番外編

番外編 勇者アオイと暴力的な旅


世界を支配する存在を魔王と仮定するなら、それらを大勢をぶちのめしてボコボコにする者が勇者といえよう。


例えるなら新卒を週休2日で騙して働かせるブラック企業と労基省のようなものだ。


そのため労基省は大人気。

大義名分をもってブラック企業をぶちのめせる存在として多数派の人間たちが求めてやまない伝説の戦士であり、そんじょそこらの村人アオイくんもその一人だったが、


「村人です」


彼に与えられたのは紛れもない村人の称号だった。



「お兄ちゃんどうだった?」


教会の立て付けの悪い扉が開く音に反応してカスミは出てくるであろうアオイへと声をかける。


神が定めたとされる職業、天職をもらいに教会へと殴り込みに行った兄に一時はどうなるものかと怯えていたが、内部から悲鳴が聞こえてこなかったあたりお望みの勇者がもらえたのだろう。


昨日の夢では教会が燃やされる光景を見ていただけあって何もなかったことへ胸を撫で下ろして祝福でもしようかと、扉を開けて出てきたアオイに駆け寄ると、


「……何も、なかった」


大量の返り血を浴びたアオイが大きめの石を持って立っていた。


「何やってんだテメェええ!」


明らかな凶器を手に、言い逃れのできない物的証拠まで揃っている。

おそらく教会内部では頭から血を流した神父だかシスターだかが倒れている頃だろう。


「これは不可抗力であってわざとじゃないんだ」


「この状況のどこに言い逃れできる要素あんの?」


「カッとなって」


「殺害動機まで揃えてんじゃねぇえええ!」


久しぶりに叫んだからか喉が痛い。

二度と烏龍茶など飲まないと誓いつつ、この後どうすればいいのか?

こうなってしまえば後は教会を燃やして証拠隠滅する以外に方法はない。


だがそんなことをすれば確実に夢に沿って進むことになり、あんなふざけた経験は夢だけで十分だ。やってたまるか。


血のついた岩石と、返り血のついた服をどうにかして処分。

内部の死体をどうにかして誤魔化して教会側の目を掻い潜るしかない。

そう思って馬鹿な兄の代わりに頭をフル回転させていると、


背後から聞こえる破壊音と共に教会のオンボロ扉が宙舞う光景が視界に映り、


「貴様ぁあ! なぜ私が魔王の手先だとわかった!」


頭から血を流した人の形によく似た化物がシスターの格好をして立っていた。


「まさか……偽物!」


魔王の配下がシスターの格好をしていると言うことは、すなわちヤツはシスターに化けて潜伏していたのだ。

なれば本物のシスターは既に殺されていて、このまま放置していれば誰も気づかないまま魔の手が迫っていたことになる。


もしかして兄はこれに気づいて殴ってのではないか?

そんないつもは頼りない兄に対して尊敬の眼差しを向けるが、


「うっそ…………まじ」


(あぁ……わかってない、分かってなかった。本当にただカッとなってぶったんだ)


今回は結果オーライだったから良かったものの、普通なら犯罪だ。

相手が異様に頑丈なタイプの魔物でなければ気づかないまま自首させるところだっただろう。


そんな適当なことを考えていると邪悪な魔力が一気に流れ始め魔物が戦闘体制に入ったことを知らせる。


「この俺を見破ったからには生かしておけん、絶対に殺して…………」


だが魔物が動くよりも先に血のついた岩石が顔面に投げつけられる。


「なぁ、全部あいつのせいにして逃げようぜ」


「いや初めから全部あの魔物のせいだよ」


顔面に岩石を食らって倒れた魔物を近くの大木に縛り付けてから火炙りにした。


こうして彼らは世界平和に一つ貢献した。



 

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