銀弾吼える! Chapter.8
この〈ベート〉なる
マンハッタン拠点〈エンパイアステートビル〉──。
存在するが存在しない──
存在しないが存在する──
そんな十三階に、彼女の部屋は在った。
夜神冴子が最後に放った銀弾により通信機能は損傷し、モニターがブラックアウトに沈黙する。
「事の
薄い紅が、ほくそ笑む。
「マザー・フローレンスは
豊かな金糸を
「とはいえ、存分に役立ったが……な。鮮度のいい
唇を湿らす
嗚呼、早く次なる養育場を作らねば……。
「
そう……マザー・フローレンスは、確かに〝嘘〟など言っていない。
故意に誤解を生む言い回しをしただけである。
ただ
「マザー・フローレンスに〈ジュリザ〉を預けたのは正解であった。
最期まで従順な信徒であった。
夜神冴子を前にしても、
自らの〈
下らぬ虚像〈モロゥズ神〉などの信徒ではない。
彼女──〈
だから何だという?
所詮は〝道具〟──惜しくはある利便性ではあったが、代わりなど
有能であるが
「しかし〈ジュリザ〉が〈
水割りが
「まったく……あの小娘、博愛にも
飽きたかのようにソファを立つと、壁の
隠し部屋だ。
とはいえ、身を隠す
不敗の魔物──。
なれば、身を隠す必要などあろうか?
そう、此処は
自室と同等の広さを敷き詰める石室。
大理石を積み重ねた壁面が、ランタンの朱に照り染まる。
異臭──。
常人には
血と腐肉の臭い。
彼女には心地いい。
壁には入手したての黒豹の毛皮──二対。
かつては〈区長〉などと
どうでもいい。
珍しさに拾った玩具に過ぎない。
あの〝魔薬漬けの猿〟同様に……。
それよりも、現在関心を惹き付ける玩具で遊ぼうか。
沸き立つ加虐心が
一番奥の壁に、
「まだ生きておろうな?」
目的の手前に立つと、蔑みと好奇心の
「──ンン! ンー! ンーーッ!」
黒髪の蛇女──ようやく探し出したレア玩具だ。
両腕は
「ンンーーッ! ンー! ンーーッ!」
「何を言うておるか解らぬわ。もっとも、その
「ンンンーーーーッ!」
ジャラジャラと乱れる金属音が、ベートの支配欲求を悦に浸らせる。
紛れる
その
「喜べ、裏切者? キサマが肩入れしている〈夜神冴子〉は勝ったぞ? 本来なら
だからこそ〈ジュリザ〉は死んだ。
その魂は壊れた。
夜神冴子の存在は、結果として〈ジュリザ〉を
「フゥ……フゥ……ンンンンッ!」
「フフフ……
景気付けとばかりに酒を
「
「ンンンンンンーーーーーーッ! ンンンンンンンンンンンンーーーーーーーーーーーーッ!」
室内反響に奏でられる
高揚を
「フフフフ……別に〈区長〉としての不甲斐なさを責めているワケではないぞ?」
「ンンーーーーッ! ンンンーーーーッ」
悲鳴と赤が比例に増した。
「オマエは
「ンンンンンンンンンンンンーーーーーーーーーーーーッ!」
「アハハハハハッ! アハハハハハハハハハハッ!」
残虐な至悦が狂喜めいて笑う!
「この〈
そう、
思うがままに生き、思うがままに
その命も、血肉も、魂さえも…………。
「さて……次は、どの地で
かつて〝ジュリザ〟と呼ばれた聖女は、その
夜神冴子はダコタで養生の日々を過ごしていた。
言うまでもなく、ラリィガの手配だ。
ティピー内での寝たきり生活は退屈極まりない。
何よりも
しかし、それもそろそろ終われる。
「だいぶ回復したわね」
左手をグッパッと
に、してもキツイ。
左肩から
ラリィガの手当てだ。
問答無用の慌ただしさに、無理矢理締め付けられた。
粗雑なあの娘らしい。
「……結構
さりとも、その想いを汲めば、軽い苦笑も
ややあって寝床から起きた冴子は、トレードスタイルの上着へと
「ま、後は
ハリー・クラーヴァルの〈錬金術〉は伊達ではなかった。
そのノウハウを注ぎ込んで新生させたこのジャケットは、耐寒耐熱や防弾といった基礎性能を備え、
つまりは〝着ているだけ〟でも遅々と回復していく寸法だ。
とはいえ、いずれも高い効果を及ぼす
あくまでも
それでも有り難い
即時即興的とはいえ、状況好転の助力とは機能している。
この〈
たかだか〝人間の小娘〟が生き残れてきた要因のひとつだ。
「あ、冴子? 起きたか……って、何やってんだよ!」
入ってくるなり、ラリィガが保護者風を吹かせた。
(まったくお節介というか何と言うか)
だから、
この娘と出会えた事そのものが〈
「ボチボチ行くわ」
「まだ回復してない!」
「したわよ?」
「してない!」
「した」
「し・て・な・い!」
「し・た!」
突き合わせた意固地がいがみ合い──ややあって、どちらともなく吹き出していた。
暗黒世界への地平と広がる荒野……。
荒涼とした風は吹き昇る。
夜神冴子とラリィガは
「次は何処へ行くんだ?」
「さて……ねぇ? 現状は依頼も無いし、当面は気の向くままかなぁ?」
「ふぅん?」
途切れる会話。
互いに想いはある。
死闘を共にした
「んじゃ、行くな?」
インディアン娘の方から背を向けた。
正直、見送り届ける自信は無い。
湿っぽいのは嫌いだ。
置かれた異邦人の背が、変わらぬ楽観に手をヒラヒラと振る。
「〈ホワイトバッファロー・ウーマン〉にヨロシク~★」
「あ……と、そうだ。オイ、冴子!」
思い出したかのように、ラリィガは足を止めた。
「うん?」
互いに振り向き交わす素直な表情。
本音を言えば、見たくはなかったが……。
双方、後ろ髪を引かれるから。
さりとも、ラリィガは前向きな
「生まれた時、オマエは泣き、世界が笑った。だから死ぬ時は、オマエは笑い、世界が泣く人生を生きろ」
「何よ? 唐突に?」
「チェロキー族の言葉だ」
「…………」
「…………」
「……そっか」
「じゃあな」
「じゃあね」
気高さは互いの背中を磁石のように引き離した。
だが、その想いは……。
「結局は誰も救えなかった。築いたのは死人の山……か」
アニス──
アントニオ──
教会の孤児達──
そして、ジュリザ────
何ひとつ守れていない。
「ハリー・クラーヴァルは言った。〈怪物〉に
だからこそ、生きてきた。
だからこそ、死線に臨んできた。
そして、だからこそ
だが、仮に
望んだのは、
その先だ。
「〈
非情の
「こんなんで、生きる価値あるのかな……私」
心に甦るのは〈
報酬は、君自身の
その
(仮にどうあろうと闘いは続く。死と隣り合わせの日々は続く。
心が冷える……。
荒涼に……。
虚無感に……。
その時、
──やっぱり、お姉ちゃんは〈正義の味方〉だね。
「ッ! 舞?」
風圧に含まれる懐かしい声音!
その姿を求めて、思わず振り返った!
妹の姿は無い。
ただ閑寂
(そうよね……
きっと、この
救いを望む弱き魂が……。
だから、冴子は顔を上げた。
残酷な明日へと。
「……行こうか〈
歩み出す。
心に定めた信念に……。
人々の牙と化して〈怪物〉へと抗う修羅地獄に……。
白き霊獣は宿命を共有すべく後へと続いた。
その背中を見送る〝少女〟の姿は、哀しくも夜神冴子には見えていない。
巫女姿の幽体であった。
(そうだよ……お姉ちゃんは〈正義の味方〉なんだから、生きなきゃ……生きて闘い続けなきゃ……これからも〝苦しむ人〟の
嗚呼、大好きだったお姉ちゃん──。
まっすぐで──
不器用で──
それでも優しく誠実なお姉ちゃん────。
(どんなに
きっと他の生き方なんて出来はしない──。
その〈使命〉を投げ棄てる事など────。
(
一転、ゾッとする呪詛を
その愛憎を見定めるは、振り向き去る〈犬神〉だけであった……。
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