第2話 私が好きになった理由
鈴木千春は自他共に認める美少女であるが、それが故にいじめの対象へと敵意を向けられることも多かった。
「マジで調子乗ってるよね? ブスのくせに」
小学校高学年、2次成長期を迎える頃になると今までは謙虚だった外見の個性と良う物が少しずつ漏れ出してくるため、顔の良さがハッキリと分かるようになる時期。
それに体格なんかが変化するのと、太りやすいかそうでないかなど、汚い話美人かそうでないかの分岐点に立ってしまう時期だったのだ。
だから他の友達が太り始め、今までは同じような顔だった彼女達がマントヒヒやチュパカブラ似の生命体になっていくのと同じように、千春は生まれながらに持っていた端正な顔立ちへと成長することになったが、それが仇となった。
「かわいい」というだけで妬まれる。
自分たちとの圧倒的は差に苛立った彼らによるいじめ。
それは少しずつエスカレートとしていき、いつしか会話の無視から綺麗な顔面をどこまで崩せるか、自分たちよりも下にしようと躍起になるクズどものせいで肉体的に暴力すら存在した。
「お前が悪いんだ。こんな、こんなっ! 私を見下しているから!」
教室で大多数に暴力を振るわれる千春を咎める物はいない。
それが当然、そうであって欲しい。
だって自分より美人だから、落ちるならさっさと落ちて欲しい。
自分じゃ絶対に敵わないから、何をやっても敵わないから、こうして上に立つしかない。
わざわざ止めてやるほど仲がいいわけじゃない。
大多数の女子生徒を敵に回してまで庇うほどの価値はない。
そう言った人間の汚い感情によって彼女は陥れられるはずだった、
「うるせぇ退けよ」
ガラリと開けられる扉の音と共に入ってきたアオイによって主犯の少女が横に吹っ飛ぶ。
脇腹を後ろから蹴り飛ばされて壁にぶつけられた彼女は両腕で押さえながら、蹴り飛ばした本人であるアオイに、意味が分からないと困惑の目を向ける。
「な、なに? なんで蹴ったの? 理由は? アオイくんが私を蹴る理由がどこにあっ──」
「ごちゃごちゃうるせぇよ。次は顔面にぶち込むぞ」
そう言って間髪入れずに顔面へと拳を叩き込んだアオイを教室中の生徒が取り押さえる。
「アオイがキレた!」
「先生呼んでこい!」
「女の子に手をあげるなんてサイテー」
「人間のクズ!」
聞こえる罵倒に反応して前に出ようとする彼を男子生徒達が複数人で取り押さえ、両腕と足を固定してようやく動きを止める。
「アオイくん何やってるの! いきなり暴力を振るうなんて、しかも相手は女の子よ」
生徒達に呼ばれて今更やってきた教師を睨みつけるアオイだったが、教員はそんな物はどこ吹く風。
取り押さえられているアオイの前に立つと女子生徒を後ろに下がらせ、拘束を外れた彼の前にかがみ込むと、優しく諭すように意味のわからない言葉を並べた。
「いきなり殴るなんて……なんでこんなことしたの? 気に入らないことがあっても我慢するのが男の子でしょう?」
「アンタ……正気か? マジで言ってんならふざけてんぞ」
目を見開き、教員に対して殺意すら発するアオイだが、それに気づかない教員はそのまま続ける。
「女の子に何か言われたくらいですぐに腹を立てるんじゃなくて、我慢するのが──」
次の瞬間、屈んでいる教員の髪を掴んだと思えば下から膝蹴りをぶちかました。
「俺はアンタに何度も言った、だがそれを無視し続けたのはアンタの責任だ。クラスから面倒事を起こしたくないかどうかは知らねぇが。目の前の女が泣いてんの目に入らなねぇくらい出世に眩んでんなら……教師なんか辞めちまえ」
顔面に膝蹴りを食らった教師は鼻血を出して這いつくばり、それを見下ろしながら拳を振り上げたアオイを、騒動を聞きつけた他クラスの男性教師が取り押さえて職員室へと連行していった。
■
何時間にも渡る説教の末、100枚近くの反省文を書かされ完全に日が暮れた頃に職員室を出てきたアオイを待っていたのはいじめの対象である千春だった。
「あの、その。ごめんね。私のせいで」
「…………お前が泣くより、俺が文字書いた方がいい」
もとより喧嘩っ早いことで有名なアオイだ。
先程の反省文も自分のせいにして当たり散らされるのではないかと身構えていた千春だったが、返ってきたのは想像していない言葉。
「お前が傷つくくらいなら、俺は何枚でも詭弁をたれて、あのハゲ校長とヒステリック親子に頭下げてやる。そこに痛みはないからな」
自分のために相手を陥れる人間は何度も見てきた。
優位に立ちたいからという下らない理由の果てに他人を陥れ、権謀術数によって確固たる地位を築き上げていく計算高い人間ならよく知っている。
だから自分の身を完全に無視した他人のための善意は見たことがなかった。
「またなんかあったら俺に言え。次は他人に漏らせないくらいボコっておくからよ」
大量の反省文のせいで真っ黒になった手をヒラヒラと振ってランドセルを引きずっている彼の後ろ姿に、他の誰もが「怖い」と思っているのに対して「カッコいい」と感じた。
颯爽と助けてくれる華麗なヒーローは存在しない。
運動神経と容姿の良い男子生徒はいじめを見て見ぬ振りをした臆病者だった。
「ま、待ってよ!」
「急にどうした、早く帰らんと不審者と殴り合いになるぞ」
「私は鈴木千春!」
「知ってる。隣のクラスだろ」
「えっと、じゃあ……友達になってください!」
「…………やめとけ。俺といるといじめられるぞ」
「ならまた守ってよ。いじめてくる奴らから、私を守ってよ」
「あーあ。次の反省文は何枚になるんだろうな」
ふざけた人間だった。
おそらくここまでふざけた人間を千春はここから先で出会うことはないだろう。
だからこれを今まで感じたことのなかった恋と呼ぼうと決めた。
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