【8】



「ッラアッ!」


「はああ!!」


 腹の底からしぼり出されたような気合が交わり合う。片方は炎で片方は水、大いなる二つの力が火花を散らしてせめぎ合っている。


 ここは、日本H.U.ヒーローズユニオン東京本部の訓練室トレーニングルームであり、その中でも実戦を想定した訓練で良く使われる部屋だ。広さにして約50㎡、およそ相撲における土俵二つ分の面積だ。障害物となるようなものはない、ただただ広いだけの場所である。


 そこに、朱音とルカ――ティアフランムとティアアクアの両者が訓練の一環としてぶつかり合っていた。


「ウラァッ!」


「はっ! しゃっ!」


 ティアアクアの正確な射撃をティアフランムが防ぎ、避ける。そのようにして攻撃を防御しながら、円を描くように足を運び、フランムはアクアとの間合いを縮めていく。


「ンなろぉ!」


 ある程度間合いが縮まった途端、ティアアクアが飛び跳ねてティアフランムに突っ込んでいく。このまま射撃を繰り返していくのも良いが、ここは多少強引にでも自ら近づき、相手に攻撃の主導権を渡さないようにしたのだろう。


「ラあッ!」


 接近戦に持ち込んだティアアクアが、自身の装備する武器〈アクアボウ〉のリムを使って打撃攻撃を行う。相手の右肩辺りを袈裟斬りのように狙った打ち込みだ。


 普通、弓は接近戦を想定しない。近づいたり近づかれたりした場合、剣等の武器に変更して戦うことになる。


 だが、ティアアクアの使うアクアボウに限っていえばそんな必要がなかった。というのも、このアクアボウ、接近戦にも耐えられる強度を誇っている。たとえ剣と打ち合ったとしても、そう簡単には押し負けることはない。そんなアクアボウにおける打撃は、十分に相手へダメージを与えられるのだ。


「はぁっ!」


 ティアアクアの攻撃を、ティアフランムは〈フランムサーベル〉をもって両手で受け止める。そのまま流れるような動きで、アクアボウのリムに沿って刃を滑らせ、手首を捻りながらそれを腰のあたりに持っていく。

 

 そうやってティアフランムがティアアクアの攻撃を受け流したところで、両手で持っていたサーベルのうち左手を柄から離し、その手でフランムはアクアの顎めがけて掌底を放とうとした。


「なろぉッ!」


 流石に顎を撃ち抜かれては叶わないと判断したアクアは、すぐさま額でそれを受けた。


「ギッ!?」


 うめきながらもアクアボウを横一閃に薙いで腹を殴りつけようとする。ティアフランムはまたしてもそれをフランムサーベルで受け、そのまま力のせめぎ合いが始まった。


「あんた……私に接近戦挑むのは無策すぎない?」


「はン!! 今のテメエにはどんな形であれ負ける気しねぇヨ!!」


「減らず口をっ!!」


 と、ティアフランムが叫んだところで、対抗し合っていた力が突如として消えた。真っ向からの競り合いを拒否したアクアが、瞬時にアクアボウを引き、そのまま身体を回転して、回し蹴りの態勢に入っていた。


(やばっ……!?)


 そう思った時には、フランムの腹にアクアの回し蹴りが襲いかかっていた。一瞬の虚をついて放たれたそれは、文句のつけどころがないほどにクリーンヒットしていた。


「ほらナ、言ったろ?」


 あまりに強烈な一撃に苦しさを噛みしめながら、ティアフランムはその言葉を聞いた。


「そこまで!!」


 静止の声が響き渡る、声の主は藤田栗子だ。隣にはリコもいた。


「二人ともお見事〜〜!!」


 パチパチと手を叩きながら栗子が二人に近づく。ティアフランムとティアアクア、両名ともすでに変身は解除して朱音とルカに戻っていた。


「今回はルカちゃん……ティアアクアの勝ちだけど、二人とも良かったよぉ〜〜!!」


「……凄かった」


 栗子とリコがそれぞれの言葉で二人を褒め称える。ルカは得意気な表情で素直にそれを受け取ったが、朱音は憮然とした表情をしてうつむいていた。


「あのね、朱音ちゃん。そこまで気にしなくても――」


「大丈夫なのかヨ、お前」


 栗子の言葉をさえぎって、ルカが朱音に声をかける。表情も声色も、大変に厳しいものがあった。


「……何がよ、特に何とも無いわ」


「だとしたら、接近戦でお前が負けるはずねえヨ」


 朱音が唇を噛む。ルカの言葉は確かに厳格であったが、それと同じくらい信頼と敬意を感じさせた。


「お前さ、良い加減ちゃんと話をしろヨ、蒼澄と」


「何でそこで蒼澄が出てくんのよ」


「何でもクソもあるか、ばればれなンだよ」


「……うっさいわね」


 もはや言い逃れもなく図星であったので、朱音は悪態をついて顔を背けるしかなった。オロオロしている栗子とリコが視界の端に映る。


「何があッたかしらねーが、自分の中でケリつけらンねーなら、ちゃンと向き合え」


「今さら話すことなんてない……」


「そンな顔して良く言うゼ……」


 心底呆れたようなルカの声色に、ますます朱音の勢いがしぼんでいく。


「……分かってはいるのよ」


 流石にここまで来て言い訳のしようがないことを悟った朱音は、うつむいたままに重々しく口を開く。


「けど、本当に今さら何言って良いか分かんないのよ……」


「なンでだ?」


「自分でも整理がつかないの……悔しかったり、イライラしたり、泣きたかったり、でも、何とかしたかったり」


 ぽつぽつと出てくる朱音の言葉が静かに響き渡る。


「私だって、このままにして良いって思わない。でも、正直自分でも冷静になりきれないの……こんな状態で話しても、また蒼澄を傷つけそうなのよ……」


 朱音にとって、藤田蒼澄という青年は本当に大事な存在だ。そんな存在だからこそ、彼が夢を捨てたことに対して感情が抑えきれなかった。再びそうならないという保証はどこにもない。もしかしたら、次は本当に修復が不可能なくらいに関係が悪化するかもしれない。


「そうなったら、後悔してもしきれない」


 だから、蒼澄と話せない、話したくない。朱音の心は、感情の行き場を失っていた。


「あの……あのね、朱音さん」


 朱音の吐露した想いを聞いたリコが、意を決したかのように口を開く。この中で唯一、蒼澄の朱音に対する想いを多少ながら分かっている。彼女なりに二人の橋渡しになれればと思ったのだろう。


 だが、リコの言葉が出てこようした直後、けたたましいブザー音が鳴る。音の出処でどころは、H-Naviヒーローズナビからだった。


「これ……」


「まじかヨ……」


「アラートレベル……【レッド】」


 朱音、ルカ、栗子の三人が驚きに目を見張る。リコはリコで自身のH-Naviヒーローズナビを見て顔をこわばらせている。


 それもそのはず、アラートレベル・【レッド】とは、ヴィランの跳梁跋扈ちょうりょうばっこ激しいこの世界においても、なかなか起こらないほどの緊急事態を示す報せだからだ。


「栗子さん、アラートレベルの【レッド】だと付近のヒーローは全員出動でしたよね?」


「ええ」


 朱音の確認に、栗子がうなずく。伝説のヒーローを継いだ者達とはいえ、いきなり前線に立たせるというH.U.ヒーローズユニオンは犯さなかった。しばらくはとにかく訓練に専念させて、ある程度実力と自信をつけてから活躍してもらうよう計画していた。


 しかし、アラートレベル・【レッド】であれば話は別だ。この事態は、たとえどんな状況に置かれたヒーローであろうと、絶対に出ていかなければならない義務があった。


「初出動が、アラートレベル・【レッド】か……」


「びびってンのか?」


「多少はね……でも、行くわ、行かなきゃだめ」


 ルカの煽りを、朱音は正直に受け取る。だが、彼女の瞳は恐れ以上の勇気をあらわにしていた。


「私達はティアエレメンタル、伝説のヒーローなの。ここで逃げることはあり得ない。そうでしょう?」


 朱音が三人を見渡す。皆、静かにうなずきながら気炎を上げていた。


「行くわよ、皆! 私達の力で、少しでも多くの人達を救うのよ!」


「「「了解!!」」」


 朱音の力強い叫びに、三人が威勢良く返事をする。ティアエレメンタルは後になっても明確なリーダーを決めていない。だが、先陣を切るのはいつも朱音、ティアフランムだ。彼女の勇猛さは、どんな時でも周囲を奮い立たせる力がある。きっと他のメンバーはそれを心より分かっているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る