【19】
そんなヒーロー達であるが、輝かしい戦果を残した者達に対しては、数多の人より羨望の眼差しを向けられる。
誉められ、讃えられ、英雄と祭り上げられる。そうして光り輝くヒーロー達に憧れを抱いた者が、次は自分もと次世代のヒーローを志す。ヒーローを一人でも多く抱えたい世界各国も、それを後押しする。こうして、
だが、全てのヒーローがもてはやされるのかというと、そんなことはない。どんな分野でもそうだが、人によって個人差や向き不向きがある。万人が成功をつかめるはずもない。
天道戦隊・ウェザーレンジャー。彼等もまた成功をつかめずにこぼれ落ちていったヒーローであった。
いや、正確には、ヒーローとしてまったく成功をつかめなかったわけではない。
彼等の力の源となる〈ウェザリアン〉は、適合に至る者が少ない希少な力であった。それゆえに、ヒーローとして世に出た当初は大変に期待されており、その期待に恥じない活躍をしていた。
しかし、ある日転機が訪れる。
戦隊という呼称の通りに複数人で活躍していたウェザーレンジャーであるが、結成当初の人数は五人であった。
だが、ふとした切っ掛けからグループ内で仲違いが起きる。これがかなり大層なスキャンダルになってしまい、一躍、彼等は好ましくない方向で時の人となった。
そうして、散々に周りを巻き込んだ後に、ウェザーレンジャーは分裂。五人だったグループは三人と相成った。
ウェザーレンジャーの名を捨てた二人の方は、汚名をそそぐために懸命な活動を行い、名誉を回復した。
しかし、ウェザーレンジャーの名を捨てきれなかった三人の方は、かえってその名前が足かせとなり、なかなか思うような活動が出来なかった。彼等自身におごりがあっことも否定出来ない。
現在、ウェザーレンジャーはいつヒーローとしての資格を剥奪されてもおかしくないほどに落ちぶれていた。
そんな彼等にとって起死回生の策が、あの爆弾魔と手を組むことだったのだ。
「くそっ!」
一人の男が路傍の石を思いっきり蹴とばす。見た目だけで粗暴な
「うっせーな……荒れんじゃねぇよ」
「マジそれ。何イラついてんのよ」
後ろを歩いていた二人が、自分達も大概に不機嫌そうな顔をしていながらそう言った。この二人も、また前を歩く男と似たりよったりな印象だ。ヒーローとしての名前は、それぞれウェザーレインと、ウェザークラウドである。
「うるせぇ! こんな雑魚ヒーローがやるような仕事やらされてんだから当たり前だろ!」
目の前にある街灯を蹴りつけながら男が遠吠えのように声を震わせる。彼等は今、人気の少ない道における、夜間のパトロールをおこなっていた。周りにあるのは、街灯に群がる蛾だったり、ポイ捨てされた空き缶くらいなものだ。
夜間のパトロールというのは、とても重要な仕事ではあるが大変に地味だ。人々の目に着くことも少ない。駆け出しのヒーローがこの仕事から始めて、少しずつ人々から信頼を積み重ねていこうとする姿は
しかし、かつては選ばれしヒーローとして活躍をしたことがある彼等にとっては、それも屈辱的な仕事にしか映らなかったらしい。
「しょーがねーだろーがよー! 俺等が組んだはずの爆弾魔のヤローが、ティアエレメンタルとかいうクソアマどもにやられちまったんだからよー!」
後ろで歩く男の一人が心底かったるそうに言い放つ。
彼等の想定としては、爆弾魔・
しかし、彼等にとって想定外だったのは、ティアエレメンタルの活躍が彼等が入る隙間を与えなかったこと。
そして、爆弾魔・
「しっかし……あんなにでかい規模の破壊活動になるとか聞いてねーし」
「だよな、マジでビビったわ」
「ヘラヘラしてるヤローだったから、大したことなさそうだなと思ってたんだが、全然ヤバかったわ」
どこか他人事のように、三人が語る。
「まぁ、ヤバい奴と戦わなくてすんだから、結果オーライじゃね?」
「まあなぁ、何だかんだ、大した協力もしてねーし、足もつかねーだろ」
「金払って、ちょぃとアイツの指示通りに動いただけだもんな。あんなことになるとか、分かるはずねーし」
ケラケラと三人が下卑た笑いを揺らす。自分達も当事者だという意識は、一欠片も持ち合わせてないらしい。
「――ああ、良かったよ。あなた達の考えを聞けて」
夜の道に、静かな怒りが鳴り響く。藤田蒼澄が、そこにいた。
蒼澄が発したその声は、感情の波が一切感じられない、凪のようにひそやかなものだった。しかし、銀の仮面の下は、間違いなく憤怒に満ち満ちている。
「……なんだお前?」
「天道戦隊・ウェザーレンジャー……知ってましたよ。昔は僕も活躍を見てました」
いぶかしげに問うたウェザーレンジャー達に答えることなく、蒼澄が続ける。瞳に映る男達が、醜くて醜くて仕方なかった。
「申し訳ないですが、僕は、あなた達が生きていることを許せないし、認めない。反吐が出る。呼吸すらしないで欲しい、世界が汚くなる」
蒼澄が、桃李の黒刃を鞘から抜き、ゆっくりと彼等に向かって歩き始める。カーボンの黒が、夜闇に良く溶けあっていた。
「てめぇ……ふざけてんじゃねぇぞ!」
ウェザーレンジャーの一人が、野蛮な顔つきになりながら凄み、一歩を踏み出す。彼等としては、突然現れてなめたことを言ってくれた蒼澄に、きつい仕置をくれてやろうという心持ちだったのだろう。
が、そうは問屋がおろさなかった。
「?!」
「な、なんだぁ??!!?」
「う、動けねぇ!!」
ウェザーレンジャーの三人が固まって動けなくなる。見えない何かにがんじがらめにされ、拘束される。
いや、よく目をこらしてみれば、それは見えた。
糸だ。
「はい、そのまま動かないでねぇ」
蒼澄の背後で、蜘蛛の仮面を着けたピーターがぬるりと言葉を投げた。背中からは四対にして計八本の蜘蛛脚が生え、右手からは蜘蛛の糸が何本も作られている。その糸はウェザーレンジャーの三人をがんじがらめにして縛り、彼等の動きを強烈に制限していた。
そして、そんな動けないウェザーレンジャーの後ろを、飛蝗の仮面を光らせながら猛が飛び上がる。
「ガッ?!?」
そのまま、ウェザーレンジャーの一人、ウェザークラウドである男の脳天に、強烈な踵落としを喰らわせた。踵落としは動きが大きく、コンビネーションにつなげることが難しい技なので試合では使われることは少ない。しかし、ピーターの糸によって相手が動けないなら話は別。猛の洗練された技と、飛蝗の脚力が加わったそれは、一撃で相手を殺しうる威力となる。
「ひっ!? や、やめぇっ?!」
その様子を横で見ていたウェザーレインたる男は、猛の後ろ回し蹴りをもろに側頭部で受けることとなった。もちろん、避けることは不可能だ。
「ほぎゅっ?!!!」
そして、そのまま倒れたと同時に、脳天を踏みつけられる。耐えきれるはずもなく、呼吸の音がじきに聞こえなくなった。猛は、わずかな間に、二人もの男を殺してみせたのである。
「くっ! 『ウェザリアン! フォースチェーンジ!』」
一瞬にしてメンバー二人の命を刈り取られた。その事実に焦りを見せたウェザーソルの男が、掛け声とともに変身を行う。
「おっらぁっ!」
ウェザーソルが気合を吐くと、身を縛っていた糸が燃えだした。彼の力は太陽の力。流石に太陽の表面温度約6000℃を再現しているわけではないが、蜘蛛の糸を燃やしつくすことくらいの芸当は可能だ。
そうして、身体の自由がきくようになったウェザーソルが目の前にいる蒼澄に向かって突撃する。とにかく、たとえ強引にでも正面突破をして、ここから離脱しようという算段であろう。
ウェザーソルの突進が迫る。落ちぶれたとはいえ、かつてはヒーローとして数多の戦いを繰り広げてきた者だ。破壊力は十二分に過ぎる。
「――ああ、こういうことか」
その時、蒼澄がひとりでにもらした言葉を、果たして、聞こえた者がその場にいたのだろうか。
「……あっ?」
突如として、蒼澄が消えた。思わぬ肩透かしに、ウェザーソルが困惑をもらす。
「ちっ!! どこ行きやがった!!」
とはいえ、そこは彼もヒーロー。困惑から気持ちを瞬時に切り替え、臨戦態勢をとって不意の攻撃に備える。
「――一つ、聞かせて下さい」
ぞくりとするほどにひややかな蒼澄の言葉が、
「なっ!? てめぇ……何もんだッ!!」
異様なモノを見たウェザーソルが、驚愕に声を震わせて、声を張り上げた。
蒼澄の身体から、蝙蝠の翼が生えている。足もまた、細く筋張った蝙蝠のそれへと変形しており、その足をもって街灯にぶら下がっていた。
ウェザーソルもヒーローとして戦った経験がある以上、ある程度異形の存在に慣れている。人でない形をしたモノとの戦いも一度や二度ではない。たが、その経験があってなお彼の目に映った存在は、驚きに目を見張ってしまうほどなのであろうか。
今の蒼澄には、姿形以上の恐ろしい何かがあるのだろうか。
「あなた、何をやったんですか?」
あくまでも、静かに、ひそやかに、蒼澄が聞く。
「……何を、だと?」
「あの事件、あなたが原因でもあるんでしょう? 一体、何をやったんですか?」
「……大したことはっ……大したことはしてねぇよ!」
ウェザーソルが吠える。勇ましさよりも
「指示通りに爆弾を置いただけだ! けど、見た目ちゃっちいから大した威力はねぇと思ったんだよ! 派手な演出するための舞台装置くらいだとおもってたんだっ! 実際、置いても誰も気に留めなかった
! あんなことになるなんて思わなかった! あんなやべぇ奴だと分かってたら最初から組んでねーよ!」
がなり、まくしたてる。彼の台詞の一つ一つが、蒼澄の腹に重い石を積み上げていく。彼の頭で、カチリ、という音が聞こえた気がした。
蒼澄の足が、掴んでいた街灯を離れる。
「あっ――ガッ?!?!」
次の瞬間、ウェザーソルが硬いアスファルトへ背中から倒れた。あまりにも勢いよく倒されたため、頭を守る余裕すらなく、後頭部をしたたかに打ち付ける。彼がヒーローでなければこれだけで死んでいたかもしれない。
「やばっ!?」
ウェザーソルの口から焦燥がもれる。彼の生存本能は、今けたたましく警鐘を鳴らしていることだろう。とんでもない痛みが走ったであろうが、すぐにでも態勢を立て直さねばならない。
「死ね」
が、それを蒼澄は許さなかった。
短い台詞に続いて、蒼澄の片手に握られた黒刃が、ウェザーソルの首を一文字に斬った。
血がドバドバと流れ出る。桃李の切れ味は、たとえヒーローの力をまとった者であろうと傷をつけるに十分なものであったようだ。
「
猛が蒼澄に近づきながら感嘆を見せる。彼自身も空手という武術を修めているからこそ、蒼澄が何をやったのかが分かっているのだ。
蟹挟み。単純にして強力無比な技だ。
片手で相手の肩や腕を抑えつつ、両の足を使い、相手の上半身を挟むようにして、自分の身体ごと後ろに引き倒す技だ。蒼澄は、地に落ちるまでの一瞬でこの技を相手にかけてみせた。
かなり簡単な技でありながら、あまりにも危険なため、柔道やブラジリアン柔術等、競技シーンではことこどく禁止された経緯をもつ。
競技で扱うことすら危険と判断されている。であるならば、それ以外の場で使った時の威力は、もはや多く語ることもないだろう。
あとは、倒れ、動けなくなっている相手の首元に刃をつきつけてやれば、簡単に殺せる。
蒼澄は、武術が武術たる
「柔道っていうか、柔術ですけどね」
下半身を血で赤々と汚しながら、蒼澄がゆっくりと立ち上がる。
「……」
血で汚れた桃李を、じっと見つめる。何も変わらない、何も動かない。蒼澄の心は、ありえないほどに平静だった。
「簡単に殺せるんですね」
平坦な声で蒼澄が呟く。
「正直、出来ない、殺せないと思ってました。うまくやれない、怖い、気持ち悪い、そんな感情が邪魔して、動くことすらままならない。そんなことになると思ってました」
「けど、やれただろう?」
蒼澄の背からピーターの声が響く。彼の足は、ウェザーソルが流した血を踏みつけていた。
「殺すのに、抵抗はなかっただろう?」
「……はい」
「そうなんだよ。誰かを殺しちゃいけない、なんて、人が社会を作り上げる中で勝手に作り上げた空想だ。そんなよく分からないあやふやな空想が、遺伝子に刻まれた本能に叶うはずかないんだよ」
ピーターが、蒼澄の肩に手を置き、耳元で語りかける。ドロドロした液体を耳に注ぎ込まれているかのようだ。耳ををすぐさま塞ぎたかった。けど、なぜか塞ぐことが出来なかった。
「
「動物……
「
つまり、今の蒼澄は、人間ではない、人間の形をした獣になったということか。だからこそ、誰かを殺すのに抵抗はないのか。本能が殺しを受容するのか。
「
「この世で真理とされてるものは、大体が詭弁さ。自分にとって都合さえ良ければオールオッケーだよ」
「だから、受け入れろと?」
「そう、そう。その方が楽よーん」
そう言ったピーターが、蒼澄の仮面をするりと外す。
「君には
仮面をひらひらとさせながら、ピーターがコツコツと歩き始める。
「早く行こうぜ」
そんなピーターに続こうと、猛が蒼澄に声をかけた。
「急ぐ理由が?」
「冷静に考えろ。ここは殺人現場だぞ。そのままに出来るわけがないだろうが。すぐに後片付け担当の連中が来るんだよ」
「あー、なるほど。考えに至りませんでした」
「それに……この仕事はまだ終わってない。今日はとっとと帰って、次に備えた方が良い」
「……と、言うと?」
「お前も感づいてんだろ? こんな小物が協力した程度で、あんな大規模な事件になるかよ。協力者はまだまだいるのさ、というか、多分こいつらはその中でも相当な小物さ」
横たわる三つの死体を
「なるほど、今回のは僕の試験も兼ねてたんですね」
「……気に入らなかったか?」
「いえ、特に。当然とも思いますしね」
桃李に付着した血を払い、鞘に納めて、蒼澄が歩み始める。
「行きましょうか、村上さん。どうやら、僕はお眼鏡に叶ったようです、これからお願いしますよ」
蒼澄の顔は、うっすら笑っていた。
そのことに蒼澄自身気づいてはいたが、特におかしいとは思わなかった。いよいよ、自分が人間でないことを受け入れてしまったのかも知れない。けど、それはそれで良かった。今更それを拒否したところで、もうどうしようもないのだから。
猛が、蒼澄とともに歩み始める。その眼差しがどこか寂しそうであったのを見るに、蒼澄より、よっぽど人間に近いと言えた。
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