【5】



「えー……それでは、ティアエレメンタルの大戦果を祝して、乾杯!!!」


「「「「「「「乾杯!!!!」」」」」」」


 一人の男性が発した乾杯の音頭に、その場にいた全員が続いた。各々の飲み物で喉をうるおす音が聞こえてくる。


 現在、先日見事な戦果を上げたティアエレメンタルの栄誉を称える&誰も怪我なく帰ってこれた、という名目で宴が催されていた。主催は藤田家の両親と大和家の両親。


 場所は、大和朱音の家。お隣さんである藤田家とどちらで開催するかについて主催が悩んだそうであるが、特に活躍が目覚ましかった朱音のことを考えて大和家にしたとのことだ。


 参加者は、以下の通りである。


 藤田家父の藤田小五郎ふじたこごろう

 藤田家母の藤田ノザーテ。

 大和家母の大和滝音やまとたきね

 ティアエレメンタルの面々。

 最後に、藤田蒼澄だ。


 なお、残念ながら仕事の関係で大和家の父は不参加だった。母である滝音いわく、血の涙を流さんばかりに悔しがっていたと朱音は聞いている。


「お父さんはほんとに残念だったね……けど、お母さんは良く時間作れたね? 忙しかったでしょ?」


「ふふ、愛娘まなむすめを祝う宴をするということだからね。無理に時間を作ったのさ」


 滝音がうっとりした声で言った。娘も娘で美人だが、母も母で大概な美人である。ただ、娘の美しさとはベクトルが違い、こちらの美しさはどちらかというミステリアスさが目立つ感じだ。ウェーブがかかった栗色の髪と、どこかアンニュイな瞳の下には泣きぼくろがあり、高校生の娘を持つ母とは思えないほど妖艶な美しさに溢れていた。


「ありがうね、お母さん」


「当然のことさ……ところで」


 ウィスキーが入ったグラスを片手に、滝音が顔を傾け、別方向に視線を向けた。


「あの二人はそのままで良いのかい?」


 その視線の先には、蒼澄とルカがいた。ルカは、蒼澄の横にべったりとくっつき、蒼澄の肩に寄りかかってしなを作っていた。


「ちょっとルカちゃん……くっつき過ぎでは?」


「ええ、別に良いじゃねェか、愛しきアタシのラビーナ。近い未来に結婚する仲だぜェアタシ達は、これくらいの距離は当然……」


「な、訳ないでしょ!!!!!!!」


 笑いながら困った顔をしている蒼澄にルカは情熱的な言葉をかけている。で、そんな光景を朱音はもうなにもかも見過ごせなかった。


 朱音とルカは喧嘩するほどに仲が良い親友であるが、朱音の幼馴染である蒼澄ともルカは仲が良く、古い付き合いだった。仲が良いというより、先ほどの会話がしめすとおりルカは蒼澄にベタ惚れであったりするのだが。そんな蒼澄とルカであるが、別に結婚の予定は約束されていない。


 なお、ラビーナ、とはクトゥララ人の言葉で直訳すると恋人である。恋人ではないのだが、一応。


「何で!! あんたは!! しれっといんのよ!!」


「あンだよ。私だってティアエレメンタルの一員だぜ、仲間はずれにしよーってノか?」


「そういう意味じゃない!! なんで蒼澄のとなりにいんのよってことなの!!!」


 朱音が顔を真っ赤にしてルカに突っ込む。語気を強くする朱音に呼応するかのように、ルカがさらに蒼澄と距離を縮める。


「はン! お前にゃ関係ないじゃねーか! 私がどこにいようと!」


「関係あるのっ!」


「ほーン?? じゃあどんな関係があるか言ってみろヤ!」


 ルカの挑発に、朱音がうぐっとつぶやいて口をつぐんでしまった。正直、彼女としては蒼澄に対する気持ちをストレートにオープンすることは滅茶苦茶に恥ずかしいのだ。


「ルカちゃん、その位で……」


「ルカちゃんと朱音ちゃんばっかりでずるい!!!!!!!」


 蒼澄が二人をなだめようとした途端、割って入るかのように大声が響いた。見ると、蒼澄の背後に突然現れた栗子が、彼を力一杯に抱きしめていた。


「やだぁ! 昔みたいにお姉ちゃん、お姉ちゃんって甘えてきて〜〜!! 蒼ちゃん最近構ってくれない〜〜!!」


「栗子叔母おばさん……あの、ちょっとその、一端離れて……」


「おばさんって言わないで!!!」


 蒼澄の頼みを、栗子はさらなる力を込めて抱きしめることによって拒否する。その豊満なる胸囲おっばいに、蒼澄の顔は半分以上埋まっていた。


 栗子と蒼澄の関係は、叔母と甥。蒼澄の父である小五郎の妹が栗子だ。栗子は蒼澄のことを昔から知っているし、小さいころの蒼澄をうんと可愛がっていた過去がある。というか、今でも栗子は蒼澄のことを可愛がっている。


「あの……栗子さん、酔ってます?」


「酔ってないです!!!」


 朱音が心配半分、呆れ半分の表情を作って、それ以上の嫉妬を奥にしまいながら栗子に聞いた。ちなみに、栗子が先ほどまで傾けていたであろうグラスは、見事に空っぽだった。


「栗子さン……ちょっと一旦、な?」


 ルカが蒼澄の隣を離れて、空笑いをしながら栗子を彼から引き離す。引き離される時も栗子はやだやだと駄々をこねていた。


「はぁ、全く騒がしいんだから……」


「ほんとにね……」


 朱音と蒼澄、お互いに苦笑いをしながら会話を交わす。会話をしながら、朱音が折角空いた蒼澄のとなりに座ろうとした。


 が、それは叶わなかった。いつの間にか、またしても蒼澄のとなりに誰かが座っていたのである。


「ん? リコ、どうした」


「……ん」


 ルカの代わりに座ったのはリコだ。


「…………」


「ああ、膝枕? 良いよ、おいで」


「ん。ありがとう、おにいちゃん」


 リコの表情を読み取っただけで、蒼澄は彼女の要望を理解した。自らの頭を蒼澄の膝に乗せたリコは、表情こそあまり変わらなかったが、実に満足そうな雰囲気をかもし出している。リコに犬の尻尾があれば、きっとぱたぱたと揺れていただろう。朱音は、それを、歯ぎしりしそうな衝動に駆られながら見つめていた。


 リコと蒼澄の関係は兄妹だ。といっても、血の繋がりのない義理の兄弟ではある。ノザーテは小五郎の後妻であり、そのノザーテの連れ子がリコである。


 血の繋がりがない兄妹ゆえにその関係は微妙……なんてことはなく。蒼澄は大変にリコのことを可愛がり、リコもまた蒼澄に良く懐いていた。あまり表情を動かさず、言葉も少ないリコと雰囲気だけでコミュニケーションが出来るレベルには、蒼澄はリコと仲が良い。


 余談だが、蒼澄の身長は172cmであり、リコの身長は178cmである。身長はリコの方が高い。高身長の妹が低身長の兄に甘える図は、微笑ましいといえば微笑ましかった。


「ふぐっ……ふぐぐぐぐっ」


 微笑ましい光景であはあるのだが、朱音的には好ましくない。さっきから蒼澄は自分以外の女とばかり構っている。


 構え、構え、構え、構え、構え構え構え構え構いなさいよ!!


 と、何とも湿度の高い目で朱音は蒼澄をにらみつける。が、当の蒼澄はリコの相手に夢中だ。朱音も蒼澄がリコのことを大事に思っていること自体は良いと思っているのだが、それに集中されると面白くない。


「……でて」


「? どうしたの朱音ちゃ」


「私の頭もなでて!!!」


 蒼澄の台詞を食い気味に、朱音が全力で主張する。蒼澄の膝にいたリコもびっくりして、フレーメン反応を見せた猫のようになっている。


「あの時のように! 私の頭もなでて!!」


 ずいずいと、朱音が蒼澄に頭を差し出す。ここまで来るともう必死だ。


「わ、分かったから落ち着いて……」


 若干引き気味に蒼澄が朱音の頭を優しくなでる。頭から伝わるぬくもりに、思わず朱音は顔を綻ばせる。リコも猫のようであるなら、朱音も朱音でこちらも猫のようであった。


「ちょって待テ? あの時ってなンだ???」


 ぬっと、蒼澄の後ろからルカが顔を出す。


「関係ないです〜〜、これは私と蒼澄だけ知ってれば良いんですぅ〜〜」


「ンだと!? 私のラビーナに勝手に手ェ出してんじゃねぇよ泥棒猫が!!」


「泥棒猫はどっちよ!!!」


 別に誰のものでもないんだけどな……という蒼澄のつぶやきを無視して、朱音とルカが口論を始める。


「あ〜〜ん! 蒼ちゃん構ってぇ!!!」


 そんな二人を尻目に栗子が再び蒼澄に抱きついてくる。


「……ん、ん」


 リコが蒼澄の膝の上でもぞもぞし始める。


 蒼澄を中心に三者三様、いや、四者四様の動きでやいのやいのと騒ぎ始める。中心にいる蒼澄の苦笑いは止まることを知らない。


「……俺の息子、モテるんだなぁ」


 その様を遠巻きに見つめていた蒼澄の父、小五郎が感慨深く呟く。ちなみに、乾杯の音頭を取っていたのは彼だ。ガタイの良い男で顔も強面こわもてだが、どこか愛嬌のある男であった。


 なお、この男、日本にいる現役のヒーローの中でも五指には入るだろうとされる最強格のヒーロー、人呼んで、〈サムライマスク〉その人である。


「うらやましい?」


 小五郎の妻にして蒼澄の義母、ノザーテが微笑む。リコの母だけあって、この人もめっぽう美人。リコと顔つきも似ているが雰囲気は結構違い、リコはクールでシャープな印象を受けるが、こちらは高貴かつ穏やかな印象がする女性であった。


「羨ましいと思えなくもないが、俺にはノザーテがいるからな」


「ふふ、嬉しい」


 ノザーテと小五郎が二人だけの空間を作る。色々とワチャワチャした状況である蒼澄とは対照的だ。


「はいはい、ごちそうさま」


 グラスの中の氷をカランと鳴らしながら、二人の空気を見た滝音が微笑む。呆れたような声ではあるが、なんだかんだ嬉しそうな顔をしている。滝音と小五郎は古くからの友人である。友人の小五郎が幸せであるのなら、喜ばしいことであるのだろう。


 グラスの中のウィスキーを傾けながら、滝音は愛娘の様子を見る。朱音は、想い人にもっともっと構ってもらおうと必死であった。


「ふふ、頑張るんだよ、朱音」


 愛おしそうに娘の顔を見つめながら、滝音は穏やかに微笑む。娘の幸せを本気で願っていることがうかがえる、まさに母の顔だった。


「蒼澄!」


 そんな母の様子には目もくれず、朱音が叫ぶ。


「ちゃんと見ててよね!!」


「な、何を?」


「私をよ!!」


 蒼澄だけでなく、未だ蒼澄から離れないティアエレメンタル他メンバーにも叩きつけるように朱音が宣言する。


「普段の私も! ヒーローの私も! ずっとずっと! ちゃんと見ててよね!」


「……もう、十分に見てるって」


「だめ! まだまだ! まだまだなんだから!」


 もっともっと、私を見て欲しい。私しか目に入らないくらいに。朱音の奥底にある想いは、果たして蒼澄に伝わっただろうか。


「私、もっと、ずっと、輝いて見せるんだから!!」


 堂々と、晴れやかに、朱音が宣言する。その輝かしさに打たれたのか、蒼澄は、惚れ惚れとした視線を彼女に向けた。


 迷うこともあるかもしれない、つまづくこともあるかもしれない。それでも、朱音はヒーローとしての歩み続ける。蒼澄が見てくれているから。大事な大事な存在の彼が見てくているから。


 蒼澄が見てくれている限り、力強く、朱音はヒーローの道を歩いて行けるのだから。



△△△



 さて、世間を賑やかす雑多なニュースの中に、こんなものがあった。


『アルビーペット株式会社、新事業に30億円投入を発表』


『指定暴力団貧狼とんろう会、一斉検挙。ヴィラン組織との関わりも?』


 これらのニュースだが、大体はヒーロー関連のニュース、特に、最近目覚ましい活躍を見せるティアエレメンタルのニュースの勢いに押された。その結果、人々からさしたる注目を集めることなく、ゆっくりと、静かに、闇の中に消え去っていったのである。

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