【3】
その幕開けを告げた勢力は、主に三つ。
異世界からの征服者、〈ムドー大魔帝国〉。
宇宙からの来訪者、〈クトゥララ人〉。
悪の秘密結社、〈クロノス=ウィル〉。
上記の勢力は優れた技術と組織力を持っていたこともあり、またたく間に地球世界にあった既存の秩序を消滅の危機に追いやった。
最終的には、ヒーロー達の活躍により、〈ムドー大魔帝国〉は瓦解、〈クトゥララ人〉とは和平、〈クロノス=ウィル〉は消滅、という結末を迎える。最大勢力であった彼等との戦いが終わったことにより、
だが、彼等の存在が完全になくなったのかと言われると、そんなことはない。
現在、
「あーはっはっはっはっ!! ドンドン吸い取ってあげるわあなた達のコンプレックスを!!」
今まさに街中で暴れ散らかしているヴィラン組織、〈コンプレックス・コンキスター〉もその一つだ。
「
セクシーでありながら妙にトゲトゲしい装飾がされたボンテージに身を包んだ女性が高笑いをしながら叫ぶ。周りには、彼女の部下と思われるこれまたトゲトゲしい漆黒のスーツを着た者達が囲んでいた。
彼女の名前はシュラバーネ。コンプレックス・コンキスターの幹部である。ちなみに、彼女を守るように囲っている者達の名がアクカンジョー、同組織の一般兵士である。戦闘員といったほうが通じが良いかもしれない。
「うああ……あいつが憎い」
「どうして……どうして……彼は……私を選んでくれなかったの?」
「あいつがっ! あいつさえいなければ!」
負の感情をさらけ出しながら、人々が道にうずくまっている。その感情を言葉をむき出しにすればするほど、黒いもやのようなものが人々から滲み出て、シュラバーネが掲げている漆黒のクリスタルが
「吐き出しなさい! コンプレックスを! 汚らしい感情を! それが私達のエネルギーとなる! お前達から抽出したエネルギーは、ムドー大魔帝国復活の
そう、彼女達コンプレックス・コンキスターはムドー大魔帝国の残党、その一派である。かつての大帝国復活を夢見て、世界各地で活動を行っているのだ。
「うう……!」
「ああ……!」
「はがぁ……!」
人々が黒いもやに包まれれば包まれるほど、ジェラシークリスタルの鈍い輝きが増せば増すほど、周囲から聞こえる
「さぁ! もっと! もっとよ!」
シュラバーネがさらに天高くジェラシークリスタルを掲げる。彼女達の蛮行を止められる者はいないのか。
「――そこまでよっ!!」
いや、いるのだ。この世界には、ヴィランの蛮行を止められる、正義のヒーロー達が。この力強き、勇猛な叫びこそが、その証しだ。
△△△
『指定ヴィラン組織、コンプレックス・コンキスターが出現! 座標を送ります! 付近のヒーローはただちに対処をお願いします!』
大和朱音の
ちなみに、
「確認しました! ティアフランム、大和朱音! 現場に向かいます!」
『了解しました! ティアエレメンタル他メンバーも現場に向かっています! 途中で合流してください!』
「了解!」
威勢の良い返答とともに朱音が駆け出す。
ブレスレットを通して通信を行っている相手は、ヒーローおよびその協力者達による相互扶助を目的とした結社、
「なンだ! お前も近くにいたのかよ朱音!」
駆け出した朱音の側にいつの間にか現れた少女が、勢いのある声を朱音にかける。
「あら偶然! この前怪我したばっかりなのに、外出する余裕があるなんて思えないんだけど!」
「はン! あンな怪我ツバつけときゃ治るって言ってンだろ!」
朱音と憎まれ口の応酬を繰り広げるこの少女の名前は、ルカ=ホリィ。朱音の仲間にして、親友、そしてライバルともいえる存在である。
朱音も相当な美少女であるが、ルカもまた負けず劣らず美少女である。比較をするなら、朱音の美しさが華やかで力強さを感じるものだとすれば、ルカのそれは流麗でしなやかさを感じるものだ。
きりりとしたシャープな目つき。研ぎ澄まされたナイフを思わせる
、爽やかで健康的な肉体が全身を覆っている。身長が186cmとかなり高いのもその印象に拍車をかける。勢い良く外へ跳ねているミデイアムヘアーも相まって、総合的にみてかなりボーイッシュだ。
そして何より目立つのは身体の至るところに流れる直線状の紋様。一見すると入れ墨のようにも見えるそれは、クトゥララ人が持つ身体的特徴である。
そう、彼女は地球人ではない。宇宙人とされる存在だ。
「あら? クトゥララ人のツバにそんな効果があるなんて初めて聞いたけど?」
「クトゥララ人のツバだからじゃねーよ! アタシのツバだから効くンだ!」
「何よそれ! そんな訳ないでしょ! そんなしょーもない眉唾な話を建前にして無茶されたら困るんだけど!」
「無茶に関してだけはお前から言われたくねーわ! また一人で勝手に突っ走ってアタシがケツふくはめになるンだぜ!」
「何よっ! そんなのあり得ないでしょ!!」
「あるから言ってンだろ!!」
道路を疾駆しながら二人が言い争う。争いは同じレベルの者同士でしか発生しないというが、どちらの少女も性根が大変勝ち気で男勝りであるため、顔を突き合わせるたびにこんな会話を繰り広げるのだった。
「もう! 二人とも止めなさいっ!」
「ケンカ……だめ」
そんな仲良く(?)言い争う二人の後ろから、さらに二人の女性が合流する。
一人は少女なのだが、これまた美少女だ。名前は、
ウェーブのかかったショートヘア、キリっとした目つき、スレンダーな輪郭とシルエット、と外見だけならルカと似たような感じがある。だが、
なお、彼女の瞳と髪の毛は浅緑。尖った耳という特徴も含めて、いわゆる一般的な地球人とはいえないのは明らかだった。
彼女は異世界人。地球とは違う世界、異世界たる〈トレッセルーン〉を生まれとする少女だ。なお、名字が示すとおり、藤田蒼澄と関係が深い少女なのだがこれは別の機会に語る。
視点をもう一人の女性に移す。
こちらの女性は他三人に比べれば、やや歳上というのが雰囲気で分かる。なんだが、この女性もまたまた相当に美しい。
一言で表せば、包容力である。胸、尻、ふともも、全てが大きくかつ柔らかそうである。優しい女神を思わせる笑顔に、綺麗な線で描かれたような糸目、その下に添えられる泣きぼくろ、サラサラとしたストレートな黒髪ロングへア。そのどれもが大人の色香に満ち満ちている。
彼女の名前は、
「リコ! 栗子さん!」
「遅くなったかしら? ごめんね!」
「ンなことねーよ!」
掛け合いながら、四人が街中を疾駆する。彼女達は、仲間だ。志を同じくする同士にして、同じチームとして肩を並べて戦う、ヒーロー仲間だ。
『ティアエレメンタルの皆様! 間もなく現場に突入になります! 準備を!』
「「「「了解!!」」」」
各々の
四人全員、その表情を引き締める。彼女達の瞳は、見ただけでも心の奥底に伝わるような勇気を宿していた。
「いたぞッ!」
四人の中でもっとも目が良いルカが、真っ先に異変を察知した。
「みんな! 行くよ!」
朱音が先陣の声を発する。
「おうヨ! 今度は不覚は取らねぇぞ!」
朱音のその声に反応して、ルカが気炎をあげる。
「無茶……ダメだからね」
勇む二人を心配するように、リコが声をかける。
「何があっても、絶対に私が護るわ! 今度こそ、絶対に!」
栗子が決意に満ちた言葉を叫ぶ。
やがて、四人が各々に、美しく輝く金の装飾が施された宝石を取り出し、叫んだ。
『エレメンタルティアドロップ!!』
『メイク! ア――――ップ!!』
そうして、四人は光に包まれる。光の中、彼女達は、美麗に、鮮烈に、その姿を変えていく。彼女達が、変身を行う。
栗子の変身は、大地。
髪はストレートをそのままに、色彩をトパーズへ変える。ブラウンとゴールドを見事に調和させたクラシカル風プリンセスドレスをまとい、上半身はオープンバストコルセットを着ける。
大地のごとき優しさと厳しさが同居する姿だ。最後は、身体の半分は覆えるような大きさのカイトシールドを両手に装備して彼女の変身が完了する。
「全てを護る、大地の輝き! 〈ティアナトゥーラ〉!」
リコの変身は、風。
リコの美しい地毛の色はそのままに、羽飾りを着けることでアクセントを加える。男装を思わせるかのような凛々しいテーラードジャケットはミントグリーン、下半身はアイボリーブラックのスラックスとキャバリエブーツを履く。
まさに、麗人。その爽やかさは、優しく頬をなでる
「全てに息吹く、風の輝き! 〈ティアヴィント〉!」
ルカの変身は、水。
ミデイアムの髪をコバルトブルーに染め、前髪の一束だけがホワイトのメッシュとなる。上半分はセクシーに、胸を覆うハイネックの水着のような衣装だけをまとい、下半分はワイルドに、いくつものダメージが入ったジーンズを着こなしている。
清らかさと激しさ、流れる水が持つ二面性をその身に宿すかのようだ。たくましいその腕に典麗な弓と矢を持てば、彼女の変身が完了となる。
「全てへ流れる、水の輝き! 〈ティアアクア〉!」
朱音の変身は、炎。
赤みがかかった地毛はファイアーレッドに変色し、それがツインテールへと結ばれる。胸元が大きく空いたホルターネック、かつ背中が大きく空いたVバックという、扇情的なブーゲンビリアのハイレグレオタードをその肢体にまとわせる。その上に軍服を思わせるようなスカーレットのアウター、アウターと同色の腰マントを装着。
炎のような激しい勇ましさと、危うい美しさを両立させた衣装だった。その手に鋭利なサーベルを持てば彼女の変身は完了する。
「全てを燃やす、炎の輝き! 〈ティアフランム〉!」
『輝き! 煌めく! エレメンタル!』
『未来を導く四つの光! 我ら、〈ティアエレメンタル〉!』
優美に、雄々しく、名乗りをあげる。
世界の全てに届くように、私達が来たと、高らかに宣言する。
彼女達の名は、ティアエレメンタル――伝説のヒーローの名を継ぐ者達。
若き新鋭達でありながら、かつて世界を救った者達の力を、伝説の力を、その身へ受け継ぐに値すると認められた者達だ。
「そこまでよっ!」
雄々しく、凛として、叫ぶ。ヴィラン達よ、その蛮行もこれまでだと、私達が来たからにはもう好きにはさせないと、希望を乗せて力一杯に朱音、いや、ティアフランムが叫ぶ。
「来たねっ……! ティアエレメンタル!」
忌々しげにシュラバーネがうめく。憎悪を一切隠さないその表情は、シュラバーネにとってティアエレメンタルがどんな存在なのかを雄弁に語っていた。
「行けっ! アクカンジョー! 奴らを叩きのめしなさい!」
ギィー! という奇声ともに、アクカンジョーがティアエレメンタルに突撃を仕掛ける。
「狙いをシュラバーネに! ジェラシークリスタルに苦しめられてる人達の解放を優先!」
「「「了解!」」」
朱音の力強い指示に、他三人が即座に返答をする。それを皮切りに、襲いかかってくるアクカンジョーの群れへとティアエレメンタルの四人が立ち向かっていく。
一人一人の戦闘力に際立つものが無いアクカンジョー達は、数を頼みにして戦ってきている。総勢にして40~50人はいるだろうか。普通なら、多勢に無勢の言葉に従いティアエレメンタルは滅多打ちにされるだろう。
だが、彼女達はヒーローだ。
「ハァァ!」
ティアナトゥーラのシールドバッシュが大地を揺るがす。複数のアクカンジョーがまとめて地に伏した。
「……風よっ!」
ティアヴィントがワンドを振るえば突風が吹き荒れる。多くのアクカンジョーが立ちどころに吹き飛ばされた。
「オラオラオラオラァ!」
ティアアクアの弓矢が目に止まらぬ速射を放つ。その矢とともに放たれる水弾が、数多のアクカンジョーを貫いた。
「タァ! ヤァ! セイャッ!」
ティアフランムのサーベルが炎とともに白刃を
彼女達は、ティアエレメンタルはヒーローだ。数を頼みにするだけの輩に負ける道理はない。
「チッ! ジェラシークリスタルの輝きはまだ足りない……ここで邪魔されてたまるものか! おい、アレを出しなっ!」
近くに控えていたアクカンジョーに、シュラバーネが激を飛ばす。すると、彼等は鎖に繋がれた一匹の銀の毛皮をもつ狼を連れてきた。
「――ヴゥゥッ!」
興奮のせいか、はたまた元来の気質からか、狼は鼻息荒く、今にも飛びかからんとするほどの凶暴さを見せている。
「何か様子がおかしい……気をつけて!」
アクカンジョー達に応戦しながら、ティアナトゥーラが声を投げる。
「チッ……妙なマネ、してンじゃねぇ!」
ティアアクアがアクカンジョーの波を縫うように、シュラバーネへ正確な射撃を放つ。だが、シュラバーネは特に気にする様子もなく、手元のジェラシークリスタルを狼に差し向ける。
「可愛いワンちゃん、あなたにも淀んだ感情が生み出す力を味合わせてあげるわね」
シュラバーネが妖艶な声でささやく。すると、ジェラシークリスタルが強烈な光を放ち始めた。
「ガアアアアアアアアアアアッ!!!」
ティアアクアの放った矢は、銀狼の咆哮とともに弾き飛ばされた。先程まで大型犬ほどの大きさだったその狼は、ジェラシークリスタルの光を浴びた途端、その大きさをダンプカーにも匹敵するレベルに巨大化させた。
「さぁ行きな! あそこにいる子憎らしい娘どもの肉を食い破ってこいっ!」
「ルァアアアアアアアアアアアア!!」
巨大な銀狼の鳴き声一つで地面が揺れる。やがて、力をためるかのようにその身を沈めると、次の瞬間には、凄まじい威圧感とともに狼がその巨体を疾駆させる。
「オオオオオオアアアアアアアアッッ!!」
「危ないっ!」
一応は味方であるはずのアクカンジョーを蹴散らしながら、狼が一目散にティアアクアに飛びかかった。すぐさまティアナトゥーラが割り込み、シールドによる防御を行う。
「くうっ……!」
ティアナトゥーラが装備する盾、〈ナトゥーラシールド〉の堅牢さを補強するかのように、ゴールデンイエローの色をした光の壁が現れる。
「ヴォアアアアアアアア!!」
「――?! キャァっ!!」
だが、巨狼による爪の一撃は、ティアエレメンタル随一の防御力を誇るティアナトゥーラの盾を突破してしまった。光の壁が破壊された衝撃で、ティアナトゥーラが悲鳴をあげて後ろへと吹き飛ぶ。
「こいつっ……なめンじゃねぇ!!」
護られるかたちとなったティアアクアが、銀狼の
だが、巨狼の厚く、硬い皮膚には満足したダメージを与えられなかった。再び、強靭な爪の一撃がティアアクアを襲う。
「――――ッ!」
仲間のピンチを察知したティアヴィントが、まさに
「大丈夫っ!?」
「ああ、危なかったけど……ヴィントが助けてくれたゼ」
「……良かった」
ティアフランムが心配しながら駆けよる。すんでのところで攻撃を避けたティアヴィントも、そのテヴィントにお姫様抱っこで抱えられているティアアクアも、ひとまず大きな怪我はなさそうである。
「すごく厄介ね……あのワンちゃん」
先程吹き飛ばされたティアナトゥーラが三人に合流、戦線へ復帰する。そのタイミングを見計らったのかは定かでないが、巨狼は四人がまとまっているその場所へ、弾丸のような体当たりを行った。ティアエレメンタルが散り散りになって避ける。
「強いっ……」
「攻撃力もさることながら、アノくっそ硬え毛皮が厄介だゼ!」
ティアヴィントも、ティアアクアも、巨狼の強さを認めざるを得なかった。
「確かに厄介な相手……けど、時間はかけられない」
ティアフランムが、辺りを見回す。ジェラシークリスタルによる被害は未だ止まっていない、人々の苦悶の叫喚はずっと響き続けている。
「皆……私に任せてみてくれない?」
ティアフランムの呟きに、残りのメンバーが視線を寄せる。
「無茶すンじゃねぇだろな?」
「無茶でもしないと、コイツ相手に決着はつけられない」
「お前なァ!」
「私達はヒーローなのよ! ヒーローは人々を助けるためにいるのっ!」
狼の攻撃を躱しながら、ティアフランムとティアアクアが言い争う。
「何か……考えがあるの?」
ティアヴィントの問いに、ティアフランムがこくりと頷いた。
「この狼と素早く決着をつけるには、必殺技を叩き込むしかない。けど、攻撃が激しくて必殺技を準備するチャンスを作らせてくれないし、動きも素早いから躱される危険性も大きい」
ティアフランムが周りの状況を見る。アスファルトは巨狼の爪でズタズタになり、街路樹やガードレールはその巨体がぶつかった時の衝撃でへし曲がっていた。
「だから、私がなんとか隙を作る。これは、皆の中で一番攻撃力の高い私にしか出来ないと思う」
「だからって、無茶はさせられない!」
「ナトゥーラの言う通りダ!」
正義感が強く、自分のことをかえりみない傾向にあるティアフランムのことを良く知っているからこそ、ティアナトゥーラもティアアクアも難色を示しているのだろう。ティアヴィントもまた、言葉には出さないが、同じ意見を持っているのかもしれない。
「ごめん、それでも私はやりたい」
だが、ティアフランムの意思は固かった。
「フランムっ! 良い加減にッ!」
「けどっ!」
ティアフランムの叫びが、ティアアクアの怒りをさえぎる。
「けど……正直、怖いから……やばそうになったら、助けてくれる?」
どこか甘えたような声色で、ティアフランムが三人に向かって頼みを告げる。それを聞いたメンバーが、一瞬、呆気に取られた表情をして、すぐさま笑い出した。
「へン! そこまで言われちゃ仕方ねーや!」
「もちろん、危なくなったら絶対護ってあげる!」
「遠慮なく……言ってね、フランム」
三者三様の返答で、ティアフランムの頼みを快く引き受ける。
「ありがとう……ありがとうね! 皆!」
その返事を聞いたティアフランムが、勢い良く言い放った。
「少しの間だけ、私の言うとおりに動いて! お願い!」
「「「了解!」」」
ティアエレメンタル達は声を張り上げる。私達は、お前なんかに負けないぞと、不屈の精神を表に出すかのように。
△△△
『武術家……いえ、戦いに赴く者全ては【
朱音……いや、ティアフラン厶はかつて聞いた師の言葉を思い出していた。
『目で見える景色をそのまま映す、これが【
黒川流柔術道場が師範、黒川龍二はいつでも優しく穏やかに教えてくれた。教えに無駄だと思ったものは一つもなく、理解がしづらかった時は何度も何度も丁寧に教えてくれた。その教えの中でも、【観の目】に関する教えは、ティアフランムの中に深く根付いていた。
『つねに、【観の目】を意識してください。どんな時でも冷静に、近くを見ながら遠くを見てください。視点をせばめてはいけません』
ティアフランムが師の言葉を心の中で
(おそらくあの狼……元は戦闘用に遺伝子操作されたバイオペットね)
応戦をしながら視線を動かし、辺りの状況を見てティアフランムが分析する。
アスファルトやコンクリートを見る限り、ほとんどが爪での攻撃で傷をつけられていた。本来、狼が
これは、こと狩猟ではなく対ヴィランとの戦闘に思考を割くよう、遺伝子操作されたバイオペットに見られる特徴であった。牙を使った攻撃は、弱点となりうる口内をさらけ出しやすくなるためである。牙を使おうと口を開けた途端、そこを通して内臓に攻撃が通ってしまう可能性は、様々な
(と、なると……狙うはお腹!)
ティアフランムが、記憶の中にあるバイオペット関連のデータを必死に洗う。バイオペットは、遺伝子操作をほどこし改良を重ねた動物達である。しかし、だからといって、何でも出来るとされるわけでもない。完璧である存在を生み出す技術ではないのである。
身体の大半は硬い毛皮に覆われている狼のバイオペットだとしても、大半の猛襲がそうであるように、腹部は急所である。少なくとも、ティアフランムはそう当たりをつけた。
思考を研ぎ澄ませながら、ティアフランムが目を見はる。
相手の体格、間合い、爪による射程、飛びかかるタイミング、場所の状況、息づかい、視線、雰囲気、ありとあらゆる情報を頭に入れて、【観の目】を見開く。
「決めた! ここ!」
ティアフランムが、確信の声をあげた。そして、まだ完全に倒れきっていない大きな街路樹を右手に位置するよう陣取る。
「皆! 私のこの位置から直線上! 向かい側の駐車場のスペースにそいつを運んで!」
「「「了解!」」」
返事をしてからの三人の行動は早かった。
ティアアクアとティアヴィントがそれぞれ水弾と突風で撹乱し、一瞬だけ怯んだところをティアナトゥーラが盾を構えて突撃を行う。その衝撃で弾き飛ばされた巨狼が、先程ティアフランムが指定した場所まで体躯を持っていかれることになった。
「完璧っ! 後は私の後ろに下がって! 必殺技の準備を!」
ティアフランムの声に弾かれるように、三人が一斉に飛び跳ねて彼女の後ろに回る。
「ヴヴヴウウウゥッ!!」
「――ヒュウっ」
姿勢を低くしながらうねりをあげる巨体の銀狼。それに呼応するかのように、ティアフランムが小さく息を吐いた。サーベルは青眼に構え、右足を前に、左足を後ろにして、後ろ足のかかとを浮かせている。
一瞬の静寂、そして、銀狼が跳躍を行う。
巨狼が爪の攻撃を放つ。使った腕は、右腕。ティアフランムの右手側に絶妙な位置で置かれた樹が壁となり、左腕による攻撃を封じたのだ。
どんな攻撃が来るのかさえ分かれば、あとはそれを躱しながら急所を斬るだけだ。ティアフランムの狙いは、最初からカウンターにあった。
攻撃が放たれた瞬間から、ほんのわずか遅れるようにして、ティアフランムが地面を蹴る。
円を描くように薙いでくる巨狼の爪撃。それを、身体を軽く右斜め前に踏み込ませながら、ティアフランムがサーベルを使って受け流す。あまりに柔らかな受け流しに、一瞬、巨狼は瞳に困惑の色を浮かべだ。
そして、そのまま、飛びかかった状態の巨狼の下に潜り込み、すれ違いざまに腹部を斬りつけた。
一連の流れはあまりに一瞬で、ともすれば簡単なことのように見える。だが、一歩間違えれば傷をつけられたのは、間違いなくティアフランムの方だ。
「ガアアアアアアアアアアア!?!!?!?」
巨狼が苦しみもだえながら地面に突っ込む。急所を斬られた上、ティアフランムによる炎の力が傷口を焼いている。その痛みは想像を絶するだろう。そして、その時に大きな隙をさらすことになったのである。
「今よ! 皆!」
「「「了解!!」」」
四人が同時に、宝石を掲げる。
『光輝け! エレメンタル!!』
宝石が一層その輝きを強くする。大地が、風が、水が、炎が、ティアエレメンタルに力を与える。
『ブリリアント! エレメンタルスプラ――シュ!!』
四人が叫ぶや否や、極大の光が、それぞれの掲げる宝石から放たれる。
「ルゥォォオオオオオオオオオオオ!!!」
断末魔の咆哮とともに、光に包まれた巨狼がその姿を徐々に消していく。ここに、決着はついた。
「何ですって?! クソっ! あいつら不良品掴ませやがって!! ここは退かせてもらうよ!!」
決着を見たシュラバーネが、憎々しげに捨て台詞を吐く。そうすると、一瞬の後に、その姿を消した。
「くそっ! 待ちヤがれ!」
「待って! 今は被害にあった人の救助が先!」
はやるティアアクアをティアフランムが止める。周りを見渡せば、コンプレックス・コンキスターの被害にあった人達が、大勢崩れ落ちていた。
「でも……見たところ外傷がなさそうなのは安心ね」
「……あの大きいワンちゃんとの戦いに巻き込まれないで、良かった」
ティアナトゥーラとティアヴィントが、倒れている人々の様子を見ながら言った。巨狼との戦いでティアエレメンタルの面々がヘイトを稼ぎ、標的を彼女達に絞らせていたおかげで、あの戦いに巻き込まれずに済んだのだ。
「今、
「ヘン! 今さら来ても遅いっての!」
「もう! そういうことは言わないの!」
ぶつくさ言いながら救助活動にあたるティアアクアを、ティアフランムがたしなめる。とはいえ、その表情がにこやかになってる辺り、彼女の言葉が本気でないことくらい、フランムも良く分かっていた。
「うう……うう……」
「大丈夫ですか?!」
地に伏していた被害者の一人が、うわ言のようなものを呟きながら目を覚まし始める。
「あ、あ……あっ……」
「すぐに病院へお連れします! もう間もなくの辛抱ですから!」
「……あ、ありが……とう」
その言葉が耳に届いた途端、ティアフランムの心に、暖かい想いが広がった。
「た、助けて……くれて、本当に……」
「……大丈夫ですよ、伝わりましたから。無理にしゃべらないでも、もう、十分に」
ティアフランムが、お礼を言ってくれたその人の手を、両手で優しく包み込んだ。他の三人は、その光景を和やかな微笑みで見つめている。
(ああ……見てて欲しいなぁ、蒼澄にも。感じて欲しいなぁ、この想いを)
ティアフランムの脳裏に、幼馴染の顔が
(私、頑張るからね……たくさんの人に希望を与えられるようなヒーローになるからね……あなたが、また、ヒーローになるって、言ってくれるように)
――そうしたら、今、私が感じてるこの想いを、一緒に。
救急車のサイレンが聞こえる、救助隊が到着したようだ。他ヒーローの増援も続々現れている。ティアフランムは、暖かな想いと未来への望みを胸に刻みながら、人々の救助に再び当たるのだった。
なお、後日、この戦いはティアエレメンタルによる大戦果と報じられることになる。その影響で、彼女達はその勇名を飛躍させることになり、伝説のヒーローを受け継ぐに値するとの評判を強固にしていくのだった。
ティアエレメンタルの名は、この世界で、たくさんの光を浴びることになったのである。
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