第13話 バスケがしたいです ──2

ルールは正式なものを使用すれば時間が長引くため、先に50点取った方が勝ちと決めた。


人数的に男子バスケ部は7人だったため、彼らのうち5人がコートに入り、女子側からは試合のスタメンが相手をすることになった。


ただ同じコートに入っただけで圧倒的な身長の差を思い知らされる。


バスケ選手を例に挙げるとして、平均的に男子は190以上、女子は170以上とされている。

けれどあくまでプロの話。

まだ高校生の彼らにはその高さには当然及ぶことはなく、一回り二回りとこじんまりしているが、それでも身長の差がなくなったわけではない。


洋子からして目の前にいる相手を見るにおそらく10センチ以上の差は覚悟した方がいい。そう思わせるほどの圧迫感と、何より拭い難い体格差があった。


そして審判を務める残った男子バスケの青年がボールを上に投げると、ジャンプボールが開始される。


空中に飛ぶボールを目掛けて最も身長の高い部長が跳ぶけれど、彼女でさえも圧倒的な体格差の前には無力。


即座に奪われると身体能力に物を言わせた乱暴なドリブルによって手も足も出ずに得点を許してしまう。


「弱すぎんだろ。よくそれで言えたな」



身体能力と体格差というのは無情な物だ。


生まれ持った才能によって絶対に逆らえない優位関係が形成されてしまっていた。


「はい一点!」


なんとか食らいつくようにディフェンスに付く陽子だが、上からシュートを決められては意味がない。


どれだけ跳ぼうが、圧を与えようが、それを全て無に返して見せる圧倒的な差が無情にも現実として立ちはだかる。



けれどそれでも諦めない。

泥臭くても走り出し、敵わなくても前に立つ。


(約束したんだ。必ず上に行くって、怪我が治ったらみんなで──)


「お前邪魔だな」


だがそれを全ての人間が認めてくれるわけではなかった。



ラフプレー。


ディフェンスをする彼女を偶然に見せかけて殴り飛ばした。


そして殴った張本人はと言うと薄ら笑顔を浮かべて、


「ふざけるな!」


胸ぐらを掴もうとして走ってくる部長に審判と言うの名の敵が立ち塞がり、彼女の前に手を出して静止を促す。


「それをやっていいのかな?」


「構うものか、仲間がやられて頭にこないわけが!」


「お前はいいかもしれないけど、他の奴は。もしかしたら次があるかもしれないのに手を出したりなんかしたら全部おじゃん。それにお前が暴力振いましたって言えば穏便に、合法的にこの場所もらえるし」


今すぐにでも殴りたい。

だがそれでいいのか、こいつらの試合が終わった後に用がなくなって返してもらえる可能性だってある。

まず学校側が承認しておらず、そこから圧力をかけてもらって取り返すという正攻法だってある。むしろそっちの方が現実的だ。


けれどここで手を出せば正攻法ではまず取り返せない。

陽子の件は試合中の事故、部長の件は暴力事件として取り扱われるだろう。


だから手を出したくても出せない。

そんな自分に軽蔑すると同時に、部長としての責任を問われる事態に頭が追いつかないままおぼつかない足で頭を抱えそうになるが、


「再開……しよう。私は……大丈夫だから」


地面に血が滴るも、なんとか起き上がる陽子。


「でも………………」


「ここは私たちの場所……ですよね…………誰にも渡したくない……こんな奴らに、奪われたくない」


よろける足で立ち上がり、あの日少年が見せてくれた絶対に譲れないもののための戦いをしようと彼に倣って見ようとするが、既に限界だった。


ひざから崩れ落ち、地面に倒れ込むその瞬間。


「悪いな。お前が踏ん張ってんのに気づかなかった」


倒れる陽子を支えたのは今の今までいなかったアオイだった。


「だから後は任せろ。お前の代わりに俺が全部終わらせる」


彼女を抱き抱えるとコートの外にいる部員に渡し、養護教諭を呼ぶように指示すると制服の腕を捲ってコートに再び戻ってくる。


「メンバー欠員か、良いよお前で。ちょうど小さすぎる相手だとゲームにならなかったからさ」


『流石に弱すぎて相手にならなかったからちょうど良かった』とアオイの肩に手を置いて煽りを含めた発言で相手に手を出させようとするが、


「あいつが正攻法ではテメェらを追い出すって言うから乗ってやるだけだ………………後で立ち直れなくなっても知らねぇぞ」


腕を払い除けると自陣のコートに戻ると、複雑な表情をした部長が近づいてきた。


「まずは勝たないといけない。ルールはわかるか?」


「さっき覚えた」



男子バスケ部は全国の常連というわけではないが、県内ではある程度強い高校ということで名が通っている。


だから弱小の女子バスケ部なんぞに負けるなんてことはまずありえない。

それに一人は急遽入った雑兵。

チームメイトでもなければ、立ち振る舞いから経験者でないとわかる。


ただ身長が高いだけのやつ。

女の中に入った足手纏いのノッポ。



パスカットによって転がってきたボールを拾ったアオイはセンターサークルからゴールに向かってシュートの構えをとり、そのまま上空へと打ち上げる。


(流れの切断か? 所詮リバウンドもまともにできないくせに苦し紛れに投げる感じ、マジで初心者って感じだな)


「自暴自棄になってるんじゃ……」


煽ろうとした。

経験者として、初心者が馬鹿なことをやらかしたから全力で煽って、自分の優位性を見せつけてやろうとしていたが、ゴールに向かって声を出したソイツはアオイとすれ違った。


(今、何か変だ。こいつ……リバウンドに行かないのか? 投げてから攻撃に転用するんじゃないのか? ならどうして──自陣に戻る)


圧倒的な違和感。

苦し紛れにゴールに投げる初心者は部活でもよく見ているが、彼らは投げた後も『入るかどうかゴールを見て待っている』お祈りしていると言っても良い。


なのにアオイはゴールを見ていない、まるでかのように。


そしてボールはそのまま一直線にゴールを貫いた。


「うそ……だろ。そんなことあるはずがない。まぐれだ、絶対にマグレだっ!」


信じたくなかった。


なのに小さく呟かれたこの言葉が耳に残って離れない。


『まず一点』


アオイが去り際に言ったこと一言が彼に恐怖を与えた。



(嘘だ、嘘だ、嘘だっ! そんなこと、あり得るはずがない!)


プロでさえもスリーポイントラインから決められる確率は約40%

ほぼ半分の確率で外れると言って良い。


けれどアオイはそれよりももっと後ろにあるコートの半分の位置からシュートを決めた。


それが意味することは実に簡潔だ。


彼はここにいる誰よりもシュートレンジが長く、ブロックなど何の意味もなさないということだ。


「マグレだろ、そうだろ」


チームメイトの心情として巻き込んでしまった部外者のアオイにはあまり頼りたくはないが、スポーツマンとして先ほどのシュートが偶然だったのかどうかは気になるところ。


完全にフリーで後ろに立っていたアオイへとパスをだして、先程のアレが本当かどうかを確かめようとするが、


「ディフェンス、仕事しなくてもいいのか?」


後ろに出されたボールまで追いかける速度はない。

フロントコートギリギリにいるアオイへと出されたパスは綺麗な放物線を描いて、ゴールへと投下された。


「あれを………………狙ってやってるってのか」


今この場に、男子バスケ部の面々でさえもそんな馬鹿げた芸当はできない。

スリーポイントラインからでさえ外す彼らにハーフから投げてから入るわけがない。


届かせることならできる、けれどここで入れることは絶対に不可能だと言っていいはずだった。


「マグレだろ」


「絶対にマグレだ。そんな奴いるわけないだろ」


高速で前に攻め込む彼らは、例え遠距離からのシュートが打てなくてもゴール下で確実に入れればいい。

今の時点で点差は圧倒的にこっちが勝っている上、アオイのシュートスキルが以上に高かったとしても立ち振る舞いやマークの仕方などはまだド素人。


付け入る隙は、あ──


「遅ぇよ」


ボールをついている瞬間に奪われ、そのまま攻め込まれてしまう。


「お前がシューターってことは分かってんだよ!」


シュートを打つためには止まらなければならない。

今まではアオイが後ろにいたからディフェンスが付けなかっただけで、前に出てくれれば防ぐことができる。

完全にディフェンス行えばボールを奪うことができる。

そう踏んで圧をかけに前に出るが、


「じゃあもう、やめだ。あのフォーム疲れんだよ」


適当に投げた。


シュートフォームなどへったくれもない。

ただ掴んで下から、狙ったとも言えない無造作なシュートだっだか、それも確実に点数へと変貌する。


「何で……入るんだ。おかしいだろ、それ。それじゃあ」


止める手段なんてないだろ。


ブロックが咄嗟に追いつけないほど遠くからの超遠距離シュートに、パスかどうかも区別のつかない予備動作一切なしの手投げ。


そのうえドリブルの途中でボールを奪うという、高等技術まで見せつけられては勝てるビジョンが浮かばない。


こいつには勝てない。


「私を酷使するとはいいご身分の奴がいるらしいな」


絶望しているバスケ部のメンツをガン無視したまま、怪我人の陽子の治療へと訪れた養護教諭の藤本由依は部員に支えられている陽子と、コートの中にいるアオイを見るになにかを察したようにため息をつく。


「どうせなら私のためだけに動いてくれればいいものを………………」


小さく何かを呟いてから持ってきた救急箱を開くと怪我人の陽子の治療を始める。


「…………先生」


「特別だ。本当ならお前らのようなガキを治療してやる筋合いはない。ただお前が男じゃなかったことと、嫌われるわけには行かないからな。仕方なくやってやる」


包帯をグルグルを巻いていく由依は完全に戦意を失いつつある男子バスケ部のメンツを一瞥してから、愚か者と鼻で笑った。


「お前らのような青二才がアレに勝てるわけないだろ」


「それはどういう意味で?」


陽子を支えていた部員の一人がアオイの起こした奇跡のようなプレーに何か関係があるのではないか? と思って尋ねると、


「教えるわけないだろ。これ以上厄介な女増やされてたまるか」


「え、えぇ…………」


なにを言っているかよく分からないが、少なくとも目の前で行われている異次元な動きと、現実にあり得るかどうか、プロの試合でも存在するかどうかわからないプレーを前にすると、認めざるを得ない。


「ただ言えるのはヤツがこうでなければ私はここにいない。そこらの大病院で往生しているだろう」


そうして試合は後半の追い上げによって失点を許すこととなく完全勝利となった。



「………………疲れた」


「それは大変だな。保健室に行かなければならないな、しょうがない、勤務時間終わりそうだが仕事だから仕方ないな」


「だったらもう少しめんどそうにしてくだ……さい!」


アオイ回収に励む由依はそのうち『服が汚れている、衛生的な観点から……』と言い初めてシャツを引き裂こうと両者の間で格闘戦が始まっているが、


そこに、


「ありがとう…………お前のおかげで奴らを追い払えた」


「たりまえだ。あの程度雑草みたいなもんにしかならねぇよ」


「でも……私は」


「お前は最後まで諦めなかった。だから誇っていいんだよ」


誇っていい、そう言われても勝てたのは完全にアオイの手柄。

もしも彼がここに来なければ確実に全てを失っていた。


「絶対に夢を叶える。そう言ったのはお前だろ。だから俺はそれを見届けるためにあの時も助けたんじゃねぇのか」


「……………………うん」


「上に行け。優勝でも何でもして、そいつを持ってこい。今のお前がやることは礼を言うことでも負い目を感じるでもない。プロになるんだろ?」


『私は必ずプロになる。それでその時は呼んでやるからな!』


『……まずは怪我を治せ、話はそれからだ』


「私は絶対約束守るからな」


「おう」


片手を上げて返事をするアオイだったが、それが仇となり平衡が崩れた由依との攻防はクロロフォルムをもって意識を失ったアオイを引きずっていく由依で決着がついた。


そして地面を引きずられて保健室に連れて行かれたあと、静かに鍵が閉まったらしい。



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