スポーツセンターデート

 本日は晴天。


 絶好のデート日和。


 こんな日は屋外のプールで吉野さんの水着姿をたっぷり堪能したいものだ。


《バドミントンするのは久しぶりだよね。ちゃんとできる? 同じ経験者といってもボロ負けじゃ格好がつかないよ》


 僕はこれ見よがしに悪魔に向け、嘆息してみせる。


 隣に彼がいなければ気兼ねなく楽しめるというのに。


「ついてくる気?」

《もちのろん。素人恋愛アドバイザーとして当然の行動だよ》

「素人なのに、アドバイザーって……絶対、矛盾してると思うんだけど」


 そもそもとして僕が付けたのだけれど。


 どういうわけか、悪魔は気に入ったようだ。


《いい選手が、いい監督になるとは限らないんだよ》

「いい選手でもないのに、監督はやらせてくれないと思うんだけど」

《細かいなぁ~》

「いや、細かくないだろ。どこに素人にアドバイスを貰いたいと思う人がいるんだよ」

奇特きとくな人ならいる、かも》

「奇特な人しかいないのかよ。しかも、かも、だし。実例があるわけですらない」

《どんなことも可能性はゼロではないんだよ。君が彼女と付き合える可能性だってね》

「お前の素人恋愛アドバイザーと一緒にされたくねぇ~」

《そうだね。君のはボクのより可能性が低い。現にボクはなってるけど、君はまだだからね》

「いや、お前のは勝手に名乗ってるだけだろ」


 しかも、命名したのは僕だし。


《なにを言う。ボクはちゃんと任を受けて君のアドバイザーをしているんだよ》

「いったい誰がお前みたいなのに任を与えているんだか」

《確か恋愛の経験はなかったはず》

「任を与えてるヤツすら素人か」


 デート前のウキウキとした楽しいひと時を過ごすはずだったのに、悪魔こと素人恋愛アドバイザーが近くにいるせいで心はどんよりだ。


 いなかったらいなかったで心細いけれど、いたらいたで邪魔なのだよな。


「こんにちは」


 待ち合わせ場所——近隣のスポーツセンターに到着すると、吉野さんに出迎えられた。


 彼女はピンクを基調としたジャージを着て、バドミントンバッグを背負っている。


 学校指定以外のジャージ姿を見るのは初めてで新鮮だ。


 悪魔にかまけているせいで吉野さんを待たせることになってしまった。


 というわけではなく、予定通りに家を出て、目的地に到着した。


 余裕を持って約束時間の30分前に到着したというのに、吉野さんがすでに居たのだ。


「こんにちは。ごめん。もしかして僕、時間を間違えたかな?」

「ううん。違うの。私が早く来すぎただけ」

「そうなんだ。ビックリしたよ。余裕持ってきたはずなのにすでにいるんだもん」

「驚かせてごめんね。だけど待たせたら悪いと思ったから」


 悪魔との応対でどんよりとしていた心が吉野さんのおかげで晴れていく。


 会話をするだけで、視界に入るだけで。


 ……いや、いっそ、同じ地球上に存在するだけで、僕を幸せと感じさせてくれる存在。


 そんな彼女とこれからデートできるなんて夢のようだ。


 内容はともかくとして、その事実だけで僕は幸せ過ぎて死んでしまいそうだ。


 いいではないかバドミントン。


 滴る汗に魅力を感じ、揺れ動く部位に魅了され、未だかつてないほどの幸福を体感できることだろう。


 彼女の水着姿にこだわっていたのがバカらしくなる。


 いや、まぁ、本心ではバドミントンよりも先にプールへと直行したいのだけれどね。


 だからといって、目の前にいる彼女の要望を無下にはできない。


 甘んじて一緒にバドミントンをしようではないか。


「やっぱり、吉野さんは僕にとっての天使だよ」

「え? 今なにか言った?」

「ううん。なんでもない」


 危うくイタイことを口に出してしまう変な人だと思われるところだった。


 危ない。危ない。


「それじゃ行こうか」

「うん。……でも、本当に大丈夫だった?」

「え? なにが?」

「仲村くん、なんか乗り気じゃなさそうだったから」

「そんなことはないよ。吉野さんと出掛けられるだけで僕は嬉しいよ。だから気にしないで」

「なら良かった。ずっと気になってたんだよね。本当はバドミントンするのイヤだったかなって」

「イヤじゃないよ。……ただ、バドミントンするの久しぶりだから、ちゃんとできるか不安だっただけ」

《それ、ボクがさっき言ったこと》


 悪魔がなんか言っているけれど無視。


 返答しようものなら、吉野さんから見て、僕は虚空こくうに向けて喋りかける変な人に映ってしまう。


 それにしても吉野さんの笑顔が眩しすぎる。思わず僕は昇天しそうになってしまう。


 もしかしたら、僕を天につれていくために彼女は舞い降りたのかもしれない。


 やはり吉野さんは天使なのだ。そうに違いない。


 僕が昇天しそうになっている間に吉野さんは館内入り口に立っていた。


 彼女は後ろを振り返り、僕を待っている。


 僕はその素振りにドキドキさせられるも、悟られまいと必死にその感情を抑え付ける。


 彼女を待たせるわけにいかない。


 僕は彼女の後を追う。


 館内に入る頃には2人並び、足を踏み入れるのはほぼ同時だった。


 あまりにもタイミングがピッタリ過ぎて、その一歩が大切ななにかのように感じた。


 館内入ってすぐ正面はちょっとしたスペースがあり、3脚程の長椅子とゴーグルなどを購入できる自販機がある。


 バドミントンのシャトルもここで購入可能だ。


 まぁ実際、割高になるからここで購入する理由はないのだけれど、自販機といえば飲食物が多い中、こういうのは新鮮でスポーツセンターに来たことを実感させられる。


 もちろん。飲食販売をしている自販機もある。


 スポーツドリンクがおすすめとされているあたりスポーツセンターだなぁと思う。


 まがりなりにも中学3年間、運動部に所属していた僕はこういう場に来ると気持ちが昂る。


 受付を済ませ、体育館へと向かう。


 運よく待ち時間なしで利用できた。


 市が運営している施設であることから格安ゆえの混雑から待つことは珍しくない。


 しかも、今日は休日。


 待ち時間をどう過ごそうか悩むところではあったけれど、杞憂きゆうに終わった。


 ただ、少し寂しい気もする。


「すぐに入れてよかったね」

「そうだね」


 受付から渡り廊下を通り、体育館へと向かう。


 体育館独特のキュッキュッというシューズと床が擦れる音が聞こえる。


 この音を聞くと体育館に来たことを実感でき、それだけで気持ちがたかぶる。


 最後にバドミントンをしたのは部内で送別会をした時で、1ヶ月くらい前か。


 あの時は思ったより感覚がにぶっていなく、それだけ真剣に打ち込んでいたのだと実感させられた。


 まだ感覚が残っていればいいのだけれど……一抹いちまつの不安が残る。


 それでも体育館独特の雰囲気は好きで、そんな好きな場に吉野さんと一緒にいられることがたまらなく嬉しい。


 体育館は、半分はバドミントン、もう半分は卓球となっている。


 バドミントンはコートが3面あり、そのうちの2面がすでに埋まっていた。


 卓球台はすべて埋まっている。


 少しでも遅れていたら待つことになっただろう。


 そう思うと待ち合わせ時間より早く合流できてよかった。


 ちなみに僕たちが使うコートは出入り口から最も近い。


「それじゃ、早速だけど始めようか」

「そうだね」


 部活動であれば、ラリーする前にランニング&ストレッチをするのだけれど、今回は別にそんな決まりはない。


 本来ならやるべきなのだろうけれど、別に本気でやろうというわけではなく、お遊びの範疇であるわけであるから無理にする必要もないだろう。


 それに体育館を利用する時間が決まっているわけなのだからそんな流暢にしてもいられない。


 僕達はお互いに軽く体をほぐして準備を進める。


 思ったよりも体がほぐれているのを感じ、思い返してみればここに来るまでに自転車を漕いだからだ。


 あまり運動という考えに至らないけれど、それでも自転車レースとかあるわけだから、自転車をぐのもスポーツの一環で、準備運動程度には体を動かせていたようだ。


 そう思うと毎朝学校に通う際に自転車を漕ぐのは無駄ではないのだと感じる。


 バドミントンバックからラケットを取り出し、さらにシャトルが入ったつつも取り出す。


 ガットは半年以上前に張ったものだけれど気にする必要はないだろう。


 打てれば問題ない。


 シャトルは部活がない日に友達と打ちたくて買ったのだよな。


「あ、シャトルは私が出すよ」

「え、そう? だけど僕、最近は打たないからむしろ消化したいんだけど」

「私がバドミントンを提案したんだし、仲村くんのを使わせてもらうのは申し訳ないよ」


 しばらく問答を続けた末、吉野さんのを使わせてもらうことになった。


 僕のを使うことで逆に気を使わせてしまうことを考えるとそれが一番かもしれない。


 決まってからだけれど、そのことに気づいた。


 ただ気になるのは彼女が手に持っているのはナイロン製のシャトルだ。


 丈夫じょうぶだけれど、大会で使用されることはなく、打つときの感覚が違うため部活動の練習でさえ使うことはない。


 金銭面を第一に考え、お遊びでしか使われない代物だ。


 どうせならちゃんとした羽の生えたのを使いたいのだけれど、それを言ってしまうと準備をしてくれた彼女に悪い気がする。


 見たところ新品のようだし。


「それじゃ、よろしくね」

「こちらこそ、よろしく」


 お互い配置に付く。


 コート挟んで対面。


 どっちがどっちのコートを使うのか決めたわけではないけれど流れで、僕は壁側、吉野さんは卓球台が並べられている側を使う。


 お遊びであるのだから律儀に構える必要はないのだけれど、試合の時と同じように構えてしまう。


 あまり考えなくていいことだろうけれど、もしアウト側にシャトルが落下しそうになったら拾うべきだろうか。


 いや、拾うべきだろうな。


 勝敗が決するわけではなく、時間内にどれだけ楽しめたかが重要なわけだし。


 もし拾わずにアウトを宣言し、自分からのサーブで何食わぬ顔して続行しそうものなら、変な空気になりそうだ。


 考えただけで申し訳ない気持ちになる。


 無理しない程度には拾おう。


 僕がプレイ方針について考えていると、吉野さんから第一打が飛んできた。


 思った通り彼女も本気でやろうとは思っていなさそうだ。


 公式戦ではありえない緩やかな山なりで飛んできた。


 もし本気でやろうものならもっと奥を狙うはず、もしくはもっと前。


 僕はそのただただラリーを続けようという思いのこもった優しい第一打を同じように返す。


 普段は打つことのないナイロン製ゆえの感触に戸惑うも、思ったところに飛んでくれてほっとする。


 幾度かラリーを続け、公式戦や部活の練習ではありえない、だけれどお遊びとしては当然としてやるのびのびとしたバドミントンをする。


 ポン、ポン、ポン。


 続けている内に感覚が戻るのを感じ、可能な限りラケットの面中央に当たるよう意識する。


 お遊びなのだからそんなことを意識する必要はないのだろうけれど、高められるとしたらそのくらいで、自然と意識してしまう。


 次第に緩やかだった山なりは高度を下げ、ほぼ真っ直ぐ飛ぶようになる。


 別に気が変わって本気でやろうというわけではない。


 山なりは山なりでずっとだと疲れるのだ。


 緩やかだと逆にタイミングが合わせづらいし、ある程度のスピードがあった方が打ちやすい。


 どのくらいラリーが続いているのか、数える必要はないのだけれど数えてしまう。


 声に出すことはない。


 続けようとしても、2桁いけばいい方。


 今だってちょくちょくミスして途切れてしまう。


 フレームに当たってしまいあらぬ方向に飛んだり、手前に落とそうと思ったわけではないけれどネットすれすれのところで落ちたり、ラリーを続けていると腕が軽い疲労状態となり、思ったところに飛ばなくなるのだ。


 それでもなんとか続けようとして、持ち直すことがあるけれど、必ずどこかで床に落ちる。


 それはシャトルの性質上、そういう競技である以上、仕方のないことだけれど、床に落ちる度に終わってしまった消失感に駆られる。


 やはり続けられるのならラリーを続けたい。


 吉野さんも同じことを考えているのか、より打ちやすく、またより精度の高い打球が飛んでくる。


 だけれど、そう意識すればするほど疲労が溜まるのが早く、結局はあまりラリー数が変わらず、床に落ちてしまう。


 しばらくして、程よくいい汗が流れたところで休憩となった。


 コートのすぐ脇で腰を落とし、吉野さんと横並びになって水分補給をする。


「ふー、なんか久しぶりって感じがする」

「実際、仲村くんは久しぶりでしょ。……まぁ私もだけど」


 内緒ではあるけれど、部活を辞めた今でも部屋の中で軽く羽を遊ばせることがある。


 不思議なもので、部活を辞めた今でもラケットやシャトルを触りたくなるのだ。


 サッカーボールを抱いて寝る、みたいなことは物の性質上できないけれど、なんだかんだでバドミントンが好きなのだと思う。


 ラケットのグリップを握っているだけでワクワクする。

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