第15話 美味しいご飯を食べよう
「たのもー」
食える飯ならまだしも、うまい飯ともなれば随分と限定されていってしまうものだ。
実際に食えるかどうかを基準とするのならば昆虫食なんかも喜んで食べてやるところだが、そこまでする勇気はアオイにはない。
なので食える飯よりうまい飯、添加物いっぱいで今後の人生に大きく響いてしまうものであろうが、うまいのなら仕方ない。
環境よりも自己満足を選ぶ輩だったのだ。
「たのもーー!」
大型ショッピングモールに殺されかかっている商店街、そのなかでも地元民から圧倒的な支持を持ってフードコードを殲滅することに成功した和食屋の扉を開けて、接客の来ない店内を徘徊して席につく。
そして慣れた手つきでメニュー表に手を伸ばそうとすると、目の前にお冷が置かれた。
「はい、いらっしゃい。アンタがくるとは珍しい」
「まぁそうだな。金ケチるから外食なんて普段しないしな」
メニュー表を手に取ってペラペラとめくっていくアオイの横で、お盆を持ったまま直立しているこの和食屋の娘、鎌倉薫は随分と久しぶりになる彼の来訪に盆がへし曲がるほど抱き抱えた。
「それで、何を注文する? そうだ、このおすすめは私が……」
「カツ丼。カツ丼にするよ。大体ここにくるとそれ食べるし」
「…………………………はい」
一瞬にして目から光が消え失せるが、それに全く気づかないまま水を飲もうとするアオイに冷たい目を向けたまま厨房に向かうと、
どんぶりの器に握り飯にもならない量の白米が乱雑にぶち込まれたものを持ってくると、彼のテーブルに叩きつけた。
「おまちどおさま」
叩きつけられたどんぶりが机の上で跳ね、着地をミスったのか横たわるどんぶりからは固まった米の塊がこぼれ落ちる。
「えっ……なにこれ」
「食うんだろ、それ。食えよ」
「カツ丼のカツ部分は。それにご飯少なくない!」
カツもなければ丼でもない。
それなら一体これはなんなんだと抗議しようとするアオイに「そうだった」と今思い出したようにして何かを取り出すとどんぶりに乗せた。
「あぁ海苔だな。よかったな、海苔だぞ。アンタが欲しがっていた海苔だ。さぁ食え、そして帰れ」
「絶対違うでしょうが! 俺が頼んだのはカツ丼、カツが丼になってるやつだよ。どんぶりにカツ乗ってるやつ!」
「どんぶりならあるだろ」
「お椀の話じゃねぇよ!」
完全に放置されているどんぶりがこの場で一番可哀想な存在。
それに比べてアオイなどどうでもよろしいのだ。
「……カツ丼ないの? じゃあ何があるのさ?」
「アンタの食べたいもの以外なら全部ある」
「随分とピンポイントな店だな」
対アオイ用に武装した飲食店など聞いたことがない。
ただこのまま帰るわけにもいかず、怒って出て行くのもなんだか感じが悪い。
「じゃあこのおススメって書いてるやつ」
本当はカツ丼食べたかったのに、などとふざけたことを吐かしながらメニュー表の一番上に書かれていたオススメ商品を指差して薫へとオーダーを決めると、
「やっぱりそうだと思ったんだ。アンタはきっとわかってくれるって」
満面の笑みでバタバタと厨房に走っていく薫にアオイは、
「他に客がいないからいいけど、走ってて衛生面大丈夫かな」
■
両手に箸を持ちながら待つこと少し、ようやく運ばれてきた食事にありついていると、食べ続けるアオイをじっと見つめる薫の姿が視界に映る。
「どした」
「いや、その。隠し味を入れたんだ」
赤面した顔を隠すようにへし曲がったお盆を前に出す彼女に、心当たりがあるのか感心したかのような声をあげて、
「それでか。なんかあれだって思ったんだよ」
(な、なんでバレた。わかるのか)
入れたものは当然愛情。
むしろそれ以外を入れると味が落ちて台無しになるのでそれしかできなかったのだ。
だがそんな非現実的な怨念のようなものを入れたところで相手に伝わるわけがない。
だから当然気づかれないものと思っていたが、
「そう、黒胡麻」
「……………………だろうと思った」
気づかれなかったらしい。
それもそうだ、気付く奴がいるはずがない。
ただ少し腹が立ったので腹いせに水代金もお会計にぶち込んでやろうと、1000円の上乗せを密かに実行した。
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