潜む牙 Chapter.6
蛇体の
「まさか
「
「ん~? 今頃、頑張ってくれてるかな?」
「ナ……
「冴子は何処行ったーーっ!」
畏縮を押し殺しながらも、獣の陣形が
此処に
それぞ、まさに野性の本能!
「まったく……何処行ったんだよ! 冴子は!」
『
「シュンカマニトゥ?」
内在する意思から
『アイツは、オマエが
「じゃあ、冴子は?」
『しゃあしゃあと、クイーンズ区長の
「……そうか」
噛み締めるかのように
さぞかし消沈しているだろう──そう同情つつも、コヨーテは「しかし、これでいい」と心を鬼にするのであった。
ラリィガは
荒野ならばともかく、そんな事では〈都会〉という悪環境ではやっていけない。
そう、悪意と思惑が交錯する〈都会〉では……。
都会という魔窟は利己主義の温床だ。
霊獣なりの父性である。
『これで分かったろ? ラリィガ? アイツは〝友達〟なんて
「じゃあ、気張らないとな!」
『はぁぁあ?』
さすがに面喰らった。
落ち込むどころか、その抑揚は快活すら帯びている。
一念の迷いも無くラリィガは言う。
「だって、冴子は
『オマエ? 何言って……?』
「とっとと片付ける! そんでもって、早いトコ冴子を助けに行くよ! 今頃、苦戦しているかもしれないしな!」
『どんだけ前向きだよ……オマエ』
無二の相棒ながらも呆れるしかない。
さりながら、同時に何故か誇らしくも思うのであった。
そう、
とことん希望にしか目をくれない娘だ。
だから、父性は誇らしくも思う。
「やるよ! シュンカマニトゥ!」
『まったく……。余力は残しておけよ? この後〝区長戦〟がある』
「にひひ……わかってる」
屈託なく歯を見せる。
そして、ラリィガは気合いを吠えるのであった!
飛び込むは、
「狼に虎にライオン──さすがに〈クイーンズ動物園〉の
『シャアァァァーーーーッ!』
横跳びの脇を大蛇が滑り過ぎた!
擦れ違う刹那に、振り向き様の一発!
「至近の方が
脇腹へと命中!
『グウゥ!』
蛇が苦悶を鳴く!
「効くでしょ? 鱗に覆われていない箇所だものね?」
すかさず冴子は後ろ首を
美脚による
『ガハッ?』
息が詰まる!
意識がトびかける!
衝撃は
吹っ飛び崩れ倒れる!
その無様さを不敵に見据え、着地の冴子は
「銃だけじゃないんだなぁ……これが」
『ハァ……ハァ……』
「およ? 元気ですかーーッ!」
優位性に裏打ちされた余裕であった。
根拠は──連戦という事だ!
(ぐぅぅ……き……傷が……!)
回復しない。
そのもどかしさはアナンダに辛酸を
先の戦いで受けた
動きの鈍さを自覚出来る
(せめて後日なら……いや、半日さえあれば!)
よもや
いや、それは無い。
あの時の状況は、夜神冴子にしても
だとすれば、追撃は
放置しておくべきだったのだ!
この危険分子は!
「グゥゥ……!」
ダメージを
この
すぐさま臨戦に構えなければ、その
そう決した直後、視界の隅に
「クッ?」
濡らし
瞬時にアルコール特有の冷却感だと理解する!
「コ……コレハ?」
ウイスキーボトルだ!
夜神冴子からの
それが次々と投げられて来る!
「ゴチになりま~す★」
「
総て割り砕く!
子供の駄々のような攻撃が〈怪物〉に通じるはずもない!
いや、待て?
ならば、
夜神冴子ともあろう者が?
百戦錬磨の〈
見えぬ
最後の
「……コレ、ラストオーダーね」
足下へ叩き割った!
広がる中身が張力に
「マ……マサカ?」
アナンダが察した直後、冴子はウイスキーへと発砲した!
引火!
周囲を支配に取り囲むは、盛る灼熱と紅蓮の宴!
「ギャアアア!」
導く液体を伝い、蛇女へと燃え移る!
慌てて転げ消した!
索敵に見渡せば、熱探知の視界は朱に埋め尽くされている!
「ド……
「見えないでしょ? 蛇特有の熱探知ですものね? 忍法・熱隠れ……な~んてね ♪ 」
底知れぬ恐怖がアナンダを戦慄へと呑む!
首を巡らせたところで、不定形な
(変身を解く? ダメ! 焼け死ぬ! それ以前に〈
──銃声!
蛇女の右腕が赤を弾かせた!
「ギャアァァァーーッ!」
左肩!
右腿!
左脚!
蛇尾!
そして、背中!
出所も不明な牙が、いいように
容赦は要らない!
情けも要らない!
「ギヒィ! ヒィ! ヒィ!」
のたうつ蛇怪!
それを
非情の死神は、
これで、またも
「ヒィ……ヒィ!」
無様に
情に
「ィアアアァァァーーッ!」
「とりあえず、あなたは
「ヒィ……ヒィ……ひぃ……ひぃぃ……!」
泣き濡れながらに解けていく変身。
軽度の火傷がヒリヒリと噛み付く。
四肢の自由は
にも
それでも、処刑の
「もうひとつはね……私に
「
クシャクシャに崩れた哀願の表情。
心の底から恐怖が
先刻までの優麗さは欠片も無く、ひたすらに無様で憐れな弱者と堕ちていた。
この
なればこそ、誘発されるかのように怒りが込み上げる!
尽き果てぬ憎悪が暴れだす!
その激情に支配されるがままに黒髪を掴み上げ、突き付けた顔面に殺意を
「
「仕方なかったの!
「弱肉強食……って? だったら、いい事を教えてあげる」冷徹な殺意のままに、眉間へと
「嗚呼ッ! 許して……許してぇ!」
子供へ返ったかのように悲鳴を
赤い衝動が荒れ狂う!
その
「いや……いやぁ……うう……」
「フウッ! フウッ! フウゥゥッ!」
憤怒に荒ぶる呼気!
歯噛みに
それでも、冴子は何とか自制を試みていた。
そして、
「ホントはね! いま此処で撃ち殺してやりたい! アンタ達〈獣人〉なんか
「ぅぁぁ……ごめ……ごめんなさい……ごめんなさぃぃぃ……」
もはやアナンダには、ボロボロと泣き崩れるしか
ただひたすらに……。
止めどない雫が、懺悔か絶望かは定かにない。
それほどまでに脳内は混乱を極めていた。
が、惨めな
「──だけど、私は……
投げ捨てるかのように獲物を解放すると、冷ややかな威嚇に見下した。
「……話してもらうわよ。有益情報を洗いざらい」
「こ……殺さないで……」
「……
焼け煤けた室内には、もはや区長室としての尊厳は無い。
一度目の戦闘で大破した瓦礫も手伝って、荒廃のジオラマだ。
ソファへと腰を沈めた冴子は、対面に座るアナンダへと
手には銀銃〈ルナコート〉──少しでもおかしな動きを見せれば撃ち抜く。
とはいえ先の経緯もあってか、
ただ
時折、脂汗に苦痛を浮かべるのは
「まずは〈領主〉である〈ベート〉の詳細──」
値踏みのような視線に、折れた心は従順に答えた。
「
「……知ってる」
空いた左手で水割りを
「旧暦十八世紀にフランス・ジェヴォーダン地方へ突如として出現し、国民を震撼させた魔獣〈ジェヴォーダンの獣〉──神出鬼没に市民を襲い喰らった怪物。その正体は不明。一応は常識的見解として〈野生の狼〉もしくはハイエナ等の〝その他の獣〟とされたものの真偽は怪しい。それと言うのも、証言の
「よく御存知ですね」
「
溶けた氷がカラリと鳴く。
「最初の目撃談は一七六四年六月一日。だけど、この女性は幸運だった……農場の雄牛達が
その子供の事を想うと、再び冴子の憎炎は盛った。
さりとも、それは強き平常心で
「以降、無差別な強襲が続く。当時の公的記録では、襲撃回数一百九十八件、死者八十八人、負傷者三十六人。一方で非公的記録を参照にするならば、襲撃回数三百六件、死者百二十三人、負傷者五十一人……。いずれにしても史上最悪の獣害だわ」
「ええ。そして、その被害は止まる兆しを見せませんでした。時の国王〝ルイ十五世〟も
補足するかのように続けるアナンダ。
別に共感したわけでもないが、この〈ベート〉なる存在の不透明さには
直属部下の〈獣人〉である自分でさえも……。
だからこその同調であったのだろう。
「その〈獣〉も、
「
「でも、
「ええ」
「同年十二月二日、再び〈獣〉は現れた。繰り返すかのような惨劇による死亡者は十二人──。だけど、
「はい。その剥製も、同じく〈ヴェルサイユ〉へと飾られています」
「……めでたい現実逃避だわね、ウケる」
「え?」
皮肉めいて鼻で笑う冴子に、アナンダは
乾いた嘲笑は、正直意外ではある。
終始〝人間〟に
思いの外、ドライな達観であった。
「結論から言えば、
「
「当然だっつーの。そもそも特色が〈狼〉じゃない。証言
「動物の生態に御詳しいのですね」
「
潤す
「で? どんな〈獣人〉よ?」
距離が詰まった
「その姿を見た者は〈
「バカにしてる?」
少しばかり銃に金音を立てる。
「い……いえ、滅相もない! 本当です! 常に〝指示のみ〟で、姿を見せないのです!」
「同席するでしょうよ、会議とかあれば」
「そうした際でも、基本的には〝声〟のみです。
「……そんなんで、よく忠義を誓えたものね」
「
「〈獣〉だから……か」
分からぬではない。
それこそ〝野性の本能〟というヤツだろう。
だから、おそらく嘘ではないはずだ。
「……他の〈区長〉は?」
「マ……マンハッタン区長〈ベート〉を除けば……」
「それでいい」
空になったグラスを滑り渡し、二杯目を作るように
無言の命令であった。
延々と脅迫をチラつかせた尋問が終わった。
ようやくの解放を確信し、安堵するアナンダ。
さりながら、拭えぬ後ろめたさを負わされたのも事実である。
当然だ。
所属組織の内情を余す事無く漏洩してしまったのだから。
それも、最悪の害敵に……。
それは〈
最悪、組織から命を狙われるかもしれないだろう。
新たに課せられた
目先の〝生〟を得る
今後を思うと、やるせない。
「さて……だいたい聞き出せたようね」
ソファから立ち上がると、冴子はチャキリと銀銃を定めた──アナンダの眉間へと!
「ヒッ! こ……殺さないって……?」
「それは、
「そ……そんな! 情報は開示しました!」
「でしょうね」
「御願いです! どうか命だけは!」
「
「あぁ……ぅぁぁ……」
徹底した冷淡さに、アナンダは確信する──「この非情なる処刑人の前には、
だから……ひたすらに
「どうして……こんな…………」
止めどなく頬を濡らし染める涙。
それが〝
「どうして……お父さん…………」
恐怖への直視に脅え、アナンダは
胸元で両手を握り組む様は、
「普通に……普通の人生を…………」
涙は枯れ尽きぬ。
心が暗闇へと堕ちていく。
深く暗い
もはや受け入れるしかない……この理不尽を…………。
それでも、アナンダは祈り続けた。
魂の救済を……。
ただ、一途に……。
ひたすらに……。
祈るしかなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます