獣達の挽歌 Chapter.4
はたして、夜神冴子は──そして、闇の地に息づく者達は──気付いているのであろうか?
闇空に鎮座する支配者が、これから起きる余興に嬉々と忌まわしき単眼を歪めている事に……。
魔窟と続く夜闇の街路を、悠然と踏み歩む二対の女影。
血獣の悪意に招かれた
進み拓くは〈
各
とはいえ、さすがに〈ニューヨーク〉そのものを囲う事までは叶わぬ。各
本番前の疲弊も馬鹿馬鹿しいので、暴走車で牽き弾いて来たが……。
ともあれ、そうした経緯からマンハッタン内には魔気も〈デッド〉もいない。
待っているのは〈
それも、血塗られし動物園である……。
やがてオフィス街へと差し掛かると、
蒼暗さに呑まれる人工の
天空こそ〈
ものの見事に虚栄と閑寂が混在している。
「……面白くないわね」
辺りの気配を盗み見て、冴子は不快を噛んだ。
両側に連なるオフィスビルの岸壁は、威圧を強いながらも虚無的であった。
はたして、内部が
だが……。
「潜んでいる」
「ああ、獣人共か?」
「ええ」
「そいつは、アタシも感じてた」
屋内に身を潜めながらも、窓越しから奇異の視線は注がれていた。
それも無数に……四方八方からだ。
完全に包囲網と陣取られている。
頭数の優勢に溺れた獣眼。
まるでコンクリートジャングルのサファリパークだ。
にも
「──襲って来ない」
潜む気配は底が知れない。
どれだけの獣が襲い来るかは判らない。
もちろん、襲われればブチ殺す!
片っ端から!
されど現実問題、膨大な
ラリィガが強力としても限界はある。
十中八九、焼石に水──潮時を見計らって退却するのが関の山だろう。
仮に全野獣を撃ち殺したとしても、こちらの疲弊は計り知れない。
そうなれば、その後に待ち構える〈エンパイア・ステートビル戦〉など喰われに出向くだけだ。
そう考えれば、この不可解さは幸運と捉えるべきなのであろう。
だからこそ、焦燥に
それだけの圧倒的有利を、みすみす放棄する──その裏に敷いた画策は、いったい
「何を企んでいる……〈ベート〉!」
未だ
指定された目的地へと着いた。
眼前に
「デカいな」
闇空に
「此処が〈エンパイア・ステートビル〉──旧暦時代からニューヨークのシンボリックスポットとして機能していた超高層ビルよ。そもそも旧暦での存在意義は〈国外貿易センター〉だった」
「へぇ?」
「ま、このビルを特別視に格上げしたのは『モノクロ時代のゴリラ映画』だけどね」
「何だ? それ?」
「どちらにせよ
「〈
二人して
「それにしても……」
「何?」
「いえ……
冴子が
知る限り──少なくとも旧暦には──存在しなかった。
「美容商品の広告でも流そうってのかしら?」
蜂女をネタにした皮肉を浮かべた直後、周辺一帯からサーチライトの照射!
「クッ?」
突然の露光差に目が眩むも、最悪の事態に身構えた!
「ゥオオオオオオオオォォォォォォーーーーーーッ!」
地鳴りかと思える
どうやら最悪の予測が的中した!
周囲のビルから姿を見せたのは、無数の獣人達!
窓から身を乗り出している
屋上から
そして、ゾロゾロと街路へ歩み出て来る
「やっぱり……罠!」
歯噛みに
「さすがに数は多い……か」
背中を預けるラリィガ!
絶体絶命の抗戦を覚悟した直後──『鎮まれ』──件の巨大モニターから静かなる威圧が発せられた。
振り返り観れば、画面に映るは、長く豊かな髪を波打たせる女性のシルエット……。
その声音に秘められた絶対的な支配力に、これだけの
「……〈ベート〉!」
完全な黒に染まる妖影からは、その容姿詳細を視認する事は叶わない。
さりながら、冴子は感受する──
『よく臆せずに来たな……〈
「ハッ! 強制に呼んでおいて、よく言うわよ!」
『フフフッ……報告にあった通りに
「……
まさか〈クイーンズ区長〉であろうか?
だとすれば……撃ち殺しておくべきだった。
『で? そちらが〝ダコタの小娘〟か?』
「よぉ」
相変わらず気負いも無く応えるラリィガ。
『
「
『……それで?』
「オマエをブッ潰しに来た」
『フフフッ……大きく出たものよ』
「まぁな」
「ジュリザは無事なんでしょうね」
『無論だ、夜神冴子。
「ゲーム?」
『これより、貴様達には最上階を目指してもらう。
「最上階……って何階だよ?」
ピンと来ないまま
「……一〇二階」
「はぁ? 何だってんだ、まどろっこしい!」
「そうよ! さっさと出て来なさい!
緊迫の場にそぐわない
あまりの無礼さに、一匹の外野が
「貴様! 我等が〈
「おい、冴子?
「分かってるつーの! コッチだって貴重な弾数減らしたくないわよ!」
囲う殺気がチリチリと伝染していく。
一触即発!
が──『フン……次は、
なればこそ〈
『さて、夜神冴子よ? ビル内には、歓迎の罠を仕掛けてある。それらを攻略して昇り詰めれば、貴様の勝ち……ジュリザは、おとなしく返してやろう』
「で? クリア出来なかったら?」
『そこが貴様の墓標だ』
「ふぅん? 獣相手に『死亡遊戯』って? ……乗ってやろうじゃない!」
不屈の負けん気が吼えた!
それを見ればこそ〈
『クックックッ……それでこそ〈
「……言ってろ」
不敵に醒めて
「あ、そうそう。ところで、
『何だ?』
「……教会、孤児、八人」
『…………』
「…………」
『……フッ、
「……へぇ?」
静かな
「エレベーターやエスカレーターは使っていいのよね? 脚、
『好きにせよ。ビル内の設備は自由に使って構わん』
「そりゃどーも」
肩の
遊歩の先は、地獄門。
潜り入るは、畜生界。
その
「
「百も承知よ」
「……意外だな?」
「何がよ?」
「いや、思いの外に冷静だからさ……。冴子の事だから、途中でキレるかと思ってた──『ナメてんじゃないわよ!』って」
素直な感心に、冴子の温和な
「とっくに
「……ああ、やっぱりな」
相変わらずの大人気なさに、ラリィガは先の感心を軽く後悔するのであった。
(いざとなったら、アタシがブレーキ役か……アタシも感情的な方だけど、
諦めの
しかし、冴子には冴子で〝キレるに値する理由〟がある。
(あの女、
沸々とした怒りを噛み殺す。
定番の
その差は〝質問の意味を承知している可能性〟を示唆している。
無論、可能性の域ではあるが……。
が、少なくとも
その上で黙視看過していた。
「せいぜい待っていなさい……眉間をブチ抜かれる瞬間を」
その瞳に
アニス──。
アントニオ──。
八人の子供達────。
決意に刻む
一階フロアは
安っぽい不安の演出に照明が消灯されている。
光源は淡く
その薄暗さは、電飾が
かと言って、退廃した
抗菌的なタイルが足下に広がり、数本もの
こうした機能美的な整然は、
要するに
「さて、と……とりあえず、どうする?」
辺りを見渡しつつ、気負わぬラリィガが指針を求めた。
索敵に気配は感じられない。
「昇るわよ」
「それは、そうだけどさ……
「
「……
「一番有利な手段だからこそ、一番スルーすべき呼び水……
「エスカレーターは?」
「同じ。楽な手段は甘い
「階段……」
「階段は立ち回るに足場が悪いし、登れば登るほど体力消耗が激しい」
「んじゃ、どうすんだよ! アレもダメ、コレもダメって!」
「だよねー★」
あっけらかんと緊迫感を
見ている分には飽きないが、命運を共にするには疲れるヤツだ──と、ラリィガは苦虫を噛んだ。
その時、エレベーターがチンと到着音を鳴らす。
「あら? 来客?」
皮肉めいておどけるも、冴子に動揺は無い。
障害は撃ち殺すだけだ。
重い駆動に扉が開く。
箱内の
「デッド?」
ゆらりと歩み出て来る
その動作は愚鈍ながらも、捕食本能は確実に
その数、目算で一〇体弱!
やがて間合いが詰まれば俊敏に襲い来る!
「チッ! やってくれるわね!」
腹立たしさを噛み、冴子は〈ルナコート〉を身構えた!
連携に臨戦体勢を構えたラリィガが吠える!
「何で〈デッド〉が領域内にいるんだよ! 入れさせない
「
「はぁ? 何の
「こっちの
「質より量の消耗戦……って?
「とは言え、厄介な策を張ってくれるわよ……」
完全に裏をかかれた。
〈
正直、敵ではない……が、残弾は浪費する。
では〈
間違いなく〈
こんな序盤で〝切り札〟を
しかし──(背に腹は代えられない……か)──チャキリと照準を額に定める!
「カァァァーーーーッ!」
死体のスイッチが入った!
発砲!
噴き咲いた
「クァァァ!」
「ギァァァ!」
押し寄せる
次々と眠っていた狂暴性が覚醒する!
「シュンカマニトゥ!」
見えぬ獣が地を蹴った!
不可視の爪が切り裂き、その勢いに足止めの
それでも侵攻の勢いが止まる事は無い!
単に物理的ダメージによる衝撃が圧した結果に過ぎない!
充分だ。
詰まらぬ間合いに銀弾が
百発百中!
夜神冴子の腕を
「
悪夢の芋洗いへと躍り飛び込む
鋭き爪の演武が、周囲の首を無選別にはねた!
頭部を栓と赤きシャンパンが噴き、果てた肉塊が崩れていく!
次々と死体と還る屍達!
またぞろ〈デッド〉が追加された!
「増援?」
動揺を浮かべながらも、新たな波状攻撃へ備えて
続く第三波の到着──
「数が多過ぎる!」
「ベートのヤツ……いったい、どんだけの〈デッド〉を持って来やがったんだ!」
エレベーターは上がる。
そして、また下る。
増える。
劣勢を確定していく悪循環が繰り返された!
(このままじゃジリ貧!)
焦りを生む。
確かに〈デッド〉など敵では無い……が、この状況では話は別だ。
やがては弾数も尽き、疲労に喘ぎ、そして呑まれ裂かれる!
(屋内ってのも裏目に出ているわね……)
この頭数は
だかしかし、屋内という閉鎖空間で無制限に増産されては流されるまま消耗の一途を辿るしかない。
状況も悪化する。
事実、
そこに加えて黒波は押し寄せる。
(まるで〝水責め〟ならぬ〝死体責め〟ね……)
周囲に視線を滑らせて好転の
正面エレベーターからは勢い止まらぬデッドの増産……。
エスカレーターは、そのすぐ右手だ。
辿り着くには突っ込み横切らねばならない。
賭けとしては
(となると……)
目に留まるのは、その先──エスカレーターを
(大きく右手へ迂回に走れば辿り着ける……か)
捕食本能の荒波は追ってくるだろう……が、考えようによっては〝逃走〟と〝誘導〟を兼ねる事となる。
悪くはない。
双方の足の早さを考慮すれば、
彼等に〝挟み撃ち〟という発想が無ければ……本能任せの偶発にせよ。
「ラリィガ!」
アイコンタクトで伝える。
すぐさま駆ける!
同時に!
予想狂わず黒潮は流動を見せた!
駆ける!
駆ける!
駆ける!
追い付かれはしない!
が、苦悶めいて
(まるで〈
ふと『日本神話』を
冴子もラリィガも俊足である。
それも、その出自から常人離れした運動神経だ。
「よし!」
軽い安堵の確信を漏らす冴子。
後は一目散に駆け登ればいい。
当然、追っては来るだろうが、
そう計算した次の瞬間、さすがの冴子もゾッとした!
階上から投棄に落ちてくる
踊り場に転げ落ちた
「デッド?」
一体だけではない!
それを皮切りに、上の階から次々と転げ落ちて来る!
あれよあれよと眼前に生まれる
ベートだ!
こちらの動向を観察し、急遽、階上からの雑兵を配置したに違いない!
まんまと予期せぬ
「どうあっても〝疲弊〟と両天秤で狙うつもりらしいわね……こちらが〝手の内〟を披露するのを!」
「どうすんだ! 冴子!」
「クッ! 上等よ……乗ってやろうじゃない!」
腹を
天井裏に張り巡る通気ダクトからのようだ!
ポッカリと開いた穴から、太く束ねた
「何コレ? 糸?」
「おい、コッチだ! さっさと
見知らぬ男の声が急いた!
敵か味方かは判らない……が、現状突破になるなら、それでいい!
仮に罠なら撃ち抜くだけだ!
スルスルと引き上がる糸束は、そのまま二人を通気ダクトへと呑み込んでいく。
脚下で
身体さえ伸ばせぬ狭い暗闇で、冴子とラリィガはアドレナリンの高揚を鎮める。
次第に目が慣れてきた。
「イヒヒ……間一髪だったな?」
救いの主が気配を浮かび上がらせる。
スー族伝承の蜘蛛男〈イクトミ〉であった。
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