第4話 アタシが好きになった理由

北村宏美は完璧だった。


容姿端麗、成績優秀。

おまけに運動神経も良いとあればもはや人間の域を超えている。

悪魔かデビルかサタンなのだろう。


優秀なルックスと、明晰な頭脳に本人の生まれながらに持っているカリスマが合わさった結果、中学時代には全校生徒から敬われる神へと昇華した。


勉強を聞けば教えてくれ、部活の助っ人としても優秀。

学校生活に関しても非の打ち所がない完全な、パーフェクト美少女と言っても過言でない彼女だっだが、そんな彼女に一切靡かなかった不可思議な男がいた。


当時中学二年の頃だろう。

顔面を包帯ぐるぐる巻きのミイラ男で、左半分に至っては露出していない不審者のような少年、夏目アオイ。


同じクラスだったから担任を通じて話を耳に挟んだが、どうやら通り魔に顔面を斬りつけられたらしい。


もとより存在感なんて物はなく、学校内でも目立った人物じゃなかっただけに「どうでもいい」と切り捨てていた。



中学時代。優秀さで長通っていた彼女であっても連日の疲れから風邪をひいてしまい、体調を崩したまま学校に行くことになる。

本当なら休んでも良いはずなのだが、文化祭が近いこともあって皆が準備に追われている間に自分だけが寝ていて良いわけがない、そう思って思い身体を引きずって学校に行き、よろけそうになりながらも踏ん張って準備を進めていたが、


「準備これくらいにして遊びに行こうぜ!」


クラスの誰かが言ったその言葉に、ひたすら単純作業だった彼らはうまく飛びついた。

同じ動きをし続けて、面倒くささが限界突破している彼らは「これ以上やってられっか」とばかりに準備を放棄して帰りの支度を始めてしまった。


「ちょっと待って、準備は。もう明後日までしかないのよ?」


文化祭は明後日、流れを理解するのにリハを挟むとして明日には完成していなければならないのに対して、返ってきた言葉は「明日やれば良いじゃん」だった。


「明日丸一日あるなら間に合うっしょ?」


「だから明日はリハで、今日中に終わらせなきゃいけないって──」


「じゃあさ、宏美やれよ。やりたいんでしょ? 文化祭の準備」


「何言ってるの?」


「俺たち遊びに行ってくるからさ、ある程度進めといて。明日みんなで完成させるから」


主犯の生徒が教室から出ていくと、作業に疲れてきた生徒達まで揺らぎ始める。


「宏美いるなら良くない?」

「あいついればどうにかなるだろ」

「だいたい何でもできるんだから、俺たちが邪魔しちゃってる節あるだろうからさ。俺はいくよ」



「俺たちがやらなくても、あいつがいればなんとかなる」



そうしてまた一人、また一人と、人間が減っていき、いつの間にか教室には宏美だけとなっていた。


(何でここにいるんだろう)


頼られるのが好きだった。

人から任されるのは気分が良かった。


誰かにアテにされる人間になりたいと、必死に努力して弱い部分を隠し続けた結果がこれだ。


優秀だから大丈夫。

それは期待ではなく、体裁よく勝手な都合を押し付けることのできる便利屋と化していた。


風邪でボロボロの身体をなんとか酷使して本来なら複数人でやる仕事を一人でやり続ける。

しかも随分話し込んでいたのか、全く進んでいない人の仕事を義務感で片付けて、そしていつの間にか限界を迎えていた彼女の体は倒れてしまった。



「なんだよ終わってないじゃん」

「宏美がやるって言ったから、任せたのに」

「あーあ。どうすんのこれ」

「俺たちと文化祭どうしてくれんの?」


全く進んでいない文化祭の準備を前にして悪態を吐き続ける生徒達を前にどうすることもできない宏美は下を向くことしかできなかった。


「お前のせいでどうしてくれるんですか?」



「あっああああ! ごめんなさい!」


嫌な夢から跳ね起きた宏美は自身に掛かっている黒い学ランの存在に気づく。


(それより早く準備を、待ち合わな…………)


学ランを放り出して寝ていた分の遅れを取り戻さなければと作業に戻ろうとすると、そこには宏美ではない人間が黙々と作業を続けていた。


頭に包帯を巻いた人間が、ちょうど死角になって起きた彼女に気づかないまま残された業務を淡々と、宏美が寝ていた分の時間を埋めるかのようにこなしていた。


「…………夏目アオイ」


「なんだ起きたのか。ならさっさと帰れ」


「はぁ?」


「体調。悪いんだろ、壊れる前に帰っとけ」


なんでお前が知っている。

他の誰もが言わなかった、他の誰もが配慮しなかった。

なのになんでお前がそれを言う。


「いつから……いつから気づいてたの」


「最初から。お前の仲間が勝手に大丈夫だと決めつけてたからな、俺だけは見ておかねぇといけないと思って、案の定ぶっ倒れたんだけど」


他の人間が『彼女なら大丈夫だろう』と勝手に期待して押し付けている間にも、彼はひとりの人間として見ていた。


風邪を引く時もあれば体調を崩す時もある。

ただ綺麗な面のみを見て相手を美化し、勝手な都合で物事を押し付けるのではなく、どこにでもいる普通の女の子として扱っていた。


「勝手に背負うな。あいつらに良いとこ見せなきゃいけなくても、俺みたいなどうでも良いやつにはかっこつけなくて良いだろ」


ようやく理解できなかった最後の男を理解できた。


彼はただ自分の目を信じているのだ。

他人の言葉やその他大勢の意見なんて物をもろともせず、同調圧力なんて無視して自分と目で見たものだけを信じる。


そうして彼の目には完璧超人の北村宏美ではなく、普通の脆い女の子として見えていただけ。


「……アンタ一人じゃ絶対に終わらないから私も手伝ってあげる」


「良いから帰れ、泡吹いてからじゃ遅いんだよ」


「そんなこと言ってもやり方知らないんじゃないの? あっちの方終わってないし」


「しょうがないだろ俺は外の係で、内部の事情なんて入ってこねぇんだから」


「…………ありがと」


「はい? 聞こえん」


「私は体調悪いからメインはアンタがやんないと進まないって言ったの! 教えてあげるから手を動かしなさい」


「実は治ってんじゃねぇのかな」




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