第19話 妹が俺の交友関係使って配信者やってた
「…………………………ごめん」
「…………うん」
おそらく家庭間で最も気まずくなったであろう瞬間に立ち会っていたアオイは、リビングにあるテーブルの真正面に妹を座らせ、両手を顔の前に組んでどこぞの司令官のようなポーズをとっていた。
「……それでさ、これ……お前なの?」
だがこのままではいけないと、この調子で黙っていれば問題は先送りになるどころか新たな火種を生んでいつしか焼け野原になる。
そう思って新品の携帯を取り出してネットをポチポチした後に妹の前に差し出した。
「……マジです」
「マジかぁ…………」
ため息のようなものと共に口を開いたアオイは自身の携帯画面へと視線を落とし、そこに写っているバーチャル動画配信者のイラストに家庭内の闇を見た。
■
動画配信者。
それはここ最近になって急激に増えたゲームなどの動画を配信することで不特定多数の人間からおひねりを得て、それを元手に生きていく人間のことだ。
そしてバーチャル動画配信者と言うのは少しだけ同じジャンルの中でも特異で、本人の顔は一切出さず、代わりにアニメキャラクターのようなブツがその人物として扱われる。
つまるところ『アニメキャラが動画配信している』という状況を作り出し、それが如何様にか数多くの人間にウケて一大ジャンルを巻き起こしたのだ。
「こう言うのってマジで難しいって聞くけど、実際はそうでもないのか?」
妹、夏目カスミの配信者としてのチャンネルに目を通しながら、登録者20万人という誰が見ても多い数に自身の持っている数少ない情報の真偽が問われる。
アオイ自身、動画配信者をやっている者の大半が一万人を超えることなく引退してしまう現実をどこかで聞いたことがあったような気もするが、妹のやつを見ている限りそうでもないのかもしれない。
そんなことを考えながら「俺もやったらいけるか」と適当にスクロールしていると、
「難しいのは本当。実際に伸びなくてやめてく人の方が多いよ」
「へぇ……お前は運が良かったのかね」
「いやそうでもないよ。伸び始めたの優香さんとコラボしてからだし」
知っている人気声優の名前が聞こえてきた気がして動揺、机に足をぶつけて悶絶するが、妹はどこ吹く風で話を続ける。
「私独りで一からやってたらこんなに行かないよ。登録者の中には優香さん目当ての人とか、ほかのあんまり表に出てこない人のコラボ目的とか絶対いるし」
アイドルとか漫画家とか、そう告げていったカスミにスクロールして行く途中に出てきた異様に再生回数の多い動画に「これが元凶か」と、コイツにそんな友好関係あったか?
などと思うが、配信者の世界はよくわからない。
「お前優香と連絡先交換してたのか……」
「ちょうどお兄ちゃんが留守にしてる時にお菓子持って来てくれて、その時に」
「俺食ってないよそれ」
そんな話聞いた覚えがない。
情報が回ってくる前に証拠ごと消しとばしたんじゃなかろうか、
「ともあれアイツ割と人見知りのはずなんだけど……事務所のオーディション行くの渋って俺が連れてったくらいなのに──」
「その辺はお兄ちゃんの情報を売って手を打ったよ。他の人もそれならって乗り気で」
「お前何売ったぁああ! 人のプライバシーなんだと思ってんだ!」
嫌いなものとか苦手なものとかあの辺の奴らにこぼしたら何してくるか分からない。
既にことすぎたことに今更気づき、今後の恐怖に耐えかねて震えていると、そんなにすることか? と言った顔で妹が見下してくる。
「……他の人って誰だ」
「お兄ちゃん無駄に交友関係広いから。おかげさまで」
「何がおかげさまでだ。代わりに俺殺されかかってんだぞ、しかもよりにもよってメディアに出る奴らに情報売るとは」
そう言いながらコラボした形跡のあるアイドルだの女優だの、こんな画面の中の大物たちがコラボしにくるのなら無名からでも一気に跳ね上がれるんだろうな、と。
コイツの努力ではないかもしれない現実に少しだけ嫌になった。
「……お兄ちゃんが言いたいことは多分わかる。ただこれだけはわかって欲しい。私は好きでやってるし、人を使ったのも面白くするためだよ。それに人気を取りたいだけならもっとすごい人呼べた…………」
「………………お前」
ただチヤホヤされたい。
汚い手を使ってでも上にのしあがろうとする汚い根性が時には必要な時もある。
けれどそれは周りの手を利用してやることではない。
そう年長者からの功を教えてやろうかと思っていたが、妹は既にわかっていた。
「そのすごい人ってだれ」
「なんで交友関係の真ん中にいる人が、どうしてこう理解が乏しいのかなぁ」
この世で最も人脈に恵まれていると言っても過言ではないアオイ自身はその人脈の価値をきちんと理解していなかったらしい。
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