銀弾吼える!Chapter.6
見上げるに黒い月。
その黄色い巨眼を見つめ返し、イクトミは〈チャヌンパ〉を
高層ビルの屋上は、さすがに風が荒れ騒ぐ。
乱れるのは早い。
ふと馴染み深い気配を感じた。
「出て来いよ?」
振り向くでもなく、イクトミは沈着な抑揚に
予想通りの流れだ。
「
「ああ、
獣精の表情は固い。
「ラリィガは?」
「置いてきた」
「
「
「オマエさんだけが胸中に仕舞うって? 相変わらずの過保護ぶりだな」
「御互いにな」
四足は静かに歩み寄ると、隣へ腰を下ろした。
「
「ああ、チッとばかし
「ほう?」
「何だよ?」
「いや、珍しい事もあるもんだ……と。オマエさんには、そうした叙情が薄いと思っていたもんでな」
「いけねぇかい? オイラが
「いいや」
視界の
「見ろよ、シュンカマニトゥ? これが
「その〈
「無くなったよなぁ……川も大地も……」
虚無感を誘発する
「そもそも北米は〈アメリカン・インディアン〉の先住地だった。ま、旧暦に
「
「で、ラリィガは〈ダコタ族〉の血統……と」
「あくまでも〝血統〟でしかないが……な。闇暦に
「
「〝自然の恩恵に敷かれた牧歌的民族〟という共通概念があったからな」
「それを営利主義にブチ壊したのは、植民目的で侵入してきた欧米人種──つまり〝
無自覚に興奮するイクトミを冷静に
中には『ハニースプリングスの戦い』のように
「
「そうした背景によって〈アメリカン・インディアン〉は民俗文化衰退の
「子供だって奪われただろうが。先祖や親が〈インディアン〉って事実を
熱を帯び始めた親友の意気に、獣精は冷静な
分からぬではない。
そうでなくともイクトミは〈インディアン達の
かつて旧暦では部族の壁を越えて『白人侵攻の警鐘』を伝え回った事もある。
その努力と
さりとも、
教訓として
「……だからと言って
「そりゃあ……そうだがよォ……」
イクトミは不服を抑えて
沈着冷静に美徳を
「
「
「闇暦に生きるアイツには、怨恨の現体験は無いからな。有るのは〝受け継がれし血の誇り〟だ。
「何だ?」
「いや」
同期的に思い浮かんだのは、
怪物殺しの異邦人。
この地の歴史とは無縁の魂。
心底には根深い私怨を
仮に〈怪物〉であろうとも、肩書や大義に酔って虐殺に走る事もない。
おそらく彼女が見ている〈
巡る黙考を取り止め、シュンカマニトゥは再び冷静に語り掛けた。
「別に歴史の
「ああ、まぁな……」
改めて闇空を
ややあってから、獣精は静かに切り出した。
「いつからだ?」
その声音は、特に怒りも糾弾も
イクトミは
「もう、だいぶ前からさ。アイツら〈
紫煙が
「オマエこそ、
「エンパイアステートビルで再会した時、オマエから微かに〝するはずのない獣臭〟を感じた。血肉を
「さすがに鼻が利くねぇ? 香水でも使っておくべきだったか?」
「どうしてだ?」と、今度はシュンカマニトゥが
「……疲れちまった」
「疲れた?」
「旧暦も
「ラリィガは、まだ負けていない」
「いずれ負ける」深く紫煙を
「後ろ楯には〈
「同じだよ。確かに〈
「だから〈ベート〉へと取り入った……か?」
「ああ。結局、この
「夜神冴子は〈
「
「ならば、また噛み付くだろうな。
「そして、イタチゴッコかィ? 終わりが無ぇや」
沈黙が間を刻む。
「
よもや敗北を望んだワケでもあるまい──その点だけは〈シュンカマニトゥ〉も確信していた。
自分にとっても、イクトミにとっても、ラリィガは〝かけがえの無い家族〟であり〝
赤子の時から見守ってきた
イクトミは
「……
「未来?」
「
「それは〈
返事は無い。
ただ飽きずに紫煙を
「……これから、どうするんだ?」
「ダコタには戻らねぇよ」
「では〈敵〉同士か」
「それも
「何?」
「夜神冴子のおかげで、オイラの信頼と価値はパァ……。幹部の座も夢物語だ。だったら協力に取り入る意味も
「……見えんな?」
「いっそ
「そうか」
淡白な納得を置いて、シュンカマニトゥは立ち去る流れに乗る。
これ以上、追及する気は無い。
両者は、そういう間柄だ。
「ラリィガには?」
「…………」
「会わんのか?」
「会わねぇ」
「そうか」
「あ……と、そうだそうだ。コイツを」
イクトミは思い出したかのように、羊皮紙のメモを取り出した。
「何だ?」
「ラリィガに渡してやれ。オイラからの
「そうか」
「オマエ達もな」
気高き誇りは明日への
互いの瞳を
「
腰脇へと置いていた小瓶を眺め、イクトミは苦笑へと浸る。
シュンカマニトゥからは死角になっており、見られる事は無かった。
脇腹の出血は、
「ったく、これだから
ベートからの制裁──
ヤツが
もはや〝汚らわしいインディアンの情報屋〟を
「な~にが『
赤の
「けどよ、
ベートに従事する交換条件は『ダコタへの不可侵』『イクトミの幹部待遇』であった。
カモフラージュ
毎回ダコタへと侵攻してきた〈
出来レースというヤツである。
そうでもなければ、今頃、ダコタは修羅地獄と化していただろう。
毎回、小規模な軍勢を送る事によって、建前上の
取り囲む周辺国に対しては、説得力に
「ダコタには〈
この裏工作は、ラリィガ達は
イクトミとベートの間でのみ
しかし、一番大きかった成果は……。
「夜神冴子……か」
「へへ……どうだった、ラリィガ? 跳ねっ返りのオマエさんにはピッタリの〝おともだち〟だったろ?」
似通った
とりわけ〝希望の
「正直、エンパイアステートビルでの助力は悩んだがな? オイラの
この
そして、その輝きは周囲の種火を目覚めさせ、いずれ闇を星空へと染め上げるであろう。
絶望の漆黒に呑み込まれた、この〈
ポツリポツリと顔を叩く冷たさ。
雨が降ってきた。
見上げる
胸中に
しかし、それでもイクトミは笑うのであった。
「ザマァみろ〈
後は遺されし者達が紡ぐ。
思い残す事も無い。
「ラリィガよぉ……
もはや叶わぬ
「へ……へへ……白い
その
いま
史実さえも
「白い
各部族の垣根を越えて〈アメリカン・インディアン〉そのものへと告げた警鐘。
その数日後には、大虐殺の
「……ああ、懐かしいなァ」
一転して、穏やかに満たされた
虚脱の目に映るのは遠い昔──満天に澄んだ星空のみ。
現実は無情を刻むというのに……。
そして、やがて
白牛の背に揺られ、プテ・サン・ウィンは荒野を巡る。
目的は無い。
ただ習慣化した気晴らしだ。
見上げる夜空には、魔の闇に喘ぐか細い光点。
ただ旧暦のように鮮明な息吹に無いだけだ。
それは汚泥に混在する砂金のようなもの……。
元凶となる黄色い単眼と目が合った。
「ふむ?」
蒸かす〈チャヌンパ〉の紫煙がくゆり、星々と透過に重なった。
空から流れ落ちる一条。
その光に示された。
「……嗚呼、イクトミ」
覚悟が現実となったようだ。
「分かっていたのです……この
沸き起こる哀しみを
「
歴史のうねりに、またひとつ〈魂〉が消えてしまった……。
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