げ足を取ることはしてはいけない気がした。


「逝こう!」

「お、おう……?」


 どこに逝くの⁉


『お先、どうぞ』

「ありがとう」


 なぜか、ゾンビたち? に先を譲られた。


「譲ってくれるって、やったね」

「……あ、うん。……そうだね」


 僕はもうツッコまない。


 ツッコんだら負けな気がした。


 おそらく、このゾンビたちは雇われているな。


 先ほどのスワイボートで時間を無為に浪費させようとしたのとは相反あいはんしている。


 だが、それっぽい演技をして、僕らのやる気を引き出そうとしているのは確かだ。


 吉野さんは気付いていないようだし、このままの勢いで完遂かんすいできるのなら、いいのかもしない。


 気づいてしまったらやる気を削ぐ可能性がある。


 僕のやる気は上がっていないのだけれどね。


 しかも、次は僕が苦手としているジェットコースターじゃん。


 吉野さんがもう1つあるって言っていたやつ。


 僕的にはけたいアトラクションだけれど、2人で行かないと意味がない。


 クリア条件が2人で、だからね。

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