第11話 どうせならもっと違う形で出会いたかった


「さっ……さぁ! まずはゲームの内容の話からいきましょうか!」


明らかな異物、なんでこんな悲しい生物がここにいる。


もう帰してやれよと、会場にいる誰もが思ったであろう可哀想な現場に司会進行の女性は舞台裏へと視線をチラリとやるが、カンペには『会社の意向』と書かれているのでこの可哀想な者を無視する事に決めた。


キャスト達が椅子に座ってマイクを持っている中、優香の横で真っ白に燃え尽きた人はライトの当たり具合も合わさって余計に悲惨な事態に陥っている。


これには当然横にいる彼女でさえも「本当に大丈夫なのか?」と心配のあまり声をかけそうになるが、あくまでマスコットはマスコットとしてこの場に存在しているのだ。

中に人がいるなどと言うことは舞台に立つ以上指摘できない。


たとえそれが全身タイツで明らかに人間の形がクッキリ写っていてもだ。


「────が、ですね。キャラの設定とかもすごく細かくて」


先輩声優がゲームに対してコメントをしている間、ファンの視線は声優に向いているがスタッフの視線はアオイに向けられている。


いくら身長から彼しか適任がいなかったといえ、地獄に落とした罪の意識はあるのだろう。

ただ「自分じゃなくてよかった」という気持ちを噛み締めて音響を全力でいじり、照明が出来るだけマスコットに当たらないように、彼に視線を向けないように前著する。


「──優香さん? このゲームの感想なんかがあれば」


横にいるヤバいやつに気を取られて反応が遅れたが、なんとかプロとしての意識が立て直す。


そして当たり障りのないコメントを残して、ネタバレにも配慮した完璧なものを話せたと一息つこうとするが、


「では次、マスコットさんは」


そんな暇はなかった。


「今なんでこっちきた」と、全方位をキョロキョロし始めるアオイにスタッフが舞台裏で台本を全力でめくりながら「そういえばそんなこと書いた気がする」と絶望の表情を浮かべる。


だがそれで黙ってしまってはどうにもならない。

マスコットを喋れる設定にしてウケを狙いに行った製作陣をぶん殴るしかもうやれることがないのだ。


焦点の合わさっていない目が何故だか助けを乞うようなものに見えてきたスタッフ達は高速で書き上げたカンペを見せつけてこの場を切り抜けようとし、それをうまく察したアオイはサムズアップして、


「当たり障りないです」


カンペの「当たり障りない感じで」を直で読んだ。


「えっ……えっと。そんな口調だったっけ?」


アテレコをしていた優香はマスコットの語尾が「~~だワン」であることをこの場で思い出す。


むしろ今までライオンなのにワンとか言ってて馬鹿みたいだからあんまり気にしないようにしていたことを後悔。

どうせならあの狂ったセリフの一つや二つ覚えて、横から指示でもできればよかったのにと今更ながらに痛感する。


「~~だワンって、ワンって言って。たしかそんなんだった気がするから」


横から小声で指示を出す優香に今すぐ訂正しようと口を開いたアオイだったが、


「グヴゥンッツ! ゲホ……」


ワンと言おうとしたが、中のホコリが喉に触れて伏せるようにしてまたしても事件を起こす。


スタッフ真っ青。

事情を理解しているキャストの面々がなんとかフォローに入ろうと無理矢理な話題変更を行い、一人だけ照明から外されたまま次へと進んだ。


そうしてつつがなく、アオイに順番がら回ってくる時以外は特にこれといったアクシデントはないままイベントが終わりに向かって行こうとしていたが、


「ちょっとなんかないのかよぉ。こんな田舎でイベントやるって足運んだのにこのまま終わるとかないよなぁあー」


客の一人が無駄に大きい奇声を上げ始め、空気の読めない行動に全ての人が振り向く。


「そ、それはゲームの舞台がこの辺りを参考にしたらしくて……」


「俺が言ってんのは無駄な労力使わせといてこのまま普通に終わるなんてないよなってこと」


「一体何を」


「優香ちゃん。サービスの心得くらいあるよね?」


モラルのカケラもないのか無作法にも壇上に上がり込み、優香の腕を掴んで引っ張り上げようとする男に対して、


「おいお前、その手を離せ」


足を組んだまま、もはやキャラを取り繕う気が一切ないアオイは面倒な客に向かって正面から暴言を吐いた。


「はぁ、何言ってんの? 俺の金で飯食ってる奴に指図されたくはな……」


「10秒やろう。その手を離せ、さもなければ」


「さもなければって何? 何が出来るの? お前に客である俺に何が──」


「話は終わりだ」


その刹那、彼の座っていた椅子が後方へと吹っ飛ぶと同時にアオイの拳は男の顔面を捉えていた。


そして壇上から壁に向かって直線上に吹っ飛んで行った彼は壁に叩きつけられると同時に泡を吹いて倒れた。


殴り飛ばした相手が動かなくなったことを確認すると優香の元に駆けつけて、掴まれた腕をさすると、


「何もされてないな?」


「…………うん」


「ならいい」


面倒事を起こした以上この場にいるわけにはいかない。

そうして舞台裏へと歩いていく彼の姿を区切りにイベントは中止、厄介な客はスタッフ達が警察を呼んでことなきを得た。



と思っていた。







その後、マスコットキャラがマナーのなっていない男を殴り飛ばす動画がSNSの世界ランキング一位を獲得。


そしてゲームではただのふざけたイラつくマスコットだが、実は仲間思いの激情家というファンの考察があってか人気投票では一位を掻っ攫っていった。


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