銀弾吼える! Chapter.5
外界を染める夜闇から
これから起きる悲劇を
石造りの部屋であった。
その面積は、教会内の人数が入れば限界ではある。
もはや立ち入る者など存在しないが……。
石床へと雑多に積まれた荷物の中身は、毛布や衣類といった日用品。簡易的な調理道具や防寒具も
奥に据えられた簡素な木棚にもダンボール箱が陳列されている。中身は非常食だ。とはいえ、
そんな
「ぅぅ……ぅぅぅ……どう……して……こんな…………」
シスタージュリザは、ひたすらに泣き濡れた。
青い瞳から大粒の涙が落ちる。
麗しい美貌を自責の糾弾に
「何で……あの子達を……私は…………」
血肉の味──吐きたくても吐けなかった。
その理不尽な苦痛は
おぞましかった。
憎かった。
哀しかった。
悔しかった。
情けなかった。
その内に潜む〈獣〉が……。
「な~るへそ、隠し部屋が
「ッ!」
慄然と振り向く!
聞き慣れた声へと!
「冴……子?」
「はぁ~い★」
驚愕の瞳孔に映り込む揚々。
扉の前に立つ処刑人は、ヒラヒラと
その
処刑直前の対面だというのに……。
さりとも自然体のおおらかさは、
罪人の自分には優しすぎる。
「マザーの部屋に
「殺しに……来てくれたのですか?」
「……うん」
頬を伝う雫を拭う事も無く……。
「……ありがとう」
嗚呼、慈悲を
「……
一転して引き締まった抑揚が、
「先日〈
「ヤツラから教えられた?」
「……はい」
「此処で覚醒した時には?」
「自覚は、ありませんでした」
「私に依頼した時にも?」
「はい」
「……そっか」
気まずい間を持て余すかのように、夜神冴子は銀銃の具合を再チェックした。
もうじき使う。
「あと
「はい」
「この部屋は、
「避難部屋ですよ。
「ふぅん?」
軽い
「
「掃除は何年もしていません。着手途中で放置されたままでしたから」
「そ」
ジュリザの説明を流しつつ、冴子は胸中に確信を噛んでいた。
違う。
此処は避難部屋などではない。
周期的な飢餓感に
適当に
そうして、
そうして、
荒れ猛る衝動を……。
事実、
アレは血痕だ。
「もうひとついい?」
「はい」
「〈ベート〉は、何処?」
乾いた苦笑に、
嘘ではないだろう。
良心の前に
憐れなほどに愚直過ぎる。
「私からも、ひとついいですか?」
ジュリザからの
「……あの子達は、やはり私を
「知んない」
興味皆無とばかりに弾数を確認して、
「……だけど、ひとつだけ分かった事もある」
「…………」
「あの子は……アニス達は〈
「そう……ですか」
当然だ。
憎まれて当然。
無自覚だったとはいえ、自分は偽善の大罪人。
それを
噛み締める罪悪感。
そんな自責へ、変わらぬ抑揚が続ける。
「だけど、
「……え?」
夜神冴子は、そう感受していた。
明言されたワケではないが……。
あの〈獣〉を
そして、
はたして、それは〈巫女〉としての素質に
それとも、利己的な自己弁護が作り出した幻聴であろうか。
どちらでもいい。
「ジュリザ、ひとつ謝っておく」
「……何でしょう」
「私は、
「……はい」
死刑執行を前に麗女が
覚悟は
せめて〝人間〟の内に死ねるのなら──
これほど温情的な刑罰は無い。
「……さよなら」
簡潔に告げて〈
呪われし聖女の左胸へと……。
(ありがとう……)
受け入れた表情は静かに
執行の数秒──ドクン──鼓動!
ジュリザの内に
死にたい──
──死なぬ!
もう充分──
──まだ足りぬ!
私は罪人──
──
私は──
──
呑まれた!
生きる者ならば万人が持ち合わせる「死にたくない」という深層意識を!
「か……ぁぁァァァアアーーーーッ!」
美しき肢体が醜い獣毛に覆われ始める!
しなやかな女体は筋肉を増し、繊細な骨は
「ジュリザ!」
悲痛な想いを叫び、冴子は白き閃花を轟かせる!
獣化はさせない!
未完了な段階で
が──「跳んだ?」──
まさかの対応であった!
基本的に〈獣人〉が変身中に即興対応する事は無い!
こんな大胆な奇策は初めて体験する!
「
続け様の発砲!
獣の爪は天井隅を足場と噛んでいる!
またも跳躍!
今度は
「クッ?」
鋭い爪が裂く空気流動を左頬に体感した!
「
連鎖的に左肩が
トラウマに再発する
獣弾は、そのまま荷物の
すかさず銀銃を向け構える冴子!
「ゥオオオォォォーーーーン!」
狩りの邪魔と
その
獣化は……完了していた!
いつの間にか教会前へと構える武装集団。
見るからに〈特殊部隊〉である事は明白であった。
それが二〇人前後集っている。
やがて部隊長と思われる者が整列陣形の前へと進み出た。
「いいか! 情報によれば〈
予想外の奇襲に殴り飛ばされた!
不敵な襲撃者は、臆する事も無く自然体に警告する。
「あんま無粋な
「キ……キサマは!」
風にそよぐ
鹿革のジャケットから露出を
アメリカン・インディアンの娘〝ラリィガ〟であった!
「ホントはさ、
一斉に構えられるライフル銃!
「撃て! ヤツも指定ターゲットだ!」
「
頭上を〈
その無差別攻撃に銃撃が
完了する獣化!
「
人狼──
それが〝ジュリザ〟と呼ばれし者の本性!
「ウォォォーーーーン!」
同時に冴子は
「……もう
眼前の獣へと注ぐ
野性へと染まった姿からは、人間的な知性は感じられない。
冴子の想いを切り刻む悲嘆。
すぐに封殺したが……。
「これ以上は
発砲!
またも横跳びに回避する金獣!
しかし〈
「ギャウ!」
獣の右肩から
「
「グルル……」
「だけど、アンタの不利には違いない。
「グオオオーーッ!」
間髪入れずに左腿を撃ち抜いた!
「ギャフ!」
「間合いは詰めさせない」
非情な声音による宣言。
が、この魔獣は知恵がある。
戦況を分析して考察する知能が……。
ジリジリと
処刑具を警戒しながら、ゆっくりと距離を開いた。
数歩……数歩と、にじり足が
そして、
背後の木棚から
それを次々と投げつけた!
「
迎撃に
が、それは、らしからぬ失態であった!
中空で破裂した缶は、
「粉ミルク?」
甘い煙幕が視界を殺す!
次の瞬間には殺気が急接近した!
「こ……ンの!」
鋭敏に察知した〈
間合いを
しかし、敵の
「毛布? うわっと!」
着地と同時に足を取られ、無様に引っくり返る!
足首を引っ掛ける障害物をも計算に入れていた!
すぐさま襲い来る餓狼!
「
埋もれたままの即行では、さすがに捕捉が甘い!
微々たる体勢推移に
冴子の
弱々しく減衰した霊気が!
それでも〈
例え
だが──(ダメ!)──夜神冴子の意志が、それを制止した。
(もしも〈
──しかし、冴子よ。
(私、
──…………。
(
柔らかくも温かい
こうなれば信じてみよう……
頭上へと
毛布に
獣の本能が、ほくそ笑む──
「ほいっと」
冴子は
獣面の眼前に舞う異物──と、次の瞬間、
「ギャウ!」
視界が白に殺される!
「閃光手榴弾~★」
「グルゥ! ガウ! ガウ!」
よろめきながらに、獣は爪を
一転した闇の世界で、見えぬ敵を仕止めんと!
その無様さを
「
再び間合いが開いていく。
脅えているのかもしれない……無自覚ながらも〝本能〟は。
だから、再殺の標準を定めるに不都合は無かった。
頭部に
そうさせたのは、脳裏に浮かぶ白百合の
せめても
「さよなら、ジュリザ……」
白銀の銃が閃火を咲かせる!
それは哀しき決着であった。
夜神冴子が
教会前の交戦は、程無くして沈静化していた。
その惨状を見渡し、ラリィガは
「並の〈獣人〉が、アタシに叶うはず無いだろ」
殺してはいない。
必要以上の殺生は好まない。
手近に
「おい」
「ひぃ!」
「オマエ等、何故、
「そ……組織の情報網だ」
「にしては、タイムリー過ぎる。少なくともアタシ達は〈
「ホ……ホントだ!
「情報屋……ねぇ?」
どうにも引っ掛かる。
直感的に……。
「ソイツ、何者だ?」
「す……素性詳細は知らない! 俺達は精鋭部隊とはいえ、組織末端に過ぎない!」
「ふぅん?」
拳を固めて、軽く振りかぶって見せた。
「ホホホホントだ! あ! だ……だが、名前は聞いた事がある! 確か〝イ──」
そこまで
「──クひゃいッ?」
奇妙な断末魔を
「おい、シュンカマニトゥ! 何すんだ! せっかく情報を得られたってのに!」
非情の
さりながら、コヨーテは深刻な
「……危なかった」
「はぁ?」
「オマエは気付いていなかったかもしれないが……
不信に遺体を見れば……なるほど、手の近くにはアーミーナイフが転げ落ちている。
証拠を視認すれば、ラリィガとて渋々ながらに納得するしかない。
一方で〈
的中してほしくない予見であった。
足下に転がる最期を虚脱に見下ろし、冴子は疲労感に包まれた。
身体ではない。
心が疲れ果てた。
「ジュリザ……
依頼は
皮肉にも〝
…………違う。
──御願い……〈獣〉を……〈
「……分かってるわよ、ジュリザ」
その瞳に決意の炎を
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