銀弾吼える! Chapter.3
はぜる音に朱が踊る。
妹が
貪欲な増殖はあれよあれよという間に育ち、いまや炎龍の鎮座と
燃え盛る参堂──。
滅びの祭宴────。
その渦中に在りながらも、夜神冴子の心は死んでいた。
やがて、慌ただしい足音が
眼前の殺戮跡に……。
「早く逃げなさい! 火が──」
母である。
大方、火事の危険から妹を逃がしに来たのであろう。
無駄足だ。
「おお……おおぉぉぉ…………」
わなわなと崩れ落ちる。
当然だ。
展開しているのは、
だが、はたして
残酷に希望と命を絶たれた信者達か?
それとも、やはり
「な……何て事を……」ヨロヨロと妹の亡骸へと
どうやら殺人犯を見定めたようだ。
虚脱に
「この子が……
ああ、やはり
鬼気迫る弾劾を浴びせられるも、それはこの上なく
「こうなったら……冴子、あなたが継ぐのよ!」
ピクリと
「そう、あなたが継ぐの! この信仰を! そうすれば、夜神家が絶える事は無い! そうよ! そうだわ!」
「……まだ……続けるというの」
絞り出す歯噛み。
その呟きが母の耳へ届く事は無い。
「あなたは一族で
銃声!
「ぃぎゃああーー?」
突如として刻まれた激痛に転げ倒れる!
冴子の哀しみは、母の右脚を撃ち抜いていた。
続けて二発目!
左腿を射抜く!
「ひぃぃ!」
これで、もう逃げる事は叶わぬ。
この煉獄からは!
ややあって、ゆらりと立ち上がる。
その挙動は幽鬼よりも悲しく、外界に
だから、ハリー・クラーヴァルは見守った。
これから生じる展開を悟りながらも、介入しないと心に誓う。
これは〈夜神冴子〉自身が決着しなければならない試練と知ればこそ…………。
──〈
明答は無い。
ただ、
寂しくも受け入れてくれた。
巫女の想いを……。
何か耳障りな
何を言っているのか聞き取れない──聞く気も無い。
覇気無き腕が白銀の
「……さようなら」
轟く銃声は、はたして冴子の心を再び殺した……。
「罪を……犯しました」
「
徐々に強まっていく感情を、霊獣は慈しみに沈んだ表情で見つめる。
「……宗教や信仰は、
「……解ってる」
「しかし
「解ってる!」
激情が
「だから何だっての! 結局は全部、私のエゴじゃない! 何が〈正義の味方〉よ! 何が〝自由〟よ! 私が
その時、不意に聞き慣れた声が追い打ちを浴びせた。
「ああ、そうだな」
ハリー・クラーヴァルではない。
予期せぬ介入者が現れた。
振り向けば、いつの間にか玄関で
「織部……さん?」
混乱に見つめる
「これだけの
「
見えぬ〈
それを感受したからこそ、漠然ながらに冴子も悟るのだ──
「なるほど……そういう事か」ハリー・クラーヴァルは醒めた観察眼に看破した。「この地に根強い〈
紫煙越しの
「ああ。それにしても、よもや貴様が夜神刑事に肩入れしているとは思わなかったよ」
「どうやら
当の冴子を
「何を……何を言っているの? 何を言っているんです! さっきから!」
「負念は
「……え?」
誰の事を指している?
「負念が濃ければ濃いほど、
……まさか?
まさか!
まさかまさかまさかまさか!
「黒……霧?」
「正しくは〈ダークエーテル〉──この世ならざる魔界の
「そ……んな? 織部さんが……黒幕?」
「人聞きの悪い事を言うな。世界を蹂躙する〈ダークエーテル〉は、俺が引き起こしたワケじゃない。起こるべくして起きた──それだけの事だ。そして、お前の妹の凶行もな。もっとも利用はさせてもらったが」
「え?」
「まだ解らないか? 夜神刑事? とっくに歪んでいたんだよ……お前の
「な……何を?」
深く吐かれた紫煙は、
「所詮、凡人には〝何〟を崇めているかなど見えはしない。それこそ〝
「馬鹿にしないで! 〈
「……だろうな。お前が言うのであれば。俺とて〈見えぬもの〉を否定などしていない。感受出来る者や合理的考察が出来る者は〝いる〟と確信を
淀む暗さ──。
胎動する負念──。
信じられなかった……
まさか苦楽を共にした織部刑事から、このような〝
「な……何をしたの? 私の家族に……私達の信仰に!」
「
簡潔に告げると、最後の一服を味わって放り捨てた。
困惑する冴子の眼前で、織部は告げる。
「知っているか? 満月ではなくても
意味不明な誇示の直後、彼の体に異変が生じる!
「ガ……ァァァアア!」
野性に
隆起していく体躯!
逆立ち伸びる体毛!
──獣人!
眼前の相棒は、いまや伝承に
「織部……さん?」
「なまじい〈犬神〉などを信仰していたからな……実に楽だった。この姿を見せつけただけで、勝手に〈犬神〉の
「接触していたの? 私に気付かれないように……妹に……家族に!」
「ああ。不幸なのは、お前以外の家族は
「そして、洗脳した! この卑怯者!」
「お前が継げば、この流れにはならなかったはずだ!」
「──ッ!」
理不尽な叱責に言葉を呑んだ。
負い目を突かれては、返す気丈も
刻まれたばかりの
「妹に重荷を負わせて、家族から目を背け、のうのうと自己方便へと逃げた! 何が〈正義の味方〉だ! まったく幼稚な……笑わせる!」
「私の……せい? 私は……私は……」
何が何だか解らなくなってきた。
織部の本性──。
妹の狂気──。
信仰の歪み──。
世界の破滅────。
あまりにも脳内整理を
「もうじき
「実に
不意に割り込む皮肉は、それまで静聴していた第三者であった。
「ハリー・クラーヴァル……」獣の牙が
「
向けられる敵意を涼しく流し、ハリー・クラーヴァルは悠々と
夜神冴子を──新たな時代の
「本来ならドイツから出る気など無かったよ──私にも
「偶然にも、我等〈獣人〉の潜伏を知った……か。
「化けていたさ。事実、夜神冴子嬢は気付いてもいなかった。ただ、
「何?」
「
ようやく織部にも思い当たる。
「そうか。魔術秘密結社〈
反目が牽制し合う。
「始めようか」
ハリー・クラーヴァルは身構えた。
「貴様、武術を?」
「
ハリー・クラーヴァルの〈気〉が体術に繰り出されれば、狼男の野性が猛りに家屋を破壊する!
炎の躍り舞台は闘技場の熱気とばかりに涌き狂い、両者の攻防を喜悦に堪能した!
足下に転がる死体の放置は、どちらにせよ
「なん……なの? これは?」呆然と座り込んだまま、事態の認識に戸惑う冴子。「いったい何なのよ!
あまりにも常軌を逸脱した情報が多過ぎる!
常人の介入を排斥する戦い!
その余地すらも無い死闘!
人外同士による衝突は、あまりにも現実離れした現実であった!
忍び寄るかの
彼女の周囲は、拓けた安全地帯と保護されていた。
霊獣〈
その加護に
「何故だ! ハリー・クラーヴァル! 何故、
厳つい巨爪が空気を切り裂く!
ハリー・クラーヴァルは滑るかのように後方へ推移し、紙一重の間合いに流した。
「
「同じ事だ!」
流す!
「
「あんな凡百な小娘に……何を夢見ている!」
突き伸びる
後方跳躍に大きく避わすと、着地の屈伸を
繰り出されるは、霊気を帯びた
今度は織部が大きく跳んだ!
後方の
敵意の熱と涼しい慧眼が、再び反目する。
「彼女は、その心に〈
「……何が言いたい」
「自責──使命──贖罪──憎悪──正義──そして、優しさ────総てが、
「買い被ったものだな……たかが無力な小娘に」
「
「底無き闇には微弱な
獣が跳ぶ!
「
ハリーが迎え討つ!
擦れ違う影!
刻まれる
噴霧に咲く
「くっ!」
「チィィ!」
互いの右腕が血肉を裂いた!
「クッフフフ……だが、残念だったな? ハリー・クラーヴァル?
宣言通り、人狼の傷は塞がり始めていた。
が──「君だけではない」──ハリー・クラーヴァルもまた、同様に驚異的再生を見せつける。
「……〈
この特性同士では堂々巡りだ。
「
「そうか」
掴んだ活路に、ニタリと牙を
「だったら、
野蛮な
無作為に盾と選ばれた死体──それは、夜神冴子の妹!
「……堕ちたものだな」
「どうした? その手刀で俺をブチ抜いてみせろ! 出来ないよなぁ? お前に〝人間の心〟が
「ああ、そうだな」素直に認めながらも、ハリー・クラーヴァルの態度は醒めていた。「だが〝
「何を負け惜しみを──」
轟く!
「──ガハッ?」
吐血に目を落とせば、腹部からは
肩越しに振り向く先には、予期せぬ処刑人がユラリと立っている──忌まわしき銀銃を向けて!
「夜神……冴子?」
信じられなかった!
有り得ないはずであった!
よもや妹への貫通を
「……何が〝正義〟かなんて知らない」
伏せた顔が揺れる体幹に踏み出す。
「……〝希望〟だの〝選ばれた〟だのなんて興味も無い」
虚脱に絞り出す声は、
「……だけど、
「ま……待て」
解けていく獣化に、織部は訴えた。
自発的に戻ったわけではない。
はたして、銀弾が及ぼす効力のせいか!
それとも、夜神冴子の呪怨か!
「
そして、冴子は迷い無き刑罰を撃ち込んだ!
眼前の
「うわあああぁぁぁぁぁあああーーーーーーっ!」
撃つ!
撃つッ!
撃つッッッ!
狂える激情を吐き出す!
紅蓮の
盛る喝采の中心で、夜神冴子は死んでいた。
その心は……。
妹を殺した──。
母を殺した──。
同僚を殺した──。
数多くの人々が命を絶つ元凶となっていた────。
ハリー・クラーヴァルによってドイツ・ダルムシュタッドへと保護されたのは、それから
世は〈
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