【2】



 朱音からの相談を切っ掛けとして始まったその時から、いろんな事態が怒濤どとうの勢いで起こっては過ぎていった。直接関係がある訳ではなかった蒼澄ですら疲労がどっと来たくらいなのだ、渦中の人物達の心労はいかほどのものだったろうか。


 とりあえず、まず先に結論から言うと、


 藤田栗子、

 藤田リコ、

 ルカ=ホリィ、

 そして、大和朱音、


 以上の四名が、新しいヒーローとして正義の世紀ジャスティスセンチュリーの世界で誕生することになった。


 その時のことを、蒼澄は、一分一秒でも思い出せるくらい、深く脳裏に刻まれている。きっと、朱音たちにとっても忘れられない日であるなら、蒼澄にとっても忘れえぬ日であるのは間違いなかった。


 蒼澄が思うに、自身が【怪人】となる過程においてルーツと相成った場面は、間違いなくここにあると考えているからだ。


 そんな訳で、場面を移す。朱音と蒼澄がルカと合流し、H.U.ヒーローズユニオンに赴いた後の場面にまで。


「なンなンだよ、一体よォ……」


「イライラしててもしょうがないでしょうが」


「ま、まぁまぁ、ルカちゃんも朱音ちゃんもそれくらいにして……」


「ごめんねぇ、皆。窮屈な想いをさせちゃって」


「…………」


 H.U.ヒーローズユニオンのとある一室に、ルカ、朱音、蒼澄、栗子、リコの五人がいた。


 どこかそわそわしていら立ちがが隠せない朱音とルカ、それを蒼澄はなだめようとしている。口数少ないリコは、不安げな表情で蒼澄にべったりだ。そんな様子を、栗子は若干困ったような顔で見つめている。


 H.U.ヒーローズユニオンはヴィランの活動が著しい正義の世紀ジャスティスセンチュリーの世界において、ヒーローとその関係者が協力しあいながらヴィランに立ち向かうために結成された組織だ。


 そして、ヴィランは世界各地で活動している。ということは、つまり、H.U.ヒーローズユニオンもまた世界各地に存在するほどの巨大組織だ。先進国である日本のH.U.ヒーローズユニオンはかなり大きい規模を誇り、その中でも東京本部は、日本はもちろん世界でも最大級の規模を誇る。


 さて、五人が待機しているのは、その東京本部の客室。その中でも最上級のゲストに通される、いわゆるVIPルームだ。世界有数の規模を誇る、東京本部の、VIPルームである。


 それだけで、今彼等の置かれた事態がどのようなものか把握出来るものである。


「でも……驚きました。まさか栗子さんも同じ夢を見てたなんて」


「ほんとねぇ〜〜」


 朱音の言葉に、ゆったりした口調で栗子が答える。藤田栗子という人は、よほどなことがない限り、そのおっとりしたペースを崩さない。叔母のそんなところは、蒼澄も素直に尊敬していた。


(もっとも、叔母さんは事情をある程度把握してるんだろうな)


 蒼澄が栗子を見つめる。藤田栗子は、その時点でヒーローではなかったものの、ヒーローと関わりの深い立場にいる人物だった。


 なにせ、栗子はこのH.U.ヒーローズユニオン東京本部の職員であるのだ。それがゆえに事情をある程度把握することが出来、その分だけ他に比べれば落ち着いている部分があるのだろうと蒼澄は思っていた。


「栗子叔母さん、実際のところ朱音ちゃん達に何が起こってるの?」


 なので、蒼澄はそのことをストレートに聞いてみることにした。


「一応ある程度は把握してるけどぉ……多分、私からじゃなくて然るべき人から話を聞いた方が良いと思う」


「然るべき人……?」


 蒼澄がいぶかしむと、部屋のドアからノックの音がした。栗子が、どうぞ、と返事をする。


「やぁ、皆集まってくれているね。ありがとう」


 部屋に入ってきたのは、蒼澄の父、藤田小五郎だった。


「小五郎さん! あの、これは一体……?」


「一体アタシ達に何があったンですか!?」


「ごめんね、朱音ちゃん。ごめんね、皆。本当はすぐにでも事情を話たいとこなんだが……もう一手間かけてもらっても良いかな?」


 朱音達の懊悩おうのうを受け止めつつも、小五郎はその場で詳しい話をしなかった。表面上は落ち着いてはいるが、どこか浮足立っている様子が蒼澄には分かる。伊達に親子ではない。


「父さん、その話、僕も聞いて良いものなの?」


 蒼澄が小五郎に問う。朱音達のことが心配でここまで来たが、これ以上踏み込んで良い話なのかは彼自身確認しておきたかった。


「問題ない、むしろいてくれ。確かにお前と直接関わりのない話なのだが、いくらなんでも当事者達と関わりが深い。このまま何も知らずに過ごせという方が無理な話だ」 


 小五郎が神妙に答える。冷静に考えて、幼馴染、親友、叔母、義妹が関わっているのだ、蚊帳かやの外にいろというのは難しいのも当然である。


「質問はこれ以上なさそうかな? それじゃ、案内するから着いてきてくれ」


 その場に座っていた全員が静かに立ち上がる。朱音も、ルカも、リコも、栗子も、誰もかれもが落ち着かない様子に見える。そして、それは、蒼澄自身もそうだ。


 もしかして、自分は、正義の世紀ジャスティスセンチュリーの世界を揺るがす重大な出来事に関わっているのではないか? そんな想いが蒼澄の脳内を巡る。そして、その考えは、一寸の違いもなく完全に正しかったとすぐに思い知るはめになった。


 小五郎を先導にして連れられた場所にいたのは、一人の青年と、一人の老婆。他にも蒼澄の義母であるノザーテや大和家の両親もいたが、先にあげた二人の存在感はやたらと際立っていた。ノザーテも、朱音の両親も、明らかにその雰囲気は緊張が支配している。


「初めまして、この日本におけるH.U.ヒーローズユニオンを預かっている。白原眞一郎しらはらしんいちろうと申します。〈ブレード=ゼロ〉の方が聞き覚えありますかね?」


 ダークブラウンのプレジデントデスクの向こうで、革製の高級椅子に座っている青年が、部屋に入ってきた蒼澄達に微笑みながら声をかける。


「嘘……でしょ……」


「おいおいおい、マジかよ……」


 朱音とルカが驚愕に目を開く、ルカも栗子も萎縮していた。もちろん、蒼澄も平静を保てなかった。


「はは、緊張しないでも大丈夫ですよ」


 青年は笑いかけるが、無理な話であろう。何せ、この青年こと白原眞一郎、ヒーローとしての名はブレード=ゼロ、H.U.ヒーローズユニオン東京、及び、日本のH.U.ヒーローズユニオンを統べる総帥そうすいの立場にいる人物だ。


 つまるところ、ヒーローが中心となった正義の世紀ジャスティスセンチュリーにあって、ヒーローの中のヒーローとも言って良い存在だった。雲の上にいる人と言い換えても良い。


「総帥、緊張するなというのは流石に無理がこざいませんか……」


 そんな蒼澄達の様子に気を使ってか、小五郎が白原に口を挟む。言葉こそ相手を立てたものになっているが、語調が軽い。二人の仲に親しいものが築かれていることが伝わるものだった。


(父さん……本当に凄いヒーローなんだな)


 蒼澄は、父の偉大さをを改めて感じた。今までが感じてなかった訳ではなかったのだが。


「むう……そんなものですかねぇ」


「お気持ちは察しますがね……総帥、なにはともあれ本題に」


「ああ、そうですね。では、マルーゼさん、よろしくお願い出来ますか?」


 そう言った白原が、隣に控えていた老婆こと、マルーゼに目を配らせる。とても穏やかで品のある女性だった。彼女はうなずいた後にゆっくり立ち上がると、静かに朱音達へ近づく。


「ああ、確かに良く似てるわぁ」


 嬉しそうに、懐かしそうに、マルーゼが呟く。


「ごめんなさい、あなたたちが受け取った宝石を、見せて頂いてもよろしいかしら?」


 ゆっくりと、優しくマルーゼが問いかける。マルーゼという女性に何かを感じていたのか、呆けたように彼女を見つめていた朱音達だったが、その言葉を耳に入れた途端、弾かれたように慌てて宝石を取り出した。


 マルーゼが、吸い込まれるように朱音達の手に収まっている宝石を見つめた。ややあって、彼女の瞳から一粒の涙がこぼれ落ちる。


「ああ……間違いありません。この宝石は、間違いなく、ティアエレメンタルの証です」


 マルーゼが、静かに語る。


「…………え?」


「…………は?」


「…………??」


 時が止まったかのように、朱音、ルカ、リコの動きが止まる。栗子だけは、その言葉を覚悟していたかのように、決意に満ちた瞳で手元の宝石を見つめていた。


「よく聞いてね、あなた達は、選ばれたの。この世界を救ってくれた伝説のヒーロー、ティアエレメンタルを継ぐ者として、あなた達が」


 マルーゼが、朱音の手を取り、握りしめる。朱音は、もはや完全に脳の処理がオーバーフローしたようで、ただただ唖然とした表情でなすがままにされているだけだった。


 蒼澄もまた、事態を全く飲み込めず、所在なさげに視線の先を父である小五郎に向けた。小五郎は、峻厳しゅんげんな顔つきで、事の成り行きを見守っているだけだった。

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