【7】
『今日の放課後、付き合ってくれないか?』
例の一件から数日後、蒼澄は大也からそんな誘いを受けた。流石に、断るというのも気が引けたので蒼澄はすぐさま了承した。
で、彼からここに来てくれと呼び出された場所であるが。
「……何で道場?」
蒼澄にとってなじみ深い、黒川流柔術道場だった。彼からしてみれば、意外なチョイスだろう。
といっても、この道場、実は日向大也にとっても無関係ではない。
何せ、大也もこの道場に通っていた門下生の一人であるがらだ。蒼澄と大也が友人関係であるのも、ここが切っ掛けとなっている。
しかしながら、大也がマスクドソルジャーワイズというヒーローになってからは、こちらに来る機会もめっきり減っていたのだ。
だからこそ、彼がこの場所を選んだことに疑問を感じたのだが。
「まぁ、あまり深く考えても仕方ないな」
そんな風に言って、蒼澄が道場に足を踏み入れる。入口から中を見てみると、大也と一輝がいた。一輝は学校から帰っての制服姿だが、大也は道着を着ている。
(……何か言い争っている?)
蒼澄が、いったん足を止めて中の様子をうかがう。大也と一輝の声が聞こえてきた。
「何だってこんなとこに来る必要あんだよ……」
「今のお前に必要だからだよ」
「悪かったって思ってるよ! ちゃんと謝るよ! それじゃ駄目なのかよ!」
「駄目だから言ってんだ!」
二人して真っ向からぶつかりあっている。蒼澄の中では、マスクドソルジャーワイルドとワイズの二人は名コンビという印象がある。もちろん、あくまで世間での評価を
「お前は……お前は馬鹿だっ!」
「確かに頭良くねぇけどよ!」
「そういう意味じゃねぇ!!」
「じゃあどういう意味なんだよ!!」
「お前がっ! お前が手を出した男はなっ!」
流石にここいらが限界か、蒼澄が足を踏み入れる。
「はい、そこまで」
矢を放つようにまっすぐ、二人の間に制止の声を放つ。大也は蒼澄に目を向け、一輝は目をそらした。
「蒼澄、聞いてたのか?」
「少しね」
二人ともばつの悪そうな顔をする。全く同じタイミングで同じ表情をするものだから、思わず、蒼澄の顔がゆるんでしまった。やっぱり、二人はベストなコンビなのだ。息がピッタリである。
「大也君、わざわざこの場所を選んだのってさ……」
「蒼澄、久しぶりに俺と立ち合ってくれ」
蒼澄の言葉を最後まで聞かずに、大也が言った。
「どうして?」
「一輝に、俺の相棒に、お前という男を見せてやりたいんだ」
「なんでまた……」
「お前が、一輝に足りないものを持ってるからだ」
一輝が唇を噛んだのを、蒼澄は目にした。少しだけ目をつぶり、蒼澄は考える。
「頼む……意味分かんねぇかもしれねぇ。けど、俺の相棒にはきっと必要なことなんだ」
「……分かった」
蒼澄がうなずく。
「それだったら、大也君、君は剣を持ってきて。僕は素手でやる」
「っつ!? おいっ! ちょっと待てよ!」
蒼澄の言葉に、大也よりも先に一輝が反応した。
「大也はまじで剣がすげぇんだ! 訓練で一回も勝ったことがねぇ! それなのにお前は素手だと!?
「
「意味分かんねぇよ!」
一輝が、声をいっそう荒げる。
「お前……お前本当に何なんだよ! お前に何があんだよ! 俺の相棒はお前に何を見てるんだよ! 大也! お前は俺の相棒だろ!? 俺を見てくれよ!!」
「分かっている」
一輝から叩きつけられる感情を、大也が受け止めた。
「分かっている。一輝、お前は俺の相棒なんだよ。だからこそ、彼のことを見ててくれ」
「大也……」
「頼む、見れば分かるんだ。この男の凄さは」
そうまで言った大也の言葉に、一輝は何も言えなくなってしまったようだ。舌打ちが聞こえる。
「……道着に着替えてくる、少し待ってて」
二人のことにはあえて触れずに、蒼澄がその場を離れる。
ややあって、道着に着替えた蒼澄が二人の前に現れた。
そうして、言葉を交わすことなく位置につき、静かに向かい合う。それを一輝が見守ることになった。
なお、師範である黒川は所用で道場を空けていた。大也の頼みを聞いて、数時間だけ貸し切りにしたとのことだ。
つまり、この場にいるのは三人だけ。
男三人が、それぞれの思いをもって、
異様な空気が、そこには流れていた。
△△△
「嘘だろ……」
一輝が、信じられないものを見たかのように、驚愕のつぶやきをもらす。いや、実際、彼にとっては信じられない光景だった。
「シャッ!」
大也が手にした木刀で突きを放つ。必要最低限の動きで正確に打たれたそれは、回避が本当に難しい。一輝はこれを何度も何度も食らい痛い目を見ていた。
「――――」
だが、蒼澄は、その突きをこれまた最小限の動きで躱す。見てから反応しているのではない。大也が突きを放つであろうタイミングを読み取り、それに合わせるように的確な動きで躱している。
「がっ!」
バタン。
蒼澄は、大也の一撃を回避したと思った瞬間にはもう投げ飛ばしていた。
躱すと同時に身体を滑らせ大也のふところにもぐる。そのまま襟をとって、身体を回転させながら足を払い、叩きつける。
動きにすれば単純。だが、それがあまりにも速い。速くて滑らかで、力みが一切なかった。
「つっ!」
受け身を取って起き上がる大也が、間髪を入れずに剣による一撃を再度入れようとする。今度は、左斜め上からの袈裟斬りだ。
「――――」
が、またしても蒼澄に届かない。
今度は、振り上げた大也の手に柔らかく触れながら、身体を回転、ふところにもぐる。大也の力を利用しながら上から下へ手刀を切るかのように振り下ろし、蒼澄の背中を伝わせて大也を床に叩きつけた。
「ぐっ……まだまだぁ!」
大也が打つ。
蒼澄が崩し、投げる。
それの繰り返しだ。
大也の攻撃は、当たる気配を全く見せない。
「すげぇ……」
二人を見つめる一輝の瞳に、熱いものを感じさせる。
一輝にとって、日向大也はとても大きな存在だ。
大也という男は、本当に賢くて、強い。
身体能力を始め、戦うための力は一輝の方が多くを持っていた。
だが、それでも一輝は大也に勝ったことがない。いつ、どんな時でも大也は冷静な分析を行い、戦い方を構築する。伊達に
だからこそ、一輝は大也を誰よりも尊敬していた。
自分にはないものを持つ大也がうらやましくて、誇らしかった。彼のとなりにいて、最高のヒーローになりたかった。
嫉妬していたのだ、一輝は。
大也が蒼澄を見つめる瞳は、自分が大也を見つめる瞳と同じだったから。大也は、自分以外の人間ととなりにいたいと思っているのか、それが嫌で仕方なかった。
しかも、自分が恋慕の感情を向けている大和朱音ですらも、全く同じ瞳だったのだ。
大和朱音も、日向大也も、あの藤田蒼澄のとなりにいようとする。最高のヒーローになるであろう、自分を差し置いて。それがどうしても、一輝は認められなかった。
だが、今はどうだ。
「ふっ!」
大也が胴を薙ぐ。蒼澄は、流麗な足運びでそれを躱し、大也の背後に回る。そのまま、腕を使って大也の首を押しながら、体勢を崩し叩き投げる。
これほどまでに速く、正確で、美しい動きを、果たして、今の一輝が出来るだろうか。
「はは……何だよ、俺は」
根拠もなく、強いと思っていた。強いからヒーローに選ばれたのだと思っていた。いや、間違いなく、強いのだろう。
だが、今目の前で戦っている藤田蒼澄はどうだ。ヒーローでもないくせにと見下していたこの男より、自分は強いと言えるのか。
「俺はっ……イキってただけなのかよっ……!」
一輝の目から涙が流れる。大也が何故自分にこれを見せたかったのか、その理由が、ようやく腹の中に落ちていった。
「はあああああ!」
大也が気合をこめて突きを出す。息も上がり、汗も滝のように流れている。おそらく、これが残りの体力を振り絞った最後の一撃だろう。凄まじく速く、鋭い一撃だった。
「フッ!」
浅い呼吸とともに、蒼澄が、向かってきた木刀の
「はは……こんな見事な白刃取りが出来るなんてよ」
大也が、力なく笑う。もう、あまりの見事さに魅入るしかなくなったようだ。
白刃取り。相手の刀を奪って自分のものとする、
向かってきた木刀に対して、峰を下に押し付け、手首を上に押し上げる。そうすると、円を描くような形で相手の握りを崩すことが出来る。後は、その流れに逆らわず身体を動かせば、それを自分のものとすることが可能となるのだ。
術理自体はそう複雑なものではない。
だからと言って、簡単に出来るものではない。相当な熟練者でなければ成しえない技だ。ましてや、相手は若いといえヴィラン相手に戦いを続けている現役のヒーローである。並大抵のことではない。
強い。藤田蒼澄という青年は、本当に、混じり気なく、強いのだ。
一輝は、それをまざまざと見せつけられた。
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