第二話

厳格なるW/ひたむきな君と

【1】



 藤田リコ。旧姓はカッシーモ、つまり、リコ=カッシーモ。


 異世界たる〈トレッセルーン〉出身の異世界人であり、藤田蒼澄の義妹である。


 トレッセルーンに生きる人達は、知識欲が旺盛で、頭脳明晰な傾向にある。


 だが、リコはその中でも殊更ことさらにずば抜けて知能が高い。正義の世紀ジャスティスセンチュリーの世界でなら、やろうと思えば飛び級で大学院卒業まで可能とされるほどだ。


 そしてその上、容姿端麗。誰もが振り向くクールビューティーでありながら、どこか親しみやすさも感じさせる。彼女が一つはにかめば、周りの男どもは比喩でも何でもなく心を奪われること請け合いだった。というか、義兄の蒼澄が常々そう言っていた。


 とは言えだ、天は二物を与えず、という言葉がある。


 残念ながら、リコという少女には、割と致命的なレベルでの欠点がある。それも複数。


「えと……これは、どうしたの?」


 場所は藤田家の台所。蒼澄が、ぷるぷると震えながら小さな涙を浮かべているリコの様子を、ほんの少し困った表情でうかがっている。


 まぁ、色々聞きたくもなる。何せ、その台所の様子が悲惨極まる状況だったからだ。


 至るところに黒い炭のようなものが散乱。調理器具が雑多にひっくり返り、床ですら何か良く分からないべたつく物体で汚れていた。

 

 何が起きたらこうなるのだ。


 かわいた笑みを浮かべる蒼澄。対するリコは、まなじりに涙を浮かべ、しゅんとしたまま言葉を発しなかった。


(あー、答えられないかぁ)


 蒼澄が内心で判断する。リコが自身で言葉をひねり出してくれるのは難しそうだ。


 藤田リコの欠点、その一。平たく言えばコミュ症である。


 リコはとにもかくにも自分の思いを言葉に出すのが苦手なのである。口数が少なく、だいたいは無言でいる。喋っても一言、二言で終わり、ということも珍しくない。


 そして、このように、何か変事が起きた際にはその口数はさらに減る。その時には、もはや“無”だ。


「ふぅむ」


 ちらりと視線を動かし、蒼澄は周囲の様子を観察する。まぁ、台所にいる時点で何をしようとしてたのかはだいたい察するのだが。


「料理をしてたの?」


 こくん。


 小さく、リコがうなずく。


(ふむふむ)


 蒼澄がさらに観察を続ける。こうなった時のリコの対処法は心得ている。こちらからコミュニケーションを取って、リコから反応を引き出せば良いのだ。伊達に仲の良い義兄はやっていない。


(材料は……おからパウダー、バター、オリゴ糖、クルミ、プルーン)


 ずいぶんと身体に良いものばかりだ。低脂質でありながら、タンパク質に、食物繊維、ビタミンが効率よく摂取出来るだろう。


「あれかな、おからクッキー作ろうとしてた?」


 こくんと、また小さくうなずく。


「頑張って自分で作ろうとしてた?」


 こくん。


「でも失敗した?」


 …………こくん。


 なるほど、ここまでは予想通り。何となく観察すれば分からなくもないことだ。


 だが、ここで終わらせないのが、良き義兄である。


 きっと今、リコは落ち込んでいる。そこをキチンとフォローしてこその自分なのだと、蒼澄は使命感を奮い立たせる。藤田蒼澄という男、リコに対しては謎に父性が働くきらいがあるのだ。


「身体に良いものを作りたかった?」


 こくん。


「ヒーローになったから、身体の線を太くするものを作りたかった?」


 こくん。


「でも、義母さんの手をわずらわせるのは悪いから自分で作ろうとした?」


 ……こくん。


 ああ! ああっ! なんていじらしい義妹なんだろうかっ!!


 蒼澄は、思わずぎゅっと抱きしめてやりたい衝動に駆られた。とてもとても愛らしい義妹を、果たして、このまま沈んだままにして良いのか。否である。蒼澄は強く強く決意した。


 腕をまくる。さて、エプロンはどこだったか。いや、先に片付けか。蒼澄が、頭の中でやることの優先順位を並べ始める。


「おにいちゃん?」


 そこで初めて、リコが口を開いた。どこか不安そうだ。


「大丈夫だよ、リコ。おからクッキーだろ? 一緒に作ろう?」


「え……でも……」


「僕の手間は考えなくて良いよ。それに、教えながらやるから、それでキチンと覚えてくれれば良いからさ」


「そんな……」


「大丈夫。失敗したって、何も問題ないよ。いつか成功すれば良いじゃない。ちゃんと、僕が手伝ってあげるからさ」


 蒼澄の言葉に、リコが小さく微笑みを返す。だが、蒼澄には分かる。リコは、今めちゃくちゃ喜んでいる。犬のしっぽがあればもうそれはブルんブルンと回していることだろう。


「おにいちゃん……ありがとう、大好き」


「僕も、リコのこと大好きだぞー」


 蒼澄は、エプロンを着け、ぱっぱと周りを片付けている。その様子を見れば、彼の言葉は情愛ラブではなくて家族愛ライクであるということが、何とはなしに感じられる。


「……むぅ」


 ただ、対するリコの方はどうなのか。つい先ほどまでは明らかに喜色の空気をかもしだしていたのに、今は小さなむくれ顔を作っている。色々と察することが出来ようものだ。もっとも、その表情は蒼澄に気づかれていないようだったが。


 さて、ここまでを見れば分かるが、改めて。


 藤田リコの欠点、その二。不器用、しかも度を越した。


 とにもかくにもありとあらゆる手先を使った作業が苦手。絵画、工作、裁縫、料理……もう何かを作らせて創らせようとする度、失敗に失敗を重ねたものが返ってくる。


 頑張って改善しようとしても、その度に打ちひしがれる。それを、比較的器用な蒼澄がフォローに回る。ノザーテとリコが来てからの藤田家ではわりと良く見られる光景だった。


 実際、一度挑戦して見事に失敗したおからクッキーも、蒼澄がフォローに回った途端、大変に美味しいものが出来上がった。後でこれらを食べてみたノザーテと小五郎からも大好評であったのだ。小五郎に至っては泣いて喜んでいた。


 藤田リコという少女は、誰にも届かないような特出した長所がある代わりに、それをかき消しかねない欠点も持ち合わせている。何とも極端なところがあるのだ。


 んで、そのリコの欠点だが……実はもう一つある。


 そして今回、それが、彼女にとって大変な試練を与えることになるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る