第18話 次回! アオイ死す。留年スタンバイ


人は誠意を見せる時、必ずと言っていいほど土下座をする。


だがどうして土下座なのか、その行動になんで意味があるのか。

そこら辺のことはアオイ自身もよく分かっていないが、土下座をしなければならない時がある。


そう、留年回避のためだ。



「…………どーしよ」


特に気に留める必要もなかったイベントとして中間テストを消費したアオイは、返却されたテストを広げて腕を組みながら唸り声をあげていた。


傾げる首は少しずつ角度をつけていき、もう寝ているんじゃないか? となるほどまでに首が落ち始めてようやく点数へと目をやる。


そして目の前に散乱している全教科赤点という真っ赤に染まった地獄絵図を前にして、これから行われる死の補習に命を賭けなければならないことへため息をついた。


(何をするにしても何をすればいいか分からないし、なにより先生が怖い)



テスト返却という悪しき文化は全人類にとって共通の敵であり、アオイもまたそれを誹謗中傷する存在だった。

そのため「テスト返し」と発言した教員に対し、憎しみと殺意の篭った視線を唇を噛み締めながら突き刺して、悪しき文化を全力の眼力で阻止しようとするが、


そんな一介の生徒如きの殺意に教員が揺らぐことはない。


むしろ悪魔のような笑みを浮かべて、これから絶望するであろう生徒達に現実という名の点数を叩きつけることに生き甲斐を感じている。


そんな教員の姿に人間はどう育てばここまで非道になれる。

そう、適当なことを吐かしながら机を叩いたアオイだったが、名前を呼ばれるや否や屍のような身体を引きずってテスト用紙を取りに向かう。


俺はこのまま死んでしまうのだろう。

こんな短い人生だったけど、そこそこ楽しかったような気がしてきた。


好きな食べ物はそこまで食べられず。


車に轢かれ。


お気に入りのぬいぐるみは燃やされ。


着ぐるみに入って全国ネット公開処刑。


携帯は爆発し、買いに行けば拉致される。


そして買い物に向かえば歳下に煽られる日々。


よくよく考えたらそこまで楽しくもなかった気がしてきた。

本当なら楽しかったあの頃や、幸せだっだ時間を走馬灯のように体感するのがセオリーなはずだが、どうやらアオイはその限りではないらしい。


一歩歩くごとに足取りが重くなり、テスト用紙を貰い受ける頃には干涸びたミイラのように痩せこけており、もはやテストよりも辛いことを体験してきた彼に死角はない。


萎れた顔でテスト用紙を受け取ってそのまま席に帰って寝ようとするが、


「アオイ、お前には私が直々に特別補習だ」


悪魔の声が聞こえてきた。


「……………………えっ」


「放課後に第二準備室に来い。二人きりでお勉強しようじゃないか?」



高橋紀子。

彼女はアオイのクラスの担任教師であり、学年の数学も担当している。

そのため「数字ってなに」という小学生も真っ青なレベルの彼にはひたすら手を焼き続け、アオイにとっては授業中に寝ていると叩いてくるアブナイ教師だ。


「はぁぁああ……死にたくないなぁ」


放課後になり、多くの生徒達がカバンをもって校門をくぐりつける姿を廊下の窓から眺めて、世界一深いため息をつく。


このままバックれて家に帰って寝たいが、それをすると担任という権力をもった獣を野放しにすることになってしまう。

それでは通信簿が大量のアヒルと煙突が立ち並び、一年生をもう一回遊べる素晴らしい特権を得てしまうのだ。


流石のアオイも一年生2回目はキツいので仕方なく第二準備室へと足を向けて、今にも引き返したい衝動を抑えて教室へと入る。


「随分と遅かったな。あと5分遅ければ留年にしてやったのに」


「やったぁ!」


随分と気の抜けた声。


もはや学校に対する憎悪と、目の前の教員に対して逆らうことが無駄であると知った、この世に悟りを開いたスーパーアオイはそうそうキレることはないのだ。


「私を待たせた罰だ。さっさと座って気が済むまでここにいてもらおうか」


紀子は自身の座っている席のすぐ横の椅子を引くと、ここに座れとばかりに机を叩き、それに断れば死あるのみのアオイは逆らうことなく座る。


「お前が分かるまで手取り足取り、たとえ深夜になろうとも時間を割いてやろう。どうだ嬉しいだろ」


「わぁーいい」


(帰りたい……帰ってゲームしたい。お布団が恋しいよ)


今にも泣き出しそうなアオイだが、距離が妙に近い紀子にそれをバレるとどうなるか分かったもんじゃない。


補習を嫌がるのなら留年でいい。などと言い出されれば、来年から新品の制服に身を包んだ新入生の中に中古が一人混じっている状況になる。


けれどその状況なら人生2周目のような感じてモテるんじゃないか? 

知ってるテストばかり受けるなら、もう最強なんじゃないか?


彼女から渡されたふざけたプリントを解きながらそう思い始めていたアオイだったが、妄想によって止まっていた手に気づいた紀子によって手を掴まれて現実へと引き戻される。


「今、何を考えた」


「お汁粉ってあれ夏に食っても許されますよね?」


「絶対に許さない」


何が許されないんだ。

お汁粉になんの恨みがあると言うのだ。


具体的なことは何もわからない、ただ怖い。

この人に逆らった場合の後が怖い。


恐怖に耐えながら黙って黙々と出されるプリントを解き続けようと問題に視線を落とすと、


『教師と生徒の恋愛はマルかバツか』


問題の意味が分からなかった。

アオイの思考は遥か彼方に吹き飛び、情報が完結しない。

何も入ってこなければ、何かが出ていくこともない。

ただひたすら「よく分からない」が渦巻いているだけで、それ以上もそれ以下もない。


「せんせ……これは?」


「解かないと留年かもしれないぞ」


(えぇ怖ぁ)


いったい何をするのが正解なのか分かりたくもないが、どうにかしなければ死ぬ。


とりあえず倫理的な教育委員会に従った法則でバツにつけておこうとペンを走らせる。


そして次の問題へと進もうとして、


『年上が好き』


『包容力のある人が好き』


『人間が好き』


『そんな貴方の運命の人はすぐ近くにいるかも!』


問題を破り捨てた。


「がぁあああああああああ! 何これ! 何これぇ!」


小学生のよくやる自己診断シートに似たプリントを破り捨て、破片すらも切り刻む。

そして地面に落ちる紙の屑を溜まりたまった鬱憤のまま蹴りつけていると、


「私が徹夜して作ったものをお前は破り捨てるのだな」


(これあんたが作ったの?)


「仕方ない、本当は乗り気じゃなかったんだが…………留年を」


懐から取り出す謎の書類にアオイは高速で土下座の構えを取らざるを得なかった。

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