銀弾吼える! Chapter.7
誰もいない礼拝堂──。
そう、もはや誰もいない……。
ただ独り祈りを捧げる〝マザー・フローレンス〟以外には……。
深淵に沈むかのような閑寂。
そんな血の
惨劇に召された
「……やはり、いらっしゃいましたか」
不意に独白の
夜神冴子であった。
その銃口は迷い無くマザーへと定められている。
「ですが、どうして
「
イクトミが託したメモには書いてあった──『マザーは教会付近の隠れ家へと潜伏中。煙が絶えた後に帰還し、また同様の
あの警告が無ければ、
最悪、ニューヨークを出ていた可能性もある。
最後の最後で大きな
エンパイアステートビルでの裏切りは呑み込んでやる。
何処に逃げたかは知らないが、もう報復に追う事は許してやろう。
それよりも……
「ジュリザは言った──〝
「そうですか」向けられる敵意すら流水のように受け流し、マザー・フローレンスはゆっくりと立ち上がった。「では、ようやく確信を
「もっと早くアンタを撃ち殺すべきだった! 人間だろうと何だろうと
瞳に宿る憎悪!
「何を
「
「こんな邪教を発起して、何を企んでいるかを
「救いです」
「救い?」
「この
「偽善に飾るな!」
発砲!
威嚇の銀弾が左頬を掠めた!
スゥと筋を描いた赤にも怯えず、フローレンスの
その傷は、波打ち際の砂絵の
(コイツ? やはり
得体知れぬ戦慄。
冴子の心理を嗅ぎ取ったかは
「
「どんな想いで
「
「オマエは……オマエは〈餌〉を掻き集めていただけだ! 労せず、好きな時に好きなだけ〝
「召されるのは〝
「あなたは……あなたは最悪よ! 最悪の偽善者──まさしく〈
「嗚呼、可哀想なジュリザ……まだ覚醒して日が浅い
「邪教が! 何が〝救済の宗教〟だ! キサマは、いったい
「
睨みつける正視を受け止め、マザーは
「
「ヨガミサエコ?
「な……何を?」
「
「黙れ!」
右頬を刻む銀弾!
刻み付けた銃痕は、みるみると治癒再生してしまう。
銀弾だというのに!
(獣人である以上〈ルナコート〉が効いていないはずは無い。ただ、再生治癒が高いだけ……ケタ外れに!)
呪われし魔物が秘めたる驚異を噛み締めながらも、冴子は平静を
「ひとつだけ
現実へ引き戻され、冷たい
「
「いまにして思えば、エンパイアステートビルの戦いは『ジュリザの完全覚醒』が狙いよね?
フローレンスは涼しい
それが、そのまま
さりながら、どうでもいい。
追求すべきは、その先だ。
「そこまでして覚醒を
「
「嘘をつかないで! この
「いいえ、本当ですよ? 何故なら〈
「なっ?」
「実験でしたの。
「何の
「
「な……にッ?」
「正直、もうウンザリしているのです。
「それだけの事をしたわ」
「食しただけ……自然の
「……ジェヴォーダン、三百六件、百二十三人」
「何ですの?」
「キサマが犯した襲撃回数と死亡者だ!
「ああ、そういえば……時には〝狩り〟へと興じた事もありましたわね……フフフ」
「鬼畜が!」
「旧暦時代、何故〈人狼〉には
「動くなと言っている!」
「何故、
メキメキと
ミシミシと強度を増していく骨格!
そして、ザワザワと
「こノ
体毛逆立つ
このタイムラグを見逃すほど、夜神冴子は間抜けてはいない!
空鳴きするまで銃弾を叩き込むと、即座に
続け様の射撃──が、冷静な
(……無駄弾)
再生は相変わらずだ。
むしろ変身プロセスと重なる現状は、
ならば、どうする?
(考えろ! 夜神冴子! 確実に
どれほどの命が奪われた?
どれだけの魂が
その片鱗だけでも身に叩き込まなければ気が済まない!
──冴子さんは〈
──さーこおばたん、もんたーすれた……。
脳裏に刻み込まれた想い……。
無力ながらに
だから、自然と
(……そうだぞ? 冴子お姉さんは、
私は〈
理不尽に
無情に踏みにじられる
私は……〈
「ウォォォーーーーン!」
変身完了の凱歌か……猛る遠吠えを響かせる!
体高二メートル強もある漆黒の獣に!
「サア、
振り下ろされる鋭い爪!
しかし、冴子は臆せずに
「霊感商法は願い下げ」
それを示し会わせたかのように、頭上のステンドグラスを割って飛び込んで来る乱入者!
獣の脳天目掛けて雷拳が強襲を仕掛けた!
「ぅらあああーーーーっ!」
鋭敏な本能か──後方跳躍に回避するフローレンス!
膝つきの着地に正体を見極めれば、電光
「チィィ……ダコタノ小娘!」
一方で美しき弾劾者
「なぁ、冴子?
「ええ、言わないわよ? だって、これは
「ああ、これは──」「そう、これは──」
「「──
凛たる死刑宣告!
すかさずラリィガは突進を仕掛け、夜神冴子は
効くはずが無いのは百も承知!
「
無駄のない連携が舌打ちを
邪視が
「
「獣人ノ
「アタシは
ガッツリと組みあう両者の手!
互いの獣臭が
「
「デハ、見セテモライマショウカ! 滅ビシ部族ノ
「滅んじゃいない……
拮抗!
驚くべき事に、獣化したフローレンスは〈
「くっ? コイツ?」
これぞ〈
だが、ラリィガには有って、フローレンスには無いものがある!
それは!
「はい、ガラ空き~★」
「ギャウ!」
背後からの発砲!
数発の弾丸が背中に
夜神冴子だ!
「ヨガミサエコォォォーーッ!」
沸き立つ激情を勢いと転化したか、その場での垂直跳びに回し蹴りを繰り出した!
ラリィガの頭へと目掛けて!
「がはっ!」
右側頭部へと叩き込まれた重い衝撃!
さすがに苦悶を吐いて吹っ飛ぶ!
着地するやフローレンスの筋肉は、再生に
致命傷は無い。
「あちゃあ? やっぱ治癒再生するか。厄介な体質だこと」
「ヨガミサエコ……
「は~い ♪
ヒラヒラと掌を振る挑発の
「グオォォォーーーーッ!」
刹那〈
「うわっと?」
即座に体勢を屈め、
選択は正解であった!
背後に据えられた装飾柱が
「アッブなー……衝撃波か」
まるで
その威力には軽く戦慄を覚える!
(基本的に〈獣人〉の特性は超身体能力という物理的
ともすれば、やはり
(そういえば〈
多くの〈怪物〉にはルーツたる特異存在がいる。
それが〈
時として〈魔神〉などと称される事もあり、神話や伝説に
現在、大手を振って
永い歴史の中で〈血〉や〈魔力〉が希釈する事で弱体化してしまうせいだ。
が、稀に〈
それが〈
先祖返り的な能力を保持する超強力なレアモンスターだ。
眼前の〈怪物〉は、そこはかとなく
(でも、ま、〈獣人〉は〈獣人〉よね)
上着のポケットを触る。
切り札の
この決戦を見越して用意した物ではあるが、実戦には初投入──効くか効かぬかは試してみなければ判らない。
(……賭けてみるか)
静かに咬む決心。
そして──チラリと
魔獣が大きく息を吸い込んだ!
(また来る! 第二波!)
即座に回避へ動けるように身構えつつ、冴子は警戒を張り巡らせる!
と、そうはさせじと魔獣を殴り飛ばす拳!
「アタシが相手だって言ってんだろ!」
「グァッ!」
復活したラリィガであった!
「ダコタノ小娘!」
警戒の
「ハァァァッ!」
気合が種火と
「いくらオマエが〈
気迫に攻める翼が、
「チィ!」
大きく間合いを離れる後方跳躍!
フローレンスにしてみれば、厄介な相手であった。
異質な獣化プロセスにして、それ
厄介過ぎる!
ならば、
敵を牽制しつつ、魔獣は
そのアイテムを目にした瞬間、冴子とラリィガには戦慄が走る!
「アレは……魔薬〈スティーブンソンの涙〉?」
「まさか? コイツ〈
メキゴキュとした不快な骨肉音を奏で、みるみる増強されていく
「やめろォォォーーッ!」
変身を阻止せんと特攻するラリィガ!
だがしかし──「フン!」「ぐあッ?」──無造作に
「ラリィガ!」
「グゥ……へ……平気だ、冴子! それより気を付けろ! ソイツ、あの〈ブロンクス区長〉よりも格段に強いぞ!」
相棒への警告を叫びつつも、ラリィガは右脇腹を押さえている。
その様を気取られないように振る舞ってはいたが、
(ああなったラリィガに、これ以上は酷……。
三メートル弱もの巨獣が、のそりと振り向いた。
本来の獲物──〈
「ヨガミ……サエコォォォ!」
「どうやら素体が〝人間〟か〈獣人〉かで開きが出たようね? もっとも、その魔薬のコンセプトは〝下駄履き〟……となれば、基本底値の高さが左右するのは当然か」
正面構えに〈ルナコート〉を構える!
「貴様ヲ
「勝手に懸けないでくれるかなぁ? 迷惑だわ」
発砲!
銀が鳴く!
迫る巨獣は右肩の出血に突進を足止めされる──が「フフフ……効カナイワ」──再生に塞ぐ
構わずに撃つ!
撃つ!
撃つッ!
左肩! 右腿! 左腿! そして、胸板!
その
「学習シナイワネ……無駄ダトイウ事ヲ!」
嘲笑に体勢を立て直す黒獣!
しかし、視界がガクンと沈んだ!
脚の
全身を
思うように
「コ……コレハ? ヨガミサエコ! キサマ、一体
「何をしたも何も撃っただけよ? ただし
「グゥ……麻酔弾ダッタカ!」
「まさか? そんな物で、アンタを無力化できるなんて思っちゃいない」種明かしとばかりに、冴子は
「ナッ?」
「ま、それでも
「キ……キサマ!」
「ついでに言えば、御自慢の治癒能力も裏目に出たわね? 体外排出もさせない内に、自分から体内へと取り込んだ……貪欲にね」
「ガァァァーーーーッ!」
どうやら、
重い
「ヨガミサエコォォォーーッ!」
立ち塞がる巨影が怒り心頭に
さりながら、夜神冴子は不敵に笑むのであった。
「たいした根性だわ。けどね、アンタは、また
「ナ……ナニ?」
「逆上と焦りに突き動かされて、不用心に
「結界……ダト?」
「
威令に呼応して、空間が違和感を染める!
不気味な清涼と鎮静!
霊気だ!
堂内そのものを染め上げるだけの霊気だ!
次の瞬間、黒狼の五体が拘束に固まる!
まるで金縛りのような
「コレハ? コ……コレハ!」
「
──マザー……。
「アニス?」
右腕にしがみついていたのは、間違いなく逝った子供であった!
いや、右腕だけではない!
四肢に!
首に!
肩に!
身体に!
──マザー、大好きだよ。
──マザー、ずっと一緒にいてね。
──マザー……。
──マザー…………。
──マザー………………。
教会の子供達──そして、肉を喰らった
血を
「ナ……何故? 何故、コイツラガ!
「〈
霊界と
造作も無い。
思慕に寂しさを噛む
暗闇の中で柔らかく
「放セ! 放セ! 放セェェェーーーーッ!」
見苦しい焦燥に荒れ狂う獣!
それが何になろう?
全身を拘束する
「ヤメロ! ヤメテ! 放セ! 放シテ!」
次第に声音から険が失われ、威圧的な
貧弱に……。
脆弱に……。
それは魔薬の副作用〈
皮肉な事に、この地獄とは相性がいい。
一気還元された罪悪感は、ますます
増えていく。
奈落の
「ヤメテ……イヤ……許シテ……イヤァ!」
死刑囚の頭部へと
「そんなモンじゃないわよ……
合わせる照準に叫ぶ!
「
以心伝心とばかりに、霊獣が銀銃へと飛び込んだ!
「最期ぐらい〝
決着の
閃火に放たれる銀弾!
その弾丸には〈
銀弾──
霊獣──
獣人殺しの三重奏!
処刑の銃声が轟く!
銃声?
霊獣が吼える裁きの宣告!
夜神冴子の正義を具象化するが
それとも刑罰か!
「ヒッ?」
そして、一斉解放した霊力を爪と化して切り裂いた!
心臓を!
動脈を!
静脈を!
毛細血管に至るまで微塵と切断する!
肉体内部に駆け巡る霊気のかまいたち!
「ガッ!」
短い
血肉に飢えた餓獣は、次第に
「〈
誰に言うとでもなく冴子は呟いた。
振り向き様に、虚像の眉間へと撃ち込む銀弾!
心身を叩きつける痛みは、それでも背後の
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