第17話 決戦の地へいざ行かん!


人生には舐めてはいけない物が二つある。

青酸カリと、特売品を買い漁る時の主婦だ。


「……もうやだ」


そして今、アオイは血眼になって特売品を取り合っている狂気の主婦たちを前にして肩を落としていた。



どうせ買うなら安いもの。

そう言って引っかかってきた粗悪品は数知れず。

通販なんてクソ喰らえ、などと言う教訓を抱えるくらいにまではネットショッピングにある種のトラウマを植え付けられているアオイだったが、店頭で手に取って見れば粗悪品かどうか見分けられるのではないか? 


などと、目利きもよく分かっていない素人がノリと勢いのみでそんなことを結構したが、


「………………来なきゃよかった」


「フッ……これだから素人は」


流血した目で互いに互いを妨害して、己の利益にのみこぎつける主婦たち前に戦意を喪失したアオイはその場で立ち尽くして持っていた鞄を床に落とす。


「それでお前は何しにきてんの?」


壮絶な戦いが繰り広げられている現場を前に戦意を失って呆けているアオイの横で、いかにも玄人ぶって腕を組んでいる少女、渡辺奈菜に半開きの目を向けた。


「そりゃあもちろん、戦争に決まってるでしょう」


「玄人はセールのこと戦争って言うんだ」


何も知らない素人に対して両手がエコバッグで塞がれている彼女は全力でドヤ顔をし、繰り広げられる壮絶な争奪戦を高みの見物とばかりに笑みを浮かべる。


「じゃあお前はあれ取りに行かなくていいの? 見えないけどきっともう無くなるぞ」


「それくらい承知の上、私クラスになると慌てなくてもいいようになるのよ」


「へぇ、じゃあ先に取っておいたのか?」


「いや、諦めたわ」


「二度とドヤろうとするな」


諦めてその顔? と、こいつの自信はいったいどこからくるんだろうか。

そんな下らないことを考えていると、足元に主婦らしき人間が転がってきた。


「……夫の稼ぎが悪いから…………夫の稼ぎが悪いから…………」


なにか念仏のような呪いの言葉を吐いているような気がしたが、聞き取らなかったことにして奈菜へと口を開く。


「なぁ、いつもあんな感じなのか? ドスの効いたやばい空間形成されてるけど、ここは異世界と鹿島ないんだよな!」


「待って今作戦立ててるから」


「……今なんて?」


「まずこの見取り図があるでしょ」


(見取り図……)


店内の地図を何故か所持している奈菜は無駄に何かが書き込まれたその紙を真剣そうに見つめてきたが、


(よく見たら書かれてるのほとんど誤字修正じゃん。それ抜いたら中身スカスカじゃねぇか)


こいつ本当に大丈夫か。

このままあの獣のような主婦たちの間に割り込んで栄光を手に入れることができるのか。

そこんところ見たくはないが大惨事になるのなら止めてやらねばなるまい、と思って頭を捻っていたが、


「作戦はできた。行くよアオイ」


「待って何も聞いてない、俺何も聞かされてない」



背景、みなさまへ。

今日死ぬかもしれません。


「さぁこれで準備は整った! それ行けアオイ号!」


本来カゴを入れるはずのカートの中に体操座りしたアオイがいた。


「……………………ちゃーん」


その目はどこか虚で、焦点は合わさっていない。

ただひたすら虚しい虚無を埋めるように「ちゃーん」とだけ発していた。


「作戦はこう。カートに入ったアオイが突っ込んで主婦を蹴散らす、そして特売のお米をゲットしてくる! いい?」


「ちゃーん」


もう言葉すら忘れてしまった彼は大人しくカートの中に座っており、それを満足そうに見届けた奈菜は主婦の群れに向かってカートを強く押し出した。


高速で突っ込んでいくカートに感知した主婦はすぐさま身を引き、彼の目の前には確かな道ができた、と思われた瞬間。


横から別のカートが突っ込んできた。


「……なっ!」


予想だにしない衝撃に年相応の知能を取り戻したアオイは、衝撃でカートから落ちなからもぶつかってきた敵の方へと視線を向ける。


すると、


「貴様ぁあああああああ!」


奇しくも同じ形式で、カートの中に人を入れて突っ込んできた人間の姿があった。


ただアオイと違うのはそのカートが『お子様用の車を模した物』だったこと。


通常のカートと違い、お子様用のそれは人間が明確に座れるものがあること、そしてなにより安定感が違う。

どっしりと構えた形であるそのダンプに一介のチャリが敵うわけがない。


見事にカートからこぼれ落ち、無惨にも地面を転がるアオイを上から見下ろす小学生くらいのお子様と、それに乗じて気味の悪い笑みを浮かべて商品を取りに行く母親の姿。


「悪いね。年季の差だよ」


「クソッ……こんな、こんなガキに!」


地面を這いつくばっている敗者にとどめを刺す価値もないと言って去っていくお子様に、敗北を感じたアオイは地面を殴りつけて叫んだ。


そして何一つ得ることもなく他者の踏み台にされた彼に手を差し伸べたのは、


「アオイ」


お米という戦利品を持っていた奈菜だった。


「ごめん、普通に取れた」


「………………………………じゃあ戦利品ないの俺だけ?」


「そうだね」


「………………心にゆとりを持とうかな」

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