アトラクション2

 気がついた時にはベンチにいた。


 後頭部にこの世とは思えぬ柔らかい感触かんしょくがある。


 心地よいがゆえに、このまま2度寝をと思ったら声を掛けられた。


「目、覚めた?」


 目の前には吉野さんの顔がある。


 彼女が動いたことで女の子らしい甘い香りが僕の鼻孔びこうをくすぐった。


 見れば見る程彼女を近くに感じる。


 まるで接触しているかのようだ。


 ……いや、ようだではない。


 接触している。


 彼女の顔から胸へ、胸から腹へと、僕は視線を動かし、辿っていく。


 すると、僕の頭と接触している彼女の太ももに行きついた。


 なんだ。


 僕が後頭部に感じている夢心地ゆめごこちまくらは吉野さんの太ももだったのか。


 僕は1人納得。


 ――即座に飛び起きた。


「え? いや、え? ……なんで僕……」

「ダメだよ! 急に動いちゃ」


 吉野さんは僕を再び夢心地な枕へと誘導ゆうどうすべく、腕を優しくだけれど、力強く引っ張る。


 僕はその力にしたがい、再び夢心地な枕に頭を預ける。


 決して僕は自ら望んでしたことではない。


 いくら弁明べんめいしたところで誰も理解してくれないかもしれないけれど、僕に非はない。


 続けざまに、彼女が子守歌こもりうたなんか歌うもんだから、眠気が僕を襲う。


 そうだよ。この状況で眠れない方がどうかしている。


 眠らない方が罪だとすら言えるだろう。


 僕は何度も心の中で「自分は悪くない」と呟いて、夢の世界へと入っていく。


 ――――――――――――


《よくここまで来たね》


 後光ごこうを背にした悪魔が優しく出迎えてくれる。


 僕はいつの間に彼を救ったのだろうか。


 記憶はないけれど、事実として目の前にいる。


《――なんて言うとでも思った?》


 柔らかく微笑んでいた彼は口角を上げ、僕をあざ笑うかのような顔へと変貌へんぼうしていく。


《ジェットコースターに無理やり乗せられて最終的によろこんでるの?》


 結果的に吉野さんに膝枕してもらえたわけだから、確かに悦んでいることに変わりはないのだけれど……なんか違う!


《この程度でぶっ倒れていたらマゾリスト失格だよ》


 なんだよマゾリストって! ピアニストみたいに言うなよ。


 別に僕はマゾではないし、おまえの言うマゾリストも目指してなんかいない。


《それでも君はよく頑張ったよ》


 急だな。


 まるで今生こんじょうの別れのようではないか。


《ボクのことは気にする必要ない。君は君の人生を歩めばいい》


 本当にこれでお別れなのか?


《目指せ! マゾリスト! 快楽かいらくが君を待っている!》


 だからマゾではない!


《――さよなら》


 ――――――――――――


 ガバッ!


 僕は勢いよく上体を起こした。


 無意識に両手を目一杯に伸ばしている。


 その先には先ほど別れたはずの悪魔がいると信じて。


 だけれど当然のようにあいつはいない。


 あるのは彼の顔によく似た風船だ。


 上空にふわふわと飛んでいる。


 そのことに気づき、全身の力が抜けた瞬間に――


 ――吐き気が襲って来た。


「――っうぅ!」

「大丈夫?」


 我慢するのはよくないと思い、吐いてしまおうかとも思った。


 だけれど、声を掛けられたことで、すぐ近くに吉野さんがいることを思い出し、吐いているところを見られたくない気持ちが勝り、寸でのところで止まった。


 背中を優しくさすってくれている。


 顔を見ると僕のことを心配してくれていることが痛い程わかった。


「……ごめんね。私が……無理、言ったから……」


 彼女が涙を流し、顔をくしゃくしゃにしている。


 僕は唖然あぜんとした。


 確かに無理やりジェットコースターに乗せられた感ある。


 だけれど、僕は自分の意思で乗ったのだ。


 彼女を責めようだなんて微塵みじんも思っていない。


 にも関わらず彼女が涙を流す姿を見るのは言われようのない罪悪感にさいなまれる。


 僕がジェットコースターに弱くなければ、弱いにしてももっと負荷の少ない乗り方をして倒れる程にならなければ。


 いや、もっと言えば……なんで僕は倒れたのだ。


 踏ん張れたはずだろ。


 今となってはどうにもならない。倒れてしまったのだからもう遅い。


 目の前で好きな子が僕のせいで泣いているのになにもできないのだろうか。


「……もう、止めよう……」

「え?」

「私のわがままで仲村くんが傷つくのはイヤだ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ⁉」


 ジェットコースターに乗り倒れただけなのに。


 もう全然元気な体に戻っているのに。倒れたり、吐き気を催したりしたけれど。


 止めていいのか?


 確かに僕はジェットコースターに乗るのを嫌がったけれど、やるせない気持ちになる。


 元気なのにリタイア。


 バトル漫画で言えば、最弱がゆえに強敵を前にして瞬時に白旗を振るダサいキャラではないか! 完全にギャグ要員。


 それでも生き残れるのは心強い仲間がいるおかげで、正直いなくてもなんら問題ない。


 そんなキャラに僕はなりたくない。


「いや、でも、指定されたアトラクションをすべてクリアしないと悪魔達を救えないわけで」

「それも、イヤだぁぁぁぁぁ」

「え~」


 いったい僕にどうしろと?


 アトラクション完遂もダメ。悪魔達を見限ってリタイアするのもダメ。


 最弱キャラにいったいなにを求めているのだ、彼女は。


 僕の方に向けた両掌をベンチにべったりとつけたまま、ポロポロと涙を流して懇願こんがんしてくる。


 いったい僕はなにをお願いされているのだろう。


 どうしたらいいのかわからない。


 ……いや、答えは決まっている。


 いくら最弱キャラでも、どんなに白旗を振っていたとしても、心の中では絶対に諦めきれないでいる。


 炎を吐くドラゴンに1人で立ち向かわなくてはいけない窮地きゅうちでも、人を殺すことになんの躊躇ためらいもない殺人鬼相手であっても、立ち向かおうとするものだ。


 最弱キャラなら最弱キャラなりに、好きな子の前でだけでも、精一杯強がってやろうじゃないか!


 実際、今はもう元気でなんら問題ないわけだし。


「大丈夫! 僕のことは気にしないで!」


 涙ぐんだ瞳で心配そうに僕のことを彼女は見てくる。


 まだこれだけでは足らないと思った僕は続ける。


「それに悪魔に文句を言いたいしね。

 こんなことに巻き込みやがって。もっと早く言ってくれてたらどうにかしたのに。……ってね。

 だから吉野さんのわがままってわけじゃないんだ。僕だって悪魔達を助けたいって気持ちは一緒だから」


 僕の気持ちを理解してくれてか、彼女はそでで涙をぬぐい、力強く「うん!」とうなずいてくれた。


 僕がジェットコースターにやられたことで、ここに来てからすでに数時間が経過。


 昼の12時を回っている。


 そのため昼食を済ませてから悪魔達を救うべくアトラクション回りを再開することにした。


 僕が苦手とするジェットコースターへと足を運んでいく。


 ……改めて言葉にして冷静に考えると、ジェットコースターに乗るだけなのだよね。


 いくら倒れたからといって、さっきのやり取り大げさすぎではなかったかな?


 急に恥ずかしさを覚えるも、とびっきりの笑顔をした吉野さんを見ると、その恥ずかしさも吹き飛んでしまう。


「そういえばさ。さっき仲村くんが言った、どうにかを今したら、天使達を助けられないのかな?」


 それもそうかもしれない。


 そのどうにかを僕は具体的には言っていないけれど、また彼女も僕に言っていないけれど、おそらくは同じことを考えている。


 嘘でもなんでも、僕達が付き合っていることにすればいい。


 そもそもとして僕らをくっつけ少子化を少しでも止めようとするのが悪魔……いや、神様の目的だ。


 なら今からでも、僕らが付き合うことを表明すればいいのではないのだろうか。


《ブッブー。それはできないよ。すでに科せられた試練を乗り切らない限りデビル達の解放はありえない》


 僕らが今後の行動について話し合っていると、割って入るようにして声を掛けられた。


 そいつは僕らをこの遊園地に連れてきた張本人――妖精だった。


《あー、ちなみに、アトラクションはすべて夕方5時には閉まるから。

 もしその時間までに終わらなければ泊まってもらうよ。

 もちろん、その際、2人とも同室……いや、それどころか、同じ布団でね》


 なんだそれ。


 むしろ、時間までに終わらせない方がいいのでは?


 ご褒美では?


「っうぅ……それは、ちょっと……」


 隣を見ると、吉野さんが顔を真っ赤にし、小声でうなっていた。


 僕にとってはご褒美ほうびだけれど、そうだよね。女の子はイヤだよね。


 なんだかそういう態度を取られるのは哀しい気がするも、そう思うのが普通だ。


《それじゃ、幸運を祈ってるよ》

「待てよ」


 妖精は、身をひるがえし、その場を離れようとする。


 それを僕は呼び止めた。


「いったい何がしたいんだ。今回の件、僕らの問題であって、悪魔達はなんも悪くないだろ。なのに……なんであいつらが罰を受けないといけないんだ」


《それはあーしにだってわからない。すべては神の裁量で決まったこと。どうしても知りたければ、この試練を乗り越えることだな》


 言うことだけ言って、妖精はその場から姿を消した。


 結局は親玉次第だということか。


 いったいどんなやつなのだ、そいつは。


 こんなにも強引で、横暴なことをするようなやつだ。


 きっと、さぞや凶悪な存在に違いない。


「仲村くん、行こう。早くしないと陽が暮れちゃう」


 そんなにも僕と一緒に寝るのがイヤなの⁉ 


 彼女は僕の手を引いて先を急ごうとしてくる。


 僕は彼女の言動に軽くショックを受けるも、ここでわざとらしく時間を稼ごうものなら、あとで怒られそうだ。


 それはそれで後が怖い。


 しかもそんな彼女と一緒に寝るなんて、まともに寝られる自信がない。


 まぁ、怒っている彼女でなくても、自信はないのだけれど。


 しかし、怒り心頭しているより、寝られるだろう。


 僕は吉野さんと寝られる未来を夢見ながら、どこか期待しつつ、次のアトラクションへと足を運ぶ。


 おかしいな。クリアできなくてもいい気がしてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る