【4】



『あおとくんも、りっぱなヒーローになりたいの!?』


『うん!!』


 幼少の時、かつて朱音と交わした会話を蒼澄は思い出していた。


 今も昔も朱音は誰よりも優しい子だ。幼いながらも蒼澄の事情を汲み、気づかい、暇さえあれば遊んでくれたのを蒼澄はよく覚えていた。おかげで、母を失った寂しさを紛らわせることが出来たのだ。


『あたしも! あたしも! すごいヒーローになりたいの!』


『ほんとに!? あかねちゃんといっしょだ!!』


 今よりもずっと子供で、ずっと素直だった、蒼澄と朱音。同じ夢を持ってくれていたことが嬉しくて、蒼澄は子供心ながらに胸が熱くなった覚えがある。きっと、朱音も同じ気持ちでいてくれたのだろうと今でも彼は確信している。


『ねぇねぇ! いっしょに! いっしょにヒーローになろう!!』


『うん! あかねちゃんといっしょに! りっぱなヒーローになる!』


 幼き日に交わした約束。少なくとも蒼澄にとっては本当に大事な宝物だった。母を亡くし、父も蒼澄も悲しさで押し潰されそうになる中で、蒼澄を救ってくれた記憶といっても良い。蒼澄にとって、朱音とは大事な幼馴染であり、ある意味で幼馴染以上の存在だった。


(まぁ、先を越されちゃったんだけどね)


 そんな在りし日の記憶に想いをはせながら、心中で蒼澄が相好そうこうを崩す。

 

 場所は、再び日本H.U.ヒーローズユニオン東京本部、そのVIP室だ。部屋には朱音、ルカ、リコ、栗子の四人に加え蒼澄がいる。蒼澄もそれなりに緊張していたが、それ以上に四人が緊張していることを肌で感じてしまえた。


(無理もない話だよなぁ……日本の、いやもしかしたら世界の人々が注目するセレモニーの中心に立つんだもの)


 蒼澄の憂慮ゆうりょは、至極しごくもっともだ。


 その日、H.U.ヒーローズユニオンが主催となり、ティアエレメンタルの復活を大々的に告知するセレモニーが行われる運びとなったのだ。当然、主役となるのは朱音達四人である。


 さて、白原の宣言の下、朱音達がティアエレメンタルの名を継ぐことになってから、もうあり得ないほどに目まぐるしく色々なことが動いた。


 ティアエレメンタルの復活は、またたく間に大ニュースとして各メディアを通して拡散され、世界中を沸かせた。ティアエレメンタルが持つ威名にくわえ、その名を継いだ四名の女性が見目麗しいことも相まって、またたく間にありとあらゆる人々の注目を集めることになった。朱音達の名はすぐさま人々の記憶に刻まれることになる。


 連日連夜メディア関連の人物がおとずれては、滝音を中心としたH.U.ヒーローズユニオンの人間がさばいていく。この手のことを生業なりわいにしているとはいえ、限界を越えた業務量から滝音は明らかに疲れていそうであった。というより、滝音に限らずH.U.ヒーローズユニオン全体が限界以上にティアエレメンタル関連のことで動いていた。


 朱音達は、スターダムへの道を、シンデレラも真っ青な勢いで爆走していく。扱いは完全に国民的アイドル。いや、ある意味でそれ以上だ。滝音いわく、これからは広告塔のような仕事もやってもらうことになるとのことなので、そういう意味でもアイドルだ。


 ヒーローになるための各種手続きも、急ピッチで行われた。普通は様々な手続きがあり、それなりに複雑なプロセスを経てからヒーローとして認められることになる。だが、今回に至ってはもうそんなことは言ってられないとばかりに即効で朱音達はヒーローと認められた。


 ヒーローとしての認可を下すのは、国だ。国ですら特別措置をとるほどにこの事態を重視していた。ヒーローとしての身分証明書であるH-Naviヒーローズナビも、わざわざ国の高官が直接朱音達に手渡ししたほどだ。


 朱音達の進路にも大きな影響があった。特に、中学卒業からの高校進学を控えていた朱音とルカは、様々な学校法人からのオファーが殺到した。


 最終的に二人は国立東雄高等学校のヒーロー科に進学を決める。余談だが、学校側から筆記試験はしなくても良いという申し出があったが、朱音とルカは拒否。試験をキチンと受けた上で入学することにした。なお、国立東雄高等学校の偏差値は70を越える。つまりは難関校であり、そこにキチンと試験を受けた上でパスするあたり二人の成績優秀さと意地がうかがえる話であった。


 まぁ、とにもかくにも、朱音達を中心として色々なことが激変に激変を重ねて息つく暇もないほど。朱音達には、毎日毎日何かのスケジュールが入っていたゆえに多忙を極め、時には蒼澄も手伝いに駆り出されることだってあった。


 セレモニーが行われるその日もまた、そんな朱音達をサポートするために蒼澄が呼ばれた。あまりの忙しさに大和家も藤田家も人手が足りず、当然のように蒼澄も使われることになった。


 誰も彼もが、この良き日を最高に盛り上げようと必死に努力していた。そんな熱い想いを全身で受け止めたのか、H.U.ヒーローズユニオン東京本部のVIP室に控えている当事者達は身体のこわばりを隠せないようだ。


「…………」


 蒼澄が四人を黙って見つめる。誰も、何も、喋らない、いや、喋れないのかもしれない。栗子ですら、表面上は笑顔だが明らかにまとう空気がいつもと違うことを蒼澄は感じていた。


(さて……このまま何も言わないで見守ってても良いんだけど……)


 蒼澄は考える、自分がここにいる意味を。


 きっと、誰もが皆、彼女達の側にいてあげたいのだ。だが、彼女達の近しい者達は全員セレモニー成功のために身を砕いている最中である。


 大和家の両親はH.U.ヒーローズユニオンの職員として右に左に奔走ほんそうして、運営に当たっている。藤田小五郎はヴィランへの襲撃に備え警護に当たっていたし、ノザーテは異世界出身の元王族という立場を利用して、様々な別世界からの来賓らいひんに対応していた。


 ありとあらゆる人々が、ティアエレメンタルというヒーローを盛り立てるために動いている。そんな中、蒼澄だけが、彼女達の側にいることを許されたのだ。


 だというのに、何もせずに黙って見守っていることが正しいのか?


(まあ、それはないよね)


 藤田蒼澄という男は、そう思わなかった。


「あのさ、皆」


 蒼澄がゆっくりと口を開く。四人の視線が蒼澄に集まってくる。


「正直、僕、皆の気持ちが分かる……なんて言えない。皆の背負っているものを考えたら、軽々しくそんなこと言えない」


 皆が欲しいであろう言葉を、必死に、必死に蒼澄は考える。頭をフル回転して、慎重に言葉を取捨選択して、台詞を作っていく。藤田蒼澄という男は、本当に思慮深い。


「けど、僕、見てるから。皆のこと、見てるから」


 そして、わずかな時間の中で、選びぬいた言葉がこれだ。


「ずっと、皆のこと見てるから。皆が苦しそうだと感じたら、何があっても飛びついて助けに行く。皆が倒れそうになったら、側にいって支える。僕に出来ることなんて、たかが知れてる。だからこそ、絶対に、見てるよ。一分一秒も見逃さずに、皆のこと」


 蒼澄の一途な言葉を四人は静かに耳を傾けていた。その表情がどこか柔らかくなったように、蒼澄は感じた。


「僕は、ティアエレメンタルというヒーローを受け継いだ皆を、誰よりも尊敬する。そして、そんな皆の近くにいれることを、誰よりも誇りに思う」


 蒼澄が言い終わると同時に、四人が一斉に立ち上がり蒼澄に飛びつく。


「蒼ちゃん! 蒼ちゃん! お姉ちゃん嬉しい! 嬉しいよぉ!! 蒼ちゃんがこんなにカッコいい子になってくれるなんて!!」


 その豊満なバストに蒼澄の顔を埋めるように栗子が力強い抱擁を行う。多感な青少年である蒼澄にとって、恥ずかしいことこの上ない行為だが今回は黙って受け入れた。


「お兄ちゃん……ありがとう……お兄ちゃん、いつも優しい……大好き」


 今度はリコが蒼澄の片腕を取り、目一杯抱きしめた。彼女が満面の笑みを浮かべている。口数少なく、感情をあらわにすることが滅多にないリコにしては珍しい。蒼澄は、自分の言葉が間違っていなかったことを確信する。


「蒼澄、アタシの愛しい人……やっぱり、アタシにはお前が必要だ。改めてそう思っちまッたよ」


 ルカは蒼澄の手を取り、それを自らの唇に近づけ、触れさせた。なんとも様になった姿だ。蒼澄は蒼澄で、ルカ=ホリィという女性を心の底からかっこ良いと改めてそう思ってしまった。


「蒼澄……」


 朱音が近づいてくる。その目は、真っ直ぐに蒼澄を見つめていた。


「蒼澄……ありがとう。蒼澄はいつも、私の欲しい言葉をくれるね」


「……そうかな?」


「そうよ、だって小さい頃、『いっしょにりっぱなヒーローになる』って言ってくれたじゃない」


 ああ、やっぱり、あの記憶は朱音にとっても大事なものであったのだ。そんなことを思うと、蒼澄の胸に熱いものがこみ上げてくる。


「それだけじゃない、蒼澄はいつだって私の側にいてくれて、私と一緒にいてくれた。本当にありがとう」


「朱音ちゃん……」


「見ててね、蒼澄、私達の姿を」


「うん。絶対に最後まで見届けるよ」


「絶対の絶対よ」


「うん、絶対の絶対だ」


 朱音が、両手で蒼澄の頬に触れる。お互いに吐息が届くような距離で、二人は見つめあっている。


「行ってくるね、蒼澄」


「行ってらっしゃい、朱音ちゃん」


 そう言って微笑みを交わし、二人の距離が離れる。


「皆、行きましょう!」


 朱音の言葉に、残りの三人は力強くうなずく。その時、セレモニー開始の時間が、もう間もなくというところまで迫っていた。


 やがて、セレモニーが始まる。


 多くの人が、伝説のヒーローの復活に歓喜していた。一度でも彼女達の姿を見ようと、色んな人がセレモニーに注目し、動向を見守っていた。


 最初のプログラム、ティアエレメンタルのスピーチが始まる。H.U.ヒーローズユニオンが特設した壇上に、ティアエレメンタルの四人が上がった。膨大な数が設置された歓喜席は、その全てが埋め尽くされていた。


『皆さま、この度、ティアエレメンタルの名を受け継ぐことになった者の一人、大和朱音……ティアフランムと申します』


 姿を見せた朱音、ティアフランムが、四人を代表して粛々しゅくしゅくと言葉を述べる。


『私達が、伝説のヒーローの名を受け継ぐあたり、様々な人達の助けがありました。まずはそのことに感謝致します』


 厳正に、泰然と、朱音が言葉を連ねていく。誰も彼もが、彼女の言葉に耳を奪われていた。


『そして、私達が生まれたことを祝福してくれている、全ての皆様に、多大な感謝を申し上げます。この祝福こそが、ティアエレメンタルが再び生を受けた理由であると私達は考えています。私達は、私達を祝福してくれたこの世界を、この世界に生きる皆様を守りたい。だから、戦います、戦い抜きます。先代のティアエレメンタルの想いを継いで、戦い抜いて見せます。だから、皆様、どうか私達の姿を最期まで見守って下さい……よろしくお願いします!!』


 朱音のスピーチが終わった時、割れんばかりの拍手が辺りを包み込んだ。


 当然のようにその光景を見ていた蒼澄も、力一杯の拍手を叩く。知らず知らずに、彼の瞳から涙がこぼれた。


(ああ、なんて幸せなんだろう)


 そう、彼は間違いなく歓喜に包まれていた。


(こんな景色を間近で見れるなんて、僕はなんて)


 幸せ者なんだろう。



 ああ、だけど、


 お前の居場所は、


 



「…………え?」


 蒼澄が辺りを見回す。周りには、彼と同じように感動の拍手を鳴らす人々がいるだけだった。



 残念だが、


 お前の居場所は、


 そこにはない、


 そこは、光り輝く者達が立てる場所だぞ?


 お前の場所じゃない。



(幻聴? なんだこれ?)


 聞き間違いか、あるいは、自分にも疲れがたまっていたのか……蒼澄は、脳裏に響くその言葉に戸惑いを覚えてしまった。



 お前はな、


 お前は、


 結局……。



(なんなんだよ、なんなんだよ、これ)


 下らないと、気のせいだと吐き捨てることも出来た。なのに、蒼澄は、虚空より流れ出づるその言葉を無視できなかった。無視をしようという思いも湧かなかった。



 ――お前はな、正義ヒーローじゃないんだ。


 

 その言葉を最後に、それは聞こえなくなった。だが、それを切っ掛けに、蒼澄の中の大事なものが崩れ去っていった。


 この時をもって、蒼澄の中の夢は消えた。


 【立派なヒーローになりたい】、という大事な大事なはずだった夢が。


 光り輝く宝物だと思っていたそれが、ただの鈍い鉛玉に変わっていく。あまりにも唐突で、あっさりし過ぎてて、自分でも分からぬままに、蒼澄は不気味に口角を上げていた。


 あまりにもおかしくて、狂ったように笑いたくなる衝動を必死に抑えながら、蒼澄は、朱音達の勇姿をしっかりと見届け続けていた。

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