第7話 銭湯のお約束など知らん

「あばばはははははははは」


学校が存在しない素晴らしい休日だというのに、なんとも渋いチョイスで銭湯にやってきたアオイはビール腹の中年男性に混じってマッサージチェアに生きがいを感じていた。



長い長い1週間を乗り越え、ようやく訪れた二連休を前に喜びの舞を表現していたアオイだったが、


「そういやお兄ちゃん。お風呂壊れたから」


「はい?」


「お風呂。壊れたから」


扉を少し開けて顔だけ出してくる妹に今までの喜びの舞をどこへやら。

一瞬にして頬が引き攣り、今まで蓄積されていた疲労が限界突破して床に倒れ込む。


「お母さんが入浴剤入れたら爆発したって」


「爆発って、それ本当に入浴剤だったのかなぁ、漂白剤とかだったんじゃねぇの」


母親が何を入れたのかは未知数。

今となっては大惨事になった風呂場しか現状証拠がないため、何をどうしても結論は出ないが、ひとまず分かっている事は、


「銭湯、行くしかねぇか」



カーポン。メキメキ。


「今すごく不穏な音がした気がする」


最近ではスーパー銭湯などというテーマパークのような、複数の風呂を所持してよりどりみどりの商売が台頭してきているが、アオイの住む街にそんなものはない。

あるのは昔ながらのオンボロ銭湯で、未だに高い煙突が存在するタイプのやつだ。


よって風呂の数は冷水か通常の風呂、そして簡易的なサウナしかなく、客層も遠出するのがめんどくさい中年男性と、自宅に風呂がない苦学生。

なんとも酷いラインナップ。

もう少し花があってもいいのではないか? 

少しくらいはバチが当たらないものだろう。


そんな下らないことを考えながら、家ではできない風呂の中で足を飛ばす行為を存分に楽しんでから見栄えのない洗い場を通り過ぎて脱衣所へと向かった。



そして今に至る。


機械的な音を立てて肩や腰と、さまざまな部位を殴りつけるマッサージチェアに座ったまま、休憩スペースにて放送されているあまり面白くないバラエティ番組に目を通していた。


犬と猫が犬かきしてどちらが速いかを競う謎のコーナーにて。どうせ犬が勝つんだろ、犬かきなんだから当たり前だろ、などと思っていると猫が勝利した。

これがパラドックスか。


「中年に混じって高校生が何しとんねん」


ちょうどテレビとアオイの間に入るように立った、銭湯スタッフの目印となるエプロンもどきを掛けている茶髪の少女が謎の棒を頬に当ててきた。


「風呂が壊れたんだよ」


ちょうど金を入れた分の稼働時間が終わり、マッサージが中止されるが、まったくその場から動こうとせずに椅子に座ったまま見下ろしてくる少女、河合美幸へと間抜けな声を上げる。


「母さんが入浴剤で風呂ぶっ壊して、しかも俺以外みんな入り終わってたから、俺だけがこっちにぶち込まれた。非道だろ」


「ぶっ壊して……ってそれは大丈夫やったんか? 入っとる最中だと大惨事やな」


「ああ、よく知らんが怪我はない。唯一俺のマイシャンプーが地獄に落ちたってこと以外はみんな無事だよ」


モテるために効果があるか分からない、値段がやけに高いシャンプーを買ってみたものの、風呂の事故と共に消し飛んだ。


幸いなことに母親が風呂から上がったタイミングでやらかしたため、怪我人はいないが失った金は戻って来ない。


「それならしゃあないから明日もウチに来てもええよ。ほんまは心底嫌やけど風呂がめげたっていうなら仕方なく認めてやっても……」


「いや明日には直るらしい」


「今なんて」


「明日には直る。どうも業者が明日ゾロゾロやってきて直してくれるらしいんだよ。だから明日は来ねぇよ」


「………………アホ」


マッサージに人生の喜びを得て、特に相手の思いを察することなく適当なことを吐かしたアオイにマッサージチェアのコンセントをぶち抜いた。


「あっ! お前、ふざけんな! ちょうど押してる最中だから! このタイミングだと出れなくなるから!」


「一生そこにいろ、クズ」


なんやかんやして固定ロックされた椅子から脱出した時には身体中が痛くなっていた。

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