【7】




 子供の手を引く家族連れ、腕をからませる恋人、響き渡る館内放送、笑顔で接客に当たる店員。


 ファンシーな小道具店、色彩ゆたかなおもちゃ屋、様々な食べ物飲み物がところ狭しと並んでいる食料品売り場、定番の娯楽施設である映画館、和洋中様々なレパートリーメニューが並ぶ飲食店エリア。


 この街一番のショッピングモールは、休日ということもあり大盛況だ。老若男女、数多くの人々が訪れている。


「ああ、楽しいねぇ」


 そんな中を、男が一人、ポケットに両手に入れながら歩いている。


 カツカツ、カツカツと、歩く音を響かせながら。ゆったりと歩いている。


「細工は流々りゅうりゅう、仕掛けは上等じょうとう。せっかくこんなに人がいるんだし、楽しんでいかないとね」


 鼻歌を歌いながら男が笑う。


 はたから見たら異様に見えなくもないが、多くの人々が行き交う中ではこれといって目立つものではないようだ。事実、彼に視線を向けるものは一人もいなかった。


「さぁ、始めよう、楽しいことを、派手にね。んで、派手な演出って言えばやっぱりさ」


 ――爆発だよね。


 カツン。


 男の足音が、ことさら大きく響き渡った。



△△△



「行ってきます」


 藤田家の玄関で、靴を履き終わった蒼澄が顔を後ろにしてそう言った。寒い冬を越えて、春の日差しが暖かくなる3月の頭に差し掛かっている時期であり、ぼちぼち桜も開花するころである。お気に入りの春服であるネイビーのジャケットを白シャツの上に羽織った蒼澄の姿は、清涼感があって若々しい。


「あら、どこ行くの?」


 蒼澄以外で唯一在宅していたノザーテが自然に問いかける。ちなみに、この後予定があるのでノザーテも家を離れる予定だ。


「近くのショッピングモールに、まぁ、あれだよ……お隣さんへのプレゼント用にさ」


 少しだけ照れくさそうに蒼澄がはにかむ。そんな蒼澄の意図を察してか、ノザーテは愛おしそうに彼を背中から抱きしめた。


「えと、義母さん……?」


 全く予想していなかった義母の行動に蒼澄はとまどってしまう。


「皆、優しいあなたのことが大好きなのよ」


 顔を蒼澄の背中へ柔らかに押し付けて、ノザーテが呟く。


「申し訳ないと思ってる、ティアエレメンタルのことがあって、あなたのことを見れる時間が減ってしまったことを。その上、あなたは本当に考えが深いから、ついついそれに甘えてしまう……」


「僕はそんなに立派じゃないよ」


「そんなことない、今のだって、朱音ちゃんのことを思ってのことでしょう?」


 義母さんにも大分心配かけてたんだなぁ、と蒼澄は心中で反省の念を重ねる。この様子だと、他の人達も自分が思っている以上に悩んでいるんだろうなと改めて感じた。


「朱音ちゃんだって、優しいあなたが大好きなはずなの……今は色々とすれ違いが重なっただけ、きっと仲直りできるわ。大丈夫」


 蒼澄は思う、この義母は本当に母性が強い。栗子とはまた違ったベクトルで抱擁力のある人だ。そんな義母の優しさには、いつも蒼澄は安心を感じてしまう。


「卒業式終わったら、ちゃんと家族全員でパーティーするからね」


「忙しいだろうから、大丈夫だよ」


「だめ、ただでさえ合格祝い出来なかったの。お願いだから、お義母さんにもお父さんにも親らしいことをさせて」


 もう十分に親だよ、とは言わなかった。ノザーテの真っすぐな愛情を、蒼澄は素直に受け取ることにしたから。


「行ってらっしゃい、気を付けてね」


「うん、行ってきます」


 互いにそう言葉を交わした後、蒼澄が家を出た。ノザーテは、その後ろ姿を慈しみの目をもって見つめていた。


「卒業パーティーか」


 家を出た蒼澄がふと、そう漏らしてしまう。蒼澄が通っている中学も、近日中には卒業式だ。


「色々あって、すっかり忘れてたなぁ」


 含み笑いを浮かべ、蒼澄は頭をかく。一応は人生の一大イベントである卒業式だが、そんなもの目じゃないくらいのイベントが波濤はとうのごとく押し寄せてきたので、蒼澄の脳内にすっかり抜け落ちてしまっていた。


「朱音ちゃんとも……一緒に祝えると良いな」


 遠くを見て呟く。視界が桜色に染まるくらい、桜の木が街路樹として植えられている。この道は、今まで頻繁に朱音と隣同士で歩いた道だった。どうしても彼女のことを意識してしまう。


 やはり蒼澄にとって、大和朱音とはかけがえのない存在なのだ。友情、親愛、様々な情が混ざり合いとても一言で言い表せない関係だと、少なくとも蒼澄はそう思っている。



 もう少し、話をしよう。


 避けることは止めて、朱音ちゃんとも、自分とも向き合うようにしよう。



 一つ一つ、踏みしめるように蒼澄は歩く。それは、一人の青年の、ちっぽけな悩みなのかもしれない。だが、彼の中で作られた決意は決して小さいものではなかった。


 さて、そんなこんなで場所は移ってショッピングモールである。


 その日は休日であったため、結構多くの人がいた。家族連れの客もちらほら見える。


 蒼澄が、辺りに目を配ってみた。獣の耳が生えていたり、しっぽが生えていたり、身体に文様が入っていたり等の、見た目からして地球の人類とは異なるような者達がそれぞれ思い思いに買い物等を楽しんでいる光景が映ってくる。


 正義の世紀ジャスティスセンチュリーの地球においては、異世界と繋がり、宇宙人であるクトゥララ人と友好的な関係をむすんでいる。それによって、地球人でない人物も当然のように暮らし、生活を営んでいる。正義の世紀ジャスティスセンチュリー以前の地球世界からしてみれば、ある種フィクションのような光景だろう。


 そして、フィクションのような光景、というのであれば見過ごせないものがまだある。



『今日はお肉全品三割り引き! ポイント三倍!』

『復刻スイーツタピオカミルクティー! 喫茶ルードルトにて!』

『本日一階ホールにて、〈ハムシップ〉のイベント開催!』

 


 空中を様々な広告で彩るホログラムに、



『いらっしゃいませ。御用がある方は私にまでお申し付け下さい』

『ただ今より清掃を行いますので、お足元には十分ご注意下さい』

『お昼ごはんにお困りの方は私まで! お客様の好みにあわせたお店をAIで算出致します!』


 

 人間そっくりの形をしたアンドロイドである。


 ロボット技術とホログラム技術、この二つは混沌の世紀カオティックセンチュリーという戦乱の時代を経て、正義の世紀ジャスティスセンチュリーで花開いた技術であり、人々の生活に欠かせないものになっている。時代の中心たるヒーロー達も当たり前のように使うほどだ。


「えーと、玩具コーナーは、っと」


 蒼澄が違和感なくホログラムで作られた案内板を操作する。正義の世紀ジャスティスセンチュリーに生きる彼にとっては当然のように慣れしたしんでいるものなので扱いは容易たやすい。


 そうして、目的地の場所を確認した後、側にいたアンドロイドに声をかける。


「すいません」


「はい、いかが致しましたか?」


「えと……店舗限定版『魔法少女リップルキュアーズ〜ラブマックス♥〜』のフィギュアって、まだ在庫ありそうですか?」


「少々お待ちください、ただいま確認致します」


 蒼澄に問われたアンドロイドが目を閉じる。そのまま、時間にして数秒ほど沈黙した後に目を開いて口を開いた。


「確認したところ、まだ在庫が数点あることを確認致しました。売れ筋商品でございますので、お早めにご購入することをおすすめ致します」


「ありがとうございます!」


 にこやかに答えてくれたアンドロイドに、蒼澄もまたにこやかに笑い感謝を返す。そして、助言の通りにさっさと確保しようと考えた蒼澄は、目的の物を求めて足早に歩き出す。アンドロイドは、いってらっしゃいませ、と丁寧に蒼澄の背中へ声をかけていた。


 余談だが、ヒーローが当たり前に存在する正義の世紀ジャスティスセンチュリーの世界だが、これまた当たり前のようにサブカルチャーとしてのヒーローも大人気だった。


 むしろ、正義の世紀ジャスティスセンチュリー以前の世界よりもその人気は激しい。元々道徳教育的な側面を持っていたそれは、子供(に限らないが)達に『ヒーローを目指して欲しい』という願いが込められた一種の思想教育的な側面も持つようになり、それがご時世として色々噛み合ったゆえの結果だった。


 んで、さらに余談だが、ただいま絶賛蒼澄が買い求ようとしている『魔法少女リップルキュアーズ』は、栄枯盛衰えいこせいすい極まる正義の世紀ジャスティスセンチュリーのサブカルヒーロー達の中にあって十年もシリーズが続いている超人気作品である。


 んでんで、それを何故蒼澄が求めてるかというと、他ならぬ大和朱音が大好きな作品に他ならないからだ。


「そういや、最近あんまり見てないなぁ……『魔法少女リップルキュアーズ』」


 目的の場所に向かう途上にある上りのエスカレーターに乗りながら、蒼澄はひとりごちる。


(小さい頃は暇さえあれば見ていたっけ)


 蒼澄が昔の情景に想いをはせる。蒼澄も蒼澄でサブカルヒーローは大好きだったが、それ以上に朱音の方が熱狂的であり、その熱意に負けて彼女へ趣味を合わせていたことを思い出していた。


 そのことについて思うところは、今も昔も蒼澄にとって一切ない。たとえ自分のことを犠牲にしようとも、朱音が嬉しそうにして輝く姿を見るのが、本当に楽しくて仕方なかったのだ。


 そんなことを考えている内に、棚に陳列されていたお目当てのフィギュアを見つけた。幸運なことに、蒼澄が見つけた時点でそれはラスト一個であった。


(朱音ちゃん……受け取ってくれれば良いんだけどな)


 無事に確保出来たフィギュアを眺めて、蒼澄は思う。なんだかんだ言っても、不安は拭えない。あの一件以来まともに蒼澄は朱音と会話をしていない。そもそも、朱音は殺人的に忙しいというのにまともな話が出来る時間を確保出来るのだろうか。


「まぁ、考えても仕方ないか」


 会計を済ませた蒼澄が下りのエスカレーターに乗る。どこかへ寄るつもりも無く、真っ直ぐ帰る腹づもりであった。


 ――だが、そのまますんなり帰路につくことは、残念ながら出来なかった。


 突如、耳をつんざくような爆音が蒼澄の耳に響く。と、思ったら次の瞬間、蒼澄の身体は宙を舞っていた。


「…………え??」


 何が何だか分からないまま、蒼澄が反射的につぶやく。周りの景色が、寒々しいほどにゆっくりと流れた。タキサイキア現象、なんて言葉が彼の脳裏をかすめる。


 警報。

 悲鳴。

 爆音。

 

 のろのろと流れる時の中で、蒼澄は、自分が何がしかの事故に巻き込まれたことだけは分かった。だが、それが分かった時には、彼の身体はとんでもない衝撃をもって地面に叩きつけられることになる。


 痛い。

 苦しい。

 何も考えられない。


 蒼澄の脳内を支配したのは苦痛だった。色んな光景が浮かんでは消え、浮かんでは消えた気がしたが、それすらも遠いことのように感じてしまった。


 蒼澄の意識がどんどんと遠のいていく、死が近づいていることを肌で感じてしまった。


『嫌い……大っ嫌い!』


 最後に耳に響いた言葉がそれだった。薄れゆく意識の中、走馬灯の中の朱音に、蒼澄は何か言おうと思ったのだが、残念ながら口を動かす力でさえ今の彼には無かった。

 

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