【6】



 さて、そんなこんなでヒーロー科の生徒達にまざることになった蒼澄であるが……結論から言うと、結構な人気を得た。


「え~大和さんって昔からすごかったんだ!」


「ルカさんにそんな一面あったんだね~」


「サムライマスクさんやばっ! 超親しみやすいじゃん!」


 というのも、こんな風に、蒼澄にとってなじみの深い人物をきっかけとして話題を広げることが出来た。それが要因として大きかったのだ。蒼澄自身も非常に聞き上手なところがあり、色んな人との会話をスムーズにつなげることが出来たというのもある。要するに、コミュ力があったのだ。


 やはり、ここは正義の世紀ジャスティスセンチュリー。ヒーローは話題の中心になる。そうなると、周りに有名なヒーローが多い蒼澄の話を聞きたくなるのはある意味自然なのだろう。


 また、注目を集める理由は他にもあった。


「蒼澄、つぎはアレにのろーゼ!」


「待ちなさい! あんたさっきも一緒に乗ってたじゃない!」


「はぁぁぁぁ? それのナニが悪いンだよ!」


「悪いわよ!」


 朱音とルカが言い争っている。そんな二人を苦笑しながら蒼澄がなだめていた。この三人にしてみれば、いつも通りの光景だ。


 だが、周りからしてみれば、いつも通りでスルー出来るはずもない。もう明らかにラブでコメの空気がこれでもかというばかりに流れていたからだ。


「ねぇ……あれって……つまり」


「そういうことだよね?」


 クラスメイト達(特に女子)が小声で話し合っている。静かにテンションが上がっているのか、その声はどこか浮ついている。他人の恋愛事情はいつ、どこだろうと注目の的だ。


「はは、相変わらずだな」


 そんな光景を日向大也が見つめている。視線には何かまぶしいものを見ているような、一種の郷愁きょうしゅうのようなものが混じっていた。


「……何だよ、それ」


 そんな大也の横顔を見つめる一輝が、ぽつりともらした。顔を動かし、蒼澄を見つめる。彼は、朱音とルカに引っ張られながらも、楽しそうに笑っていた。


 一輝の表情が暗くなっていく。明らかな嫉妬が顔面に刻まれていた。


 自分が輪の中心にいないからか。


 大和朱音が自分に見向きもしてないからか。


 それとも、何か別の理由があるのか。


「くそっ……」


 吐き捨てるような言葉だった。それが耳に入ったのか、大也が一輝に振り向く。


「なんだよ、機嫌悪くしてんじゃねーよ」


「別に、そんなんじゃねぇ」


「じゃあそんな顔すんなよ」


「うるせぇ」


 ぷいと大也から顔をそらし、一輝が離れる。


「どこ行くんだ?」


「便所」


 短くそう言って、一輝が大也と距離をとる。大也は、その姿をため息を吐いて見送っていた。



△△△



「ルカちゃんも朱音ちゃんも、ほんとブレないよなぁ」


 トイレの中で蒼澄がひとりごちる。二人のあれこれに、慣れてはいるが面倒なことに違いなかった。


「とはいえ、朱音ちゃんのことが知れて良かった良かった」


 正直、ヒーロー科での朱音の様子が気にならないといえば嘘である。一から十まで知ろうとは思ってないが、付き合いの長い幼馴染のことを知りたくないわけではない。


(もしかして、ルカちゃん、今日のこと知ってたのかな? だから僕を誘ったと)


 あり得そうだ、蒼澄は思う。ルカはどこか享楽的きょうらくてきなところがある。他人の迷惑になることはしないが、そうでなければ積極的に色んなことに首をつっこむ性質たちだ。


 今朝、いきなり遊ぶに行くから付き合ってくれと、ルカに無理矢理引っ張り出された。とまどいはしたが、結果的に良い時間を過ごせている。ルカも朱音も、蒼澄にとっては大事な友人だということを改めて感じた。


「……おい」


 そんなことを思ってトイレから出ると、いきなり声をかけられた。なかなかに敵意がふくまれる声だ。蒼澄は、内心で警戒を強めた。


「お前、なんなんだよ」


 ドスの利いた声を向けているのは、前田一輝だ。蒼澄は知る由もないが、普段の彼がもつどこか人を惹きつけるキラキラした魅力は、完全に鳴りを潜めていた。


「……何がですか?」


 相手は明らかな喧嘩腰。蒼澄は、表情を厳しくしている。


「お前さ……なんなんだよ」


「だから、何がですか?」


「ヒーローでも無いのに、となりにいようとすんなよ」


 一輝が蒼澄へにじり寄る。火花が飛び散るような視線が交じり合った。


「となりにいるのは、俺なんだよ」


「……はい?」


「朱音さんも、大也も、となりにいるべきは俺なんだよ」


 一輝のそれは、怒りよりも、何か別の感情が混じっているように聞こえた。


 なるほど、言ってることはある意味もっとも。ヒーローへの志がない者が、ヒーローを志す者のとなりにいるのは邪魔なのかもしれない。足を引っ張っていることになるのかもしれない。彼の言ってることに、道理があるのだろう。



 ……何て考えは、蒼澄の中でハナから存在しない。



「ずいぶんと勝手な理屈だ」


「……何?」


「誰かのとなりにいるべきかどうかを、どうして君に決められなきゃならいんだい?」


 一輝の目がさらに険しくなる。その程度で、怯むような蒼澄ではない。


「朱音ちゃんも、大也君も、大切な友人だ。誰かの理不尽な言い分で関係を絶とうなんて考えるはずもない」


「生意気だぜ。もう一度言う、お前はヒーローじゃない」


「だったら、君の言葉はまるでヴィランのようだ。そんな君はヒーローなの?」


「っつ! てめぇ!!」


 一輝が蒼澄の胸ぐらをつかむ。蒼澄は、瞬時に、一輝が伸ばしてきた腕に柔らかく触れていた。いつでも、反撃の準備は整っている。


「何やってんだ!!!!」


 二人の間に、鋭い怒号が響く。いつの間にか、日向大也が側にいた。一輝が、表情をゆがめる。


「一輝……お前、何やってんだ?」


「……」


「何やってんだって聞いてんだよ!!」


 一輝が蒼澄から手を放す。大也の剣幕を受けて、反射的にそうしてしまったように見えた。蒼澄もまた、一輝から手を離していた。


「わりぃ……」


「悪いですむ問題じゃねーだろ!! お前、ヒーローとしてやってはならないことをしてんだぞ!!」


「……」


「何とか言えよ!!」


 今度は、大也が一輝の胸ぐらをつかみかかろうとする。間に入り、蒼澄が止めた。


「蒼澄……」


「大也君、やめな」


「けどよ!!」


「周りを見て」


 蒼澄が、首を軽く動かして周囲への注視を促す。見ると、朱音を始めとしたクラスメイト達が不安気な表情で動向を見守っていた。


「一輝、行くぞ」


「……どこにだよ」


「知るかよ。ただ、俺達はもうここで退散だ」


「……分かった」


 力なく答えた一輝を、半ば強引に連れ出しながら大也がその場を去ろうとする。


「大也君……」


「今は、何も聞かないでくれるか? 話は後でするし、させるから」


「……うん」


 そうして、一輝と大也が二人して足早に去っていった。蒼澄は、何だかいたたまれない気持ちでその後ろ姿を見た。


「蒼澄、大丈夫?」


 心配そうな声で、朱音が聞いてきた。


「大丈夫だよ」


「ほんとに?」


「うん、ほんと」


 なおも気づかいをかける朱音に、蒼澄は穏やかに返す。


「朱音ちゃん……」


「何?」


「僕、朱音ちゃんの側にいるよ」


 はへ? と朱音がすっとんきょうな声を出して口を開く。


「朱音ちゃんが嫌じゃなければ、だけどさ」


「え!? あ!? いや!? 嫌だなんて言うわけないじゃない!!」


 あたふたと色めき立つ朱音。蒼澄は、何だかほっこりしてしまった。


「やっぱりさ、僕にとって……朱音ちゃんって、すごい大事な存在だから」


「ど、どうしちゃったのよ?」


「さぁ、どうしたんだろね?」


 いたずらな笑みを朱音に向け、蒼澄が足を動かす。


「さっ、行こうよ。とりあえず、続きを楽しもう?」


「うっ……うん……」


 どこか釈然としない朱音を尻目に、蒼澄は飄々ひょうひょうとした態度で彼女とともに歩くのだった。


「い、いきなり変なことを言わないでよ……どきどきするじゃない」


 顔を赤くしながらうつむいて、朱音がつぶやいた。もっとも蒼澄の耳には届いていなかったようで、振り向くことなく周りの皆と合流していった。


 なお、その後だが、雰囲気にしこりのようなものこそ残りはした。だが、朱音とルカが中心となってその場をまとめ上げたことにより、懇親会自体はつつがなく進行。解散の時間まで特段大きな問題は起こらず、無事にそれを終えることが出来たのである。

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