第14話 コスプレおねいさん


基本的にアオイには友達が少ない。


同じ学校に通っている同じ男子の友達、となれば彼のメッセージアプリの男女比率が父親以外全て女であることから察せられる。


大体この手の交友関係はクラスで一つ大人数が一斉に会話できる部屋を作って、そこから派生していくものだが、何の因果かそう言った話は一切こなかった。


初めから無いものだと思っていたのに、後日学校で『メッセージアプリのグループで情報伝達』行ったらしく、一人だけ何も知らされずに悲しい目にあったことがある。

あの時は教師すら同情してくれて、周りのクラスメイトからは「あんなのいたんだ」と、初めて認知してもらえた。


だがその後もグループへのお誘いは来なかった。


ということもあってか、アオイ自身はメッセージアプリにそこまで重要性を感じておらず、メッセージを返さなければバブられる! と言った現代社会の闇に飲まれたことはない。


けれどそこまで無頓着だと取り返しのつかないことになるともまた、知らなかったのだ。



ピコン





「最近寝つきが悪いんだよ」


学校の授業をよくも爆睡してなおそんなセリフが言えたものだと、宏美は授業中見続けていたからこそ分かる彼の異様な不真面目さにジト目で応戦するが、そんなものに構ってくれるほどアオイという人間は周りが見えていない。


ぶつくさ「眠い眠い」と連呼する彼にいっそのこと睡眠薬でも持ってやろうか? という思考がふと過ぎるが、昼に食わせたら授業中に寝ることになる。


アオイを夜寝かせるためには睡眠薬を夜に服用させなければならなく、彼女の弁当ではどうすることもできない。

いっそのこと夜の飯まで用意するか? と思って顎に手を当てて思考を巡らせてみるが、家で飯を食っている彼に夕食まで作ってやることはできない。


(眠れる薬って渡せばいけるか……)


どこかで仕入れねば、と携帯を取り出して検索をかけようとする宏美だったが、ちょうど「より良い睡眠」について調べようとしているアオイの携帯の画面が目に入り、そこに信じられないものを見た。


「ちょっとこれ何! アンタ2000件の通知って、どこまで無視してんのよ!」


携帯を取り上げるとメッセージアプリの通知を知らせるアイコンに2000と書かれていた。


基本的に1つの通知で1数字がつく。

そのため2000となれば2000ものメールを無視していることになる。


「ちょっと……ああもう、めんどくさいから貸しなさい」


完全な既読無視にそれを悪びれもせずに視線をどこかに飛ばし、遠い目をしなざら諦めて電源を切ろうとするアオイに、携帯を取り上げて謝罪文を送ってやろうと意気込んでみたものの、


「2000って何年溜め込めばこうなるのよ。相手ももう諦めてるんじゃ──」


開いた画面には大量の人間の写真が送られていた。


「何年ってのじゃない。一応毎日適当にザァーって既読の消費だけはしてるんだけど、それでも毎日こうなるんだよ」


それが当たり前のように、そのうえ「めんどくさい事この上ない」と、適当に流そうとしているアオイに彼の携帯に送られている『今日の分』と銘打たれた露出の多い写真に握りつぶしてやろうかと怒りが込み上げてくる。


それと同時に1日に2000もの写真を送ってくる相手の女に恐怖すら覚えた。


「……こいつ、誰。どんな関係? どこで出会った?」


「えぇ………………と、あの辺の大学の人で、古川亜希。ゲーセンで意気投合して…………」


あの辺と言って指差した先にある大学は宏美の記憶が確かなら、ここら一帯ではかなり有名な大学だ。


この学校からでも目指す生徒も多いであろう名門大学に、どうしてこんな訳の分からない奴がいて、しかもそいつがこの男に関わりを持っているのかと優秀なはずの頭が痛くなる。


(それでこんなアニメっぽいキャラでやってるってわけね)


適当にスクロールするだけで目がチカチカするほどの写真が流れてくるが、それのどれもこれもがアニメのキャラに見立てた服装をしたものばかり。

俗に言うコスプレ写真というものだ。


ただチラホラとアニメではない本人の写真が紛れているあたり本気度が窺える。


「なんとなく睡眠不足の理由もわかった気がする」


「ええ! マジで」


これ以上の写真は自尊心という名のメンタルを削ぎ落とされそうになるので電源を切り、なんで今まで気づかなかったんだと思うが、ため息を我慢する。


「送られてくる時間帯が大体夜なのもあって……おそらく寝ている間ずっと通知来てたんでしょうね。それで脳みそがちゃんと寝れてなかった」


「???」


「分からなくていいから、これだけは守りなさい。ケータイの電源は切って、この写真は見ない。わかった?」


「お前が言うなら間違いないんだろ。了解だ」


「それと…………この女みたいに……その、ふしだらなものは見て欲しくないっていうか、贅肉だらけの牛は目の毒だから」


「…………? どゆこと」


「とりあえず携帯の電源は切る。それで万事解決するの」


携帯を差し出して返す宏美たっだが、その最中にも新たな通知が来ていた。



長い授業を寝て過ごし、元気ハツラツで帰宅したアオイは前回車に轢かれて買えなかったゲームをパソコンで起動。

パソコンが立ち上がるまでの間、携帯を適当にベッドの上に放り投げて部屋着に着替え、飲み物のペットボトルを取りに走る。


出来るだけ良い環境でゲームをしようと準備を整え、いざ出陣と昨日からの続きを楽しく行って数時間。


ようやく手に入ったレアドロップアイテムを手にしてひと段落つけようと画面から目を離したその時、異様に振動し続ける携帯が目に入った。


「……どした」


何時間も夢中ですゲームをし続けていたから分からなかったが、件数をみるに数千はいっている。


全て亜希から送られてきた写真で、これ以上重くなっても困るから既読を消費しようと画面をタップするべく指を向けるが、ふと宏美の言葉が頭によぎり、メッセージアプリの通知をオフに切り替えて机に置いた。


「約束守ったから明日は焼きそばパン許してもらおう」


これは等価交換だ。

この世の法則だから大丈夫だと思い、ゲームに戻ろうとしたアオイだったが、その瞬間。

切ったはずの通知オンが鳴り響く。


ピコン、ピコン。


(確かに今、切ったよな? ちゃんと設定画面いじって、オフにしたはず……)


携帯の誤作動か? 

オフになっていなかったのかと、もう一度携帯を手に取って見てみようとすると、通知が来ていたのはメッセージアプリではなかった。


アオイのSNSアカウントへのダイレクトメール。


彼女は、古川亜希はメッセージアプリの通知が切られたことを予測して、アオイがを通す可能性のあるSNSへと写真の寄贈を変更した。


「………………こわぁ」


ただまたオフにすれば良い話だ。


そう楽観視して設定画面に手を伸ばしたが、それが間違いだった。




「怖いよ、助けて…………誰か」


永遠に鳴り続ける携帯はすでに大量の呪符のような物が貼り付けられており、その上からトイレットペーパーが巻きつけられている。


完全に呪いの物体を相手にしているように、触ってはいけない祟りをまえに完全なる封印を試みて失敗。


最緒のうちは良かった。

彼の一番目を通す可能性のあるメッセージアプリに送り続ければよかった。

現にあまり注目していなかったとしても既読はついていたのだ、相手がどう思うかは別として確実に届いている結果のみは向こうに伝わっていた。


だがアオイが通知を切り、既読がつかなくなったことを知った亜衣は、アオイが次に使用頻度の高いSNSアカウントを標的に定めた。


特に本人だと特定できる要素はほぼなく、ひたすら近所の野良猫の画像を投下し続けるbotのような存在だと思ったいたが『近所の』というただ一つの点から絞り出されて今に至る。


永遠に鳴り止まないSNSアカウントから発せられる通知。


これの既読をオフにすれば全ては丸く収まるが、それをしてしまえば『SNSによってゲームの最新情報を受け取っているアオイ』にとっては同じファンに出遅れる可能性を含んだ選択だった。


限定商品の販売を逃すかもしれない、特別なコードを見逃すかもしれない。


そう言ったケチな貧乏根性が最後まで渋らせていたが、最後には覚悟をきめて通知を切ったが。



そんなもので終わるのなら、すでにメッセージアプリを切られたときに終わっている。



SNSの通知を切ると、つぎは別のSNSアカウントやゲームのアカウントの画像シェア機能を使った画像投下が行われ始め、携帯は今まで以上に呻き声をあげる。


「あっああああ、うぁあああああ!」


もはや生物のように振動して動き始めた携帯を半泣きで掴むと、なれない手つきで電源そのものを落とす。


この手段だけは使いたくなかった。


そう思いながらも、こうでもしなければ携帯は死んでいた。

アオイの手によって真っ二つにされていたので物の命を救う意味でも仕方のなかったことである。


ともあれ全てが終わった。

恐怖の携帯通知事件は幕を終え、色々なものを失いつつもゲームに没頭して明日は焼きそばパンだと、


ピコン。


「………………今、何が起こった」


音がした。


確かにあの音が。


もう鳴らないと、もう鳴る事はないと封印したはずのあの音が。


メールの届く、悪夢のような音が。


どうして今、携帯の電源を切った今、なんでそんな音が許される。


そうして音が鳴った方へと振り返ると、そこにあったものは『さっきまでゲームをしていたパソコン』だった。


「なにが、何が起こっている。今これは、いったい何が起こっているんだ!」


ゲーム画面の目の前に『画像が届きました』という表示が現れ、それは一瞬に捨て全ての画面を埋め尽くした。


その現象に類稀なる反射神経をもってパソコンへとたどり着き、閉じるマークを押そうとするが、それよりも先に新たなメールが邪魔をしてゲーム画面に戻してくれない。


金をケチって一昔前のパソコンを買ったことを悔やみながら、この通知を止めるためにはパソコン自体の電源を切らねばならない事を察して崩れ落ちる。


「う……そ、だろ。そんな、じゃあ、俺のレアドロップ」


当然電源を落とせばセーブしていない彼のレアドロップは消えてなくなる。

だがこのままにすればパソコンはキャパオーバーで完全に使い物にならなくなり、それどころか呪いの通知で精神が病んでしまう。


どうするべきかはわかっている。

この場で、今ここでパソコンの電源を切るべきだ。


だがそれをしてしまえば数日にも渡る大量の試行錯誤が全て無に返す。


この天秤は少年には早すぎた。


「いやだぁああああああああああああ!」


けれど合理的に、これから先のことを考慮してパソコンの電源をきるしかなかった。



「ははっ、ははは。終わった、やったぞ。俺は勝ったんだ」


虚な目をして、本当に勝ったのかどうか分からない萎れた顔でフラフラと倒れるアオイ。



もう二度とこんな事はしたくないと、気晴らしに風呂でも入るべきだと自室を出ると、リビングの方から固定電話の音が聞こえた。


いったい誰からの電話なんだろうか。


そう思いながら受話器を取ると、


『FAXを受信しました』


そうして流れてきたのは古川亜希のコスプレ画像だった。


「あっああ。ぁぁああああああ………」



随分と晴れ晴れした朝を迎え、スズメの鳴き声がちょうどよく目を覚ましてくれた。


「……なんかすごく嫌な夢を見た気がする」


なんの夢だったかは思い出せないが、とにかく恐怖を煽るような内容だった事は覚えている。


だが思い出せないのならそれでいい、思い出して怖くなる方が1日が楽しくなくなる。

そう思ってベッドから出ると背伸びして制服を引っ張り出そうとするアオイの後ろで、ベッド上に置かれていた携帯が、



ピコン。



小さく音を立てた。

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