獣達の挽歌 Chapter.3
中庭のベンチは、いつしか夜神冴子の考察スポットと化していた。
眼前の噴水がサワサワとした涼感に黒水を噴き流す。耳心地だけは心地好い。
「ったく、どういうつもりよ? あの〈
灰色に曇る日射しの下で置き手紙へと目を通し、冴子は
自分宛だ。
もぬけの殻となったジュリザの部屋へと置かれていた物になる。
『〈
貴様の依頼主〝シスター・ジュリザ〟は預かった。
帰して欲しくば、明後日までにマンハッタン拠点〈エンパイアステートビル〉まで来るが善い。
そこで決着を着けようぞ。
生き残るのが〈
シスター・ジュリザの身柄については、心配無用だ。
あくまでも貴様を誘き寄せる餌……。
応じれば帰してやろう。
だが、もしも応じぬ時は……』
不可解な手紙であった。
諸々の点で……。
喧嘩を売られるのは分かる──自分自身が
「……どうして、
自身が〈クイーンズ
鎌掛けに際しても、
なのに、何故?
「初襲撃が〈クイーンズ区長〉だったから? けれど、どうして〈ホーリーアベニュー〉だと特定出来た?」
「密通者でもいるんじゃないか?」
肩越し覗きにインディアン娘からの見解。
「密通者……ねぇ?」
「無防備な時は護っているんだろ? その〈
「まぁ……ね。だけど──」納得には足らない。「──それに何故、ジュリザを
「依頼主だからだろ? 書いてある」
「
「冴子の素性も?」
「ええ」
「実はバレていた……とか?」
「可能性は無くは無いけど……」マザーとの初対面時を思い起こす。露骨な化かし合いに交わした牽制……確かに易くはあった。「とはいえ、細心の注意は払っていたんだけどなぁ?」
「もひとつ。暗躍ってのも気になる」
「そうね。所在が判ったなら、群勢で襲撃すればいいだけ。物量押しの方が圧倒的に優勢だもの」
「まぁ、
「ええ……子供達が巻き込まれていたかと思えば、ゾッとするわ」
と、ここまできて、ようやく冴子は違和感に気付いた。
「ラ……ララララリィガッ?」
「よ★」
「よ★……じゃなくて! 何で此処にッ?」
「結構前から居たぞ? まあ、誰にも見つからないように過ごしていたけど……樹の
「いつから!」
「三日前ぐらいかな?」
「どうやって!」
「つけてきた。ほら、あの〈蜂女〉の直後から」
「巻いた!」
「フリをした。居場所を
軽く頭がクラクラした。
ある意味では〈
「だいたいアレだぞ? オマエの〈
「ええッ?」
寝耳に水とばかりに、冴子はベンチ横の気配へと驚愕を向けた。
相変わらず
(ウ・ラ・ギ・リ・モ・ノ!)
ギンッと
「で? 行くんだろ? その〈ナンタラビル〉へ?」
「……帰れ」
「ま、アタシも行くから何とかなるだろ……二人なら」
「
「アタシの行動は、
明るい居直りにインディアン娘は歯を見せた。
「ハァ~~~~…………」
不本意な観念に吐く
共闘の中で学習したが、こうなったらラリィガは折れない。我道邁進の頑固さがある。
「ったく、どいつもこいつも!」
真逆の性格に
食事前の礼拝は、この教会に住まう者達の日課であった。
子供達も一堂に集まり、獣神像への祈りを捧げる。
「大いなる〈モロゥズ神〉よ、今日も平穏な日々を授けて下さり感謝しております。何卒、従順な
厳粛な祈りを捧げるマザー・フローレンスに
「もろーずさま……」
「ありがとーございます」
「そんだいください……」
宿舎に繋がる渡り廊下
(モロゥズ……ねえ?)
が、うすら寒い愚かしさに映るのも事実であった。
時代が時代なら世論に斬られるカルト宗教でしかない。
(そもそも
獣──モロゥズ神──
はたして偶然にしては出来過ぎてはいないだろうか?
共通項が多過ぎる。
仮に〈
マザーの手前か、子供達も退室におとなしい。
粛々と冴子の前を境界線と越す──「チビスケ達~? 今日はカレーだってよ~★」──擦れ違い様に投げた魔法の言葉に、ワッと沸いて駆け抜けるミニ怪獣達。
本来あるべき子供らしさを見送り、優しい苦笑を含んだ。
「御話があるのでしょう? ミス・ヨガミ?」
「……ええ」
その表情は、一転して〈
獣神像の御前になる長椅子へと腰を下ろし、冴子とマザーは意見を
数席分の離れた距離は、そのまま互いの警戒心だ。
礼節を
艶かしい美脚を組みながらに、
別段〝カルト偶像〟など恐くは無いし、崇敬を捧げる義理も無い。
「それで? 御話というのは?」
「随分と平静ね? ジュリザが
「これでも心配しているのですよ」
「そうかしら?」
「ええ。ですが、
「
「それに、ジュリザには〈モロゥズ神〉が付いていらっしゃいます。いざとなったら〝救い〟が差し伸べられるかもしれません。そう、例えば〈伝説の
「……へえ? そりゃ頼もしいわ」
またも露骨な化かし合いが始まる。
本来なら、もっと早く設けたかった席だ。
依頼主のジュリザに遠慮して意図的に距離を置いていたが、彼女が
「勿体ぶっても非効率なだけだから単刀直入に
「あら……ふふふっ」
「何か
「いえ、まるで〝刑事〟のようだ……と。確か
「またまた~? 知ってたクセにぃ~★」
ヘラヘラとした牽制に、値踏みの牽制が追求した。
「何故、素性を明かしませんでしたの?」
「知らない?
軽い挑発を
非礼さを不快に感じながらも、マザー・フローレンスもまた冷静さを保って流すのであった。
挑発にせよ動揺を誘うにせよ、相手の平常心を掻き乱して
乗るだけ馬鹿を見る。
「それで? 質問は〈獣〉……でしたわね?」
「そ★ 最高責任者のあなたが知らないワケないわよね? ううん、むしろ一番情報を持っているはずよ」
「確かに……施設内で起きた異常は、
「構わないわ。取捨選択は、こっちでするから」
沈黙ややあって、マザー・フローレンスは静かに語り出した。
「
「一年前からよね? で、被害者は八人……」
──冴子さんは〈
その想いが頭の中を
片時も離れた事は無い。
「約十二ヶ月に対して八人……つまりは
「最初の三ヶ月
「最初の頃に集中しているわね?」
「ええ」
「手口は?」
「皆、同じですよ。頭を
「まだ〈
ムカつく想いを呑み込む。
早々に、ありったけの銀弾をブチ込んでやりたかった。
「襲撃場所は?」
「最初の子供は、中庭の植え込みで発見されました。行方知れずとなった事態に施設内は騒然となり、すぐさま大人勢総出の大捜索が展開したのです。翌日、植え込みの奥へと隠されるように……」
「発見を危惧する知性を持っている……か」
「その次の子供は、裏の物置小屋──その次は屋根裏──礼拝堂──そして中には、自室で殺された子もおります」
「……段々と大胆になっているわね」
それはつまり
「その〈
「さあ? 何せ、この地は〈
「ま、そりゃそうか」
(
薄々とは感じていた確信めいたものが、確固たる持論へと推移していった。
(やはり
だが、そうとはしても、
用務員の爺さん?
人好きのする料理長?
好青年な料理人達?
あくまでも
(仮に
踏み切れない理由が、
孤児施設を確立する必要は無い。
何よりも〈宗教〉を建前とする真意が見えない。
だから、踏み切れないでいる。
さりながら、これは〝直感〟でしかない。
そう、あくまでも〝直感〟だ。
的外れな勇み足の可能性はある。
(確証が無い限りは〝人間〟の可能性も考慮しなければならない……とはいえ、かなり
私情依存の先入観だけに囚われていては、真相への探究力を鈍らせてしまう。
だから、とりあえず客観的分析へと意識を戻した。
この相反する
均等に両立させる事こそが〝真実〟への多彩なアプローチを生む。
結果として近道だ。
切り換えた思索が導き出すのは、もうひとつの不可解な特徴。
「呑まれた……かな?」
小声で零した。
「何か?」
「……別に」
乾いた苦笑で、はぐらかす。
(最初の数ヶ月は〝人間性〟が……つまり〝
これもまた根拠無き直感に過ぎない……だが、少なくとも夜神冴子には、そう思えたのである。
(が、
だとすれば──
(
捕食欲求を満たすだけならば、有無を言わさぬ飽食で済む。
にも
(仮に、
そう、
人間としての
そんな同情など
脳天を撃ち抜くに充分な罪状だ。
冴子の
(つまり……
前者は上位種、後者は下等種と言い換えてもいい。
少なくとも〈
そればかりかヘリコプターで強襲してきた〝シオン〟ですら、そうだ。
知性無き畜生では組織構成として機能しない。
が、冴子の焦点は、
シンプルに
下等種の場合は、肉体こそ〈怪物〉とはいえ、中身は〈狼〉でしかない。目撃次第、撃ち殺せば済む。
どうせ本能任せに襲い来るだけの
ところが上位種となれば、そうはいかない。
知略がある。
腹を探りあう化かし合いがある。
無論、
だが、結局は
推測の物差しは不可能。
総ては
(早い話〈
「さて……と」
大きな伸びに窮屈さを解放し、冴子は席を立つ。
「ああ、またしばらく留守にするから」
「どちらへ?」
「市内観光~★」
ヘラヘラと
と、立ち去る間際に足を止めた。
「あ、もひとついい?」
「どうぞ」
「あの〈モロゥズ神〉って、何よ?」
「……〈神〉ですよ」
「…………」
「この
紡ぐマザーの仮面に薄ら寒いものを感じつつも、冴子は押し隠した。
投げ捨てる視線に定めた〈獣神〉は、何も語り掛けては来ない。
自室から主要な装備を整えると〈
これから先は総力戦だ。
持ち前の牙は総て使う。
正門手前の煉瓦舗道で、後追いの気配が背後へ飛び降りて来た。
振り向かずとも誰かは判る。
「終わった?」
「言われた通りに……な」
冴子の
「で、
ラリィガが冴子から指示されたのは、各人──
マザーとの対話中、これをラリィガへ委託しておいた。
事情聴取の
「あなたは何ともない?」
相棒へと振り向きもせずに、冴子は黙々と
「うん」
「そ」
素っ気なく納得しつつ、やはり、この〈インディアン娘〉が特殊なプロセスに在る事を実感していた。
おそらく〈
いわゆる〈獣人〉とは少々異なる。
何にせよ、これで自分の留守中は子供達の身は守られるであろう。
とはいえ、気休め程度でしかない。
早々に茶番にケリをつけて戻って来る──そう決意を固める。
「で、
「トリカブト」
「ん?」
「〈吸血鬼〉に〝ニンニク〟──〈悪魔〉には〝
「よく解らないなぁ?」
「解らなくて、いいわよ? 別に」
強力な毒花として有名な〝トリカブト〟だが、伝承に於いては〈人狼〉に対して有効な忌避素材でもあった。
この花の英名は〝wolfsbane〟──単語を直訳すれば『wolf(狼)』『bane(破滅の基)』だ。
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