銀弾吼える! Chapter.4
(私は、
暗闇の
長い走馬灯を味わった。
(確か、背後からの奇襲を喰らって……
真っ赤に開いた
「獣ッ!」
身の毛もよだつ戦慄に叩き起こされ、夜神冴子は覚醒した!
「ッ!」
左肩の痛みが、不安定な意識を手荒く現実へと投げ飛ばす。
「噛まれた……か。だけど、
傷の手当てが
先の左肩を押さえる形で、包帯が豊かな胸を締め付けていた。まるで〝
「
通常〈人狼〉に噛まれた者は〈獣の呪い〉に感染し、
が、それは常人に限った話。
夜神冴子は、こう見えても〈
加えて、衣服だ。
ハリー・クラーヴァルの錬金術によって新生した
だからこそ〈デッド〉戦に
「……何処よ? 此処?」
滲む汗ながらに周囲へ目を滑らせれば、質素ながらも整った生活環境であった。さりながら、かなり
テントであろうか?
民芸的で簡素な造りではあったが……。
その中で寝かされていた。
「……まったく!」
疲労感が吐かせる
まだ思考が本調子ではない。
再起させる
「あ、目が覚めたか?」
知った朗々が顔を
「ラリィガ?」
「いやぁ、心配したぜ?
「このテント、あなたの?」
「テントっていうか〈ティピー〉だな」
「……ああ」
軽い納得に至った。
つまりは〈インディアン〉の簡易住居だ。
見た目には〈テント〉に酷似しているが、やや民芸的な素朴な造りである。
そもそも〈アメリカン・インディアン〉とは、複数の部族を統括した総称であり、特定の単一民族を指すものではない。
そうした構図
その仮住居としての役割を果たすのが、この〈ティピー〉である。
要するに映画などでステレオタイプの〈インディアン〉として描写される〝
「……何処から持ってきたのよ? こんな大きいの?」
「有り体の材料集めて即興。布と木材さえ有りゃあ何とか作れる。
「……何処よ?」
「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク──身を隠すにも丁度いい」
「……ああ」と、二度目の軽い納得。「私、どうしたんだっけ?」
「血溜まりでぶっ倒れてた。アタシが駆け付けた時にはな。だから〈ワキンヤン〉との
「そうか……ッ!」
戦慄の記憶が──真っ赤な
「アイツは!」
「アイツ?」
「私を襲った〈
興奮の激情を鎮めるのは、あの獣影が身に
──間違いない、
「……〈
抑揚は噛み締めに沈む。
「獣ねぇ?」と、薬草を
「え?」
「獣どころか
(見逃した? 何故?)
芽吹く疑念。
確かに冴子が無意識下の
そして、その
だからこそ、多くの〈怪物〉達も、夜神冴子の寝首には
が、そうとはしても、あの状況ならば
それを、何故?
(まさか……)
良心の
そう結論付くに時間は要さなかった。
何故なら、普段の〝ジュリザ〟を知っているから……。
その強き
(けれど、それも時間の問題……このままでは本能に呑まれるまま堕ちる!)
「ラリィガ! 私は、どのぐらい寝てた!」
「一日半……いや、もうすぐ二日か」
バカが!
何を
──お願い、冴子!
脳裏に甦る
思えば、あの段階でジュリザは自覚していたのだ……
だとすれば、あの異様な
「そうだ! 〈
ふと気付いた。
常に
いつもの
まるで
「〈
「
「そんな? 何故……」
「そりゃ、オマエが好きだからだろ?」
「え?」
「その〈
「どうして?」
「ん?」
「どうして、
「理由要るか?
歯を見せるインディアン娘。
その屈託の無さが、常に自棄的だったモチベーションを溶かし
(ああ、そうか……私は──)
意識的に投げていた。
自分は闇暦の不条理に喘ぐ人々の希望〈
そのためには、強くなければならない!
そして、いつしか失念していた。
その大切さを……。
(──私は、
心を
だから、自然と
「御願い、ラリィガ……
「……分かった」
ラリィガは淡い心地好さを
事情は知らない。
詳細も知らない。
さりとも夜神冴子の
車道を爆走するスポーツカー!
運が良かった。
(お願い、間にあって!)
ジュリザは何処へ向かったのか?
その足掛かりは無い。
少なくも〈エンパイアステートビル〉には、もういない。
ラリィガの話では、
では、何処へ?
ひとつだけ……夜神冴子には、たった
──最近、夢を……悪夢を見るのです。あの〈獣〉の惨劇……今度は子供達が皆殺しにされていました。
(
ハンドルを握る手に
曇る眉根が残酷な
(それに、イクトミ。まさか……というか、やはり敵に通じていた。いつから監視されていたのかは判らないものの、少なくとも日本を発つ直前からはヤツに把握されていた。ううん……もしかしたら、
だとすれば、大なり小なりシナリオ修正を
ヘリコプターでの襲撃は、その
つまりは、
面白くはない。
手玉と転がされていたのだから。
(だけど、目的は何?)
少なくとも、ラリィガ達は〈
ともすれば、それはダコタに陣取る〈インディアン勢力〉の総意と見て間違いない。
でなければ、彼女が〈刺客〉と乗り込んで来る流れにはならない。
(金? 買収された裏切り? ううん、そうは思えない。インディアン達が〝白人〟へ
フロントガラスから、上空の雷鳥娘をチラリと盗み見る。
(これまでの様子からは、思い詰めた感じなど
はたして伝えるべきか──冴子は思案した。
が、やはり頃合いを見る事と結論する。
最悪の場合、自分自身が裁いても良い。
無垢な魂に同胞殺しは残酷過ぎる。
(どちらにせよ後回し……
小者など、いつでも殺せる。
だがしかし、そんな瞬間は訪れないであろう──夜神冴子は、何故かそう感じていた。
無自覚にも〈
クイーンズ
焦れるほどに遠い…………。
教会用務員〝パトリック爺さん〟は、
雑務が仕事とはいえ、正直、老齢には
とはいえ、腰も曲がらず寝たきりにもならずに、こうしてハキハキとした健康を維持できているのだから、その恩恵には感謝している。
スタート地点だった裏庭をゴールとし、パトリックは「う~ん!」と腰を伸ばした。
軽い疲労感の解放と同時に、宿舎を
「しかし、ワケの分からんイタズラをするもんだ。マザーの指示通り、建物中の窓枠やドア枠が
背後の繁みに
忍び迫る黒。
その存在に老人が気付くのは、赤の悲鳴を上げる瞬間であった。
教会へと到着した!
渾身を乗せた美脚が蹴り開ける!
開かれた光景を前に、冴子は
「こ……これは!」
血!
四方を染め尽くす血痕!
充満する血臭が鼻腔の拒絶を強いる!
無造作に散乱する衣服は剥ぎ裂かれ、その内に包まれていた未成熟な身体は何処にも見当たらなかった!
「そ……んな?」
呆然自失とした足取りに、堂内へと吸い込まれて行く。
見渡す事後は
子供達は──無邪気な笑顔は、
「どうやら無理してでも喰らい尽くしたみたいだな……普通なら、いくら何でもこんな飽食はしない」
背後に追い付いたラリィガは、淡々とした
さりながら、その声音は彼女らしからぬ沈痛を帯びてはいたが……。
「
「……冴子?」
虚脱に崩れ落ちる膝。
赤いビロードカーペットを悔しさに握り締め、冴子は大粒の涙に
「
「オ……オイ、冴子!」
これまで心底に封殺し続けてきた〝
「結局、
狂ったように床を殴り荒れる!
悔しさを……悲しみを……自分への怒りを、その拳へと憑依させて!
「フ……フフ……何が〈
役立たずの〈
その瞬間、腕を
ラリィガであった。
「
「ッ!」
「……まだ、あるだろ?
「……ぁ……」
潮と引いていく
揺るぎない意志力を宿す瞳は
この救いの無い現世魔界へと……。
教会内を
何処もかしこも血の海だ。
血の臭いが立ち込めている。
「生存者無し……か」
「だな。片っ端から喰い散らかしている。子供も大人も関係無く」
「そうね」
が、
予想通りだ──腹立たしくはあるが。
だが、おかげで
問題と見据えたのは、
(のうのうと逃がしゃしないわよ……脳天をブチ抜いてやる! 絶対!)
胸中に荒れ狂う
「追うぞ、冴子。
「分かってる。けれど、
「それは……」
「手掛かりも足掛かりも無い。かといって、闇雲に
「だけど、このままじゃ!」
「だから、
「冴子?」
「おそらく、この付近か……
「何で?」
「時間経過。
「何で言える?」
「血……まだ乾ききっていない。それから、
「どうして調理の煮え湯だって言える?」
「床には、
「……ああ」
「加えて、腕」
「腕……って、裏庭で見つけた
「そ。
「グルメ気取りかよ? で、それが?」
「死後硬直ってね、始まるのは
「ふぅん? それで?」
「切断されている上に
「……もしかして、やったのか?」
「やったわよ?」
サラリと告げるトンでもない肯定に、ラリィガは苦虫顔へと染まる。
同時に思うのだ──コイツ、抜け目が無い。
もっとも冴子にしてみれば、拾える情報は遠慮無く収拾するだけだ。
この
「もちろん死後硬直後に筋肉は再び弛緩するから、関節が軟らかくなる現象もある。けれど、先の条件と照らし合わせれば、
「なるほどな」
「
「だから、クイーンズ
「そ。けれど、それ以上に
「もうひとつは?」
「それは──」
そこまで言い掛けて呑み込んだ。
それは〝
この教会に……宗教に依存した献身な魂だからだ。
だが、それでも──。
夜神冴子は〈
「──ともかく、まずは教会内を徹底的に洗いたい」
「そうは言っても、これまでに全部回ったろ?」
「それは……そうなんだけど……」
と、その時であった。
──さーこおばたん。
「ッ!」
一瞬にして湖面は乱れた!
「アントニオ?」
「え? 何だって?」
どうやらラリィガには聞こえていない。
──さーこおばたん。
──冴子さん。
いる。
すぐ近くにいる。
アントニオも……アニスも…………。
ならば、迷う必要は無い!
「あ、オイ? 何処へ行こうってんだ?」
フラリと歩き出した冴子に、ラリィガは困惑を向けた。
返事は無い。
愛しい声に
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