獣達の挽歌 Chapter.8
「……殺しなさい」
姉の亡骸を膝枕に、
その
「殺しなさい! 夜神冴子!」
「戦意喪失……ってワケ? どんだけ姉に依存してんのよ、アンタ……」
「姉さんが死んだ世界になんて未練は無い! 生きる意味など無い! こんな世界に! こんな
「
寂しくも渇いた苦笑に同調を示す冴子。
そう、悲しい。
とりわけ〈怪物〉いう身に於いては……。
だから──「そうね」──チャキリと
「悪いけど、
まだ旧暦だった頃──。
スターシャは呪われた血筋に生まれた。
アメリカはカンザス州の田舎町に潜む家族だ。
俗世とは閉鎖的な距離を置く
代々〈
黒豹の家系──。
そして、邪淫の
情欲が欲するままに異性を求め、その興奮が眠る野生を呼び起こし、獣と化しては食い殺す。
満たされない赤の渇き。
だから、また求める。
悪循環の
はたして、求め続けるのは〝愛〟か〝獲物〟か。
幼い頃から、そうした異常をまざまざと見て育ち、そして、嫌悪した。
とにかく逃げ出したかった……血塗られた
ブルックリンの高校へと進学した時には、ホッとしたものだ。
これで忌まわしい血と決別できる……と。
この高校へ通うともなれば、都会での生活は必須となる。
家を出て行くに格好の
無論、両親や親族からは激しく抵抗されたが、それはスターシャの忌避感をますます意固地に反発させる。
強行的に実現できたのは、幼い頃から溺愛してくれる姉〝シモーヌ〟の存在が大きい。
後押しのみならず、
「あなたは〝普通の人生〟を歩みなさい」と
そうしてスターシャは、この地〝ブルックリン〟に転居した。
家族にも告げぬ夜逃げ同然の逃亡であった。
親友ができた。
友達ができた。
そして、恋人ができた。
だから、彼女は悦びを実感したのだ──「これで〝普通の青春〟が送れる」と。
そうはならなかった。
焦がれる恋心が……内に萌芽した
黒い獣と堕ちた。
野生のままに血肉を喰らった。
鋭い爪が裂くは、親友の肢体。
飢えた牙が噛み千切ったのは、愛する人の喉笛。
呪いである。
血の呪いである。
ようやく理解した──この一族は
人の姿へと還れば、
爪に残る肉片が悲しみの
そして、慟哭に
姿を
自分の痕跡を人間社会から抹消する。
いつからか、スターシャは掃き溜まりの路地裏で寝食を満たすまでに
食には困らない。
若い
汚らわしくも
最低の生。
このまま死んでもよかった。
いや、
それでも自決に踏み切れない弱さが、苦しみに憎々しい。
どのくらいの月日が流れたかは知らない。
雪だ。
寒いと思った。
どうでもいい。
自分は、ただ路地裏で
表通りの
「……スターシャ?」
懐かしい声に呼び掛けられ、久しく波紋が揺れた。
顔を上げれば、路地裏の
「姉……さん?」
「よかった……やっと見つけた」
「なん……で?」
「探していた」
優しい苦笑が懐古を刺激する。
幼い頃から
母以上に〝母〟たる
「姉さ……私……私…………!」
それが精一杯であった。
それ以上は涌かない……言葉も……思考も。
だから察したか、姉は妹を抱き締めてやった。
愛しさのままに駆け寄り、慈愛のままに抱き締めた。
温もりの捕縛に、スターシャは初めて気付いた……自分がワナワナと震えていた事に。
その自覚が、
「ぅ……ぁぁ……ぁぁあああーーーーっ!」
泣いた。
殺していた熱さが一気に込み上げた。
止められない。
止められるはずもない。
「いいの……もういいのよ、スターシャ……それ以上は言わないで…………」
「あああーーーーっ! うわぁぁぁーーーーっ!」
総てを染め清めるような白さであった。
その罪さえも……。
そのままブルクッリンに隠れ住んだ。
無論、住所は変更してある。
もっと簡素な街外れへと……。
雑多な民族が入り乱れに住むブルックリンは、
『木を隠すなら森』というヤツである。
警戒すべきは、警察や世間の目からだけではない。
何よりも
見つかれば連れ戻される。
そうなれば、また精神苦の環境が
姉妹だけの家庭が始まる。
さりながら、スターシャの心は満ち足りていた。
最愛の姉がいてくれれば、それでいい。
それだけでいい。
もう、何も
望まない。
例え、世界の
そんな心境を
〈
一九九九年七月の革命であった。
燃え朽ちる生家を眺めて、スターシャは一粒だけ感謝した。
「〈怪物〉に生んでくれて有難う」と……。
だからこそ、スターシャは〝生き残る側〟であった。
彼女達〝姉妹〟の
なれば、怯えて暮らす必要など無い。
不安要素は根絶する。
気に入らぬものは
生き残った者こそが〝正義〟である。
この
だから、姉と共謀して終わらせた。
どうせ倫理が無用の世界となった。
家族殺しも罪ではない。
そもそも〝家族〟の情など失せていたが……。
闇に
その連携は、
怪物も人間も
ただひたすら今日の
狩りだ。
狩りであった。
姉がいたからだ。
姉と一緒になって踊っているような充足感。
そうした感覚は、その瞬間だけスターシャに
黒き双獣による絶対的な狩猟──その戦慄は、次第に下層の間で噂となる。
そして、やがて〈
自覚無く有名と
だから、もう何も無い。
「姉さん……私達、一緒だよ? ずっと……ずっと…………」
──銃声!
沸き立つ
「ふざけんじゃないわよ……生きたくても生きられない命なんて山ほどいるのよ……この
この女区長が
ただ後味の悪さだけが
最期の涙──。
それが伝える〝痛み〟は、夜神冴子の恩赦を刺激するに充分ではあった。
が、
クイーンズ区長は見逃し、ブルックリン区長は射殺する。
その差は、ひとつ──〈
たった、
「背負ってあげるわよ……アンタ達も」
非情なる温情を
感傷は
哀悼も
指定のゴールへと辿り着いた。
ゲームは
此処に到着するまでにも多くの
ともあれ、目的地の扉を開ける。
室内の視界は見渡す限りに
これまでの決闘場
高層
その上にて横たわる青い修道着を視認するなり、冴子は達成の
「ジュリザ!」
「冴子?」
同時に返す視認が計らぬ呼応を上げる。
それを許諾と捉えたかのように、冴子は一気に駆け寄った。
辿り着くまでの数秒間も周囲からの奇襲に警戒心を張り巡らせながら、さりとも
拍子抜けにも襲撃は無く、
「大丈夫? 何もされてない?」
「え……ええ、特に何も……」
「って、何よ!
改めて見れば、
「邪神でも召喚する気か! アイツら!」
百発百中に鍵穴を
「そうした素振りはありませんでした。おそらく逃げられないように……」
「分かってるっつーの」
改めて周囲を展望する冴子。
やはり気配は無い。
「ねぇ? 〈
背後の人質へと無作為に投げ掛ける。
と、その名を耳にした
恐怖に彩られた表情──
「い……いいえ」
「そう?」
不幸な事に、
(奇妙だわね? てっきり最後はラスボス戦でフィナーレを飾ると思ってたんだけど……)
(
少なくとも〈
(何処にいる?)
「さ……冴子……」
「ジュリザ?」
「ちょっと! 青冷めてるじゃない! どうしたってのよ!」
「冴子、
「
心配と困惑を等しく
唇まで青冷め、瞳は恐怖に潤んでいる。
しかしながら、その奥に宿る
「お願い、冴子!
「落ち着いて! ジュリザ!」
「
「ジュリザ!」
「堕ちろ! 地獄に堕ちろ! おぞましき〈
「ジュリザッ!」
「ッ!」
「……落ち着いて」
「ハァ……ハァ……」
「
「嗚呼……ぅ……ぅぁぁああ!」
頼もしい鼓舞に琴線が破断されたか、シスターの気丈は仮面と崩れた。一転に顔を覆って泣き伏せる姿。
その弱々しさを見つめ、夜神冴子は傷心の共有を噛み締める。
(ベートめ、何をした? 私が来るまでに……。この恐怖心、
(散々〈
つくづく胸クソが悪くなる。
これほど悪質極まりない相手は〈
(……クソッタレ!)
累積していく怒りを
と、不意に聞き慣れた声が賛辞に出迎えた。
「イヒヒヒ……どうやら辿り着けたって? さすがは〈
「イクトミ?」
振り向けば、暗がりから歩き出てくる矮小な異形。
はたして、間違いなかった。
「しかも、ほとんど無傷じゃないか? ラリィガの助力があったとはいえ、噂通りの無敵ぶりだねぇ?」
「でもないわよ。しっかりダメージは負っている」
「そうかねぇ?」
「そうよ」と、淡白な肯定に
「
「……殺すわよ」
嬉しくない
「んで? わざわざアンタが此処へ来たって事は、何か〝情報〟を
「まぁな」
「……〈ベート〉の事?」
「御望みなら」と、おどけた
「聞かせて」
「まず〈ベート〉だが、
「でしょうね」
「おや? 承知かい?」
「このままじゃ、この
シラケた茶番とばかりに、不本意なゲストは乾いた苦笑を飾る。
「……で、どんな
「さてな? 相変わらず、
イクトミは不手際を悪びれるでもなく、手近な場所に座り込んだ。柱へと
「使えない〝情報屋〟だわね」
「周到なんだよ。
相変わらず煙にだけ意識を傾けていた。
冴子の事は〝おまけ〟とばかりに、簡素な対応だけが返ってくる。
正直、少々ムカつきはしたが、どうでもいい些事だ。
そもそも、それほど心を開いてなどいない……ラリィガには悪いが。
単に〝貴重な
利用できるものは利用する……それだけだ。
「ま、いいわ。んで?
「……アンタ、筋金入りに悪運が強いみたいだな?」
「は? 何よ、いきなり?」
「此処での戦闘もそうだが……渡米時の奇襲も、それ以前の〈ジャポン〉とかいう島国に居た時からも、逆境から〈生〉を拾える
「
思わず
(確か〈インディアン〉は、パイプを〈チャヌンパ〉と称して信託具にする風習があった。その煙の
イクトミは嗜好に
見定める?
何を?
この決戦の結末か?
と、
両手構えに据える
狙いは、
「……物騒だねぇ?」
ただ白い不定形にだけ意識を投げていた。
「何故、知っているの……ヘリコプターでの奇襲を! 私が〈
「オイラは〝情報屋〟……そんな情報を得るにワケないさ」
「はぐらかすな!」
鼻先を掠める威嚇発砲!
「
殺気を帯びた
ただ悠長に紫煙を眺めるだけだ。
「ジュリザを拉致したのもアナタだったのね! あの置き手紙も!」
「いいのかねぇ?」
「何?」
「いや、
「……どういう意味よ」
「ウォォオオーーーーン!」
遠吠え!
唐突にして聞こえた獣の叫び!
慄然に呼ばれた冴子は、直感的に背後へと振り返る!
「な……何ですって?
間に合わない!
予測外の奇襲は、あまりにも至近であった!
完全に
威圧的な獣影が押し倒さんとばかりに
熱い!
猛烈な熱さに
ただ、熱い!
その熱さに呑まれるまま、冴子は闇へと落とされた。
深い闇へと……。
自我さえもボヤけさせる
ひたすらに熱かった。
──お願い、冴子! 早く殺して! あの恐ろしい〈
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