第12話 バスケがしたいです
天気が良いのは百も承知、見てわかる。
晴々とした太陽はインドア派にして部屋の中で引きこもってゲームしたいタイプの人間であるアオイには中々の難敵であり、忌むべき悪なのだ。
人間どうせなら冷房の効いた部屋の中で冷たいジュースでも飲んで、コントローラー片手に自堕落に生きたいと思うのは当たり前のこと。
校内の窓から見える天敵に「貴様を凌ぐ術を知っておるぞ」と唾を吐き、そうして今日も1日頑張った自分へのご褒美として、こんな良い天気の日にはお部屋でゲームを──
「アオイ! バスケだ!」
できるわけがなかった。
■
ボールの跳ねる音が離れの小体育館の内に響き渡り、バスケシューズの小うるさい摩擦音が「キュッキュッ」と音を立てる。
そして今もなお熱心にボールを追いかけては放り投げる女子バスケ部の面々を前にして、悲しみの目をしたアオイは体操座りでよく磨かれた床に円を書いていた。
「ようやく復帰できたからな! お前に見てもらおうと思って」
ユニフォームに着替えた少女、佐野陽子は青色のリストバンドを付けながら更衣室から出てくると、体操座りしているアオイの前にやってくると腕を掴んで引っ張り上げる。
「どうだ。一年でももらえるんだ」
一つまとめにしてあるポニーテールをブンブン振り回し、靡いた髪の毛がアオイの眼球を貫くが、喜んでいる本人を前に叫び声を上げることもできず、真っ赤に染まった目のままとりあえず現状を訪ねておこうと両目を押さえながら口を開いた。
「…………俺なんで呼ばれたの」
アオイは由緒正しい大変歴史の深い帰宅部だ。
既に最短の帰宅ルートを確保しているだけでなく、寄り道すらも最短ルートで行けるように地形を熟知している。
その中でもコンビニに関しては同じ学校内の誰よりも速く着く自信がある。
ともあれ、部活に所属していない彼は学校が終わればそのまま家に帰るつもりだったが、なんの因果かこんな場所へと呼び出されているのだ。
そろそろ見えるようになってきた目を開き、こんなところに呼び出した納得のいく理由とやらを聞かねば、この場からルーラする所存だ。
「……怪我が治ったって教えてやりたかったんだ。あのときお前には心配かけたから、それもあって…………」
ポニーテールが萎れて垂れ下がり、俯いて服を握りしめる陽子。
なんとか言わなければアオイは帰ってしまうんじゃないのか?
アオイの意思を確認せず「無理やり連れてきた」ことを今更理解して戸惑っていると、彼女の足元にボールが転がってくる。
つま先にあたり、少し前に転がるボールを見つめて拾おうと手を伸ばすと、それボールは目の前のアオイが拾い上げた。
「ルール教えてくれ。このままじゃ何やってるのか分からなさすぎてつまらん」
■
「バッっと持って、シュッ!」
目の前でパスを受けてゴールへとシュートする陽子の姿を棒立ちで見ていたアオイは、手に持っていたはずのボールをあまりの意味不明さに溢れ落とす。
「……もっかいやって」
落ちたボールを拾いあげてもう一度実演してもらうために陽子へと投げるが、またしても意味の分からない擬音と、何故か入るゴール。
そして何度でもドヤ顔で振り返ってくる彼女の姿にもうなんだか分からない。
なので陽子から教わることを諦め、何度でも実演を繰り返す彼女を置いて他のメンバーのもとへ行って、
「…………教科書ない? 普段読まないけどこれは読まねぇと分からんねぇな」
バスケの基礎的なルールと練習方法の書かれている本を借り受けた。
「そんなもの見なくても感覚で理解するんだ! 考えるな感じろ!」
「お前はもう少し頭を使え。その考えるなは思考を放棄しろって意味じゃねぇぞ」
本を持ってコートの外で寝転がっているアオイに出来るだけ穏便にちょっかいをかけようと様々な角度から顔を出してくる彼女を完全に無視してシュートのページに手をかけ、ようやく人間用に書かれた指南を受けられると思っていたが、
『バンッ! っと取ってフッ!』
指南書をぶん投げた。
「分かるかぁああああ! こんなもんッ! 文部科学省の野郎手ぇ抜いてんだろ!」
ビリビリに引き裂いてやろうかと、叫びながら投げ捨てられた指南書に遠くから唾かけてやろうかと憎んでいたが、
「それ顧問の」
「それを先に言え! 俺が性格悪いやつだと思われるだろ」
それに関してはもう手遅れだと思うが、本人に自覚がないのはかえって良いのかもしれない。
放り投げてどこかへ飛んでいった指南書を探しに走っていくアオイを見送り、手持ち無沙汰になったままボールを持って空中に投げようとすると、小体育館の扉が開く音が聞こえた。
どこぞのアホは教本を探しにどこかへ行き、部員は既に体育館内にいる。
顧問は基本的に放任主義で、コーチなどはいない。
だからこの場に来る人間はいないはずだと、そう疑問を抱いたまま部員の一人が扉への方へと顔を出す。
だがそこにいたのは招かれざる客、男子バスケ部の面々だった。
■
「マジでこんなとこでやってんの? 弱小のカスは可哀想で仕方がないなぁ」
よくも来るなり随分と失礼なセリフを吐けたものだと、ゴミでも見るような目で本来ここに来るはずのない人間に目を向けるが、彼らは土足で踏み込むなり設備の不備を貶し始める。
「こんなとこでやってるから一度も全国いけないんだろ」
「そう言ってやるな。もう出場すらできないやつを馬鹿にしたら可哀想だろ」
総勢7人の男子バスケ部員の面々はコートの端に転がっていたボールを蹴り飛ばすと、床に置かれていた部員の荷物にぶつけた。
「お前らもう良いよ、解散」
手を叩いてさっさと退出しろと仲間内で盛り上がっているが、流石に見過ごせないと前に踏み出した女子バスケ部長は彼らに一切怯むことなく睨みつけてドスの効いた声で威圧を向ける。
「ここは私たちの場所だ。お前らに言われる筋合いはない」
「理解が遅いなぁ……練習するだけ無駄なお前らに代わって明日からここは全国に行ける俺たちが使うって言ってんだよ。カスに与えてたらもったいないじゃん」
それが当たり前かのように。
それが当然であるかのように。
何か間違いでもあるのかと、全く悪びれもせずに言い放った狂言に後ろの仲間たちは首を縦に振って肯定する。
「解散解散。今日からって言わないあたりマジで優しいわ」
「顧問は知ってるのか」
「きっと喜ぶだろ。練習場所足りないんだから」
「知っているか知らないかを聞いている! 顧問は、学校はこのことを認知しているのかと聞いているんだ!」
胸ぐらを掴んで押し倒そうとする部長に、彼は深くため息をついて掴んでいる腕を掴み返すと強く押し飛ばす。
「ごちゃごちゃうるせぇ。負け犬が細かいこと言うなよ。それとも何か? 俺たちに勝てんの? 俺たちの代わりに全国行って優勝してくれるんですか?」
既に女子バスケ部が弱い事は校内にも知れ渡っている。
元々の競技人口自体が男子よりも少なく、学校内でも部員の確保が難しい上、本気でやりたい者がいるなら初めから盛んな県内の高校にいった方が都合がいい。
よってまともに部員を揃えることすら難しく、揃えられても強豪に勝てるレベルまで成長するには素材としてのランクが違いすぎる。
悔しいが何も言えない部長にボールを蹴り当てようとする彼らだったが、飛ばしたボールは陽子によって防がれた。
「私たちは弱いかもしれない……けど、お前たちよりは強い」
「……何言っちゃってんの」
「試合だ。本当に弱いなら、私たちが負け犬でお前たちの言うように練習しても無駄なやつならここから出て行く。ただ私たちの方が強くて、お前たちの言い分が間違ってるならここから引け」
侮辱されたくない。
ここで頑張ってきた先輩を、怪我で練習に参加できず見ているだけだった彼女自身が誰よりもよく知っている。
だから、こんな何も知らないやつに侮辱されて、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
「勝負だ。勝てるなら受けられるだろ」
それにあの日彼と約束した。
必ず復帰して見せると。
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