【9】
「こりゃ……ひでェな」
目の前の光景を見て、ルカが呟く。
そこら中に散らばる瓦礫。
無残に倒壊して建物。
壊れながらも必死に使命を全うしようとするアンドロイド。
泣き叫ぶ声。
血の匂い。
まさに地獄絵図。楽しい情景を想起させる休日のショッピングモールは、一瞬にして灰燼と化した。助けをもとめる声がそこかしこで響き渡り、救助に駆けつけた警察、消防、そしてヒーロー達が必死の想いで救助活動を続ける様子が見える。
「被害があったのは……このショッピングモール、近隣では一番大きい規模……だけど、この規模のショッピングモール内で、立て続けに、大爆発が起こった……」
リコが一つ一つ噛みしめるように状況を確認する。
「犯人は……不明。爆発後の現場内にヴィランの襲撃が起こった様子は……ないみたい」
「とはいえ、確実にヴィランの仕業でしょうね」
リコの言葉に、朱音が唇を噛みながら反応する。彼女の心は怒りの炎で燃え上がっていた。
「とりあえず、一旦変身しましょう。その後は各自救助活動に参加を」
メンバーの中で最年長の栗子が、落ち着いて三人に声をかける。それを切っ掛けとし、皆が一斉に変身のキーである宝石を取り出した。
「――あんれぇ? お嬢さん達、どっかで見たことあんなぁ?」
まさに、その瞬間だった。
異様で唐突なことに、四人全員固まってしまった。冷たい汗が朱音の全身から流れる。他のメンバーの空気も明らかに凍ってしまっていた。
「どこだっけなぁ……喉のとこまで出てんだけど……ねぇ、名前聞いても良い?」
見た目は本当に普通の青年だった、特徴がないのが特徴といっても良い。上半身に黒いジャケットとピンクのシャツ、下半身を覆う紺色のジーパンのポケットに両手を突っ込んでいる。
怪我をしている様子はなく、取り乱している様子もない。その青年の周りだけは、まるで何事もない日常の中にいる、そんな錯覚をしてしまう。
そう、この状況下で、あまりにもその男は普通だったのである。
逆に異常なことだった。
「エッ……『エレメンタルティアドロップ! メイク! アーーーーーーップ!!』」
真っ先に反応したのは朱音だった。すぐさま炎の力をまとう伝説の戦士、ティアフランムへと変身し、フランムサーベルの切っ先をその男に向ける。
「あーっ! 思い出したぁ!! あれだ!! ティアエレメンタルだ!! 伝説のアレ!!」
面白おかしく興奮する男。そんな男に、ティアフランムが真剣な表情で問いつめる。他三人もすでに変身を済ませ、
「あなた何者? ここで何をしてるの?」
ティアフランムの剣先は一寸もブレていない。少しでも男が妙な様子を見せれば、すぐにでも斬りかからんとしている。
そんな彼女の言葉を受けて、男は首を傾け逡巡した様子を見せた。
「あー、何者かって? あんま考えて無かったわ。名前はそうだなぁ……じゃ、ハッタリ
ケタケタ笑いながら男が答える。ティアフランムは、今にも飛び出したい思いをぐっと抑えていた。
「あとそうねぇ……職業は【爆弾魔】? これの主犯だし」
男は相も変わらず薄ら笑いを浮かべて、足をトンと鳴らした。
弾かれたように、ティアフランムが跳ぶ。
「うおっ!! 危ねえ!!」
ティアフランムの閃光のような剣戟。炎をまとわせながら向けられたそれを、男――爆弾魔は片腕で受け止める。
「くっ!」
「ちょっとぉ……何すんのぉ! 義手じゃなければ火傷してたじゃん!」
爆弾魔が茶化すように責め立てる。この男は先程から言動の一つ一つが本気か分からない、それが、どうしようもなくティアフランムの神経を逆なでした。
「離れろ! フランムッ!」
後ろからティアアクアが叫ぶ。上空へ飛び上がった彼女は、雨のように矢と水弾の連射を放つ。それを見て、ティアフランムが飛び跳ねるように後方へ下がった。
「いいっ?!! あだだだだだ?!?」
不格好にティアアクアの矢と水弾を躱しながら、爆弾魔が大げさに痛がる。多少のダメージは与えたようだが、あくまで多少でしかなったようだ。
「あーもう、痛いなぁ……」
そう言った爆弾魔が、服のほこりを払う。
「んじゃ、お返しね」
そして、爆弾魔は、ダンと、足を踏み鳴らした。
「――ッ?! ナトゥーラシールド! ワイドウォール展開!!」
爆弾魔の行動に何かを感じとったティアナトゥーラが、シールドを地面に立てて黄金色の光壁をドーム型に展開する。
実際、その判断は正しかった。爆弾魔の足踏みをトリガーとして起こった爆発に巻き込まれることなく、四人とも無事に済んだからだ。名は体を表すというが、この男には足を踏むことで付近で爆発を起こす力があるようだ。
「――風よっ!」
ティアヴィントがワンドを振るい、突風を巻き起こす。巻き起こった風が刃となり、爆弾魔を狙う。
「だからやめてってば」
再び爆弾魔が片脚を踏み、目前で爆発を起こす。ティアヴィントの風は、爆風によって防がれてしまった。
「……強いっ」
ティアナトゥーラが爆弾魔を睨みながらうめく。その男が醸す、あまりにも飄々として態度も相まってまるで手応えを感じられないのだろう。他の三人も同様の反応だった。
ティアエレメンタルの視線が突き刺さる中、爆弾魔は、ケタケタとした笑いをいつまでも絶やさないでいる。
「……あなた、何でこんなことしたの?」
ふと、ティアフランムが爆弾魔に問いかける。射抜くような視線を向けながら、有り余るほどの激情を努めて冷静に抑えている。
「何? あんたら、理由がないと戦えないクチ?」
そんな彼女の問いかけに、爆弾魔は心底不思議そうな声色で返す。
「あー、まぁ、それなら仕方ないかなぁ……じやぁ、【ムシャクシャしてやった、特に反省はしてない】とかどう?」
あくまでも自然体に、爆弾魔はティアフランムの疑問に答えた。それがまるで当然なことのように、普通なことだと言わんばかりに。フランムのサーベルを持つ手が、ワナワナと震える。
「皆……こいつを、こんな奴を、いつまてものさばらせる訳にはいかないわ。速攻で決めましょう」
すぐにでも飛びかかりたくなる衝動を御しながら、震える声でティアフランムが言った。
「だが、厄介だゼ」
「私に考えがあるの、乗ってくれる?」
「……やれンのか?」
「やれるのかじゃない、やるのよ」
ティアアクアの問いに、ティアフランムが確固たる意志をもって答える。こうなったフランムは言っても聞かないことを、他のメンバーは良く分かっている。アクアが短くため息をついた。
「アクア、ヴィント、あいつに全力で仕掛けて! それを切っ掛けに私が仕掛けるわ! ナトゥーラ、少し力を貸して!」
「「「了解!」」」
ティアフランムの喚声を皮切りとして、ティアアクアとティアヴィントが攻撃を仕掛ける。
アクアは矢と水弾の雨あられを、ヴィントはいくつもの風の刃を、それぞれ爆弾魔に放っていく。並の相手ならばそれだけでもう回避不能、防御も難しい熾烈な攻撃であった。
「あら激しい。そういう情熱的なの、嫌いじゃないけどね」
そんな二人の激しい攻撃を、軽口を叩きながら爆弾魔は足を小刻みに連続で踏み、爆発を連続で起こして爆風の壁を作って防ぐ。
「まぁ、嫌いじゃないけど……御遠慮しようかなぁ!!」
「――そう、じゃあこういうのはどう?」
声がした途端、爆弾魔がとっさに後ろを振り向く。そこには、いつの間にやらティアフランムがいた。驚き戸惑った爆弾魔の虚をついて、彼女はすぐさま腕を取り、身体を捻って爆弾魔の身体を崩しながら背負う。そして、そのまま豪快な一本背負を仕掛けた。
「はがっ!!??」
今まで軽薄なノリを崩さなかった爆弾魔も、流石にこれは耐えられ無かったのか、苦悶の声を上げる。受け身をとる余裕すらなかったほどに、手早く、鮮やかな一撃だった。
爆弾魔の爆発による防御は、強力だがどうしても前方に注視してしまうものだった。そのため、後ろをとることが出来れば隙だらけだとティアフランムは考えたのだ。
では、どうやって後ろに回ったかというと。
「良く考えたわねぇ……私のシールドを使うなんてぇ」
ここで、ティアナトゥーラに協力してもらった。彼女のもつナトゥーラシールドは防御以外にも、衝撃波を放っての攻撃があり、それを応用したのだ。
上を向いた状態のナトゥーラシールドに乗り、その態勢から衝撃を放ってもらう、それと同時に跳び上がることで一気に跳躍、そのまま爆発の壁を飛び越えて爆弾魔の後ろに回ったという運びだ。簡単に言えば、ナトゥーラシールドをトランポリンのようにして使い、跳んだのである。
「これで終わりね」
仰向けに倒れた爆弾魔の首に、ティアフランムがサーベルを突きつける。
「投降なさい。あなたには色々と聞かなければならないことがあるの」
「断ったら?」
「斬るわ」
痛みをこらえつつも軽薄な表情で問う爆弾魔に、ティアフランムは即座に返した。
「おー、怖い。それは良いけどさ、斬れんの?」
「あんた、ヒーローのことなんも分かってないわね。斬らなきゃならないのよ」
爆弾魔がまたしても軽い口調で放ったもう一つの問いも、ティアフランムは果断に切り捨てた。
ティアフランムのサーベルを持つ手は震えていた。だが、爆弾魔を見下ろすその目には、不屈の思いが込められている。
「本音は斬りたくなんてない。けど、ここでアンタを逃す訳にはいかない。それがヒーローなの、その覚悟を……甘く見るな」
爆弾魔の首元にさらに切っ先を近づける。それは、言外にこれ以上の問答は無用と語っていた。
「なーーるほーーどねーー」
どこか納得したような、腑に落ちたような、そんな明朗快活な声が爆弾魔の口から響く。タン、タン、と踵を鳴らしていた。
「面白かった、会えて良かったよ、ティアエレメンタル」
「――!? そここら離れて!! フランム!!」
ティアナトゥーラの声が届くや否や、爆弾魔の真下から大爆発が起こった。
「なっ!?」
「風よっ!!!!」
それが自分の身体を犠牲にしての自爆攻撃だと気づいた時には、時としてすでに遅かった。そのまま、ティアフランムが凄まじ爆風によって吹き飛ばされた……かのように見えた。
「大丈夫かッ!? フランムッ!!」
ティアアクアが側に近寄る。結論から言うと、彼女は無事だった。
「ええ、無事よ。ヴィントが風の力で私を飛ばしてくれたから」
ティアフランムがティアヴィントを見つめる。彼女は心底ホッとした表情をしていた。爆発に巻き込まれるよりも先に、風で吹き飛ばすことによって、爆発による衝撃を緩和したのだ。
「あのヤロウ……最後まで厄介ナ……」
自らを中心とした大爆発によって、爆弾魔の身体は跡形もなく吹き飛んだようだ。ティアアクアは、その跡を見つめて舌打ちをする。
「とはいえ、なんとかなって良かったぁ……」
ティアナトゥーラが安堵の声を漏らす。全員無傷で勝てたのは奇跡と言えるほどに、強敵だったのは間違いない。
「安心するのは、まだ早い……すぐに、救助活動に向かいましょう」
立ち上がり、衣装を整えながら、ティアフランムが言った。他のメンバーも、静かに頷き追従する。
「とにかく、何があるか分からない。油断せず、少しでも多くの人の命を救いましょう」
勇猛な言葉を吐くティアフランム。だが、身体は小さく震え、心臓は痛いほどに早鐘を打っていた。それは、恐れからか、興奮からか、それとも別の何かからか……ただ、そんなこと考える余裕が今のフランムにある訳が無かった。
『面白かった、会えて良かったよ、ティアエレメンタル』
最後まで享楽的だった爆弾魔のにやつきと、その最後の台詞がティアフランムの脳の隅に、まるでぎらつく油汚れがごとくこびりついた。
「蒼澄……」
その呟きはまるで救いを求めるかのようだ。ティアフランムこと朱音は、自分の中で一番光り輝く存在を、大事な大事な人のことを、必死に自分の中で思い続けた。
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