【10】



 その事件は、ここ数年では最大規模のものとなった。死傷者数は百名をゆうに越え、被害総額は一億で足りない。この事件に直接関係ないヴィラン達も混乱に乗じて活動を盛んにし、各地で二次被害が報告された。


 そんな凄惨極まる状況において、人々に希望を与えた存在がある。伝説のヒーローの名を継ぎし者達、二代目ティアエレメンタルである。捕縛こそ叶わなかったものの、初出動にて主犯であるヴィランを撃退したという事実は、間違いなく大戦果といえるものだからだ。


 この事件の主犯とされたヴィランは、爆弾魔・発多里三郎はったりさぶろう。組織としての犯行も疑われたが、その痕跡が見当たらず、単独による犯行ということで決定付けられた。単独でここまで大規模な犯行を行ったものは正義の世紀ジャスティスセンチュリー下でもかなり珍しく、相当に凶悪なヴィランだったことがうかがえる。


 そんなヴィラン相手に、初出動で撃退に成功した。しかも、それは伝説のヒーローを受け継ぐ者達だ。この事実にメディアが食いつかないはずがなかった。



「初の出動ということでしたがどのようなお気持ちで臨んだのでしょうか?!」


「主犯とされるヴィランとどのように対峙したのですか?!」


「やはり何か緊張があったのでしょうか?!」



 押しかける大量の報道陣が、我先に口々にティアエレメンタルに質問をぶつける。未だ被害から立ち直りきれてないショッピングモールの中でごった返し、多くのマイクとカメラを彼女達四人に突きつけている。


(ウザってェな……今はこんなことやってる場合じゃネェだろ)


(気持ちは分かるけど、今は受け入れましょう)


 表面上笑顔を絶やさずに、ルカと栗子が小声で会話を交わす。すでに変身は解いていた。


(私達がこうやってメディアの相手をすることで、まだ救助を続けている警察さんや消防さん、ヴィランと戦っている他のヒーローさん達が動きやすくなってるはずだから)


(……分かッてますヨ)


 栗子のなだめを、ルカが腐りながらも受け止める。ルカとしてはこんな風に祭り上げられて動けなくなるより、少しでも積極的に動いてやれることをやりたいのだろう。


 さて、そんな中で大和朱音はというと。


「大和朱音さんは初めてのティアフランムとしてヒーローの舞台に立つことになりましたが、その時の心構えをお伺いしてもよろしいでしょうか?!」


「そうですね。心構えといえるほどのものでもありませんが、やはり少しでも多くの人達を救おうという思いは――」


 たおやかな笑顔を満面に浮かべて、朱音は取材の一つ一つに答えていた。表向きは何でもそつなくこなせる完璧美少女だ。


 まぁ、その内心といえば……。


(邪魔くさいわね!!! とっとと聞きたいこと全部聞き終わってここから散りなさいよ!!!)


 と、こんな風に怒りのマークが三つくらいはついてしまいそうなくらいにはいらだっていた。彼女だって、こんなところで足を止めたくないのだ。


(間違ってもメディアの前で暴言吐くンじゃねーぞ)


(あんたからは絶対言われたくないわよ)


 小声どころかアイコンタクトでルカと朱音が会話を投げ合う。そんな会話の内容とは裏腹に、二人の顔はどこまでも穏やかだ。


(しっかし、あれね……)


 朱音がリコの方に目を配る。


「藤田リコさん! 今回のことはもうすでにお義父様には伝えられてますか?!」


「あう……うう……」


 報道陣のプレッシャーの前に、リコがたじたじしている。ただでさえコミュニケーションが苦手なリコは、この場にあってはしゃべることもままならない。


(しょうがない、助け舟出してあげますか)


 そんな仲間の窮状を察した朱音が、助けになろうと一歩を踏み出した。


「……? ッツ!!?!?!」


 その時だった、リコの様子が明らかにおかしくなったのは。突然身体がガタガタと震え、その場にうずくまる。明らかに異常であった。


「なっ!? カメラ止めてください!!」


 リコの様相に不穏なものを感じた朱音がすぐさま駆け寄る。それを見た栗子もルカも同様に駆けつけた。


「どうしたのリコ!?」


 朱音がリコの顔を見つめる。その顔面は完全に蒼白と化していた。


「あの……あのね……さっきから凄いいっぱい……連絡来てたから……メディアの前だけど……どうしても確認したくてっ……うあ、うあああああっっ!!」


「落ち着いて! 大丈夫だから、落ち着いて、ね?」


 尋常ならざるリコに、朱音が優しく言う。栗子とルカは報道陣を静かに見つめて牽制している。


「確認したのね。誰から、どんな連絡が来たの?」


「お母さんから……お母さんが! おにいちゃんっ!!」


「蒼澄?! 蒼澄がどうしたの?!」


 リコの顔から涙が溢れる。朱音の心が、不穏な予感に塗りつぶされていく。


「おにいちゃんがっ! おにいちゃんがっ! 病院にっ!! 意識不明の重体だって!!!」


 そこで感情に歯止めが効かなくなったのか、リコが地面に突っ伏して泣き叫ぶ。となりに控えていたルカも、時が凍ったかのように動きを止めている。朱音は、頭を鈍器で殴られたような、そんな風に錯覚してしまうほどの衝撃を受けた。


「蒼澄……??」


 朱音の唇が小刻みに震動する。息が上がって、呼吸すら覚束なくなっている。


 意識不明?

 重体?

 死ぬ?

 …………蒼澄が?


「――立ちなさい、リコちゃん」


 固まった時を動かしたのは栗子だった。


「いつまでもうずくまってちゃ駄目、立ちなさい」


「で、でも! 蒼澄が!」


「私達はヒーローなのよ!!!!」


 リコをかばうような朱音の言葉を吹き飛ばすように、栗子が叱咤する。周りがただ事ではない気配を感じとったのか、ざわつきが聞こえ始める。


「朱音ちゃんも、ルカちゃんも、呆けてる場合じゃない。立ち直りなさい、立って自分の為すべきことをしなさい」


 栗子の頬に一筋の涙がこぼれる。我慢しようとしても、出来なかったのか。彼女だって、愛する甥っ子の容態をすぐさま確認したいはずなのだ、こんな場所なんて捨ておきたいほどに。


「……リコを連れて、少しだけ、休憩させて下さい。すぐに戻りますから」


「分かった。その間、この場は受け持ってあげる」


「ありがとうございます」


 朱音が何とか脳を回転させて、少しずつ動き始める。それにつられて、ルカも足を動かし始めた。


「リコ立てる?」


 朱音が問う、リコが首を振った。


「アタシが肩を貸す。それで良いな」


 ルカが言うや否や、返答を聞く間もなく肩を貸しながらリコを立たせる。そして、三人が重い足取りでのろのろと歩み始める。


 いぶかしむ報道陣を栗子が取りなしている。そんな彼女の献身に感謝の念を抱きつつも、朱音の心は、ここではないどこかに行ってしまった。脳が全くといって良いほど働かない。ただ、ただ、漠然とした何かに突き動かされるように、歩いていく。


 少し離れた場所で腰を降ろす三人。


 座るということですら、贅沢なように感じた。


 朱音が所在なく視線を回す。未だ救助活動は続いているが、一山は越えたようだ。証拠に、人々の助けを求める声が少なくなっている。じきにアラートも解除されるだろう。


「蒼澄……」


 虚空に呟くように朱音がひとりごちる。立ち上がる気力がかけらも湧いてこない。リコをかばうようにしていながら、本当に支えが必要なのは自分なのではないのかと思えてしまう。


「……行く」


 リコの小さい声が、聞こえた。涙は流していなかったが、その跡が痛ましかった。


「大丈夫なンか?」


「大丈夫じゃないけど……心配だけど……行く」


「そッか……」


 立ち上がったリコに続いて、ルカもそれに続く。


「行こう……朱音さん」


 リコが朱音に手を差し出す。無意識にその手を取って朱音が立ち上がった。朱音の方が、立ち上がるのが遅れていたのだ。


「何よ……リコの方がずっと強いじゃない」


「そんなこと……ないよ……」


 はにかむようにリコが笑う。そんな笑顔が、本当に蒼澄にそっくりで思わず朱音の胸が締め付けられる。


「私達のやるべきことを、為すべきことを、ヒーローとして……」


 言い聞かせるように朱音が呟く。 


「行こう」


 三人が歩き出す。しっかりと、力強く、押し潰されそうになる不安から振り切るように。


 結局、その日は一日中現場に張り付くことになってしまい、蒼澄の容態を見に行くことはついぞ出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る