【3】



 グレイテスト7セブン


 それは、かつて混沌の世紀カオティックセンチュリーを終わらせる際に大きな貢献をした、偉大なヒーロー達の名前だ。


 そのグレイテスト7の一つに刻まれているヒーローの名に、〈ティアエレメンタル〉がある。


 四名の女性で構成されたチームのヒーローであり、それぞれが、【炎】【水】【風】【地】の力を操ったとされる。


 彼女達における最大の功績は、混沌の世紀カオティックセンチュリーの時代で特に大きな勢力を誇った〈ムドー大魔帝国〉の首魁しゅかい、〈ムドーⅣ世〉の討伐だろう。


 かつて、ムドーⅣ世率いるムドー大魔帝国は様々な世界を渡り、征服していった。その途上において従わない世界があった場合、例外なくその全てを滅ぼしていったのである。


 しかし、滅ぼされた世界の悲しみが涙となり、その涙が奇跡の力を呼ぶことになった。


 それこそが、ティアエレメンタル。


 世界の涙を、輝きに変えて戦いぬいたヒーローである。


 かつての彼女達は、ムドー大魔帝国と激しい戦いを繰り広げた地球世界と合流。共同戦線を張ることになった。そして、その末に、ムドーⅣ世を討伐するという大金星を上げたのである。


 しかし、その代償は大きかった。ムドーⅣ世との死闘の末に当時のティアエレメンタルは全ての力を使い果たすことになる。ティアエレメンタルは輝きを失い、ヒーローとしての彼女達は一旦、消滅の憂き目にあうのであった。


 メンバーであった者達も時代が流れるにつれ、一人、また一人といなくなり、ついには誰も残らなくなった。


 現在の正義の世紀ジャスティスセンチュリーに残ったのは、かつての彼女達を献身的に支えたパートナー、マルーゼ=スキンを残すのみになったのである。


「そのティアエレメンタルを継ぐものが……私達?」


 朱音の言葉に、マルーゼが静かにうなずく。


「ちょっと待ってくれ……なンでアタシ達が?」


「それは、私にも分からないの……かつての彼女達も、エレメンタルの意思によって導かれたとしか言えなかったみたいだから……」


 マルーゼが目を伏せてルカの疑問に答える。


「でも、間違いなくあなた達は選ばれた。それだけは間違いないのよ、だってその手にある輝きは私が良く知ってる彼女達の持ってた輝きと同じだったから。間違えるはずがない、間違えるものですか」


 マルーゼの言葉は力強く、どこか寂しい。きっと、未来への希望と過去への郷愁きょうしゅうが織り混ざった、簡単にはときほぐせない感情が乗っていたのだ。


「あなた達に、こんなことをいうのは間違っているのかもしれない……でも、どうか、ティアエレメンタルの力を受け継いで下さい。それに選ばれたということは、世界がまた、かつての彼女達のような輝きを欲しているということに違いないの」


 真摯に、どこまでも真摯にマルーゼが頼み込む。朱音達四人は、それを厳粛に受け止めているようだった。いや、彼女達だけでない。蒼澄ですら、マルーゼの言葉を一言一句、心の奥で受け止めていた。


「……何故、ティアエレメンタルの力が復活を果たせたのかは、まだ解明出来ていません」


 事の次第を静かに見守っていた白原が、重々しく口を開く。


「ですが、グレイテスト7の名は偉大だ。その一つが復活したというだけで、世界中の人々の心に希望を与える」


 白原が、荘厳に台詞を紡ぐ。その重厚さは、蒼澄にさえ、腹にズシリと重いものを与えた。朱音達はとれほどの重みを受け取ったのだろうか。


「もちろん、選択は自由です。今日のことに目を瞑り、忘れてしまうことも出来ます。ですが……」


「やります」


 白原の言葉を真っ先にさえぎったのは、朱音だった。


「やります。やらせて下さい、私に、いえ、私達に受け継がせて下さい。ティアエレメンタルを、伝説のヒーロー達の力を、その使命を、その覚悟を」


 朱音の瞳は、決意の炎をひそやかに宿していた。朱音だけじゃない、ルカも、リコも、栗子も、皆が皆、怖じ気づいた様子が一切ない。答えは明白だった。


 ヒーローには大きな覚悟が絶対に必要だ。誰かの命を背負い切れる覚悟がない者に、ヒーローは絶対に務まらない。


 彼女達をティアエレメンタルに選んだ何者かの意志は、間違っていなかったのだ。


(すごい……すごい!)


 蒼澄は泣き出しそうなほどに、心が揺れ動かされた。いや、実際に涙は流れていたのかもしれない。だが、そんなことはどうでも良かった。今この瞬間の彼女達を、余すことなく心に残すために余計なことは考えようとしなかった。


 誰かの泣く声が聞こえる。マルーゼ、大和家の両親、ノザーテ、皆、泣いていた。きっと、蒼澄と同じように、彼女達の輝きに涙を流したのだ。小五郎と白原だけは、涙でなく笑顔で彼女達を見守っていた。


「では、ここに、ティアエレメンタルが復活をしたことを認めます。以降、ヒーローとして、その名に恥じぬ活躍を期待しています」


「「「「はい!!」」」」


 白原の宣言に、朱音達が凛々しい声を返す。ここに、正義の世紀ジャスティスセンチュリーの世界に伝説のヒーローの名を継ぐ、新たなヒーローが誕生した。


 その瞬間を、蒼澄は一刻だって忘れたことはない。それほど彼にとってこの記憶は大事なものなのだ。誇りとすら、彼には言えるだろう。


 だが、まさか、予想など出来るはずなかった。


 この時、この瞬間こそ、自分が人ならざる者に、人のみちに外れる者へとなってしまう遠因であるなどと……当時の蒼澄が、分かるはずもなかったのである。


 藤田蒼澄という男を構成する大切な何かだと信じていたものは、寄せる波によって簡単に崩れ去る砂の城だった。彼がそのことを思い知るのは、もう間もなくの話である。



△△△



 藤田蒼澄の夢は、【立派なヒーローになりたい】であった。


 男の子であれば、誰もが持ってもおかしくない夢だ。それがヒーローが中心の世界、正義の世紀ジャスティスセンチュリーならなおさらだ。


 蒼澄という男は、短いながらも複雑な人生を歩んでいる。


 まず、父のことだ。父は日本における最高級のヒーローの一人、サムライマスクである。もうその時点で、蒼澄へ向けられる視線は色々の思惑が絡み合う複雑なものになった。


 だが、彼はそんなことは知らぬとばかりに真っ直ぐだった。それは、誰よりも尊敬出来るヒーローである父の影響もあり、同じく誰よりも尊敬していた生みの母親、藤田みのるの影響もあった。


 この藤田みのるもまた、父に劣らぬほどの最高峰のヒーローであった。ヒーローとしての名は、〈神明剣士しんめいけんし 稲妻いなづま〉。蒼澄の両親は、二人揃ってヒーローの中のヒーローだった。この二人の影響を、歪むことなく真っ直ぐに受けれたのは幸運であったろう。


 だが、そんな蒼澄に悲劇が襲う。彼が幼少のおり、母の穗が戦死。あまりにも早すぎる死だった。


 藤田蒼澄も、その父小五郎も、悲しみに明け暮れた。誰よりも敬愛していた母の死は、当時の蒼澄に深い影を落としたのは違いない。


 だが、幸運だったのは、そんな彼等を支えてくれる心強い存在がいたことだ。


 特に、大和家の影響は大きいだろう。


 穗の大親友であった大和滝音は、家族ぐるみで、遺された小五郎と蒼澄を献身的に支えた。自らも深い悲しみがあったであろうにも関わらず、親友の忘れ形見を守り続けたのだ。大和家と藤田家が隣同士になっているのもこのことがあってからだ。後になっても蒼澄と小五郎はこの時にもらった恩義を忘れないようにしている。


 さて、そうして大和家の世話になった蒼澄は、ここで運命的な出会いを果たす。幼馴染となる大和朱音だ。


 大和朱音の夢もまた、【立派なヒーローになりたい】だった。


 大和朱音の両親は、ヒーローでこそなかったものの、ヒーローとの関わりが深い人物だった。両親ともにH.U.ヒーローズユニオンに務めているからである。


 特に、母である滝音の影響は朱音にとって大きかった。


 滝音の仕事は、簡単に言えばヒーローのプロデューサーである。


 この世界におけるヒーローの存在意義は、ずばり、【治安維持】である。


 だが、様々な大人の事情(主に金)によってそれだけに従事するヒーローは少なかった。皆無と言っても良い。大体は何某なにがしかの稼ぐ手段を他に持っているヒーローがほとんどだ。


 だが、自分一人だけで治安維持活動をしながら稼ぐ手段を見つけるというのは、出来なくもないが難しかった。だからこそ、それをサポートする存在が必要であった。ヒーローが治安維持活動に安心して動けるように、ヒーローをサポートしてプロデュースする役割の人物が求められたのだ。


 朱音の母、滝音もまたそんな人物の一人だった。彼女は若いながらもかなりの敏腕であり、たくさんのヒーローが彼女のプロデュースを受けて正義の世紀ジャスティスセンチュリー下の日本で名を馳せていった。何を隠そう、蒼澄の母の穗も滝音のプロデュースを受けたヒーローであったのだ。


 そんな母の影響で、幼いころより朱音は様々なヒーローと触れあう機会があった。やがて、朱音は母のようなプロデューサーにではなく、母が見届けてきたヒーローの方に興味を持つようになる。そうやって、幼き日の朱音は自身の夢を固めていくことになった。


 そして、同じ夢を持つ蒼澄と出会ったのである。


 再度言うが、間違いなく運命的な出会いだった。


 蒼澄と朱音は自然と仲良くなり、切磋琢磨していった。勉学も、運動も、習い事も、何もかも、【立派なヒーローになる】という共通の夢の下に、絶え間ない努力を二人は重ねていった。


 二人は幼馴染であり、親友であり、同士だった。


 どんなに辛いことがあっても、苦しいことがあっても、同じ夢で繋がれた強い絆で二人は乗り越えてきた。蒼澄と朱音は、そんな間柄なのだ。その夢は、二人を強固に結ぶものであると同時に、藤田蒼澄と大和朱音という人物を形成するに欠かせないものであったのだ。


 だが、それはもう、過去の話だ。


 今でも蒼澄と朱音の絆は分かち難いものがある。お互いにとって、お互いが大事な存在なのは間違いない。


 しかし、しかしだ、二人を強固に繋いでいたのは、【立派なヒーローになる】という全く同じに抱いていた夢だったのだ。


 その夢に進んでいるのは、今、朱音だけだった。


 蒼澄は、あることを切っ掛けに、その夢を綺麗さっぱりに捨てることになったのである。

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